68 戦いの時は迫る
アレシャが特訓に一日をささげた翌日、世間は混乱に包まれていた。
商会から公式に事件についての情報が公表されたからだ。人々は、いとも簡単に人間を死に陥れるものの存在に恐怖し、近しい人の死に涙し、そしてこの事態を回避することができなかった商会への怒りを募らせていた。
各地の商会にはその怒りをぶつけに多くの人が押しかけ、商会の職員は対応に追われている。もはや一刻の猶予もない商会本部の会議室に集まっているのは、わずか十数人だけであった。
アレシャとそのパーティ五人にクリームヒルデ。ランドルフ、フェオドラ、オズワルドの三人。加えて、ランドルフが呼び寄せた、セイフ、ブケファロス、セインツ・シルヴィアの商会の支部長の三人だ。そこにいる全員がダレイオスのことを知っている。選出の基準はそこにあるのだろう。
全員が席についたところで、ランドルフが立ち上がった。
「さて、よく来てくれた。ここにいるメンバーは俺が信用している人物だけ……というのがもはやお決まりになってきたな。すまないが、商会のために力を貸して欲しい」
いつになく真面目な顔つきのランドルフを見て、参加者の気も引き締まる。それに満足げな笑みを浮かべランドルフは、早速話を始めた。
「今日は会議というよりは、今後の方針についてお前らに伝えておくために集まって貰った。まずはフェオドラから頼む」
「はい」
フェオドラは書類をめくり、それについての報告を上げる。
「先日の商会本部襲撃事件を皮切りに、各地の商会の利用者が減少しています。これは“死人”となった冒険者たちが敵に招集されたからであると思われます」
「……やはり“死人”は潜り込んでいたか」
ヘルマンが忌々しげに舌打ちする。“死人”がエルフの目を誤魔化す方法を持っていることが判明した以上想定されていたことではあったが、これまでずっと自分の懐に“死人”がいたのかと思うとやりきれないものがあった。
「ただそんなものがあるなら、今まで気づかなかったところに“死人”の影があったのかもしれんな。」
ランドルフがそう口にすると、ヘルマンは一つその例として思いついたことがあった。
「ランドルフさん。ファーティマの住民も、その一つではないでしょうか」
「ん?どういうことだ」
ランドルフが聞き返すと、ヘルマンは自分の考えを語り始める。
それによると彼は、ファーティマにいたのは本物の住民ではなかったと言う。つまり、アレシャたちが住民たちだと思っていた人々は住民になりすました“死人”だったということだ。
「アングイスはファーティマの商会に無差別に人を捕らえる罠をしかけていました。そんなものがあれば、住民の間で騒ぎになるはず。しかし、そんなことはなかった。加えて、住民たちは川下で起きている中毒事件について何も知らないという素振りを見せていた。これ最もシンプルに説明できるのは、ファーティマの住民がアングイスの手の者、つまり“死人”であったという仮説です」
元いた住民は禁術の実験台にでもされてしまったのだろう、とヘルマンは語る。昨今、ファーティマの人口減少は顕著だった。住民全員を捕らえることも、それほど難しくはなかっただろう。
街で隠れて実験を行う上で、その街の住民は極めて邪魔な存在となる。それらに気を配るくらいなら、最初から皆消してしまえばいい。極めて短絡、そして残虐な発想だった。
そして、住民を消した後は代わりに“死人”を住まわせ何も起きていないというカムフラージュをする。例の集団消失で消えたのはその“死人”たちだったというわけだ。そして、その集団消失は最初に考えていた通り口封じのためだろうとヘルマンは言う。
「アングイスは部下を信用していなかった。それが身内の者であろうと、あの男は容赦なく殺すでしょう。しかも、“死人”の口封じの方法を俺たちは知っています。苦しみ始めたと思えば、あっという間に砂のように崩れ落ちる。俺たちが地下に居る間にそんなことが起こっても気づくことはできないでしょう。それが集団消失の真相です」
ヘルマンがそう告げると、誰もが納得するように頷いていた。意外なところで明らかになった真相だが、それは知らないところに当然の如く“死人”がいたということを改めて実感させるものであった。
となると気になるのは、実際商会の中にどれだけの“死人”が潜り込んでいたかということである。セイフがそれを尋ねると、フェオドラは書類をめくりつつ答える。
「潜り込んでいた“死人”。その全員を把握するのは難しいですが、商会に登録している冒険者の二十から三十パーセントほどが“死人”になったと思われます」
「三十パーセント?そりゃ相当な数だな……」
セイフが頭を抱えるが、メリッサがそこに疑問を投げかけた。
「三十パーセント減ったとしても、こっちの戦力は七十パーセント残っているわけですよね。それならなんとかなるんじゃないですか?」
「いや、そういうわけにもいかないだろう。招集をかけた全ての冒険者が応じるなんてあり得ないからな」
ヘルマンがその問いをバッサリと切り、ランドルフもそれに同意した。フェオドラの補足によると、招集に応じたのは残りの冒険者の半数ほどとのことだ。そこだけで見れば互いの戦力の数では五分と言える。
そこにアレシャが挙手をして割り込んだ。
「あの、ランドルフおじさん、これってもう正面から戦うしかなってこと?」
「ああ。アポロンは『近いうちにまた会う』と言っていた。間違いなくお前を狙って襲ってくる。だが、これは最早お前を守るためだけの戦いではない。商会の威信を賭けた戦いだ」
先の事件で信頼を失った商会が再び人々の信頼を取り戻すには、事件の幕を自分たちで引くしかないのだ。ランドルフはそう力強く言い放った。
アレシャは今一度事態の深刻さを思い知った。同時に、自分がまだまだ甘い考えを持っていたと反省し、顔を叩いて気合いを入れ直す。
「それじゃあ、どうするんですか?敵の居場所も分からないわけですけど……」
「スギライトを使って調査はさせたんですよね?結果はどうだったんですか?」
ヘルマンがそう問うも、ランドルフは残念そうに首を横に振った。
“死人”がエルフの眼を欺く方法は、スギライトによる“死人”の判別には効果がない。既にヴェロニカはその事実をランドルフに伝えており、それを使った調査を頼んでいたのだが、どうやら成果は得られなかったようだ。
しかし、ランドルフも何も考えがないというわけではないようだった。むしろ何か確信があるという顔だ。
「敵の数はかなりのものだ。複数の場所に分散したところで、人目につかないように潜伏するのは中々難しいだろう。人里離れた山奥でもない限りはな」
「なるほどね……。でも、それだけじゃ見当がつかないわね」
ヴェロニカが疑問を口にすると、フェオドラが再び書類をめくり始めた。
「ここに、レイン川周辺に被害を及ぼした『冥界術式』と各地に被害を及ぼした『冥界術式』とを比較したデータがあります。これによると、後者のものの方が発症までの時間の短さや進行の速度など、様々な面で前者を上回っています」
「つまりだな。ファーティマの事件の後も“死人”らは実験を続け、物質化した『冥界術式』に改良を加えたということになるわけだ。だが、実験なんてどこでもできるわけじゃない」
先ほどヘルマンが語ったように、“死人”はファーティマでの実験を行うために住民を皆殺しにしている。隠れて実験を行うには相応の無理が必要になる。ランドルフがそう説明すると、ダレイオスは何かに勘づいたようだ。
アレシャと交代して、ランドルフの言葉の先を代わりに紡ぐ。
「『冥界術式』の実験を行うと、大量の魔素が発生することになる。実際、それでファーティマの街の土壌は汚染されてしまった。別の場所で同じようなことを行っていれば、大量の魔素の発生をきっかけに私たちも“死人”の居場所にきづけたはずだ。しかし奴らはファーティマの事件の後も、悟られることなく実験を行っていた。それはつまり、魔素の発生が察知されない場所に潜伏していることだ。そして、この時代のことをよく知らない私でも、その条件に当てはまる場所を一つだけ知っている」
ダレイオスが地図の一点を指さす。
そこに記されていたのは『ペルセポリス』の文字だった。
会議の参加者が一様に驚きの表情を見せる中、オズワルドが笑う。
「さすが『魔王』様だな。儂とランドルフも同じ結論に至ったよ。ここならば魔素が幾ら出ようが全く問題は無い。なんせ、既に魔素に汚染されきっている場所だからな」
ダレイオスとフェオドラもその言葉に同意を返す。ペルセポリス遺跡こそ“死人”の居場所に違いない、と。
「いや、待ってくれ」
そこでセイフが立ち上がり、異を唱えた。それと同時にヴェロニカも立ち上がり、異論を述べ始める。
「俺は以前ペルセポリス遺跡の調査に参加したことがあるが、大量の魔物と蔓延する魔素で当時の調査団のメンバーも幾らか犠牲になった。はっきり言って、あの場所を拠点にするのは自殺行為だ。そこに“死人”がいるとはとても思えない」
「それもそうだし、敵はガントレットに封印されていたダレイオスちゃんを狙っているわけでしょ?けど、そのガントレットはペルセポリス遺跡から発見されたものよ。敵がペルセポリス遺跡を拠点にしているなら、調査団よりも先にガントレットを手にしていたはずだわ」
二人の主張は筋が通っていた。ダレイオスも少し眉間にしわを寄せ、「確かに」と呟いて唸る。だが、ランドルフはその表情を崩さなかった。彼がペルセポリス遺跡に“死人”がいると断言するのは、相応の裏付けがあるからだ。
彼は二人を一旦席につかせてから一つの資料を取り出す。
「まずセイフの言ったことについてだが、それはこの資料を見れば納得して貰えるだろう。前に商会内を丸洗いしてときに捕らえた“死人”の調査結果だ。その捕らえた奴らは全員砂みたいになって死んじまったわけだが、ダメ元でその砂を分析させたんだ。すると、汚染された土壌と同等量の魔素が検出された。この砂が“死人”を構成していたとするならば、やつらの身体には常人を遥かに上回る量の魔素が存在しているってことになる」
「体内に大量の魔素……?」
「ああそうだ。奴らは魔術によって蘇った存在だ。それがその体質に影響しているのかもしれない」
人間が魔素の中毒に陥るのは、人体に元々魔素が少ないからだ。本来ないものを大量に身体へ入れると、身体はそれに拒絶反応を起こす。それが中毒症状として表れるのだ。それは、元から大量の魔素を体内に持つ“死人”は中毒にはなり得ないということでもある。つまり“死人”は大量の魔素が蔓延するペルセポリス周辺でも問題なく活動できるというわけだ。
ランドルフの説明もまた筋が通っていた。セイフもそれには納得したようで、「なるほど」と頷いていた。
ランドルフは次にヴェロニカの主張への反論として、一つの報告書を取り出す。
「ムセイオンで事件があったとき、俺もアレクサンドリアにいたってのはお前も知ってるとこところだと思うが、これはその時、ガントレットを持ち帰った調査団から受けた報告書だ。それによると、あのガントレットはムセイオンから出土したものではなく、道中で襲ってきた盗賊から押収したものだということらしい」
「盗賊!?そんな馬鹿な話が……」
ブケファロスがその話に食いついた。ヴェロニカたちも同様に驚きを隠せない。一盗賊が何故そんな貴重なものを持っているか、とは誰もが思うところだ。
「報告によると、その盗賊はガントレットをとある男からくすねたらしい。その男か、あるいは別の人物かは分からないが、ダレイオスが封印されていたガントレットは調査団よりも前に何者かに持ち出されていたということになるわけだ。それが“死人”らがペルセポリスに拠点を構えるよりも前ならば、筋は通る」
『ダレイオスさん、そのあたりは何か覚えてないの?』
「封印されている間、私の視覚と聴覚は機能していなかった。魔力の感知くらいはできたが、人物の判断まではできんな。ただ、何度か高い魔力を持った人間が近づいてきたのは確かだが」
ダレイオスの証言は曖昧なものだったが、ランドルフの推測を否定することもできなかった。ヴェロニカもこれ以上異論はないようだ。
全員が一応納得したところで、ランドルフは本題に移る。これからの動きについてだ。
「ペルセポリスにいるということにはある程度確信を持ってはいるが、証拠はない。だから、まずは偵察を入れることにした。そこに本当に“死人”がいるのかどうか、それだけを確認してくる仕事だ」
その言葉で、皆の顔がこわばる。次の話は当然、誰がその仕事を任されることになるのか、ということだからだ。誰もが緊張の面持ちでランドルフを見つめる中、三人の名前を口にした。
「俺は、オズワルド、クリームヒルデ、シバの三人に行って貰いたいと思っている。頼めるか」
シバって誰だ。と誰もが思ったが、消去法でセインツ・シルヴィアの支部長のことだと察した。
名前を呼ばれた三人は静かに頷いてそれを了承する。名前を呼ばれなかった者達は、少しホッとした様子をみせた。危険な仕事なので当然である。最も、これから“死人”と戦うというのに安全も何もないが。
ただ、ダレイオスだけは納得いかないという風だった。その思いを抗議の言葉としてランドルフにぶつける。
「なぜ、私が指名されないのだ?ペルセポリスの調査なら、そこをよく知る私が適任だろう」
「駄目だ。言わばこちらの大将であるお前を気軽に敵地へ送り込むわけにはいかない。それに、地理ならばオズワルドが以前に書いた地図で事足りる。お前はあくまで待機だ」
「私にお任せくだされば大丈夫ですわ。大船に乗った心持ちでお待ちください」
クリームヒルデにそう言われ、ダレイオスも渋々了承した。
ペルセポリスの現在の姿を自分の目で確かめたいという思いもあっての抗議だったのだが、ヘリオスとの戦いまで力を温存しておくことが先決だと彼は判断したのだ。
ダレイオスは、素直に引き下がる代わりにペルセポリスに関する自分の知識を三人へ託すことにした。オズワルドの地図と照らし合わせながら大まかな構造を伝えていく。その中で話題に上がったのは、以前オズワルドの家で話したあるものについてだった。
「やはり分からないのは、この地下道の存在だな。どう思う?」
「遺跡の構造が今もこの地図と変わらないのならば、そこがかなり怪しいな。儂が行ったときは塞がっていたが、何か仕掛けがあるのか別の道があるのか……」
「ダレイオスがいたときは無かった地下道か……。まずはそこを調べるべきだろうな」
ランドルフは地図の地下道の場所にグリッと印をつけ、オズワルドに手渡す。オズワルドは了解の意をこめてそれを受け取った。
それからランドルフは全員を見渡すと、ふうっ、と息を吐き出してから口を開いた。
「さて、俺から話すことはこれくらいだな。今、このヴォルムスの街とその近郊の都市には冒険者たちが続々と集結し始めている。敵の居場所が分かり次第、攻め込むことができるだろう。今のうちに準備を整えていてくれ。……だが、この戦いはかなり厳しいものになるだろう。単純戦力では五分。加えて、相手には『黄金の魔物』や『七色の魔物』がついている可能性もある。“死人”というものの性質上、相手には絶えず増援が送り込まれてくる、なんてこともあるかもしれない。だが、俺たちは戦わなければならない」
ランドルフはそこでもう一度全員を見渡す。誰の目にも確かな意志が宿っていた。戦いへの思いは人それぞれだ。恐れを抱くも当然であるし、高揚を覚える者もいるだろう。しかし、この場の全員には、戦いに勝ちたい、勝たねばならないという強い思いが共通していた。
ランドルフはそれを感じ取り、満足げに頷く。
「ありがとう、それだけで十分だ。俺はこんなだから、アレクセイのような人望もねえ。巷では俺が商会長だからこの事態を招いたんだなんて言われてるぐらいだ。だから、俺にはお前らくらいしか信用できる人間がいない。……改めて、力を貸してくれ」
そう言ってランドルフは深く頭を下げた。
商会のトップの姿としては情けない姿であるかもしれないが、彼らはそんなランドルフだから信頼することができた。
アレシャは、ランドルフの覚悟を表すその行動を見て、再び自分の決意を固めるのだった。
更新再開します。
忙しいどころか えらく暇になったので、それなりのペースで更新できるかと思います。




