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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
73/227

72 ケリをつけよう

 困惑しながらもアレシャはランドルフに尋ねる。


「えっと、いつものランドルフさんみたいでちょっとホッとしつつも大分ワケがわからないんだけど……さっきまで喧嘩してたよね?」

『おう、あれはわざとだ。まだちょっとこっちの準備ができてなかったからな。多少揉めればその場にじっとしていてくれると思ってな。悪かったな。ダレイオスがあんなにキレるとは思ってなかったんだ』

「なら最初からそう言ってくれれば……」

『あのとき俺の周りには色んなヤツがいてな。あんまり詳しく話せる状況じゃ無かったんだよ。だから悪かったって』


 アレシャの口は完全に開ききっていた。いわゆる間抜け面というやつだ。ただ、他の仲間たちも同じ顔をしていたので当然の反応とも言えた。

 ヴェロニカが気を持ち直してランドルフに質問をぶつける。


「そ、それで、準備ってなんの準備ですか?」

『ん?そりゃお前、ペルセポリス急襲の準備に決まってるだろう。お前らを商会から遠ざけたのは守りのためじゃねえ。一発で勝負を決める攻めのためだ』


 なおも唖然としている七人を気にすること無く、ランドルフは詳しい話を始める。通信なので相手がどんな顔をしているかは分からないのだから仕方ない。

 ランドルフが語ったのは、“死人”との戦線は拮抗していること。“死人”はアレシャたちの居所を見失っているということ。そして、先ほどアレシャたちも思い至った、ヘリオスを倒せば勝利であるということ。

 それについてはこっちでも話していたとアレシャが伝えると、ランドルフは驚いていた。


『なんだ、もっと揉めてると思ったが、そこまでまとまっていたのか。だったら話が早い』

「いや、揉める理由作ったのおじさんだから……。で、わたしたちはこれからどうすればいいの?」

『勿論ペルセポリスへ向かうわけだが、転移魔法陣を使っても時間がかかる。夜になったらそこへ迎えをよこすからそいつに従ってくれ。そいつが喋る内容を聞きゃ、敵かどうか判別できるはずだ。分かってると思うが、それまで動くなよ』

「わ、わかった」

『そうか、頼りにしてるぞ。ほんと、さっきは悪かったな。それじゃあ』


 通信先から聞こえてくる音声から、どうやらランドルフも移動中であったらしい。そのまま彼はせわしなく通信を切った。

 アレシャたちは、なんだか釈然としない思いを抱えていた。先ほどまで真面目に議論していたのがなんだか馬鹿らしく思えてしまっていた。ただ、一度議論を交わしてからアレシャを中心に更に強くまとまることができたのは、ランドルフが七人をかき回したおかげである。ランドルフに対する形容しがたいもやもやとした感情が鬱陶しく纏わりついていった。先ほどとは違うベクトルで、なんだか空気が重苦しい。


「と、とりあえず夜までは休憩しましょうか!他の冒険者が戦っている最中ではあるけれど、今は他にできることもないしね!」


 ヴェロニカが仕切り直し、七人はため息交じりに束の間の休息をとるのだった。


 交代で見張りをしながら数時間後。

 日は大きく傾き、辺りに夜のとばりが下りてきたころ、アレシャたちが居る館の戸が叩かれた。

 全員がすぐさま警戒の態勢をとり、ゆっくりと扉に近寄る。セイフが扉の前に立ち、来訪者の名を尋ねた。すると、返ってきた声は馴染みのあるものだった。


「フェオドラです。ランドルフさんの指示で代わりに迎えにきたわ」

「念のためですが、何か本人だと証明できるものはないですか?」

「そうねぇ。あれはアレシャが七歳のころかしら。いきなり外で服を……」

「ちょちょちょちょストップ!ストオォォォップ!」


 アレシャが大声をあげて扉を開け放った。

 そこには声の主であるフェオドラが立っていた。横にはクリームヒルデがついている。


「お、お、お母さん!いきなり何言い出すの!」

「何って証明でしょ?」

「だからってひとの恥ずかしい昔話を暴露しようとしないでよ!」


 外で服をどうしたのか少し気になるところではあったが、とりあえずランドルフの遣いとは無事に接触することができた。話の続きを聞き出そうとフェオドラに食いつくメリッサを引きはがし、アステリオスが説明を求めた。


「そうね。簡単にだけど説明するわ。今、“死人”との戦いが始まって丁度一日くらい経ったわ。先手を打たれたのもあって、こっちが劣勢ね。冒険者同士で戦うことに抵抗を持っている人がいるのも厳しいわ」

「そっか……。でも、なんで態々戦うんだろう。わたしたちが狙いなのに……」


 アレシャがそう疑問を投げかける。


「ダレイオス様を探す部隊も同時に動いていますわ。各地で商会を抑えている間にダレイオス様を見つけ出すつもりのようですわね」


 クリームヒルデがそれに答えてくれた。戦いながらも捜索する余裕があるあたり、どうやら敵の戦力の方がかなり多いらしい。あまり時間の猶予もなさそうだった。


「だから、私たちがペルセポリスに行って敵将を討つわ。そうすればこの戦いもさっさと終わらせることができる」


 フェオドラのその言葉に全員が頷いた。

 人の命を軽んじ、罪のない人々や関係ない人々を巻き込んだ“死人”たち。ついにそのケリをつけることができる。

 全員準備はとうにできていた。


「向こうでランドルフさんから詳しい説明があるわ。ひとまず移動しましょう」


 フェオドラが指を鳴らすと、空から一匹の純白のドラゴンが舞い降りた。フェオドラの操る召喚獣、スヴェートである。

 アレシャたちはその美しい姿に見とれつつも、スヴェートの広い背中にまたがっていく。


「でも、スヴェートで飛んだりしたら目立つんじゃないの?“死人”に見つかっちゃうんじゃ……」

「そこは私に任せていただければ問題ありませんわ。だからこそ夜に移動するのですから」


 クリームヒルデは自信ありげにそう答え、懐から一振りの黒いレイピアを取り出す。彼女がそれに魔力を注ぎ込むと、黒い魔法陣が展開し、そこから黒い霧が発生し始めた。同じ黒でも『冥界術式』とは違う、夜空を彷彿とさせるような神秘的な黒だ。やがてそれがスヴェートの全身を覆うと、クリームヒルデは小さく息を吐いた。


「この霧を纏っている間、私たちのあらゆる行動が闇の中では認識されにくくなりますわ。私一人なら完全に認識されなくすることもできるのですが……。それでも、この霧で効果は十二分のはずですわ」

「そうなのか。見たこともない術だが、興味深いな」


 ヘルマンが研究者の目で霧を見つめる中、フェオドラがスヴェートの首を優しく叩いた。スヴェートは高い声で鳴くと、翼を大きく広げ、勢いよく上昇した。


「うわっと!それなりに冒険者をやってきたけど、ドラゴンに乗るのは初めてだ」

「ああ、これが、かつてフェオドラお姉様が乗り回していたドラゴン!はぁ、美しい……」

「どうしたんですか、アステリオス。小刻みに振動してますけど」

「いや、た、高いところには馴染みが、なくてな」


 それぞれが思い思いの感想を言い合う中、フェオドラが何やら魔法陣を展開した。その陣の見かけから、アレシャは防御魔術のものだと判断し、何に使うものかとフェオドラに尋ねた。


「こうやって壁を張っておかないと死んじゃうから。人間って意外ともろいのよ?」


 アレシャは母の言葉の意味がわからなかった。どういうことかと聞こうとしたが、すぐに理解することになった。

 フェオドラが気合いを入れるようにスヴェートの首を叩くと、凄まじい負荷がアレシャの身体にのしかかった。何が何だか分からなかったが、凄まじい速度で景色が後方に吹き飛んでいくのを見てアレシャは悟った。これは死んだ、と。


 全力を賭したスヴェートの飛行速度は目を見はるものがあり、アレシャたちがペルセポリス周辺の砂漠、その近くにたどりついたのは月が昇りきる前だった。普通では考えられない時間だ。

 スヴェートは荒廃した集落に下りたち、その背からアレシャたちは転げ落ちる。地に足が着いていることの幸せをかみしめながら彼らはゆっくりと身体を起こした。フェオドラはそんな一同を見下ろしつつ肩をすくめる。


「全く、私より若いのにしっかりして欲しいわ」

「いや、無理だから。あれは、人間が乗るものじゃないから」


 アレシャが息も絶え絶えにそう言うと、同じようにおぼつかない足取りの仲間達も一様に首を縦に振った。スヴェートは申し訳なさそうに鳴くが、フェオドラが頭を撫でて大丈夫だと慰める。スヴェートは良い子である。しかし、ドラゴンに乗るのは今後控えようと誰もが心に決めていた。

 そうしていると、とある家屋から一人の男が姿を現した。短髪に野性味溢れる髭を生やした、いかにも前衛で戦いますというような男だった。その男は辺りをキョロキョロと見回しながら呼びかける。


「おい、フェオドラ。来たんだろ?どこにいるんだ」


 それを聞いてクリームヒルデが術を解くと、男は一行の姿に気づき、歩み寄ってくる。


「お、そこにいたのか。到着したのは察せたんだが、上手く隠れていたな。中々良い術じゃあないか」

「私じゃなくて、そこの黒い娘の術よ。……久しぶりね、タイタス」


 そう言って男とフェオドラは握手する。

 タイタスと呼ばれたその男の顔に仲間の誰も見覚えはなかった。が、アレシャだけは違ったようだ。何か思い出そうと頭をひねる。

 タイタスはアレシャの姿を見て微笑むと、ひとまず家屋の中に入るように促した。

 建物内は、かつては酒場だったのかそれなりの広さがあった。そこの大テーブルに三人の人物が集まっている。


「来たな。ご苦労だった。適当に座ってくれ」


 その内の一人であるランドルフがそう言い、アレシャたちはそこらに転がっている椅子を起こして腰掛ける。

 アレシャはそこでまた何かを思い出そうとしていた。先ほどのタイタスという男、それにランドルフと一緒にいる人たち。アレシャは彼らに見覚えがあったのだ。だが、思い出せない。

 それを待っていてやる義理もないので、ランドルフは自己紹介をするように求めた。


「名前はさっき聞いたと思うが、タイタスだ。アルマスラ帝国軍第三師団長をしている」

「アルマスラ帝国軍!?てっきり冒険者かと……。なぜ、こんなところに」


 セイフが最もな疑問をもつが、それは後でとランドルフが言うのでここは口を閉ざした。

 次に名乗ったのは、見るからにいい値段のしそうな鎧を身につけている細身の長身の男だ。綺麗に整えられた髪を掻き上げつつ頭を下げる。


「俺はジャン=ジャックだ。ジャックと呼んでくれ。ベータ王国騎士団長補佐を務めている。最近、『剣帝ハドリアヌス』の名を襲名したところだ」

「今度はベータ王国の騎士……。しかも『剣帝』って……。でも、ベータ王国ってセインツ・シルヴィアの『黄金の魔物』事件の原因ですよね。大丈夫なんですか?」


 メリッサが疑わしげな目つきで睨むと、ジャックは罰が悪そうに笑った。


「あの事件は我が騎士団の副団長の一人が独断で行ったことだ。ただ、我々の監督不行き届きであったのは認めよう。申し訳ない」


 真正面から謝られメリッサは逆に戸惑ってしまった。だったら最初から嫌みなど言わなければいいのにとアステリオスは思ったが、口にすることはなかった。

 最後に名乗ったのは、全身緑に染めた、野菜を彷彿とさせる女性だった。全身真っ赤のヴェロニカと並べると目がチカチカすること請け合いだ。帽子をとって恭しく礼をする。


「皆様ご機嫌麗しゅう。私、ダリラと申します。現在、魔導研究所ムセイオン戦術魔術塔所長を務めております。お見知りおきを」


 今度はムセイオンのお偉いさんだった。ムセイオンと聞き、視線は当然ヘルマンの方へ注がれる。

 ヘルマンはため息をつき、露骨に顔をしかめた。


「昔の上司だったおばさんだ。そして、俺が最も嫌いな上司でもある」

「あら、つれないですね、ヘルマン君。あんなに良くしてあげたというのに……」


 その言葉を聞いたヘルマンの体毛という体毛が全て逆立った。かつて何があったかは分からないが、絶対に聞いてははいけないというストッパーが働き、誰も追求することはなかった。

 これで全員の紹介が終わったわけだが、この三人とランドルフの間につながりが見えなかった。全員やたらと良い地位に就いているくらいだ。

 アレシャはなおも頭をうんうんとひねっている。それにランドルフは呆れたように首をふった。


「おい、本当に思い出せないのか?昔世話になっただろう」

「世話に……?」


 アレシャはもう一度タイタスらの顔をみつめる。そしてついに、記憶の引き出しが勢いよく開けられた。


「あ、あああああ!お、お父さんの!」

「……ようやくか」


 ランドルフがため息をつき、タイタスらは苦笑いを返した。

 どういうことかとヴェロニカが尋ね、アレシャが説明する。


「えっと、こちら三人。ランドルフさん含めて四人はわたしのお父さんのギルド、『ナディエージダ』のメンバーでして。わたしも小さいころはよく遊んで貰ってたんだけど……」

「それなのに忘れていた、と」

「……はい」


 アレシャは決まりが悪そうに頭をかいた。

 だが、これで一見接点のないメンバーの関係性が分かった。この三人はランドルフが昔のよしみで手を貸して貰うために呼び寄せたのだ。

 ランドルフは椅子に座り直し、テーブルを力強く叩いた。


「さて、ここにいるメンバーなら腕っ節は問題ない。これから“死人”どもとのケリをつけに行くぞ」

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