63 会議は血の香り
早朝、商会本部に何台かの派手な馬車が到着する。それから下りてきたのは、また派手な衣装を纏った男達だった。商会の扉を開け放ち、ドカドカと中に入ってくる。そこへロビーに待機していたランドルフが頭を下げた。
「お待ちしていましたよ。わざわざご足労いただき感謝します」
「ふん、ランドルフか。なぜ我々がお前たちの失態の尻ぬぐいの会議に参加せねばならのだ」
「すいませんねえ、規則なもんで」
男たちは不機嫌そうに鼻をならす。
他の冒険者たちと同じく壁際に控えていたアレシャたちは、これが昨日ランドルフの言っていた臑かじりだと察した。
その男たちが上の階へ向かおうとすると、それに何人かの男が着きそおうとする。ランドルフがそれを止めた。
「少しお待ちくださいよ。この方達は?」
「我々の護衛だ。何か文句が?」
「文句も何も、あなた方の警護はここにいる冒険者たちで問題ないでしょう」
「近ごろ失態続きの冒険者どもが役に立つというのか?それで我々の身に危険が及んだらどうするつもりだ」
「……そのままくたばれよ。……はぁ、分かりました。ただ、チェックは受けて貰いますよ」
ランドルフが数人のエルフを呼びつけた。“死人”かどうかの識別をするためだ。結果としてはシロだった。見かけも家柄のいいお坊ちゃんという感じで特に怪しさもない。納得してはいないが、ランドルフは会議には参加させないという条件で渋々同行を許可する。そしてそのまま上階へ向かっていった。
残された冒険者たちは少し気を崩して会議が終わるのを待つ。アレシャたちも壁にもたれかかって雑談する。
「しかし、アレはひどいわね。ランドルフさんの苦労を思うと頭が下がるわ」
「それより、あの護衛が気になるよね」
アレシャがそう言う。昨日ぐっすり休んだことで彼女もある程度調子を取り戻し、今は自分の失態を清算するために行動しようと考えていた。アレシャの言葉にヘルマンが腕を組んで考える。
「そうだな……。見た目には怪しさはないが、タイミングがタイミングだからな。そもそも会議に参加できない俺たちではどうしようもないが」
「何かあってもランドルフ商会長ならば何とかしてくださるだろう。わたしたちにできるのは会議が終わった後に指示に従って働くことだ」
ヘルマンとアステリオスの言う通りであった。何か不測の事態でも起きない限り、一冒険者である彼らはただ待機することしかできないのだ。そう、不測の事態でも起きない限りは。
会議が始まってそれなりに時間が経った頃、一人の男がアレシャに近づいてきて手を差し出した。
「お嬢ちゃん、確かアレシャちゃんだよな?俺はこの間アンティオキアにいてな。噂は聞いてるぜ。あの時は会えなかったから、ちょっと挨拶しようかと思ってよ」
「は、はあ。よろしくお願いします」
アレシャが男の手を握ろうとしたその瞬間、ヴェロニカの蹴りが男の股間に突き刺さった。男はよろめき、その場で悶絶する。いきなり何をするのかと思いアレシャがヴェロニカを見ると、その顔は驚愕に染まっていた。
「なんで、どういうこと……?」
「ヴェロニカさん、どうしたの?まさか……!」
ヴェロニカが頷きを返す。その手に握られていたのは、スギライトのペンダントだった。この男がアレシャに近づいたその時、ヴェロニカの手にしているそれが激しく振動したのだ。“死人”と相対したときと同じように。それにヘルマンは焦りを浮かべる。
「ここにいる者はエルフの眼によるチェックを受けているはずだ。どうやって潜り込んだんだ……!」
「いや、これは潜り込んだなんて規模じゃなさそうですよ」
メリッサが静かに呟きアレシャたちが周囲を見回すと、信じられないような光景がその目に映り込んだ。商会の中に待機していた冒険者の半数近くが、携えた武器を他の冒険者へ向けていたのだ。
「これって……。そうだ、会議!こうなると、あの護衛も絶対“死人”だよ!」
「そうね、行きましょう!」
『アレシャ、交代するぞ』
「うん、お願い!」
上階へ向かって駆けだした五人の前に数人の冒険者が立ちふさがった。ヴェロニカはためらいなく魔術を放つが、大剣を持った男に防がれ、行く手を阻まれる。
「これは、一筋縄じゃいかなそうですね」
「この男、確かそれなりに有名なBランク冒険者だったはずよ。面倒ね……」
男たちは武器を振り上げ、一斉に斬りかかる。アステリオスが飛び出し、斧でそれを受け止めた。そこをメリッサが弓で正確に打ち抜いていく。“死人”はその矢で次々と倒れていくが、大剣の男だけはその攻撃をふせぎきる。そして横へ転がり、側面からメリッサに斬りかかった。その突進を妨げたのは固い氷の壁だ。大剣の男はそれを突破できず、一度距離をとる。が、その奥から氷の壁を貫通して放たれた熱線が男の胸に風穴をあけた。激しい熱に、もがく間もなく男は絶命した。
無事に敵を退け一息つく、間もなく次の“死人”が立ちふさがる。
「やはり狙いはわたしたち、というよりはダレイオスのようだな」
「なら仕方ないわね。ダレイオスちゃん、ここは私たちに任せてあなたは会議室へいってちょうだい。ここいにる“死人”は全員腕の立つ冒険者。一々相手にしてたら余計な時間を食うだけよ」
「……わかった。ここは任せる」
『き、気をつけてね!』
ダレイオスは階段へ向けて走る。行かせまいと“死人”が襲いかかるが、アステリオスの振り回す斧に吹き飛ばされた。ダレイオスは礼を言って一気に階段を駆け上った。入り込んでいた“死人”は一階にいるものだけだったようで、妨害にも合わずに最上階の会議室へたどり着く。
『会議中なのに人の話し声が聞こえない……』
「ちっ、行くぞ!」
扉を蹴破ったダレイオスの目にまず飛び込んできたのは、血の赤だった。
床に血に塗れた派手な格好の男たちが転がっている。
「これは……」
「よう、また会ったな!これで三回目か?元気そうでなによりだ」
嬉しそうにダレイオスへ手をふるのは、獣を彷彿とさせる大男だ。以前アンティオキアで対峙し、ドゥルジで取り逃がした“死人”、ルプスである。ランドルフやオズワルド含む冒険者たちがそれと対峙している。
「なぜ、お前がここにいるんだ。あの護衛はどこへ……」
「あの護衛こそ他ならぬ俺だ。どうやったかって?そりゃあ、企業秘密だ。悪いな」
囲まれているというのにどうしてこの男はこんなにも余裕なのか、ランドルフたちも何故手を出さないのか、ダレイオスはそう思ったが、理由はすぐにわかった。
ランドルフがキツく睨み付けるその先に、一人の男が手にしたナイフを傍らの女性の喉元へ突きつけている姿があった。その女性は、アレシャの母であるフェオドラに違いなかった。ランドルフたちは人質を取られているが故に手を出せないのだ。
『お母さん!』
「アレシャ……。ごめんなさい、不覚をとってしまったわ」
フェオドラが悔しそうに顔をゆがめる。ダレイオスが険しい目つきでナイフを持つ男を睨み付ける。だが、それは怒りとは別の感情も含まれているものであった。拳をきつく握りしめ、ダレイオスは問う。
「何をしているんだ。お前は……!」
「……お久しぶりですね、ダレイオス様。ざっと千九百年ぶり、ですか」
男はダレイオスに向けて頭を下げる。
ルプスと共に侵入したもう一人の“死人”。それは、ダレイオスの友であり彼の宮廷魔術師団長を務めていた男、ヘリオスだった。




