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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
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6 少女と試験と、時々、熊

 アレクサンドリアの街の正門。冒険者志望の若者たちが集まるそこに現れたのは、現役の冒険者と思われる者たちだった。その中の一人の男が前に出て話を始め、その場にいた全員の意識がその男へ集中する。


「俺は今回の試験官を務める、Bランク冒険者のゼファードだ。早速試験の概要について説明をしたいところだが、まずは試験会場へ向かってもらう。ついてこい」


 そう言うと、冒険者たちは門から街の外へと出て行った。いきなりのことだったので若者達は戸惑いつつも、ぞろぞろとその後ろについて行く。ダレイオスとペトラもそれに続いた。結局、二人は一緒に行動することになったようだ。なんだかんだでペトラにとっても話し相手になる少女の存在は嬉しかった。中身はおっさんだが。

 一行は街を出て南へ向かう。どうやら、公共の転移魔法陣を利用するらしい。街からそこまでは少し時間がかかるので、二人の少女はその間世間話をしていた。アレシャの精神状態は無事安定したようで、アレシャとダレイオスの人格は交代していた。ダレイオスの思惑通り、ペトラの存在はアレシャの緊張をほぐすことに一役買ってくれたようだ。

 

「それで、ペトラはどうして冒険者になろうと思ったの?」

「なんかこの少しの間にえらく雰囲気変わったわね……。まあいいけど。えっと、あたしの家は猟師やっててね。そのおかげで色んな技術を身につけられたんだけど、どうせならもっと別のことに使えないかなって思って、冒険者の道を思いついたわけ。獲物の解体をよく手伝っていたからナイフとか短剣の扱いが得意ね。弓も一応できるけど、やっぱり刃物の方が好きかな」

「へぇー。わたしはお父さんが冒険者でね、それに憧れて冒険者になろうと思ったの。色々あって一回諦めたんだけど……えっと、また色々あってもっかい目指すことにしたわけ」

「何それ全然伝わらないんだけど……。じゃあ、アレシャは何が得意なの?装備とか持ってないし魔術系?」


 そこでアレシャは考える。戦闘に関することはダレイオスに任せるつもりだった。では、ダレイオスは具体的に何ができるんだろう、と。


「何が得意なんだろう……?何が得意なの?」

「なんで人ごとなのよ!」

『そうだな。魔術は一通りできる。お前達のいう古代魔術だがな。あとは、身体強化魔術を用いた格闘術だ。つまり、何でも出来るって事だな』

「何でもできるんだって」

「なんで人ごとなのよ!」


 ペトラが鋭いツッコミを入れるが、ダレイオスの声はペトラには聞こえないのだから仕方がない。そうならそうでアレシャも周りの反応を気にするべきなのだが。アレシャは傍から見れば危ない子になりつつあった。

 三時間ほど歩いたところで一行は目的地にたどり着く。小さな建物の中に設置された転移魔法陣だ。

 転移魔法陣は長い距離を一瞬で移動できるという代物だ。その全てが各国によって管理、運営されている。強力ゆえに法で縛られているのだ。だが、許可証さえあれば誰でも利用出来るので、人々の生活には欠かせないものとなっている。ダレイオスは『これも技術の進化なのだなあ』と感慨深げに呟いていた。

 

「受験票が許可証になる。順番に転移していけ」

 

 引率している試験官が指示を出し、受験者たちは魔法陣を管理している受付を通って次々と転移していった。転移先は屋外に設置された簡素な転移魔法陣だった。人の手が入っておらず、のびのびと成長した木々。時折聞こえる鳥や魔物の声。受験者たちを取り囲むのは圧倒的な大自然だ。

 受験者がそれに戸惑いの顔を浮かべている内に、試験官が受験者の受験票を一人一人確認していく。そして全員の確認が終わった後、再び試験の説明が始まった。


「では、今から試験の説明を始める。内容は極めて簡単だ。死ぬな。以上だ」


 その責任を全部放り出したような説明に受験者全員の顔が固まる。試験官はその反応に満足したような顔をして説明を続ける。この男は試験の度にあえてビビらせるようなことを言うのを趣味にしていた。どうでもいい。


「冗談、ではないが、詳しい説明をしよう。お前たちにはこれから一週間のサバイバルをしてもらう。その一週間を無事に潜り抜けることができた者を冒険者として認める。基本的に制限はないが、他の受験者に危害を加えるようなことは禁止だ。また、サバイバル中にはもちろん魔物が現れるが、そいつらを討伐した数と種類に応じての加点もある。試験合格者は最低ランクのFランク冒険者からのスタートになるが、加点によってはEランクやDランクから始めることもできるというわけだ。それぞれの目標に合わせて行動してくれ」


 その説明で幾らかの受験者は少し安心したような顔をみせた。しかし、次の説明でそれも消え失せる。


「なお、これからサバイバルを行ってもらう場所は最近になって魔物の発生が多く確認された場所だ。新米のお前たちでは手に負えないような魔物もそれなりの数がいるはずだ。死なないように頑張ってくれ。それじゃ、食料と飲み水を受け取ったやつから解散!」


 一瞬の沈黙。そして、


「俺、やっぱり棄権します!」

「わ、わたしもちょっと、きついかな、なんて……」


 およそ半数の若者はそう口にして試験官に受験票を返却し、転移魔法陣を使って引き返していった。

 死ぬかもしれないという言葉で臆病風に吹かれてしまったようだ。もっとも、冒険者になればそういった目にあうことは幾らでもあるので、ここで帰ってしまった彼らは冒険者となっても上手くいくことはなかっただろう。無用な死者は出したくない。覚悟の足りない者を篩にかけるのもこの試験の意味の一つであるのだ。実際は試験官である冒険者たちが常に監視しているので、ある程度の安全は確保されているのだが。

 棄権の意志を見せる受験者が誰もいなくなったところで、その場に残った受験者たちはとても一週間も持たない量の食料を受け取り、次々と森へと入り始めた。ここからの行動は全て彼らにゆだねられている。試験官は制限がないと言ったが、行動の指針も存在しない。十分な装備もなく不慣れな環境で最善手を打てる適応力。これこそが冒険者に求められる資質であり、サバイバルはそれを効率よく見定めることができる試験形式なのだ。受験者全員が行動を開始したのを見届けてから、試験官たちも配置につき始めた。


 さて、アレシャはというと……ダレイオスと交代していた。試験官の趣味でビビらされた瞬間に交代していた。とてもじゃないが覚悟が足りていない。口調と雰囲気がまたガラリ変わった少女にペトラは戸惑うも、「もう何でもいいや」と呟いて考えるのをやめた。

 と、いうわけで。恐れを知らぬダレイオスと狩猟生活で森になれたペトラは、特に臆することもなく森を進む。試験官が言ったような強力な魔物が出たとしても、ダレイオスにはぶっ飛ばす自信が、ペトラには逃げ切る自信があるのだ。頼もしい限りである。

 まず彼らは拠点となる場所を探すことにした。サバイバルでは不用意にウロウロするよりも拠点を構えて行動するのが基本だ。特に選り好みする気もないので、雨風が凌げる場所なら問題ない。そして見つけた。ゴロゴロと岩が転がる場所にぽっかりと空いた、御誂え向きな洞穴だ。魔物や動物が掘ったものではなく、自然にできたもののようだった。そこに足を踏み入れ、ダレイオスは洞穴の壁を手で叩いてみる。


「ふむ、強度は問題なさそうだな。さて、洞穴の奥は……何かいるな」

「あ、ほんとね」

『ひいいいい!』


 洞穴の内部には、何かの糞やら骨やら残骸やらが転がっていた。それらはこの住まいに先住者がいることを物語っている。よくできた洞穴故に他の生物が住処にしているのも当然のことだろう。

 彼らは警戒を切らずに先へと進む。今はその先住者が留守にしている可能性もあるが、慎重に行くに超したことはない。洞穴にあった残骸から察するに、ここに住んでいるのは大型の肉食獣あるいは魔物というところだろう。

 洞穴はそこまで深いものではなく、ダレイオスたちはすぐに奥までたどり着いた。そして、そこには黒々とした巨大な熊が眠っていた。体から生えた禍々しい幾本ものツノがそれがただの獣ではないことを物語っている。紛れもない魔物だった。


「こ、こいつは思っていたのよりキツいのが出たわね……。早速あたりを引いちゃったみたい。気付かれる前にここを出て別の拠点を探すべきね」


 ペトラがそう提案するが、ダレイオスは腕を組んでその魔物をじろじろと観察する。


「こいつはそんなに強いのか?」

『た、たぶんCランクの魔物のブラッディベアかと……。この前の大蛇がAランクだったとすると、こいつ百匹で大蛇一匹くらいの強さになるんじゃないかな』

「なんだ、その程度か。なら全く問題ないな」

『まあAランクは別格らしいからね。BランクとAランクでも結構な差があるって聞いたし。とにかくパパッとやっちゃってください!』


 アレシャの目の前の魔物は並の冒険者であれば苦戦する相手であり、実際彼女もビビっている。しかし、ダレイオスの異常な強さの前ではこんな熊などぬいぐるみに同じであると知っていた。ならば恐れることはない、とアレシャは調子よくダレイオスをけしかける。虎の威を借る、とはまさにこのことである。

 ダレイオスはアレシャに了解を返してから特に気張ることもなくふらりと巨熊に近づいていく。それを見たペトラが慌てて少女を制止した。


「ちょちょちょちょっと!なにやってんの!絶対FとかEとかのランクじゃ収まらないでしょこいつ!逃げなきゃだって!」


 ペトラがダレイオスの腕を突かんで引っ張るが、時すでに遅し。巨熊は自分に近づく何者かの気配を敏感に察知し、ゆっくりと目を開いた。そして二人の少女を獲物だと判断したのか、その巨体を起こしてダレイオスに向き直る。ペトラは慌てて逃げの体勢をとるが、ダレイオスは変わらず巨熊に近づいていく。

 それを見て、もともと変な奴だとは思っていたが、こんなにも危ない奴だったとは思っていなかった、とペトラは頭を抱える。彼女だけならこのまま逃げられるかもしれないが、そうするわけにもいかなかった。ペトラがもう一度制止を呼びかけようとした時、ダレイオスが振り返る。


「大丈夫だ、問題ない」


 いや、大丈夫じゃないから!と思い、ペトラはダレイオスに駆け寄る。言うことを聞かないなら力づくで連れて行こうと思ったのだ。巨熊は寝起きでまだ覚醒仕切っていないだろう。二人でも逃げ切れる可能性はある。そう踏んでいた。

 だが、ペトラがダレイオスの手をつかんだその時、巨熊が右手を掲げ一気に振り下ろしたのだ。ペトラが知る、狩猟対象の動物の常識は魔物には通用しなかった。巨熊はとっくに臨戦体勢だったのだ。

 獲物を逃さんと繰り出された一撃は、二人の少女の頭を的確に捉えようとしていた。食らえば体が吹き飛ぶような重い一撃。突然の出来事を前にすると人間は思考が停止してしまう。ペトラは体を動かすことができなかった。

 しかし、ダレイオスは違う。魔力をこめた手でいとも容易くその一撃を右方向へ逸らした。腕を大きく振り抜いた巨熊はバランスを崩し、右の脇腹ががら空きになる。その隙を逃すような『魔王』ではない。きつく握りしめた鋭い拳による重い重いレバーブローが巨熊へめり込んだ。その重さたるや、熊の右半身が吹き飛ぶほどである。いや、吹き飛んだ。

 巨熊にとって、あまりにも想定外な一撃。ブラッディベアと呼ばれた魔物はその一撃であえなく絶命した。

 血と肉片が飛び散る中、ダレイオスが再び振り返る。


「言っただろう、問題ないと」

「い、い、い、言ったけど……あれえ?……わけわかんない」


 ペトラの思考は依然止まったままだった。

 それを放ったまま、ダレイオスは熊の残骸から食べられそうな部分を集め始める。

 そしてアレシャは、この試験は楽にパスできそうだなあ、と人ごとのように思っていた。

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