70 先手
転移した先は郊外にある魔法陣だ。突然転移してきた黒ずくめの集団に、転移魔法陣を管理している担当者はあんぐりと口を開けていた。しかしそれの相手をしている暇はない。
「セイフ、道は分かるか」
「ああ、こっちだ。ついてきてくれ」
セイフを先頭に一行は駆け出す。
道中、行商人などそれなりの数の人に出会ったが、ローブのおかげか何事も無く通り過ぎることができた。凄まじく不審そうな視線を向けられたが。
休憩もほとんど入れずに目的地へ真っ直ぐ向かい、翌朝には目的の館へとたどり着いた。館は街から離れた森の中にひっそりとたたずんでいた。捨てられてかなりの時間がたっているようで、かなり荒れ果てている。
「ここだ。前に、この屋敷に住み着いた魔物の討伐を任されたことがあってな。そのせいもあって人はほとんど寄りつかない。絶好の隠れ場所だ」
「なるほどな。とにかく中に入るぞ。ランドルフと連絡をとらなければ」
館の中に入って荷物を置くなりダレイオスは魔法陣が描かれたカードを取り出し、ランドルフへ通信を入れる。
応答はすぐに来た。
『アレシャか?到着したようだな』
「残念ながらダレイオスだが、目的地には無事到着した」
『そうか。なら、ひとまずは安心だ』
「安心という前に何があったのか話せ」
ああ、とランドルフは返答し、順を追って話し始める。
『お前らに拠点の移動を命じた少し後。オズワルドたちの偵察隊から通信が入ってな……
夜の闇の中、三つの人影が駆け抜ける。だが、月明かりですらその姿を捉えることはできない。クリームヒルデの術により、三人の姿は闇の一部と化しているのだ。魔物がうろつく荒野を横切りながらオズワルドが呟く。
「しかし本当に便利な術だな。今度儂にも教えてくれないか」
「残念ですが、お教えできませんわ。私の大切な商売道具ですから」
オズワルドは残念そうにため息をつくと、次は後方を走る男、シバに声を掛ける。
「ペルセポリス周辺の砂漠まではあとどれくらいだ。距離によっては一度休憩を入れようと思うんだが」
「……大丈夫。もうすぐ、つ、つく」
若干聞き取りにくい声でシバが返す。彼はその岩を彷彿とさせる威圧感のある見た目とは裏腹に、人と話すのがあまり得意ではなかった。ランドルフが、この男から情報が漏れることはないと言うのも納得できるところである。そもそもの人柄も信頼に値するものだとオズワルドは思っていたが。
今回彼が偵察隊に選ばれたのは、魔素が蔓延するペルセポリス周辺でも扱えるほどの高い魔力感知能力をシバが有しているからだ。それを用いれば、魔素の蔓延する今回の目的地までの距離をある程度測ることができる。
オズワルドはシバの言葉に了解を返すと、一気に砂漠へと駆け抜けていった。
程なくして三人の眼前に砂漠が姿を現した。
遠目に見ても巨大な魔物が砂漠をうろついているのが確認できた。ここからは特級危険区域だ。気を引き締めなければならない。
「クリームヒルデの術が効くのは夜中だけだ。夜明けまでに調査を終え、離脱する。あまり長居しては魔素にやられてしまうしな」
「夜明けまでですか……。それほど時間もありませんわね」
「なに、お前の術が使えなくなっても儂がいれば問題ない。魔物も“死人”全部切り捨ててくれよう。『剣帝ネルウァ』を舐めるなよ?」
「ふふ、頼もしい限りですわ。それでは参りましょうか」
オズワルドとシバが頷きを返し、一行は砂漠へと踏み込んでいく。
クリームヒルデの術はしっかりと効果を発揮し、すぐそこを通り過ぎる馬鹿でかいムカデも、人ひとりなら容易に丸呑みできるだろう大蛇も三人の存在には気づいていなかった。これならばペルセポリスまで接近するのは用意だろう。だが、不測の事態というものはそう高をくくったときに起きるものであった。
ペルセポリス遺跡までもう少しというところで、突然シバが足をとめた。周囲をさぐるように見回している。
「どうした?」
オズワルドが尋ねると、シバは険しい顔で告げる。
「魔素が、集まってる。凄い量、これは……!」
次の瞬間、ペルセポリス遺跡からまばゆい光が放たれた。三人は何が起きたか確かめるため、遺跡の方へと急ぐ。その間、オズワルドはランドルフへ通信を入れる。
『オズワルドか。どうした』
「今、ペルセポリス遺跡の近くにいるんだが、さっき遺跡から光が上がったんだ。シバによると、遺跡に大量の魔素が集まっていたらしい。連中何かおっぱじめたようだ。そっちに何か異常はないか」
『目に見える異常は無いが、少し待ってろ。調べさせる。お前らは一旦待機だ』
ランドルフの指示に了解し、ランドルフは遺跡の外壁まで来たところで立ち止まった。
その間に、シバに何か分かることはないか尋ねた。
「魔素は、上手く使えば魔術の発動のための魔力に利用できる。だ、だからあれは大量の魔力を必要とする、大規模な魔術の発動のときの光だったと、お、思う。人間には扱えないような……」
「人間には扱えないものですか?それほどに魔力を消費するものがあるんでしょうか……」
「さあ、古代魔術や禁術の類いならありそうなもんだが」
互いの考えを話し合っていると、ランドルフからの通信が返ってきた。オズワルドは急いで応答する。
「儂だ。何か分かったか」
『ああ。商会の主要な支部がある街の近郊に、かなりの数の人間が突然現れた。まるで転移したみたいにな』
「転移!?馬鹿な。転移は固定された魔法陣間を移動するものだ。そんなどこにでも転移できるわけがない」
『今更そんな常識的な考えに囚われてどうする。やつらは転移したんだ。いきなり敵の重要拠点に攻め込むなんて反則技だぜ、全く』
ランドルフは軽口を叩いているが、その言葉からは焦りが読み取れた。状況としては中々にマズい。商会側は戦力の招集は終わっているが、戦いの準備はまるでできていない状況だ。完全に先手を打たれてしまった。
「それで、アレシャちゃんたちはどうした。一旦郊外に隠すという話だったが」
『それは問題ない。地下の転移魔法陣から逃がした。幸い、あの場所の周辺には“死人”は現れていないようだ』
「それならいきなり大将首を取られてアウトってことはなさそうだな。……それじゃあ、儂らはこれからどうすればいい」
『今すぐ戻ってきて欲しい。こうなった以上ペルセポリスに“死人”がいるのは間違いない。これ以上の調査は必要ないだろう。それよりも今はこの状況をなんとかしないといけないからな。悪いがよろしく頼む』
「わかった。儂の戦力は無くてはならないものだからな。すぐに戻る」
オズワルドも軽口を叩き返し、通信を切った。そしてペルセポリスを一睨みしてから三人は砂漠を引き返していった。




