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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
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75 再会、そして対峙

『でもさ、大丈夫なのかな?』


 王宮内を走りながら、アレシャがダレイオスに尋ねる。どういう意味かとダレイオスが尋ね返すと、アレシャはうーん、と唸ってから続ける。


『いや、これだけ騒ぎを起こしたら、もうヘリオスも逃げちゃってるんじゃないかなって。ルプスは待っているって言ってたけど、別にそんな義理もないわけだし……』

「まあ、逃げられるなら逃げていてもおかしくはないな。だが、私はあいつはペルセポリスから離れられないのだと考えている」

『離れられない……?』


 アレシャは首をひねる。今、身体はダレイオスのものなので実際にはひねることはできないが。

 ただ、以前商会本部で会っている以上、離れられないワケがないとアレシャは思った。

 今度はアレシャが、どう意味かと尋ねるが、後で本人に直接確認すると言って詳しくは教えてくれなかった。

 そして、ダレイオス率いる四人は王宮の大階段を駆け上がる。既に王宮のかなり奥まで入ってきている。それでも目的の場所までたどりつかないことが、ペルセポリスの王宮の巨大さを、かつてのアルマスラ王国の力の強大さを物語っている。


「もうすぐだ。この先にドーム状の部屋がある。おそらく、あいつはそこにいるはずだ」

「確信があるようですわね。何か理由があるのですか?」

「……昔、よくそこでヘリオスに稽古をつけていたんだ。あいつが私と戦う気ならば、そこを選ぶ」


 ダレイオスはヘリオスの考えをよく分かっていた。かつては、それほどに仲の良い関係を築いていたのだろう。そんな二人が戦わなければならないのかと思うとアレシャは少し切なくなってしまった。

 しかし、そう思う余裕もなくなってしまう。

 天井から大きな影が勢いよく飛び降りてきたのだ。

 いち早く反応したのはセイフだ。両手に剣を抜き、その影を受け止める。しかし、その一撃は重く耐える続けるのは難しい。セイフは剣を左へ払い、なんとか受け流した。その影はぐるりと身体をひねり、地面に着地する。そこでようやく何者かの姿を確認することができた。

 白髪を後ろで一つに束ね、以前にも見たことがある極東の島国の衣装を身に纏っている。その両手には片刃で反りのある剣を手にしていた。アレシャ曰く、その剣も極東の島国のものだという。だが何よりも、年老いているにも関わらずそれを全く感じさせない鍛えられた肉体が強者の風格を醸し出していた。

 それを見て、驚愕したのはセイフだった。彼の頬を汗がつたう。


「どうした。この男、知っているのか?」


 ダレイオスが尋ねると、セイフは静かに頷き、剣の切っ先を男へ向けたまま答える。


「この人は、俺の師だった男だ。先代、『剣帝マルクス』。間違いなく、最強の剣士の一角だ」

「先代『剣帝』!?なんでそんな男が死人に……」


 ブケファロスが驚きの声を漏らす。アレシャやクリームヒルデを同じような反応をしていた。かなり高名な人物だったことはダレイオスにも予想ができた。

 先代『剣帝』はセイフを見据え、語りかける。


「久しぶりだな、セイフ。もう十数年ぶりになるのか。お前もずいぶん年をとったな」

「まだ四十にもなってませんよ、マサカドさん。あなたは全くお変わりありませんね」

「それは当然だろう。儂はずっと死んでいたのだからな。……『剣帝マルクス』の称号を譲り渡した後、儂は一介の冒険者に戻った。しかし、とある禁術の研究をしていた男の調査に向かったとき、無様にもその術に巻き込まれ命絶えたのだ。そしてつい最近、我が主の術により蘇り今に至る。今の儂はマサカドではない。我が主アポロンに仕える幹部の一人、ケルウスだ」


 そして、マサカド改めケルウスは剣を構える。その目に映る全てを突き破らんとするような攻めの構えだ。混じり気の無い敵意がその目には宿っていた。

 これまで会ったルプスやアングイスといった幹部連中とは違う、明らかな強者の気迫。ダレイオスは自分の肌が粟立つのを感じていた。


「ゆくぞ」


 ケルウスがそう呟き、地を蹴った。

 その剣は初速から最高速度にまで達していた。まさに神速と呼べる剣がセイフに襲いかかる。セイフは両手の剣を交差し、ケルウスの右手の斬撃を受け止め流した。しかし、左からの攻撃には反応するには間に合わなかった。セイフの胴を切り裂こうと迫る刃。それを受け止めたのはブケファロスだった。彼の持つ大剣、リットゥとケルウスの剣がぶつかり、火花を散らした。


「ほう、この若者も中々の使い手のようだ。名はなんというんだ」

「ブケファロスだ。よろしく頼む、爺さん!」


 ブケファロスは剣を振るい、ケルウスをはねのけた。

 リットゥをグルリと振り回し、構え直す。セイフも相手に切っ先を突きつけるような攻撃的な構えをとった。


「なあ、セイフさん。この男の攻撃、片手なのに何でこんなに重いんだ?」

「己の力を最も効率よく扱うことで、片手でも両手持ちに劣らぬ一撃を生み出すことができる剛剣。それがこの人の剣だ」

「腕が四本あるようなものってことか。反則くせえな……」


 だが二人ならば戦えない相手ではない。セイフとブケファロスはそう判断した。そしてダレイオスに視線を送る。

 早く行け。

 その思いをダレイオスは確かに受け取った。頼んだぞ。そう言葉を残し、目的の場所へ駆けていった。意外であったのは、ケルウスがそれを止めようとしなかったことだ。


「いいんですか?行かせてしまっても」

「我が主の命令は『戦え』ということだけだ。それならばお前ら二人の相手をすれば問題ない。それに、剣士以外と戦っても儂が楽しくないからな」


 その答えを聞き、セイフは僅かに微笑む。“死人”となってもなお、彼の師の本質は変わっていなかったからだ。

 三人の剣士はそれぞれの得物を手に、それぞれの構えをとる。

 あとはそれぞれの思うがままに剣を振るうだけだ。もはやそこに、言葉は必要なかった。



 ダレイオスは長い廊下を駆け抜ける。

 この一連の事件の全てを終わらせるために。

 彼にとって、優秀な臣下であり、よき理解者であり、ともに戦った仲間であり、大切な友であった男を打ち倒すために。

 その始まりを告げる大きな音が静まりかえっていた部屋にこだまする。ダレイオスが扉を蹴り砕き、転がり込んできた音だった。

 ダレイオスは長く息を吐くと、ゆっくりとした挙動で立ち上がった。

 そして、ドーム状の高い天井のあるその部屋。そこでダレイオスと向かい合ってたたずむ一人の男に視線をむける。


「今度こそ、久しぶりだな。ヘリオス」

「ええ、そうですね。お久しぶりです、ダレイオス様」


 二人が交わしたその言葉にアレシャは違和感を感じる。商会本部で対峙したのはつい最近のことだからだ。

 その疑問に答えるため、ダレイオスはヘリオスへ先ほど言っていた確認をとることにする。


「やはりお前、ペルセポリスから動けないみたいだな。“死人”に術をかけ続けるには、ここ一帯の魔素がないと厳しいか」

「……その通りですよ。私自身の魔力だけで術を維持するのはとてもじゃないですが無理ですからね。以前商会本部でお会いしたときは、少しトリックを使わせていただきました」

「トリック、か。大方、あのルプスとかいう“死人”の仕業だろう?あいつは見かけによらず妙な術を使うようだからな」


 そうダレイオスが言うと、ヘリオスは薄く笑い肯定を返した。


「ルプスの術で、私の意識を一時的にやつへ預けたんですよ。商会本部にいたのは、言わば私が遠方から操る人形というところでしょうか」

「ほう、それは便利なものだな」


 ヘリオスは丁寧に手品のタネを教えてくれた。

 ダレイオスはそこから更に情報を聞き出そうと思い、口を開く。しかし、意外にも先に話を始めたのはヘリオスの方だった。


「ダレイオス様、本当に驚きましたよ。あなたがそんな少女の身体に宿ったと聞いたときはね。あなたは女性や子どもには優しい方でしたから」

「……私に少女趣味は無いんだがな」

「そういう意味ではなく、純粋な優しさの話ですよ。あなたは自身のために他人を犠牲にする人ではないと思っていた、ということです」

「……この身体の持ち主、アレシャだったか?彼女には悪いことをした。だが、彼女は運が悪かったんだ。ムセイオンに忍び込んだりしなければ死ぬこともなかっただろうに」


 アレシャはそれに驚愕の声を漏らす。今、ダレイオスはアレシャが死んだと口にしたのだ。もはや意味が分からなかった。その思いをダレイオスへぶつけるが、ダレイオスはそれを無視し、答えようとはしなかった。聞こえていないわけがないというのに、ダレイオスはそれに答えようとしなかった。

 アレシャの心に不安がまとわりつく。

 しかし、ダレイオスは今まで重要なことを隠したりはしなかった。きっと今回のことには何か話せない理由があるのだ。アレシャはそう考える。これまで共に過ごし感じてきた、ダレイオスという男のことをアレシャは信じることにした。

 その思いを知ってか知らずか、ダレイオスはアレシャに声をかけずにヘリオスとの話を続ける。


「さて。私が負ければお前らの目的は果たされ、お前が負ければ“死人”は全滅する。全てはここで決着するというわけだ。なら、折角だ。お前の腹の内にあるもの全部ぶちまけてみないか?私の推論が正しいのか答え合わせをしてみたい」

「それで、私が話すとでも?」

「駄目か?お前にとってのメリットはないが、デメリットもないだろう」


 ダレイオスがそう口にすると、ヘリオスは意外にも迷いを見せた。メリットがないなら話す必要は微塵も無いのにだ。

 アレシャは、それでも話してくれはしないだろうと考えていた。

 しかしダレイオスは、確実とは言い切れないが話してくれると踏んでいた。だからこその提案だった。

 そして、ヘリオスが口を開く。


「……いいでしょう。かつての主君への礼儀として、私のした全て、お話しすることにしましょうか」

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