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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
78/227

77 VS狼

「ふうんっ!」


 アステリオスが手にした大斧を勢いよく振り下ろす。しかし、狙った相手、ルプスは姿を消しているため命中させるのは難しかった。衝撃とともに斧は地面にめり込む。だが、ある程度の狙いは定まっていた。アステリオスの一撃による衝撃で、ルプスは体勢を崩し術が解けてしまう。


「そこ、ですっ!」


 メリッサが雷を纏った矢をルプスへめがけて放つ。体勢を崩している状況では、それを避けることはできない。激しい閃光とともにルプスへ命中した。しかし、命中したというのにメリッサとアステリオスの表情は優れない。ルプスが何事もなかったように矢を引き抜いて立ち上がったからだ。


「いい加減にしてほしいものだ。今ので何発打ち込んだ?」

「もう覚えてないですよ。でも、まさか電撃まで効かないとは……」


 ルプスの身体には至る所に傷が残っている。しかし、それに対する痛みも、傷による消耗も、一切見受けられなかった。明らかに異常だ。

 二人の会話を聞いたルプスはにやついた笑みを浮かべる。


「啖呵を切っただけあって良い腕だ。冒険者やめて狩人にでもなったらどうだ?動物相手ならその矢も通用するだろうよ。俺には、全く効きゃしないけどな!」


 そしてルプスはまた高笑いする。

 アステリオスが薙ぐように斧を振るうが、ルプスはそれをヒラリとかわし、また姿を消した。


「くそっ!メリッサ、他に手はあるか?」

「とりあえず、試せることは全て試してみましょう。これから消えますから、フォローよろしくお願いします」

「よし、わかった」


 アステリオスが返事を返すと、メリッサが手に魔法陣を展開する。


「『無彩(ステルス)』」


 その言葉とともに魔術を発動させればメリッサの身体がぐにゃりとゆがみ、そして見えなくなった。ルプスの術のように完全に消えるわけでも、クリームヒルデのように音や魔力感知を誤魔化すことができるわけでもないが、姿を隠すことを前提とした戦い方ならば十分に効果を発揮する。

 メリッサは、ルプスがこちらの攻撃に反応して、自身を守るような何かしらの術を発動させている可能性を検証しようとしていた。一度姿を消し、相手が反応できない死角からの一撃を放てばどうかと考えたのだ。

 メリッサは柱の陰へ隠れようと、足音を殺して移動する。そこで、アステリオスが斧の頭を地面につき叫んだ。


「確かにお前を倒すのは難しいだろう!しかし、お前もわたしたちに攻めあぐねているではないか!そして、その間にうちの『魔王』がお前らの主を倒せば全て終わりだ!追い詰められているのはお前のほうではないのか?」


 大声で挑発するような言葉を吐く。メリッサが立ててしまう音はこれで誤魔化せただろう。ルプスがこの挑発に乗れば、アステリオスへ注意をひきつけメリッサの策の更なる助けにもなる。一言で相手の意を理解することができるあたり、二人でパーティを組んでいた経験が生きているようだ。

 しかし、アステリオスの言葉にルプスの余裕の笑い声が返ってきた。


「攻めあぐねいている?最初から手の内を全部見せるやつがどこにいるんだっての。ここまではほんの小手調べってやつだ」

「何?」


 アステリオスがそう尋ねたそのとき、鈍い音と悲鳴が聞こえた。

 メリッサが何かに大きく吹き飛ばされ、地面へ叩きつけられたのだ。

 アステリオスが慌ててメリッサの元へ駆けより、彼女を抱きかかえる。


「あ、アステリオス、右!」

「くっ!」


 メリッサの声でアステリオスは反射敵に斧を自らの右方向へ振るった。確かな手答え。斧はルプスへ直撃し、大きくはね飛ばした。

 しかし直後、アステリオスの背に重い一撃が加えられた。肺から息が押し出されるも、アステリオスはなんとか倒れずに踏みとどまり、メリッサをかかえてひとまず柱の陰へ隠れる。


「何だ、今のは。あいつは最初の一撃で叩き飛ばしたはずだが、さっきの攻撃は一体どこから……」

「それが、厄介なことをやってきてるみたいです。反応の強い弱いはあれど、あいつの魔力反応がいたるところに……」

「それは、あの男が複数人いるという、ことか?」


 メリッサが眉間にしわをよせて頷く。次いで、慌てて叫ぶ。


「あいつ来てますよ!とにかく走ってください!逃げて!」

「くそっ!」


 アステリオスがメリッサを抱えたまま駆け出す。メリッサの適格な指示でなんとかルプスらの攻撃をかわしていく。状況は一気に厳しいものになった。

 先ほどから気を休めることなく、アステリオスは広い部屋の中を逃げ回り続けている。どこかに身を隠すべきだとも考えたが、それも難しかった。

 先ほどメリッサが使った『無彩(ステルス)』の魔術は、完璧ではなくとも、この暗い部屋ではまず視認することは不可能なほどに隠れることができていた。しかし、それもルプスにあっという間に暴かれてしまった。そもそも、ルプスは更に高度な隠密行動を可能にするクリームヒルデの術ですら見破ることができたのだ。どうやっているのかは分からないが、ルプス相手に隠れることは不可能に近かった。

 更に厳しいのは、先ほど隠れているところをルプスに襲われたとき、メリッサは骨か内臓か、身体の内側にダメージを負ってしまっていたことだ。魔術を用いて自分で応急処置はしたが、アステリオスに抱えられたまま痛みに苦悶の表情を浮かべていた。自分で動き回るのは難しい。

 なので、アステリオスはただ逃げることしかできないわけだが、アステリオスの体力も有限である。アステリオスは亜人としての自身の性質から人間よりも高水準な身体機能を有しており、そのおかげでまだルプスの攻撃をさばききっているが、いずれ限界が来るのは目に見えていた。

 何か打開策を見いださねばと、アステリオスは酸素が足りていない頭を無理矢理回転させる。しかし、こんな状況では妙案など浮かぶわけもなかった。

 そしてついに限界が訪れる。頭上から降ってきたルプスをアステリオスが斧でたたき伏せたその時、一瞬だがガクリとアステリオスの膝が折れた。すぐに持ち直すも、その隙は致命的だった。別のルプスが横から駆けより、アステリオスは横っ腹に強烈な蹴りを貰ってしまった。思わず呻き声を漏らし、膝をついてしまう。


「ぬははは!さすがに限界みたいだな!寧ろ、そんな鎧を着たままよく動き回ったもんだ。そこは素直に評価してやろうかね?」


 ルプスが姿を現し、余裕の表情で二人を見下ろしていた。

 アステリオスは咄嗟にメリッサを自分の背中に隠す。

 ルプスはそれが気にくわないようで、アステリオスを睨みつける。


「ふん、いっちょ前に守ろうってか」

「仲間たちの盾になる。それがわたしの仕事だ。身体を張る意外に能がないもんでな」

「だったら、お望み通りそうさせてやろう!」


 ルプスがアステリオスの顎を思い切り蹴り上げた。彼の兜が飛び、地面を転がる。


「アステリオス!」

「ふぅぐっ……」


 アステリオスは口から血を滴らせながらも倒れず、ルプスを睨みつける。


「あん?何だその目は!」


 ルプスは怒声を発し、アステリオスの腹に膝蹴りをたたき込んだ。鎧を通して走る強い衝撃にアステリオスは呻き悶絶する。更なる追い打ちをアステリオスの後頭部へ加えようと、ルプスが足を振り上げた。

 その瞬間、辺りをまばゆい光が覆う。それを直視してしまったルプスは視界を奪われてしまう。

 それを放ったのはメリッサだった。作り出した隙を逃さぬ内にアステリオスの肩をゆすり呼びかける。


「ほら、アステリオス!立ってください!」

「ああ……すまない」


 よろめきながらも二人は柱の裏へ逃げ込む。しかし、目を見えなくさせていてもルプスの察知能力の前では意味がないだろう。何とか作り出した一時の隙の間にどうにかしたいところだった。

 しかしアステリオスも傷を負ってしまった今、状況は前よりも更に悪くなっていた。ここで何とかできなければ、このままなぶり殺しにされてしまうだろう。


「メリッサ、何か案はないか。ひとまずあいつから隠れる方法でも見つかれば……」

「隠れるっていっても、クリームヒルデちゃんの術でさえ見通すヤツですよ?視覚も聴覚も魔力感知も誤魔化せませんよ。現にあいつは私とあいつが喧嘩していたことも知ってましたし」


 あいつ、というのはブケファロスのことを言っているのだとアステリオスは察する。そしてメリッサの言葉を考え直してみると、一つひっかかることを見つけた。


「確かにルプスはそのとき喧嘩のことを言い当てたが、『魔王』がわたしたちを先導していたとも行っていた。それは少し変ではないか?あのときの人格は確か、アレシャちゃんだったはずだ。関係あるか分からないが……」

「アレシャちゃんかダレイオスちゃんかは、よく知らない人にとっては判断つきにくいもんじゃないですか?私なら一発ですけど」

「それでも話し方で違和感を覚えるだろう。……そうだ。それにあのとき、アレシャちゃんは街を眺めるのに夢中で最後尾を歩いていたはずだ。とても先導していたとは言い難かった。それもおかしくはないか?」


 気にするにはあまりにも些細な食い違いだった。しかし、この状況では僅かな手がかりも貴重なものだ。ルプスが二人を見つけるまでもう時間がないだろう。もう他に頼りにできるものはないと、メリッサはそれを元に頭をフル回転させる。

 だが、間に合わなかった。

 メリッサが左方向への警戒をアステリオスに呼びかけ、その通りに姿を消したルプスが飛びかかってきた。

 事前に構えることができたアステリオスはそれを斧で防御することに成功する。


「くそっ、もう見つかったか!」

「……アステリオス、私に一つだけ考えがあります。でも、それが効果的なものである確信は全くありませんし、実行すれば私の魔力は大きく消耗してしまいますが……どうします?」


 メリッサの提案は、普段なら実行すべきでないと判断すべきものだろう。しかし、この追い詰められた状況ではもはや他にすがるものすら無い。そして何より、アステリオスはそれなりの期間を共に行動していたメリッサの言うことなら、信じてみる価値があると思った。

 アステリオスが頷きGOサインを出すと、メリッサも了解の意をこめて頷きを返した。


「それじゃ、急いで準備するんで逃げてください。頑張って」

「ああ。……あ?逃げるのか?結構身体が痛むんだが……」

「いいから急いでください!」


アステリオスは持てる力を振りしぼり、慌てて走り出す。抱えられながらもメリッサは両手を掲げて魔法陣を展開し始めた。これに魔力を注ぎきるまで逃げ切ればいいのだとだアステリオスは察する。が、それは視認できないルプスたちからの攻撃をメリッサの感知なしで乗り切らねばならないことを意味していた。アステリオスは体中の全神経を張り巡らせ、ルプスの攻撃を紙一重でかわしていく。まさに火事場の馬鹿力。傷ついた巨体で、アステリオスは見事にその猛攻をいなしていた。

 追い詰めているはずの男に自分の攻撃がかわされつづけ、ルプスは苛立ちが募ってゆく。


「くそったれ!」


 ルプスは大きく舌打ちすると、アステリオスの足下を重点的に攻め始めた。突然の攻めの転換にアステリオスは対処しようとするも、バランスを崩してしまう。ルプスが拳を振り上げ、アステリオスの顔を打ち抜こうとするその瞬間、メリッサが叫ぶ。


「跳んで!」


 アステリオスは片足に力をこめ、地面を踏みつけた。渾身の一踏みが力に代わり、アステリオスは大きく跳躍した。実際はそれほど跳んでいなかったが、彼にとっては会心の大ジャンプだった。

 ルプスは、まさか鎧を着込んだアステリオスが跳ぶとは思っていなかったのかアステリオスへの攻撃の手が一瞬止まってしまう。

 そこにメリッサの魔法陣から魔術が放たれた。


「お願いします!『凍界(フローズン・フィールド)』!」


 周囲に霧のように冷気が溢れた次の瞬間、部屋の全てが分厚い氷に覆われた。床、壁、天井、柱、全てが凍てつき、地面の至るとことからは大きな氷柱が伸びていた。


「ぬぁっ!痛え!」


 ルプスが声をあげる。アステリオスの足下を狙い地面に降り立っていた彼らは足が凍り付けになり動けなくなってしまっていた。

 一方、空中にいたアステリオスは難を逃れ、ガシャンと氷の上に着地する。そして驚嘆の声をこぼす。


「凄まじいな……。お前、以前はこんな魔術使えなかっただろう」

「アレシャちゃんが頑張ってるのを見てたら、私もやる気になっちゃいまして。裏で結構勉強してたんですよ」

「そうか……。しかし、氷で足を縛り付けるとはなんとも豪快な解決策だな」

「いえ、それは偶然です。どうせすぐに抜け出すでしょうし。私の考えが正しいかったかどうかはこれから分かります。とりあえず、隠れてください」


 メリッサがアステリオスを急かす。確かに敵が動けない間に身を隠すのは常套手段だが、それが通用しないのは身をもって知っていた。どういうつもりなのかと首を捻りつつもアステリオスは少し離れた氷柱の影へ身を潜める。そしてメリッサが『無彩(ステルス)』の魔術を用い、アステリオスとメリッサの二人の姿を薄暗い影の中に消しさった。

 その直後、氷が砕けるような音がした。ルプスが縛られていた氷から抜け出した音に違いなかった。これまでに見せたルプスの感知能力があれば、二人の隠れ場所はすぐにバレてしまうはずだ。すぐにでも姿を消し去った狼が獲物を狙って襲いかかってくる。アステリオスはそう考えていた。

 しかし、その瞬間は訪れない。


「ちぃくしょう!どこだ!どこに消えやがった!」


 ルプスの荒々しい怒声が周囲に響く。どういうわけか、ルプスは二人の姿を完全に見失ってしまっていた。メリッサがアステリオスへ向けてグッと親指を立てるも、ダレイオスは更に首を捻るばかりだった。

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