64 再び相まみえる
ダレイオスとヘリオス。かつての王と臣下は敵対する者として対峙する。この男が以前に聞いたヘリオスなのだと知り、ランドルフたちは警戒の色を更に濃くした。
「まさかとは思っていたが、やはりお前も“死人”に成り下がっていたか」
「成り下がるとは結構なお言葉ですね。ただ私は新たな主にお仕えしているだけですよ」
新たな主。ヘリオスを蘇らせた人物であり、“死人”たちの黒幕であるのは間違いない。それに関する情報を引き出せないかとダレイオスは考えるが、彼は目の前の男が一筋縄ではいかない人物であることを誰よりも知っている。人質をとられているという、この不利な形成では尚更だ。この状況を打破することが先決であるとダレイオスは考えた。
だがヘリオスの立ち姿に隙はない。何か行動を起こせば、すぐにでも人質の喉を切り裂いてやるという冷酷な意志がその眼から感じ取れた。
となると、情報を得ることに専念するしかない。どちらにしろ、聞かねばならないことは山のようにあるのだ。ヘリオスから視線を逸らさず、ダレイオスは問いかける。
「ここに倒れている男たちを殺したのはお前か?」
「そうですよ。金をちらつかせて、商会へ侵入するために利用させてもらいました。ただこれ以上は利用価値も、のさばらせておくメリットもなさそうなので始末したんですよ。でも、商会にとってもこいつらが消えるのは都合がよいはずでしょう?」
「商会、か。お前たちはその商会本部までわざわざ何をしに来たんだ?」
「勿論、あなたを捕らえるためですよ。どうやら上手くいかなかったようですがね。まあ、今回は宣戦布告のために参ったということにしておきましょうか」
「宣戦布告だと?」
ランドルフが訝しげな顔で問う。商会の相手に正面から喧嘩をふっかけるなど、あり得ないと思ったのだろう。だが、ヘリオスは当然という様子で答える。
「ランドルフ商会長。どういうわけか、あなたはダレイオス様のことを守ろうとしている。故にダレイオス様に手を堂々と出すには、商会を敵に回せるほどの戦力が必要だったのですが、商会自慢の冒険者たちのおかげでそれも整いました。ですから、そのご報告にと」
「冒険者のおかげ、とはどういう意味だ」
オズワルドが尋ねると、ルプスは愉快そうに口角を上げた。
「なに、商会お抱えの冒険者たちを“死人”に生まれ変わらせただけよ。お前らは気づけなかったみたいだけどな。敵の戦力を削ぎつつ、こちらの戦力を高める。素晴らしいだろう?」
「こいつの言っていることは本当だ。今、一階では“死人”と冒険者の乱戦が起きている」
ダレイオスの補足でルプスの言ったことが真実だと知ったランドルフは、自らの調査の甘さを悔やむように歯がみする。調査はエルフの眼を頼りに行われ、実際にそれで潜り込んでいた“死人”の存在も発見できた。だが、その“死人”こそが囮だとヘリオスは言う。いくらかの“死人”をわざと発見させて調査は成功したと思わせ、エルフの眼を逃れる細工がほどこされた“死人”いる可能性に目が行かないようにしていたのだ。
そうヘリオスが説明したところで、彼は「さて」と切り出した。
「そろそろ本題に入らせてもらいましょう。ダレイオス様、あなたに“死人”となっていただきたい。あなたは心の優しい方だ。負い目のあるこの女性の命を失いたくはないでしょう?」
『負い目……?え、ダレイオスさん、お母さんに何かしたの?』
「……後ろめたいことは何も無い。“死人”なぞになる気もない。お前の要求は断る」
「そうですか。では、これではどうでしょうか」
ヘリオスが指をならすと、ルプスを包囲していた冒険者たちがランドルフとオズワルドに刃を向けた。会議に参加できるほどの古参の冒険者までヘリオスの手に落ちていたのだ。形勢は圧倒的に不利になってしまった。
「本来はこうして商会長らを抑えている間に一階の“死人”たちがあなたを捕らえるという策だったのですが、失敗してしまったようです。ただ、そんな策をとらずとも、こうして人質をとれば十分効果的だったかもしれませんね。人質三人。お望みならば一階にいるお仲間も加えましょうか?……これでも、要求は飲めないと」
『ランドルフさん!オズワルドさん!ど、どうしよう。もうあいつの言うことを聞くしか……』
「駄目だ!あいつの要求を飲むんじゃない!」
ランドルフが声を張り上げた。その喉に刃がつきたてたれ、浅く傷ができる。これ以上喋るなということだろう。状況は非常によろしくない。
「くそっ、せめてフェオドラだけでも解放できれば……」
『でも、どうにかして隙を作らないと!』
まだチャンスを窺うべきなのか、一か八かやるしかないのか、ダレイオスは迷う。人の命がかかっている以上、軽率な判断はできない。
だが、その迷いはすぐにふっきれることとなった。
突如ヘリオスの足下の影から黒い蛇が現れ、彼のナイフを握る腕をギリギリと締め上げたのだ。彼はそれに抗うが、動きが止まってしまった。待ちに待った隙である。ダレイオスはヘリオスの懐に転がり込んだ。それと同時にランドルフらを取り囲む“死人”たちも人質へ一斉に斬りかかる。
そして、ダレイオスがヘリオスのナイフを蹴り上げるのと、ランドルフとオズワルドが“死人”たちを叩き伏せるのが同時だった。
ダレイオスはナイフを拾い、その切っ先をヘルマンに突きつける。
「形勢逆転だな」
「な、何が起きたというんだ……」
その問いにダレイオスは答えない。彼も何が起こったのかさっぱり把握していないからだ。
だが、ランドルフがしてやったりという顔をしているあたり、先ほどのは彼の秘策だったのだろう。
しかし、間違いなく状況はダレイオスに有利であるというのにヘリオスからは既に焦りの表情が消えていた。それどことか余裕すら感じられる。
「その顔、お前が臣下だったときは頼もしく感じたものだが、今となっては不愉快でしかないな」
「ここはあえて褒め言葉として受け取っておきます。しかし、こうなってしまってはこの場で目的を達するのは無理そうですね。……ルプス!」
「おうよ!」
ルプスがそう応えると同時に、その巨体がかき消えた。ダレイオスはマズいと本能的に悟りナイフを振り抜くも、ヘリオスの姿もその場から消え去った。どこへ消えたのかと周囲を見回すと、その姿を窓の外の建物の屋上に見つけた。
「くそっ、何しやがった!」
「商会本部に乗り込むんだ。逃げの手を用意しておくのは当然でしょう。今回は潔く引きますが、近いうちにまたお会いすることになるでしょう。最後に改めて名乗りを。私の名はアポロン。主に変わり、“死人”を従える者です。それでは」
ヘリオスがそう残すと二人の姿は徐々に揺らいでいき、やがて空へと消えていった。




