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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
72/227

71 行くか行かぬか

……まあこんな感じだ』


 思っていたよりも切羽詰まっている状況に七人は絶句する。自由な転移できる魔術なんて代物を敵が扱えるとは思っていなかった。ダレイオスは転移魔術の存在を聞いてからずっと拳を握りしめ続けていた。

 そんな中、最初に口火を切ったのはセイフだ。


「そんな状況になっているとは……。俺たちもすぐに向かいます。どこへ向かえばいいですか」


 セイフの問いに答えは中々返ってこない。魔法陣の向こうからは僅かに他の人間の声が聞こえる。現れた“死人”達への対応に追われているようだ。そして、黙っていたランドルフがようやく言葉を返す。


『いや、お前らはそこにしばらく隠れていてくれ。今は商会の戦力でなんとか抑えられている。こちらの体勢が完全に整えば巻き返すこともできる。お前らの力はいざと言うときに貸して貰えれば十分だ。ほら、それだと切り札みたいでかっこいいだろ?』


 ランドルフのいつもの軽口だが、この状況でのそれにはダレイオスも腹立たしさを覚えた。拳で机を叩き、怒りを露わにする。


「私たちはここで黙って見ていろということか!?敵の狙いは私だ。他ならぬ当事者の私が戦わないわけにいくか!」


 ダレイオスの言葉にランドルフは落ち着いて言葉を返す。


『駄目だ。敵がお前を狙う理由も未だはっきりしていない以上、お前が向こうの手に渡ってしまうことは避けなければならない。お前の力を利用する手段はいくらでもあるからな。お前を守ることが先決だ』

「救えるはずの命が散ろうともか……!」

『一般市民ともかく、冒険者たちは招集に応じた時点で死に対する覚悟を持っている。それに対してお前がとやかく言うのは野暮ってもんじゃないか?』

「なんだと……」

『ちょちょちょ、ストップ、二人とも!ランドルフさんもそんな言い方しなくたって……』


 アレシャが慌てて制止し、他の仲間たちもダレイオスを諫める。ダレイオスはそれで少し落ち着いたが、まだ怒りはおさまっていないようだった。


『俺は商会長としての正しい判断を述べただけだ。……とにかく、お前たちはそこで待機だ。また連絡する』


 ランドルフはそう言い残して通信を切り、重苦しい空気だけがその場に残していった。誰も口を開きたがらなかったが、ヴェロニカがここはリーダーとして仕切らねばと自覚する。


「こういう状況なわけだけど……まあ、みんなそれぞれの考えがあると思うわ。だからみんなの素直な意見を聞かせてちょうだい。私たちはこの館にとどまるべきか、それとも戦いへ行くべきか」


 その言葉に皆考え込む。勿論ダレイオスを除いてだが。


「俺は、ダレイオスに賛成だな。戦いに行くべきだ」

「俺もセイフさんと同じ。こんなところで黙って見てるのは性に合わない」


 セイフとブケファロスが真っ先に意見を述べた。こんな時に戦わずに何がAランク冒険者だ、と続ける。


「わたしはここに留まるべきと考える。厳しい言い方だったが、商会長の考えには同意するところが多い」

「私はアレシャちゃんもダレイオスちゃんも傷ついて欲しくないので、ここに残る方が良いと思います……」


 アステリオスとメリッサはランドルフに賛成のようだった。二人ともダレイオスの安全を考えての意見だ。


「俺は『冥界術式』やその他の禁術についての情報が欲しい。そういう意味では“死人”と戦う派だが、どちらにせよ今は動くべきじゃないと考える。もう少し様子を窺うべきだ」

「私は、ダレイオスちゃんにはここで待っていてもらいたい。でも、ダレイオスちゃんの護衛に六人もつける必要はないと思うわ。半数は戦いへ向かって残りの半数は戦いへ向かうのはどうかしら。うぬぼれるわけでは無いけれど、私たちの内の三人が参戦するだけでも中々の戦力になるわ」


 ヘルマンとヴェロニカの二人はどちらに賛成というわけではなく、自分の考えを述べた。どちらの案も一考の価値はあるものだ。

 ダレイオスは当然戦うべきだと考えている。

 意見は見事に分かれてしまった。


「後は、アレシャちゃんの意見を聞かせて欲しいわ。あなたは、どうしたいの?」


 ヴェロニカがそう尋ねると、ダレイオスと交代してアレシャの人格が現れる。

 色々と悩んでいるんだろうとヴェロニカは思っていたが、意外にもアレシャの返答ははっきりとしたものだった。


「わたしは戦いに行くよ。ダレイオスさんがそう言ったからじゃなくて、わたしがそうしたいと思ったの。ここでじっとしてるのは、わたしが目指す冒険者の姿じゃないから」


 落ち着いた声音で語られたその言葉には確かな決意が表れていた。今まで見てきた脳天気なアレシャの姿ではなかった。そこにアレシャ心配派のメリッサが諭すように声をかける。


「でも、危ないかもしれないですよ?相手は真っ先にアレシャちゃんを狙ってくるでしょうし……」

「そ、それは嫌だし、戦いを前にして正直緊張してるけど、でもわたしは決めたんだって!止めてもわたしは行くから!」


 アレシャは立ち上がり力いっぱい宣言した。その勢いに押されてメリッサは言葉に詰まる。メリッサだけじゃない。事件に巻き込まれている張本人のアレシャが行くと言っては、誰も何も言えなかった。

 ヴェロニカは小さく笑うと、「仕方ないわね」と呟いた。


「アレシャちゃんがそう言うなら、そうしましょうか。ランドルフさんもなんとか分かってくれるでしょ」

「ヴェロニカさんがそう言うなら、俺もそれに賛成だ。様子を窺った方がいいとは言ったが禁術の情報が手に入れば文句はない」


 ヴェロニカとヘルマンが自分の意見を変え、アレシャの意見に賛成した。それを聞いて、アレシャの顔にぱっと花が咲いた。それを見たメリッサに電撃走る。


「あ、じゃあ、アレシャちゃん!私も戦います!アレシャちゃんは私が守りますから!」


 メリッサも意見を変えると、アレシャが嬉しそうな笑みを返した。メリッサが「うっ」と呻き悶える。完全にこのスマイル目当てで意見を変えただけだが、元々アレシャを守るために戦いに行きたくないと言っていたので特に問題ない。

 となると、反対意見を述べているのはアステリオスだけだ。

 彼はため息をつくと、諸手を上げ降参を表した。アステリオスは空気の読める男だった。


「じゃあ、全員一致で戦いに行くってことでいいわね?」


 ヴェロニカが確認のために問えば、全員が頷いた。

 ダレイオスは意図せず、自分の意見が通ったことに驚く。これもアレシャの持つ一種の人望のようなものなのかもしれないとダレイオスはしみじみと思った。


「で、戦いに行くのはいいが何処へ向かう?商会長に聞くこともできないしな……」


 セイフはそう考え込むが、アレシャがケロリと答えた。


「え、ペルセポリスに行くんじゃないの?」

「「「「「「え?」」」」」」

「え?」


 ペルセポリスは敵の本拠地。そこにいきなり乗り込もうというのだから驚くものも当然だ。当然なのだが、アレシャはなぜ驚かれているのか分かっていなかった。

 呆れてしまったヘルマンが額に手をあてる。


「ペルセポリスは特級危険区域だ。気軽に行ける場所ではないのは知っているだろう。いずれ向かうことにはなるだろうが、今は各地の“死人”をなんとかするべきじゃないか?」

「私もそう思うけど……」

『……いや、私はそうは思わないな』


 ヴェロニカが呟いたそこに、ダレイオスが口を挟んだ。しかし、アレシャ以外には聞こえてないので誰も反応しなかった。少し恥ずかしい思いをしつつアレシャと交代して仕切り直す。


「……いや、私はそうは思わないな。むしろ“死人”たちが出払っている今が攻め込むチャンスと考える。“死人”が優勢の今ならば逃げられる心配もない。逆に言えば、商会が優勢になってから攻め込むのでは逃げられてしまう可能性があるということだ」

『おお!なんかそれっぽい理屈だ!』


 アレシャが適当な感想をこぼすが、ダレイオスはヘリオスが逃げるとはないと考えていた。しかし、ダレイオスもペルセポリスへ行きたかった。その説得のためにこんな意見を出しているわけだが、その理屈も一理あるものではあった。

 しかし、セイフがダレイオスに異議を唱える。


「お前の案には大前提として、ペルセポリスにある全ての戦力を俺たち七人で相手しなければならない、ということがある。そしてその相手の戦力は未知数だ。いくらダレイオスが強いといえど、殴り込みをかけるのは無謀だ」


 その意見は至極まっとうなものであった。ダレイオスもすぐには反論できないようだったが、意外にもブケファロスがそこに口を出した。


「正面からぶつかるのはそりゃ無謀だろうが、相手の大将を討てばそれでいいんじゃねえのか?“死人”を操ってるのはヘリオスってやつなら、そいつを仕留めれば他の“死人”たちは戦闘不能になるだろ」

「戦闘不能?なんでですか?」


 メリッサが尋ねるとブケファロスはやれやれという風に首を振る。


「“死人”は明らかに洗脳状態にある。なら、その洗脳も元締めを潰せば解けるんじゃないかってことだ。もうちょい頭使えよ」

「はぁ?」


 なぜ喧嘩腰になっている二人を、セイフが引きはがして諫めた。

 ヘルマンは顎に手をあて、ブケファロスの考えを吟味する。


「その線はあるかもな。“死人”は魔術によって生き返った存在だ。俺はその術の仕組みについて何も知らないからなんとも言えないが、その術が継続して術をかける必要のある類いのものなら、ブケファロスの推論通り“死人”を全滅させることができるかもしれない」


 継続して術をかける。つまり蘇らせて終わりではなく、“死人”を生き続けさせるには常にその“死人”に対して術を発動させる必要があるということだ。

 その術を用いている人物は、“死人”の主であるヘリオスである。ならば、ヘリオスを倒せば、全ての“死人”にかかっている術も解けるというわけだ。

 ヘルマンはそう説明した。

 それを受けてヴェロニカが一つ気づいた。


「そうか。ヘルマンさんの言う通りなら、これまでに捕まえた“死人”たちを敵が自由に口封じできたのも説明がつくわ。“死人”へかけている魔術を絶ってしまえば、“死人”は自身の命を繋いでいるものがなくなり、死んでしまう。そう考えられないかしら」

「それに、ランドルフが言っていた、“死人”は体内に大量の魔素を持っているということも説明できるな。常に魔術をかけつづけられているから、体内に魔素が蓄積していったということなんだろうな」


 ヴェロニカとダレイオスによりヘルマンの推論が更に信憑性を帯びる。

 相変わらず証拠はないが、情報の少ないこの状況で指針とするには十分だ。


「となると、ペルセポリスへ潜入し、“死人”の親玉であるヘリオスを仕留める。それができればこっちの勝利というわけだな」


 アステリオスがこれまでの話をまとめた。

 誰もそれに対しての異論はなかったが、そこに新たな問題点が浮上する。


「潜入すると言っても、どうやるんだ?」


 ブケファロスの問いがその全てだった。

 ペルセポリス遺跡は砂漠のド真ん中にある。砂漠に遮蔽物などほとんど存在しない。加えて、周辺には巨大な魔物が多数生息している。ペルセポリスにたどり着くまでに間違いなく発見されてしまうだろう。潜入などできようはずもなかった。


「でも、オズワルドさんたちはペルセポリス遺跡までたどり着いたんですよね?どうやったんですか?」

『あれは確かヒルデちゃんの術のおかげって言ってたね。あの影に隠れるヤツ』

「ああ。クリームヒルデの術があれば、夜中なら敵に悟られることなく自由に移動できるそうだ」


 それを聞き、アレシャたちはあのやたらと黒に染まった少女の存在がとたんに恋しくなった。彼女がいれば万事解決である。ランドルフの話によれば、すでにペルセポリスから引き返してきているとのことだ。ならば何とか協力を取り付けられないかと考える。

 しかし、彼女と連絡をとる手段はなかった。彼女の居所を知っている可能性があるとすれば、ついさっき喧嘩したばかりのランドルフだけである。

 もはや詰みだった。

 誰もが意図せずため息をこぼしてしまう。


「仕方ない。何とか誤魔化してランドルフに聞くしかないか……」

「そうね……。とりあえず思いつくことをやってみましょうか。ダレイオスちゃんは話しにくいでしょうし、アレシャちゃんは誤魔化すとか全くできそうにないから、私が聞いてみるわ」


 ダレイオスが通信用の魔法陣が描かれたカードをヴェロニカに手渡そうとする。その瞬間、カードの魔法陣が赤く光り始めた。二人は驚いてそれを取り落とす。通信は当然、ランドルフからだ。

 ついさっきのことがあるのに、どういうつもりなのか。ダレイオスはそう思いながら応答する。今度は喧嘩にならないようにアレシャに交代して。

 皆それなりに緊張してランドルフの言葉を待っていたが、そこから聞こえたのは想定していない言葉だった。


『よう、元気か。元気じゃないか。俺もキツい言い方をしたからな。いや、すまんかった』


 想像していたより何倍も軽い口調にアレシャたちは困惑するしかなかった。

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