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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
67/227

66 仕方なくない

 翌日、営業をしていないはずの商会本部には大勢の人が押しかけていた。

 今朝の新聞に各地での『冥界術式』事件が載ったことで、商会へ対する不満や不信が爆発したのだ。

 その様子をヴェロニカたちは商会から借りている部屋の窓から見下ろす。


「結構すごいことになってるな。仕方の無いことかもしれないが……」

「そうね。みんな抱えている不安をどこかにぶつけないとやっていられないのよ」

「そうですね。ランドルフさんに全部任せきりになっているのが心苦しいですけど……」

「といっても、わたしたちにできることもないんだがな。……それより、アレシャちゃんはどこへ行ったんだ?」


 アステリオスが部屋を見回すが、そこに青い眼の少女の姿はなかった。オズワルドにあまりうろつくなと言われているので、部屋にいないのはまずいと彼は思ったのだ。


「ああ、それなら大丈夫よ。商会内にある訓練場で魔術の特訓をしてるらしいわ。クリームヒルデちゃんもそれについていってるみたい」

「そうだったか。だが、こんな屋内で魔術が暴発したらマズいのでは……」

「クリームヒルデちゃんがいれば問題ないらしいですよ。しかし、あの子も可愛かったなあ……あとで抱きしめたいなあ……。うぇへへ……」

「……。なら、ここにいても退屈だし、少しアレシャちゃんの様子を見てくる」


 アステリオスはメリッサに冷たい視線を向けつつ、部屋を出て行った。


 訓練場は商会本部の地下に作られた閉ざされた空間だ。壁には魔術による加工が施され、かなりの強度を誇っている。のだが、アステリオスが訓練場についたとき、いたるところに穴が空いているという中々に悲惨な状況であった。部屋の中央にはへたり込むのはアレシャとクリームヒルデだ。アステリオスが慌てて二人へ駆けよる。


「おい、大丈夫か。何をしたらこんなことになるんだ……」

「あら、アステリオス様。アレシャさんの特訓に助力させていただいていたのですが、私が想定していたよりも凄まじいパワーをお持ちで……。私の術でも相殺できずにこの有様ですわ」

「ごめんね、ヒルデちゃん。なんか上手くいかなくて……。最近は結構上手く制御できてる自信があったんだけどな……」

『確かに最近は惨事にならない程度には火力を抑えられていたが、そもそも今日のお前は集中力が散漫だ。別のことに気をとられていて魔力の制御が上手くできてないのだと私には感じられるな』

「…………」


 ダレイオスの指摘でアレシャは黙ってしまう。彼の指摘は的を射ていたからだ。

 アレシャの表情が曇るのを見たアステリオスとクリームヒルデも心配そうな顔を見せ、優しく声をかける。


「何かあったのか?よければ話してくれ」

「私も、昨日お知り合いになったばかりですけど、辛いことがあれば何でも相談にのりますわ」

「二人とも、ありがと。なら、聞いて貰える?」


 アレシャはたちはその場に座り込み、昨日の事で前に助けた人が死んでしまったということを話す。二人は黙ってそれを聞いていた。


「それで、“死人”と戦うとそういうことが沢山あるんじゃないかなって。そしたら、途端に戦うことが怖くなっちゃって……。戦うってことが人を殺すことだってことが実感になったっていうか……」

「なるほどな……。誰が“死人”か分からないこの状況では十分にあり得る話ではあるな」

「やっぱり、そうだよね……」


 アレシャの表情が更に曇ってしまった。アステリオスもアレシャとの付き合いはそれほど長くはない。だが、このまま放っておくことも当然できない。そこで、アステリオスは一つ話をすることにした。


「……わたしが初めて人を殺したのは十歳の頃だ。家族を殺そうと襲ってきたアリア教徒の男だった。両親を守るために無我夢中で戦って、なんとか切り抜けられた。だが、その後に血まみれで倒れる男たちの姿を見て、自分のしたことが恐ろしくなったのを覚えている」

「……それを後悔したことはない?」

「ないな」


 アステリオスが即答する。アレシャは迷いのない言葉に少し怯むが、その理由を尋ねた。彼はよどみなく答える。


「わたしが戦わなければ大切な人が死んでいた。あえて冷酷な言い方をすれば、人の命は等価ではない。たとえ他人の人生を奪うことになっても、大切なもののためにはやむを得ない場合もある」

「それは、割り切れってこと?」

「……そういうことだな。わたしは不器用だから、上手な慰めの言葉をかけることはできない。ただ、こういう話もあるということは覚えていてくれると嬉しい。こんな話じゃ、参考にならなかったかもしれないな」

「ううん、そんなことないよ。ありがとう。……ちょっと、自分でも考えてみるよ」


 アレシャはフラフラとした足取りで立ち上がり、二人がそれに手を貸した。


「ありがとう。ヒルデちゃんは特訓に付き合ってくれてありがとね」

「いえ、私でよろしければいつでもお付き合いいたしますわ」

「うん。それじゃ、また後でね」


 アレシャはそのまま訓練場を後にする。残された二人は未だ浮かない表情の少女のことが心配であったが、彼女が自分で踏ん切りをつけねば解決しない問題でもあった。ここは大人しく見守ることが最善だろうと判断し、二人も立ち上がる。


「さて、わたしは一度部屋へ戻る。あまりウロウロしていては迷惑がかかるかもしれない」

「そうですわね。それがよろしいかと。……ですがその前に、この半壊した訓練場はどういたしましょうか」

「…………」


 アステリオスは黙って訓練場を見回す。間違いなく怒られるだろう。アレシャを呼んで職員に説明と謝罪に行かせるのが筋だろう、とアステリオスは思うが、今彼女に声をかけるのは躊躇われる。仕方ないとため息をつき、アステリオスはアレシャの代わりに説明へ行くことにした。彼は空気の読める男であった。


 すでに騒ぎは収まり元の静けさを取り戻した商会本部を、アレシャは一人歩く。向かうのはランドルフの執務室だ。その扉を遠慮がちに開ける。ランドルフとフェオドラが今も忙しそうに仕事を片付けていたが、アレシャの姿を見つけるとその手が止まった。


「どうした。何か用か?」

「えっと、ちょっとお母さんと話がしたいなって……」

「そうか……だが今は少し忙しくてな。また今度にして貰えないか?」

「いえ、少し話をしてきても構いませんか?」


 渋るランドルフにフェオドラが進言した。その真っ直ぐな視線にランドルフも何か思うことがあったのか、三十分だけ許可してくれた。親娘そろって部屋を出て、職員の休憩室へ向かった。フェオドラが椅子に座って紅茶を淹れ、アレシャがそれを一口飲む。


「どう?美味しいでしょう」

「うん。お母さんの淹れてくれた紅茶、久しぶりに飲んだよ。やっぱり美味しいね」


 紅茶の暖かさでアレシャのこわばった表情も少し溶けたところで、フェオドラは話を切り出すことにした。


「それで、何を悩んでるの?」


 アレシャが紅茶を噴き出し、フェオドラがそれを華麗にかわした。母は強かった。なぜ分かったのかとアレシャが尋ねるとフェオドラは呆れたように肩をすくめる。


「母親だからに決まってるでしょ。特にあなたは顔にすぐ出るんだから。で、どうしたの?」

「あ、うん。えっとね……」


 そうしてアレシャは先ほどと同じ話をした。フェオドラはアレシャが話しやすいように時折相づちを打ちながらそれを聞く。


「アステリオスさんは仕方のないことだって。それが正しいのは分かってるんだけど……」

「なるほどね。結局は割り切るしかない、というのは本当よ。お母さんも、いつの間にか慣れてしまっていたわ。あまり褒められたことじゃないかもしれないけどね」


 そう言ってフェオドラは苦笑する。割り切るしかないという言葉にアレシャは落胆するが、この機会に母が冒険者だった頃の話を聞きたいとも思った。その思いを口にしてみるが、


「お母さん?ヴェロニカさんから前に聞いたでしょ、美しくて強くて女の子の憧れだったって」


 若干鬱陶しい答えでかわされた。もう少し突っ込みたいところだったが、アレシャはそれよりも一番聞きたいこと、聞いておかなければならないことを尋ねる。


「あの……言いにくいかもしれないけど、お母さんが初めて人を殺してしまった時のこと、詳しく聞いてもいい?」

「……いいわよ」


 快く了承したフェオドラは紅茶を一口含んで口を潤してから、ゆっくりと話し始める。


「あれは、なんてことない魔物の討伐依頼を受けたときだったわね。そのとき組んでいたパーティで討伐へ向かったんだけど、その道中で運悪く寄生型の魔物に襲われてしまったの。仲間の一人がそれに食われちゃってね」

「寄生型……。その種類の魔物に食われたときの対処法って確か……」

「そう。魔物にもよるけど、基本的には助からないわ。そのまま寄生した宿主を母体にして繁殖する。対処法は宿主を殺して繁殖を防ぐことだけ」


 フェオドラの顔がかげる。それは、彼女にとってはあまり思い出したくない記憶だった。アレシャは話したくないなら無理をしなくていいと心配するが、フェオドラはそのまま話を続ける。


「その時動けたのはお母さんだけでね。お母さんが魔術でその人を焼いたわ。仕方なかったとはいえ、それからしばらくは夜も眠れなかったわ」

「そう、なんだ。……仕方ない、か。やっぱり、そうなのかな……」

「そう。さっきも言ったけど、割り切るしかないのよ。でも、あなたはお父さんに似て優しいから、それも難しいわよね。もしかしたら割り切ることなんて一生できないかもしれないわ」


 フェオドラがそう口にすると、アレシャはうつむいてぎゅっと拳を握りしめる。自分は冒険者には向いていない、そう母の口から告げられたのだから。僅かに涙のたまった目でフェオドラに問う。


「じゃあ、わたしはどうすればいいの?」

「……アレシャは、どうしたい?」


 そう問いかけられると、アレシャの目から涙がこぼれ落ちた。


「わたしは……。わたしは、人を殺したくないよ。人を殺すのは、怖いよ。でも、冒険者はずっとなりたいって思っていから、お父さんみたいになりたいってずっと思ってたから、折角こうやって冒険者になれたから、みんなといっしょにいるのは楽しいから、冒険者はやめたくない……。ねえ、わたしどうしたらいいのかな?分かんないよ……」


 アレシャが抱えていた不安と困惑が堰を切ったように溢れ出す。すると、嗚咽をもらすアレシャにフェオドラはそっと寄り添い、震えるその身体を優しく抱きしめた。身体の芯へ届くような暖かさが、アレシャの心にゆっくりと広がっていく。フェオドラは、娘の頭を撫でながら、柔らかな声音で語りかける。


「大丈夫、どんなときでもお母さんはアレシャの味方だから。もしあなたが辛い思いを、苦しい思いをすることになっても、お母さんが一緒にそれを抱えてあげるわ。だからよく考えて、あなたが一番納得できる答えを出しなさい。……アレシャは昔から頑固だから、どうせ自分が納得できる答えじゃないと嫌なんでしょ?」


 その言葉にアレシャは気づかされる。自分がどうすればいいのかの道が見えた気がした。すると、アレシャの身体の震え次第にはおさまっていった。アレシャは柔らかに抱きしめる母のことをぎゅっと抱きしめ返してから、そっと離れる。


「ありがとう、お母さん。もう大丈夫」

「そう、よかった」

「うん。ごめんね、泣いたりして」


 アレシャは目をゴシゴシとこすり、紅茶を一気に飲み干して立ち上がった。まだ悩ましい顔をしているが、先ほどのような暗い表情ではなかった。


「あとは一人で考えてみる。答えが出たら、絶対に話にくるね」

「ええ。待ってるわ」


 アレシャは笑顔を作ってそれに答えると、部屋を出て行く。それから彼女は真っ直ぐ泊まっている部屋へ戻った。アステリオスから簡単にでも話をきいていたのだろう。目の周りを赤くしたアレシャの姿を見てヴェロニカらが心配する声をかけるが、それも耳に届かぬままアレシャはベッドに倒れすぐさま眠りに落ちた。


 アレシャが目を覚ましたのは、日も暮れに暮れた夜中だった。仲間たちもすでに各々のベッドで寝息をたてている。アレシャは大きなあくびを一つしてから、モソモソとベッドがから這い出した。


「完全に寝過ぎた……。お腹空いたな……」


 まだ覚醒しきっていないままフラフラと部屋を出て廊下を歩いていると、風がサラリと肌をなぜる。アレシャは吸い寄せられるように風を辿っていくと、それは閉まりきっていなかった窓から流れてきていたようだ。そっとそれを開くと、満点の星空が見える。


「……ダレイオスさん、ちょっと付き合ってもらってもいい?」

『ああ、勿論だ』


 アレシャは窓から出て、屋根へよじ登った。この場所ならば星がよく見える。


「今日のダレイオスさんは割と静かだったね。寝てるのかと思った」

『私も、色々と考え事をしていてな』

「悩み事がある『魔王』なんて聞いたこともないけど」

『ふっ、私もだ。……それで、お前はどうするか決めたのか?』

「どうするか……か」


 アレシャはそう言って空を見上げる。

 思い起こせば、夜空を眺めることも久しく無かった。星空で彼女が思い出すのは、父親との思い出だ。


「前にファーティマでも殺す殺さないって話したよね。その時のわたしは、殺すしかないときは仕方ないみたいなことを言ってたけど、今思うと覚悟なんて全然できてなかったんだね。冒険者になるってことに対する覚悟も、全く」

『だが、今のお前はその重要さに気づけた』


 アレシャは頷き、もう一度夜空を見上げた。相変わらず星々は燦然と輝いている。それが自分自身に課せられた使命であるかのように。


「……ダレイオスさん、冒険者の認定試験で『七色の魔物』と戦った夜もこうやって話をしたの、覚えてる?」

『ああ、あのときも星が綺麗だった。お前は父親の話を色々としてくれたよな』

「うん。そこでわたしはお父さんみたいな冒険者になるんだって決心した。……でね、それだけは絶対に譲っちゃいけないことだなって思ったんだ。それを手放したら、これまでの時間を否定しちゃうことになるから」

『そうか。それじゃあ……』

「うん!」


 アレシャは勢いよくその場に立ち上がった。夜風に彼女の美しい白髪がそよぐ。その表情は今日一番の晴れやかさだ。


「決めた!わたし、これからも冒険者として頑張る!……でも、人は殺したくないし殺す気もない!結局覚悟できてない気もするけど、そう決めた!」

『知った顔の人間と戦うことになったらどうする?』

「その時は勿論戦うよ。でも、殺さないで済むような方法を探す。アステリオスさんもお母さんも、殺すことは仕方ないって言ってた。けど、わたしは諦めたくない。仕方ない、なんて言葉で自分を無理矢理納得させたくないから」


 ダレイオスは、その答えをただの甘い理想論だと思った。だが、それを馬鹿にしようなどとは全く思わなかった。むしろ、それこそ彼がアレシャに望んでいた答えであった。ダレイオスは愉快そうに笑う。


『やはりお前はそうでなくてはな。若い内は理想を語ってなんぼだ』

「でしょ?それに、これならダレイオスさんの悩みも解決するはずだよ」

『私の悩み?』

「うん。だって、ダレイオスさんはヘリオスって人を殺したくないんでしょ?」


 いきなり核心をつかれ、ダレイオスは目を丸くする。彼の考え事とはまさに、かつての友であったヘリオスを自分が殺すことができるかどうかだったからだ。戸惑いつつもなぜ分かったのかとアレシャに問いかけると、ケロリとして彼女は答えた。


「だって、ダレイオスさん魔術の特訓中に、ぶつぶつ独り言言ってたから」

『……言ってたか?』

「うん。あの時はわたしもそれどころじゃなかったから、あまり気にしてなかったけど」


 ダレイオスはなんだかとたんに恥ずかしくなるも、威厳ある大人の男の対応を心がけつつ話を続ける。


『なら、お前に任せてみようと思う。だが、やつ相手に手加減などできないだろう。何か考えはあるのか?』

「それは、全くないけど……でも何とかしてみせるよ。今度の今度は本当に決めたんだから」

『……そうか。じゃあ、期待しているぞ』


 二人は小さく笑い合うと、どこか優しい夜風を感じながらもうしばらく星空を眺めていた。

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