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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
75/227

74 それぞれの戦い

 王宮へ転がり込むと、そこは広い空間になっていた。ドーム型の天井につけられた小さな窓から僅かに月明かりが差し込む程度の暗い部屋だ。


「ダレイオスちゃん、ヘリオスのいる場所の見当はつくかしら」


 ヴェロニカが尋ね、ダレイオスは考え込む。

 ルプスは、ヘリオスがダレイオスのことを待っていると言っていた。ならば、ヘリオスが待ち構えているだろう場所にダレイオスは心当たりがあった。

 しかし、怪しいと踏んでいた地下通路も気になる。おそらく先ほどの魔物を閉じ込めていた場所へ通じているのだろうが、そこにヘリオスがいる可能性も十分ある。

 ならば手分けするのが定石だ。ダレイオスはそう判断した。


「ここから更に二手に分かれるぞ。そうだな……。ヴェロニカ、ヘルマン、メリッサ、アステリオスの四人は例の地下通路へ向かってくれ。そこにヘリオスがいる可能性は捨てきれない。お前らなら、もしあいつとかち合っても上手く連携して渡り合えるだろう。残りの三人、クリームヒルデ、セイフ、ブケファロスは私についてきてくれ。一つ心当たりのある場所がある」


 ダレイオスの指示に皆頷く。

 ダレイオスが地下通路の場所を記したメモをヴェロニカに手渡し、それぞれが行動を開始しようとしたその瞬間、メリッサが目にも留まらぬ挙動で弓を引いた。

 しかし、放たれた矢は壁へ鋭く突き刺さる。


「外した!これは……右です!避けてください!」


 メリッサが叫び、ダレイオスらが咄嗟に転がると、地面に大きな衝撃と共に波紋状の亀裂が入った。その中央がぐにゃりと歪むと毛深い大男が現れる。


「おおう!よく避けたな!どうやら、お前の魔力感知は本物のようだ」

「くそ、またお前か!」


 セイフが剣を抜き構えるが、メリッサがそれを手で制した。

 油断ならぬ構えで弓を構えたままルプスへ歩み寄る。その視線はルプスに噛みつき、絶対に離さないという気迫が感じられた。


「その姿を消す能力……。ドゥルジでもそれを使って逃げたんですね。ですが、今回はもう逃がしません。ダレイオスちゃん、ここは私が食い止めます。姿を消すこいつの相手は魔力感知を使える私にしかできません」

「おう?お嬢ちゃん一人で俺の相手ができるってか。舐められたもんだなぁ!」


 ルプスはそう叫ぶと再び姿を消し、次いで土煙を上げて再び跳躍した。だが、その身体は風を切る音とともに近くの柱へ背からぶち当たった。そのルプスの胸には風を纏った矢が突き刺さっている。


「弓士が獲物を捉えたらそう簡単には逃しませんよ。次は頭を打ち抜いてみせましょうか」

「ぬははは!本当にやり手のようだなぁ。だが、お前忘れてねえか?俺にはお前の攻撃なんぞ効きやしねえんだよお!」


 ルプスが低く構え、駆け出す。今度は姿を消すことも無く、メリッサへ向けて一直線に突進してきた。

 だが、真っ直ぐ向かってくる相手ほど打ち抜きやすいものはない。メリッサは先ほどの宣言通り、ルプスの頭に狙いを定め風の矢を射る。優れた弓士ならば絶対に外すことの無いこの状況。それに違わず、メリッサも正確にルプスの眉間を射貫いた。ルプスは頭から大きくのけぞる。しかし、倒れなかった。頭に矢を受けてもなお、ルプスは勢いを緩めることなくメリッサへ向けて猛然と駆ける。それはメリッサも想定していなかった。急いで次の矢をつがえようとするが、間に合わない。ダレイオスが急いでメリッサの前に飛び出ようとする。しかし、その必要は無かった。ルプスの強烈なタックルは、メリッサにとどく前に黒い巨体に阻まれたのだ。


「ぬ、これは中々……。だが、問題ない」

「あ、アステリオス……」


 メリッサが驚きの声を漏らす。自分を真っ先に守ってくれたのがアステリオスだとは思っていなかったのだ。

 アステリオスはルプスをがっちりと掴んだまま、ダレイオスらへ呼びかける。


「先ほどは商会長に出番を奪われたが、今度こそわたしもここに残る。二人ならこいつを抑えられるはずだ。さあ、早く行くんだ!」

「……分かった。お前ら、こいつは普通じゃない。何か裏がある。気をつけろよ」

「了解しました!」

「ああ、頼んだ。行くぞ!」


 ダレイオスの号令で二つのグループは一斉に駆けだした。ルプスはそうはさせまいともがくが、アステリオスがそれを許さない。そのまま、ダレイオスたちの姿は王宮の奥へ消えていった。


「こんの……。離しやがれえ!」

「ぬおっ!」


 ついに激昂したルプスがアステリオスを左上手投げで地面に転がした。そのまま追撃の蹴りを加えようと足を振り上げるが、メリッサの矢が脇腹に刺さり体勢を崩される。

 その隙にアステリオスは立ち上がり、自慢の大斧を肩にかついで臨戦態勢をとる。


「大丈夫ですか?」

「ああ。ありがとう」

「……糞が。足止めはともかく、お前らじゃ俺には勝てねえぞ?そこんとこ分かってんのか?ああ?」


 ルプスは威嚇するように二人を睨みつけた。二人は武器を突きつけそれに対峙する。

 ルプスは気に食わんとばかりに鼻をならし、またしても姿を消し去る。そして、二人へ向けて大きく跳躍した。



 ヴェロニカとヘルマンは地下通路への道を走る。

 メリッサとアステリオスが足止めに残ったため、戦力がダウンしてしまったが、とにかく自分たちの役割を果たさんと走る。

 去り際にダレイオスは、「ヘリオスを見つけても戦いを挑むな」と残した。二人だけで渡り合うには厳しい相手だと彼は判断したのだ。

 なので、二人はとにかく素早く調査を終えようと道を急いでいた。

 そして数分足らず。入り口からほど遠くない場所に、その地下通路を見つけた。僅かに下るように奥へ続いている。

 ヘルマンがその壁を手でなぞり呟く。


「見た目には何も違和感はないな。長い何月を経て風化したように上手く見せかけられている。事情を知らなければ何も疑問に思うことは無いだろうな」

「歴史学者のオズワルドさんも後から作られたものと気づけなかったものね。それで、問題はこの先ね」


 魔術で灯した明かり以外に一切の光がない道を警戒しながら歩いて行くと、オズワルドが以前言った通り砂に埋もれ塞がれていた場所を見つけた。そう、塞がれていた、だ。それらしい名残は見えるが、今はその砂は消え去り更に奥へ向かう道が続いていた。

 この先に何かある。それは間違いなかった。加えて、道が開通しているということはすでに誰かがこの先へ向かったということでもある。

 二人は視線で合図し、ヴェロニカが後ろからいつでも攻撃できるよう準備をし、ヘルマンが先行するという形をとった。

 進んでいくと、やがて通路の向こうが僅かに明るくなっているのが見えた。歩みを少し速めた二人が通路を抜けると、そこには円形をした空間が広がっていた。そして、その部屋の構造には二人とも見覚えがあった。


「これは確か、ファーティマの地下にあったのと同じ……!」

「ええ、間違いないわ。『冥界術式』の……」

「ご名答。より踏み込んだ『冥界術式』の研究をするためのワタシの仕事場だ。奥には例の魔物どもを封じていた大部屋もあるよ。今は天井が崩れ落ちて星がよく見えるけどね」


 二人はその声の主へ咄嗟に視線をむける。

 そこには、緑の髪色をした背の高い男がたたずんでいた。気味の悪い笑顔がそいつの顔がある場所に張り付いている。

 アングイス。それがこの男の名だ。以前、ファーティマで『冥界術式』に関わる研究を行っていた男で、今回の事件の原因とも言える人物だ。


「久しぶりだな。前に会ったときダレイオスに手足をもぎ取られたと記憶しているが、それはどこで拾ってきたんだ?」


 ヘルマンがアングイスの右手と右足に視線を向ける。それはダレイオスの放った攻撃で間違いなく吹き飛んだはずだ。しかし、アングイスにはそれがあった。どういう仕組みかとヘルマンは更に尋ねる。

 すると、アングイスの顔に明らかな憎しみの色が浮かんだ。そして右手にはめていた皮の手袋をはぎ取る。そこから現れたものに、ヘルマンもヴェロニカも顔をしかめる。アングイスの手は、一切の光を逃さない漆黒に染まっていたからだ。

 アングイスが以前戦いに使っていた、実戦用の『冥界術式』。使用者の思うがままに形を変えるそれを使ってこの男は腕を作り上げたのだとヘルマンは察した。

 アングイスはそのまま呟くように言葉を発する。


「あの後、ワタシはボスに蘇らせてもらったが、欠損した手足までは戻らなかった。あの小娘の皮を被った化け物。あいつのせいでワタシは痛みにひどく苦しんだ。あいつへの憎しみがワタシを殺してしまうんじゃないかと思ったくらいさ。……でも、ワタシにはこの子がいたんだよ」


 そして、アングイスは自分の腕に頬ずりを始めた。ウットリとした目つきでそれを眺め、何度も口づけをする。

 この部屋で再会したときよりも更に口角を歪ませ、アングイスは嬉々として話し始める。


「ワタシの研究成果ちゃんだけがワタシを救ってくれた!ワタシに再び立ち上がるための足を、再び研究をするための腕を!あの化け物をくびり殺すための腕を与えてくれたんだ!ああ、なんと愛しく美しいんだ……」


 アングイスは恍惚とした表情で一人小躍りする。薄暗い部屋で見るその光景はなんとも珍妙で不気味なものだった。


「美しい?馬鹿を言わないで欲しいわ」


 そこに水を差す。いや、水をぶっかけたのはヴェロニカだ。冷たい目でアングイスを睨む。

 それを耳にしてピタリと動きが止まったアングイスは、ダレイオスへの憎しみよりも更に大きな怒りを貼り付けた表情でヴェロニカを睨み返した。

 しかし、それに怯む彼女ではない。


「自分の作り上げた魔術の美しさ。それは私も理解するところではあるわ。あの緻密に練り上げた魔法陣の輝きったら、それはもう極上よ。でも、人の命を弄んだ結果として生まれたあなたの術は、全く美しくないわ。寧ろ、人の血を練り固めただけの汚い黒色よ」

「ああああああ!?」


 アングイスの額にぶくりと血管が浮き上がる。そして、吠えた。


「馬鹿を言っているのはお前の方だろうが!ワタシの術が美しくないわけが無い!この色は人の命の尊さの真を表したものだ!人が死とともに放つ輝き、その結晶こそがこの黒だ!なぜ、この素晴らしさが、美しさが理解できなあい!」


 そのあまりの剣幕に、さすがの二人も気圧されてしまう。そして同時に目の前の男に違和感を感じる。


「ヘルマンさん、この男ってこんな感じだったかしら?」

「いや、以前会ったときはもう少し話の通じる男でした。……こいつ、完全に気が触れてますね。気をつけてください。こういう相手は何をしでかすかわかりませんから」


 ヘルマンの忠告にヴェロニカは頷く。

 その会話の間もアングイスはずっとわめき散らしていた。

 そして一通り叫び終えたところで、アングイスは何かを思い出したようにヘルマンの方を見る。


「そうだ、そこのお前!お前、ファーティマの地下で会ったときワタシの術をこけにしてくれたよな?忘れたとは言わせんぞぉ?あのときはよくも…………そうだ。語って聞かせるより体験する方がずっといい」


 そこでアングイスの表情がまた変化した。気味の悪いニタニタとした笑みだ。

 そして彼の右手足から、どす黒い触手のようなものがズルリと伸びる。


「お前もその女も、まとめてこの子の餌にしてあげよう。そうすればきっと、この子の素晴らしさが理解できるはずだ!」


 そして、黒い触手たちが一斉に二人に向かって伸びた。その動きはアングイスの言う通り、餌を求める蛇のようだった。

 そこでヘルマンがため息を一つこぼし、前に進み出る。そして、白く輝く壁を目の前に出現させた。直線的な動きの触手がその壁に触れれば、触手は白い光と共に霧散し消滅した。


「何をしてくるかと思えば、前と何も変わらないな。寧ろ動きが単調で前より劣化している。わざわざ俺が術を鍛える必要も無かったか」


 ヘルマンは鼻で笑い、そう言う。

 そう、ヘルマンの対禁術の魔術はファーティマで見せたものよりも洗練されていた。前のものは自らの手で対象へ触れなければ効果が無かったが、今回のものは壁を張ることで前方の攻撃全てに対抗することができるようになった。ダレイオスから得た古代魔術の知識を元に試行錯誤を繰り返し生まれたものだ。

 あっという間に全ての攻撃の手段を失ったアングイスに大きな隙が生まれた。それを見逃すヴェロニカではない。手に赤い魔法陣を重ねて展開させる。


「『赤光(メルト)』!」


 一筋の熱線がアングイスめがけて放たれた。アングイスはそれに反応することはできなかった。腹がえぐられ、焼け焦げる。普通ならば致命傷だ。しかし、アングイスの顔から笑いは消えない。


「あぁぐううぅうっ、痛い、が、ワタシにはこの子がいるんだ……。はははははは!」


 アングイスが高笑いすると、アングイスの傷が黒い闇によってみるみる塞がっていき、彼の腹がどす黒いもので塗りつぶされた。まさに、彼の欠損してた手足と同じ状況だ。

 それにはヘルマンもヴェロニカも驚きを隠せない。そして更に警戒を強め、構える。


「致命傷が塞がるとは、何ともふざけたヤツだ……。さっきのルプスといい、“死人”はこんなのばかりなんですかね?」

「全くよ。でも、やっぱりこんな魔術を美しいだなんて私は到底思えないわ。折角だから、本当の美しさってものを私が教えてあげようかしら」


 アングイスから再び黒い触手が伸び、二人に狙いを定めた。

 二人も手に魔法陣を展開し、魔力を注ぎ込む。

 そして、食らいつく漆黒と魔術の炸裂する光が交差した。

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