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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
77/227

76 激突

 ヘリオスはダレイオスの提案にのった。ダレイオスの見通しは間違っていなかったようだ。

 そして、ヘリオスは語り始める。


「そうですね。まずあの夜のことから始めましょうか。ダレイオス様、あなたの封印が解かれたときのことです」


 アレシャは、その話に耳をかたむける。ダレイオスの封印を解いたのはアレシャ自身だ。なぜ解くことができたのか定かでは無いが、彼女に関係のある話に違いなかった。


「あの夜の事件で“死人”の存在は耳にしなかったが」

「そうでしょうね。あの日、我々はずっと探していたものの行方が掴めたという情報を得ました。他でもない、あなたが封じられたガントレットのことです。それがムセイオンにあると忍び込ませていた“死人”から連絡が入り、それを確保するように指令を出しました。ムセイオンに所属する手練れたちが、ペルセポリスの調査報告のためにムセイオンを留守にするときを狙ってね。しかし……」


 そこでヘリオスはダレイオスのことを指さした。いや、正確にはダレイオスではない。ダレイオスの身体、すなわちアレシャを指さしていた。


「突如現れた二人の侵入者。その内の一人であるその少女が、どうやったか分かりませんが、ガントレットの封印を解いてしまったのです。そして、ダレイオス様はその少女の身体を礎に蘇った。こちらで用意した依り代にダレイオス様の魂を乗り移らせるつもりだったのですが、見事に失敗に終わってしまいました」


 ヘリオスは大きくため息をついた。どうやら、アレシャの本能に任せた考え無しの行動は、意図せずして“死人”の計画を妨害していたようだった。ダレイオスも思っていたより自分の身が危ない状態にあったのだと知り、少し冷や汗が浮き出た。しかし、そうなると次に起きた事件の説明が必要になる。


「それから数日後、商会の冒険者登録試験中のオルガヌム大森林に『七色の魔物』が現れた。あれはお前が作り、差し向けたものだろう?だが、不可解なことがある」


 ダレイオスがそう前置きするが、ダレイオスがわざわざ言葉にしなくともヘリオスは彼が何を訪ねたいのかを察し、答える。


「あなたが聞きたいのは、なぜオルガヌム大森林というピンポイントな場所にいたことが分かったのか、ということですね。なぜ私がダレイオス様の居場所を知っていたのか、と。それですが、言ってしまえば偶然ですよ」

「偶然?」


 その言葉にダレイオスは訝しげに眉をひそめる。彼の知るヘリオスは論理的に物事を考える人間だ。偶然などと口にするのは珍しいことなのだ。しかし、ヘリオスはダレイオスの問いかけに頷きを返した。


「そう、偶然ですよ。私が、ダレイオス様が何者の身に宿ったのか知ったのは、アングイスの報告を聞いたときです。そのアレシャという少女がダレイオス様であることも、あなたが冒険者になろうと試験を受けていたことも全く知りませんでしたよ。だから、あなたが今、何者の姿をしているのかを探ろうと思ったのです」


 ダレイオスは、その発言と偶然という言葉を総合して考える。ヘリオスの言わんとすることはすぐに理解できた。アレシャはさっぱり分からないという風だったが、ヘリオスのことを良く知るダレイオスだからこそ考えついたのだろう。ダレイオスはヘリオスに確かめるように問いかける。


「大方、お前は私をおびきだそうと考えたんだろう。私にとって、全く知らない時代。そこにオルガヌム大森林に『七色の魔物』が現れたという、私にとって身に覚えのある騒ぎを起こせば、私は何かの情報を求めてそこへやってくる。実際、私ならそうしただろうしな」


 ヘリオスはダレイオスの推理に少し驚いた顔を見せた。どうやら正解だったらしい。アレシャはダレイオスに内心拍手を送る。


「さすがですね。ただ、それも失敗に終わってしまいました。あなたが偶然『七色の魔物』——私はフンババと呼んでいますが——それと出くわしたことで、“死人”が探りを入れる前にフンババは討伐されてしまいました」


 なるほど、とダレイオスは納得する。そこでアレシャは、アレシャが変に目立つことを避けるために情報を操作したと言っていたことを思い出した。それもあってヘリオスはダレイオスが宿る者を突きとめられなかったのだ。ダレイオスは更に質問を続ける。


「ならもう一体の、フンババだったか?そいつはなぜ私たちの前に現れたんだ」


 もう一体。ダレイオスらが『聖地アルバンダート』で対峙した個体のことだ。あれはダレイオスらの行く先へ先回りするように現れた。これを偶然で片付けるには難しい。


「それは偶然ではありません。しかし、あなたを狙ったものでもありません。一体目のフンババによるあぶり出しが失敗した後、私の元に『『七色の魔物』を討伐したのは、ヴェロニカというAランク冒険者だ』という情報が入ってきたのです。真偽はともかく、確かめる価値はあると私は判断し、冒険者ヴェロニカの行く先に二体目のフンババを送り込みました」


 狙われていたのはヴェロニカだった。それはダレイオスに少なからず衝撃を与えた。アレクサンドリアを発つとき、ヴェロニカがアレシャと共に行くと名乗り出なければ、彼女はダレイオスの力添えなしで『七色の魔物』と退治することになっていたのだ。ヴェロニカには幸運の女神の加護があったようだ。いや、こんな事件に巻き込まれている時点で幸運では無かった。不幸中の幸いというやつだった。

 しかし、そうなると気になるのは、なぜこの策も失敗したのかということだ。ヘリオスがダレイオスの存在を捉えるのはこれよりも少し後のこと。ここでも失敗していなければつじつまが合わない。

 ダレイオスがそう尋ねれば、ヘリオスはまた大きくため息をついた。


「あのとき、聖地周辺には事前に魔力感知に長けた“死人”を送り込んでいました。フンババとの戦いを確認できれば誰がダレイオス様か判断できますから。しかし、その場所にイレギュラーがいたんですよ。ヨーゼフ、とかいう“死人”です」


 あまりにも色々と話してくれるので、アレシャはヘリオスが実はそんなに悪い人ではないのではないか、と少しだけ思ってしまったが、そんなはずはないと思い直して話に集中する。

 久々に聞いたその名は、ダレイオスたちが初めて対峙した“死人”のものだ。ダレイオスたちはその男に騙され結界に閉じ込められ、『冥界術式』の餌食となりかけた。ヨーゼフは、その口ぶりからヘリオスの指示を受けていなかったことは分かっているので、イレギュラーであるということは理解できる。しかし、それがなぜ策を失敗させることに繋がるのかアレシャは分からなかった。今回はダレイオスにも分からないようだ。


「あの男、『冥界術式』を発動させる前に魔力感知を阻害する細工を周囲に施していたんですよ。あなたがフンババと戦っている間にね。おかげで折角の魔力感知も効きが悪くなってしまいました。加えて、内部の魔力反応を遮断する結界まで張って……そのおかげで、ダレイオス様を特定することはできなかったんですよ」

『うわあ、何その運がいいのか悪いのか分からない話……』

「そこで、お前は送り込んでいた“死人”から連絡を貰い、急いでヨーゼフにかけた術をといた。ヨーゼフが尋問中に死んだのはそういうことだな」


 ヘリオスは頷く。

 ヨーゼフは元々、ファーティマでアングイスの部下として働いていたらしい。しかし、部下を全く気にかけないアングイスの監督が行き届かず、ヨーゼフはそこから『冥界術式』や結界の技術を持ち出し、ヘリオスのためだとのたまって勝手な活動をしていたようだ。それが盲信する主の妨げになるとは何とも皮肉なことだとダレイオスは思った。


「しかし二体目のフンババも討伐されたことで、当時のダレイオス様のパーティの四人の内の誰かにダレイオス様が宿っているという確証を得ることはできました。しかし、既に遅かった。聖地での事件の後、あなた方は商会長ランドルフと接触し、関係を結びました。それによって商会そのものが盾になり、あなたに手を出すことが難しくなってしまったのです」


 聖地での事件の後、ランドルフはアレシャたちを商会本部公認の冒険者だと定めた。そんな中で手を出せば、ランドルフや商会相手に戦う戦力が整っていなかったかつての“死人”たちでは力でねじ伏せられてしまってもおかしくなかった。

 更にヘリオス曰く、常にでは無かったが、公認冒険者になってからはアレシャたちを見張り警護する者がついていたらしい。それは黒いドレス姿の少女とのことだった。完全にクリームヒルデだった。


『ヒルデちゃん、ずっと一緒にいたんだ……。一言くらい声を掛けてくれたら良かったのに……』

「あいつが……。なるほど、この私が見張られていることに気づけなかったわけだ。あいつの術の隠密性はかなり高いからな」


 ダレイオスもそれに納得する。商会本部や今回の潜入の時も助けられ、クリームヒルデには世話になりっぱなしだとも思った。

 しかし、そこから幸運の風はヘリオスへと吹いた。丁度クリームヒルデの監視が外れている期間に、ダレイオスが自ら飛び込んでくるような事件が起きたからだ。


「ファーティマの街。あそこで行われていた実験はダレイオス様の捜索とは別に動いていたものでしたから、まさかアングイスがあなたを捕らえるとは思っていませんでしたよ。詰めは甘かったようですが」


 その言葉で、アングイスを取り逃がした失態をダレイオスは悔いるようにダレイオスは拳を握る。あの男さえ仕留めていれば、ここまで大きな事態にはならなかったはずだ。アングイスの『冥界術式』の研究が大勢の人の命を奪ったのだから。


「あの男は生前から禁術の研究を行っていた男でしてね。我々にとっては貴重な人材でした。ファーティマでの事の成り行きを聞いてすぐに蘇らせましたよ。多少おかしくなっていましたが、ここの地下で更なる研究にあたらせました。ファーティマで作り上げた、物質化した『冥界術式』は効果が出るまでに時間がかかりすぎるものでしたから」


 それからのアングイスの研究への打ち込み様は常軌を逸していたという。まともな人間なら、とっくに身体が自己防衛のために動かなくなるほどに日夜研究を続けていた。実験用の人間を調達するのが大変だったとヘリオスが俯きながら呟くと、ダレイオスはその拳をぎゅっと握りしめた。

 そして、アングイスの捨て身の研究は驚くべき期間で完成品を作り上げることに成功した。


「あとは説明せずともご存じでしょう。エルフの眼を誤魔化す細工をした“死人”に完成品を預け、世界中の主要都市でそれを飲食物などに仕込ませました。あなた方が、川が発生源だという先入観に囚われている内にね」

「……ふん、そうみたいだな。まんまとしてやれられたよ」


 ダレイオスが鼻を鳴らし呟く。あのルプスとかいう“死人”にもずいぶんと踊らされた。相手をしているメリッサとアステリオスの身を案じる。ただ、これでヘリオスのこれまでの行動についてはだいたい分かった。しかし、語られていないことも数多くあった。ダレイオスがそれについて口にする。


「確かに一通りは聞いたが、これで本当に全てなのか?」


 ヘリオスは、その問いに首を横に振った。


「残念ながらダレイオス様、私がしてきたことは全てお話ししたつもりですよ。私から話すことができることは、もうありません」

「…………。そうか、ならそれでいい」

『え、いいの!?全て話したって言ってるけど、本当かどうか問い詰めてみた方が……』


 アレシャがそう訴えるも、ダレイオスは相変わらずアレシャを無視し続けている。一度ダレイオスを信じると決めたアレシャは、ここは素直に口を閉じることにした。

 そしてヘリオスがパンと手を叩き、ついに切り出す。


「久方ぶりの再会。名残惜しいですが、お話はここで終わりにしましょう。……そろそろ、始めますか?」


 ヘリオスの目の色が変わる。先ほどまでは全く感じさせなかった敵意がその目に確かに宿ったのがアレシャにも分かった。ダレイオスは静かに瞑目し、一度大きく深呼吸する。自分の内にあるものを整理し、目の前の男へ意識を集中させる。


「……そうだな。私がやるしかないようだ」


 そして、ダレイオスは荷物からガントレットを取り出し身につけた。名工によって作られた白光を放つガントレット。その拳を握りしめ、ヘリオスへ突きつける。


「この場所でいつも稽古をつけてやってたな。久々に私の胸を貸してやるとしよう」

「生憎、私に少女趣味はないので……」

「ふん、口の減らないやつだ。なら、その余裕ごと叩きつぶしてやろう」


 ダレイオスは足を前後に開き、身体の前に拳を構える。得意の格闘術、その臨戦態勢だ。ヘリオスはその構えを見て僅かに笑みをこぼすと、両手を交差させるようにして構えた。

 両者にらみ合う。じわりじわりと這い寄るような緊張感がその場を支配していた。先に動いた方が食われる。本能的にそう思わせるほどに空気は張り詰めていた。

 あまりにも長く感じられた刹那を打ち砕いたのは、ダレイオスだった。

 ダレイオスが右の拳を大きく振り上げる。

 初撃には相応しくない大味な動作。確かな隙ができる。誘っている可能性は高いが、何もしないわけにもいかない。ヘリオスが右腕を横に薙ぐと光の剣が一列に並び、その切っ先がダレイオスへ向けられた。そして、一斉に掃射される。それと同時。ダレイオスが拳を足下に振り下ろした。強烈な一撃に粉塵と土煙が上がる。更にその流れのまま、ダレイオスは右の手から風の魔術を放出した。かき混ぜるように回転する突風によって、粉塵、土煙、そして元から部屋に散乱していた砂が舞上げられ、視界が消滅した。


「くっ!目くらましとは、『魔王』様が姑息な手を使うものですね!」


 ヘリオスは魔法陣を展開し、それを吹き飛ばす魔術を練り上げ始める。

 その隙にダレイオスはヘリオスから大きく距離をとった。


「アレシャ、すまなかったな。無視などして」

『だ、ダレイオスさん!大丈夫!し、信じてましたから!』


 そうは言うものの、アレシャは露骨にホッとしたような声音であった。ダレイオスはその反応に小さく笑い、そしてすぐにアレシャにあることを伝えた。それにアレシャは納得したように声を上げる。


『なるほど、だからですか!』

「ああ。確信があるわけではないがな。だが、もしそうならお前が私たちの切り札になり得る。心の準備はしておいてくれ」

『り、了解!』


 アレシャが気合いのこもった声を返したその瞬間、視界が一瞬にして開けた。そしてダレイオスの目に映ったのは、自分へ一直線に向かってくる荒れ狂う白い竜巻だ。ダレイオスは咄嗟に横へ飛び込み、その勢いでゴロゴロと転がる。竜巻は部屋の壁にぶち当たり、壁面を大きくえぐり取った。間一髪だ。


『い、今の魔術って確か前にダレイオスさんが使ってた……』

「覚えておられますか?昔、ダレイオス様が私に教えてくださった魔術です。かつてのあなたと比べれば勝ち目はありませんが、今のあなたとなら五分じゃありませんか?」


 ダレイオスは小さく舌打ちすると、むくりと起き上がる。そしてもう一度構えを取り直した。それに応えるように、ヘリオスも構え直す。


「舐められたもんだ。このダレイオス、臣下に遅れをとるほど落ちちゃいない」

「王が常に最強であるなら、下克上なんてものは存在しないんですよ」

「全く、口の減らない男だ……」


 二人の男の視線が交差し、そして、激突する。

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