73 いざ、ペルセポリスへ
この夜のうちに終わらせる。ランドルフはそう告げた。
先ほどまでとは打って変わり、一同に緊張が走る中ランドルフは続ける。
「このメンバーを二つにわけて行動する。一つはこっそり忍び込む。一つは更にこっそり忍び込む。分かりやすいだろう?」
「いや、あんまり分かりやすくないよ。詳しく説明してよ」
「……話の腰を折るな、お前は。詳しく言うと、第一班は本気で潜入する。できる限り敵に発見されないようにヘリオスの元へ向かうんだ。だが、発見されるのは間違いないだろうな。言ってしまえば囮のグループだ。第二班は、クリームヒルデの術を用い潜入する、本命のグループだ。第一班に目が行っている間に奥深くまで潜り込むんだ」
ランドルフの策は確かに分かりやすかった。第一班をあからさまな陽動にするのではなく、本気で潜入させることで囮だと敵に気づかせにくくするということだ。
しかし、ヘリオスは頭の切れる男だ。ただ普通に潜入するだけでは、一つ目のグループが囮であることに気づくかもしれない。アレシャと交代したダレイオスがそのように指摘するが、ランドルフもそれは考慮していたようだった。
「確かにそうだが、囮になるのは俺たち『ナディエージダ』のメンバーのつもりだ。俺たちを仕留めるにはペルセポリス中の戦力を回すくらいじゃないと無理だろうよ。お前らに戦力を回す余裕なんざないさ」
ランドルフがそう言って笑い、『ナディエージダ』のメンバーもニヤリと笑って頷いた。どうやらランドルフの虚勢ではなく、自信があるらしい。確かに、ハンター商会長、大国の大物武官、魔導研究所の幹部、戦力的には一個師団では足りないレベルと言えるかもしれない。
ダレイオスは彼らの実力を信じてみることにした。
「わかった。なら、俺も文句はない。お前らに任せる!他に異論があるやつはいないか?」
ダレイオスがそう尋ねるが、誰も口出しはしなかった。
方針は固まった。
『ナディエージダ』のメンバーとフェオドラの五人は囮役の第一班。アレシャたちのパーティにセイフ、ブケファロス、クリームヒルデを加えた八人が第二班だ。本命の潜入グループの人数が多いのではないか、とセイフが指摘したが、『ナディエージダ』のメンバーだけの方が連携が取りやすいということで、このグループ分けになった。
遺跡近くまではクリームヒルデの術を用いて移動し、そこから二手に分かれる。ランドルフらは遺跡内を探索しながらヘリオスを探す。ダレイオスらは謎の地下通路へまっすぐ向かう。そのように段取りをつけた。
また、ペルセポリス周辺に蔓延する魔素のせいで、長時間の活動は行えない。半日も魔素に晒され続ければ、中毒症状が起きてしまうだろう。つまり、先ほどランドルフが言った通りこの夜の間にケリをつけねばならないということだ。
となれば、善は急げだ。
素早く身支度を整え、一行は集落を出る。
外で静かに待機していたスヴェートの背にまたがり、スヴェートは低い高度で静かに飛ぶ。十三人も乗っているにもかかわらず、少しもよろめかない堂々とした飛び姿だ。巨大な魔物たちの間をぬい、ペルセポリス遺跡の外壁まで到着した。
外壁の上にはいくらかの見張りが立っているのが確認できる。ダレイオスたち第二班はスヴェートの背から飛び降りた。
「ここから別行動だな。健闘を祈る」
「ああ。俺たちはこの場所から入り込む。お前らは更に左へ回った場所から潜入してくれ。その方が王宮への距離が近い」
「ここは私の街だ。地図は頭の中に入っているさ」
そう言葉を残し、第二班の面々は行動を開始した。
外壁に沿ってムセイオンの周囲を歩いて行くと、ダレイオスがある場所で立ち止まった。ここがどうやら潜入するのに丁度いい場所のようだ。
「ブケファロス、頼む」
「おう。わかった」
ダレイオスに応じ、ブケファロスが前に進み出て剣を構えた。
そして、目にも留まらぬ四撃を放つ。
深く鋭い斬撃が刻み込まれ、外壁の一部が見事に切り出された。これで中に入ることができる。
「へえ、さすがですね。ムセイオンに不法侵入したときもこんな感じだったんですか?」
「ああ?なんだ、そんなに羨ましいならお前もくり抜いてやろうか?」
「やめろ、お前ら。どうしてそう喧嘩するんだ……」
アステリオスがブケファロスとメリッサを仲裁する。
ダレイオスはため息をついて外壁の中へと踏み込んだ。そして内部の様子を見て、またため息がこぼれる。彼が千九百年ぶりに見た王都ペルセポリスの光景、それは一切の色がない過去の遺物と化していた。月明かりに照らされた遺跡に、もはや隆盛を極めたかつての面影はない。
『ダレイオスさん、大丈夫?』
「ああ。少し感傷に浸ってしまっただけだ。……王宮はあそこだな」
「少し遠いわね。もう少し回った場所の方がよかったかしら」
「いや、本当に潜入に最適な場所はヘリオスもマークしている可能性がある。ここからの方が都合が良い」
そう言って一行はかつて市街地であったペルセポリスの一画を進む。
さすがのダレイオスも道を完全に覚えているわけではないようで、多少迷いながらも順調な足取りだ。メリッサとブケファロスが時折喧嘩腰になること以外は。それも、アステリオスが一度たたき伏せてやると静かになった。
アレシャはそんな中でも、ダレイオスにお願いして交代して貰い、街の様子を観察していた。気軽に来られる場所ではないので、この貴重な機会にしっかりと目に焼き付けておこうと思ったのだ。巨大なペルセポリスの王宮を目にして驚嘆し褒め称えたときは、ダレイオスも少し誇らしい気持ちになった。しかし、それに夢中で道案内役であるのに遅れてついて行っていることに関しては多少怒られた。
ペルセポリス内には人の影がちらほらと目に付いたが、誰もダレイオスたちには気づかない。ほとんどの戦力が出払ってしまって警備に手が回っていないのか、いざという時のために隠しもっているのか分からないが、少なくとも王宮までは何事もなくたどり着けそうだった。
しかし、王宮の前の広場までたどり着いたときにメリッサが静止を呼びかけた。
「どうしたの?何か見つけたのかしら」
「いや、私の魔力感知に何か引っかかったんですけど、よく分からないんですよ」
メリッサが首をかしげ、皆も首をかしげた。
念のためにアレシャと交代しなおしたダレイオスが疑問を口にする。
「私も魔力感知を張ってはいるが、何も感じないぞ」
「いえ、ここら一体は魔素のせいで魔力感知が効きにくいのです。何も感じないのも無理ありませんわ」
クリームヒルデがダレイオスにそう口を挟んだ。となると、頼りになるのは普通よりも高い精度を持つメリッサの魔力感知だけということになる。メリッサは更に感覚を研ぎ澄ませ、その何かが何なのか探ろうと努める。
むむむと唸ること十数秒。
メリッサがカッと目を見開き、素早く弓を構える。そして、夜空へ向けて渾身の矢を放った。その軌道上には何も無い。はずだったが、何かに突き刺さるようにして矢が空中で制止したのだ。
低い呻きとともに、その何かが姿を現す。それは、以前にも見たことがある大男だった。
「お前は、ルプス!」
「ぬ……くそ。この環境で魔力感知ができるヤツがいるとは……」
ルプスは肩に刺さった魔術でできた矢を握り潰すと、ゆらりと立ち上がった。その視線はダレイオスらを正確に捉えていた。どうやら、ルプスにはダレイオスたちが認識されているようだ。
クリームヒルデはそれに焦りをみせる。
「どういうことでしょう。私の術は視覚に加え聴覚や魔力感知までも錯覚させるものですわ。完璧で無いとは言え、隠密に徹すれば見つかることはまずないのですが……」
「こいつには以前にもお前の術を見られている。対策を練られていたのかもしれない。だが、バレてしまった以上この術ももう意味をなさないな」
ダレイオスがそう言い、クリームヒルデも頷き術をといた。
闇の中から八人の冒険者の姿が現れる。
「ぬはははははは!来ると思っていたぞ!ボスも必ず来るって言っていたからな!お前らのことはよーく見えていたぞ?そこの『魔王』様が先導して街を行く姿も、仲間内で何やら喧嘩している姿も全てな」
ルプスは心底愉快というように高笑いする。
ペルセポリスに侵入したときから既に捕捉されていた。その事実にダレイオスは歯がみする。そして、次の行動を考える。見つかってしまっている以上、もはや戦う以外に道は無い。敵の戦力が集まってくるのも時間の問題だろう。
ならば、この男の相手をしている暇などない。そう判断する他なかった。
「ここはわたしが引き受けよう。一刻も早くヘリオスの元へ」
そう言ってアステリオスが前に出る。彼もダレイオスと同じように考えたようだ。斧を振るい、ルプスへつきつける。
「かかってこい。“死人”の幹部の実力を見せてみろ」
そう軽く挑発すると、ルプスはまた高笑いした。
「そういうのかっこいいと思うぜ?だがよ。それに付き合ってやる義理もねえだろ?」
そしてルプスはニタリと笑い、大きく息を吸い込む。
ダレイオスらが反射的に身構えると、ルプスは夜空へ向かって獣のように甲高く吠えた。
そしてそれに次いで地響きが聞こえ始める。
「俺の代わりにこいつらが相手する。これで終わらないことをボスも期待しているからな。頑張ってくれよ?」
ルプスが闇の中に消え去ると、地響きが更に大きくなった。
その瞬間、メリッサの全身の毛が逆立つ。
「みんな!跳んでください!」
メリッサがそう叫び、全員が咄嗟に跳躍すると地面が轟音とともに吹き飛んだ。大穴が空いた地下からは低いうなり声と共に数体の魔物が姿を現す。
圧倒的な威圧感を持つ、黄金の巨体を持つもの。大きさはさほどでもないが、七色に美しく輝く鱗を持つもの。『黄金の魔物』と『七色の魔物』だ。
これまでも、並の魔物とは一線を画したその能力に苦戦を強いられた強敵たちだ。『七色の魔物』に至っては三頭もの数がいる。奇襲を避けることはできたが、ダレイオスたちは血の気が引いていくのを感じていた。
「くそっ、あいつらこんなもんを隠していたのか!例の地下通路はこいつらの隠し場所へ続くものだったってわけかよ!」
「それよりも、こいつらどうするのよ!一体でも相当厄介なのに……」
「まともに相手をしている暇は無いな。隙を見て王宮内へ入るぞ」
セイフの案に全員が頷きを返す。
あとは、その隙をどう作るかだ。この魔物たちの目を、それなりの時間一点に集中させるのは容易ではない。
仕方ないとダレイオスが電撃の魔法陣を展開し始めたその瞬間、魔物どころかダレイオスらの目をも一点に集中させることがおきた。
「ぬぅぅううううおおおおおらああっ!」
気合いの入った声と共に、凄まじい質量と速度を持った何かが、『黄金の魔物』の頭に直撃した。あまりの破壊力に魔物は大きくのけぞり、そのまま後ろに倒れる。巨体がペルセポリスの街を押しつぶす中、突如飛来した何かは土煙が上がる中からむくりと起き上がる。
それを形容するならば、『鉄の塊』という言葉が最も相応しいだろう。人型ではあるが、とても人間には見えなかったのだ。しかし、それを見て発したアレシャの言葉は驚くべきものだった。
『ら、ランドルフおじさん!』
「ランドルフ!?あれがか!?」
ダレイオスが驚いてその鉄の塊を見ると、表面がひび割れ、その言葉の通り中からランドルフが現れるところだった。
ランドルフはダレイオスの方を見ると露骨にため息をこぼした。
「おいお前ら、いくら何でも見つかるのが早すぎるだろうがよ。これなら、最初から殴り込みかけておくんだったぜ」
「わ、悪い。それより……」
「ああ、分かってる」
ランドルフがそう言って拳を構えると、『七色の魔物』の一匹がランドルフへ飛びかかる。
ランドルフは小さく息を吐くと力一杯踏み込み、大ぶりのストレートを魔物の眉間へたたき込んだ。いつの間にか金属で覆われていたその右手は『七色の魔物』の鱗へめり込み、身体ごと吹き飛ばした。魔物はゴロゴロと地を転がり、巻き込んだ建物を瓦礫へと変えた。
「これが噂の『七色の魔物』の障壁か。何とかなりそうだな」
ランドルフが手首の具合を確かめながらそう口にした。
ダレイオスはそれに呆気にとられていたが、すぐに気を取り直し、王宮へと駆け抜けようとする。そこに『七色の魔物』が立ちふさがった。
魔術をたたき込んでやろうとダレイオスは構えると、今度は大きくて白いものが飛んできた。それは何かすぐに分かった。スヴェートだ。スヴェートが七色の魔物を組み伏せている内に、その背からタイタスが飛び降りてくる。
「おぅい、ランドルフ!大事ないか?いきなり王宮へ向けて放り投げてくれなんて言うもんだから焦ったぜ」
タイタスが肩を回しそう口にすると、続いてスヴェートから他の『ナディエージダ』のメンバーも降り立っていく。魔物たちがいきなり姿を現したその人間たちに注意を向ける中、全身緑の魔術師ダリラが呼びかける。
「ヘルマン君、ここは私たちに任せて先へいきなさい。頑張ったらまたご褒美あげるわ」
「……それは心底いらないが、ぜひそうさせて貰おう」
第二班の面々は頷きあい、王宮へ一斉に駆けだした。
ゆっくりと身体を起こした『黄金の魔物』がその前足を振り下ろして行く手を阻もうとするが、ジャックの剣によって足下から体勢を崩される。
もう行く手を阻むものは何もない。
ダレイオスたちは王宮の中へと飛び込み、最後にランドルフらへ頭を下げると暗がりへと消えていった。そして残された五人は四体の魔物に取り囲まれる。魔物たちの目には容赦の無い敵意が宿っていた。
「では、手早く片付けるとするか。このメンバーで戦うのは何年ぶりだ?」
「フェオドラがアレクセイと結婚してギルドを抜けてからだから、二十年ぶりくらいかしらねぇ?」
「お前ら、ちゃんと連携は覚えてるだろうな?行くぞ!」
ランドルフの号令とともに彼らは魔物へ飛びかかっていった。




