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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
63/227

62 してやられたり

「はめられた……?どういうことなんですか!」

『各地から報告が上がった。魔素中毒と似た症状の患者が大量に発生したとのことだ』

「なんだと!?奴らの作戦は実行されていたのか。だが、川の水を利用しないように勧告したはずじゃ……」

『いや、報告が来た街のどれも川から遠く離れた街ばかりだった。完全にノーマークだった場所から狙い澄ましたかのように一斉に報告が来たんだよ』


 ランドルフの報告は全くもって想定外な内容だった。ダレイオスは混乱する頭を回転させる。


「……はめられたというのはつまり、奴らの作戦はそもそも川沿いの街を狙ったものではなかったということか」

『ああ、そういうことだろう。俺たち商会の注意を引きつけている内に、各地で行動を起こしたんだ。お前たちが持ち帰ってくれた作戦資料もフェイクだったというわけだ』

「なんてこと……」


 五人はショックを隠しきれなかった。それはつまり、自分たちの持ち帰った情報のせいで商会の注意が行き届かなかったということだからだ。そのフェイクの信憑性を高めるために幹部まで出張ってきていたわけだ。だが、ダレイオスは落ち着いていた。こういった事態で必要なのは冷静な判断だということを彼は分かっているのだ。代表して彼がランドルフとの話を進める。


「被害があった街を調査したときは“死人”は見つからなかったんだな?」

『そうだ。その中のいくつは大きな街だから念入りに調査したんだが、“死人”の姿は確認できなかった。どうやってもぐりこんだんだか……』

「被害はどれくらいなんだ?」

『あー、聞きたいことは色々あるだろうが、どうせなら直接会って話をしよう。今後の対応についても含めて商会本部で会議を行うことになったんだが、お前らもそこに来て欲しい。まあ、会議に参加はさせられないんだがな。こっちでロマノフ王国とラインデルク帝国の国境は通れるように手配しておく。悪いが、頼んだ』

「……ああ、わかった」


 そして通信は切れた。いつの間にか朝日が差している。その清々しい光とは対照的に彼らの心は暗く落ち込んでいた。


「あの、さっきのってなんの話だったんですか?なんかただならぬ雰囲気を感じますけど……」

「ああ、リリちゃんは知らないわよね。うん、知らなくて方がいいわ。とりあえず、頼んだ仕事はこれで終わりよ。依頼料は……ちょっと少ないけどこれで頼むわ。ちょっと急がなきゃいけなくなったから」

「は、はあ。お気をつけて……」


 ヴェロニカがパーティメンバーの背中を叩いて元気づけ、ダレイオスたちはとぼとぼと歩き始める。リリは呆然としながら、その後ろ姿に手を振ることしかできなかった。口数の少ない五人はその足で転移魔法陣へ向かった。時々ため息が漏れ出る。


『やっぱり、わたしたちのせいなのかな……』


 アレシャが小さく呟いた。これは自分に話しかけているのだろうとダレイオスは察した。


「現状が詳しく把握できていないとはいえ、否定できないな。私たちが報告しなければ商会の注意はそれほど川沿いの街へ向かなかったかもしれない。だが、私たちが書類を発見しなくても、他の調査団がそれを見つけて報告を入れていただろう。ランドルフの話じゃ“死人”側も発見されないように何かしかけていたようだし、この事態を回避するのは難しかったはずだ」

『そうは言うけど……』


 アレシャは納得していなかった。そう簡単に割り切ることはできないのだろう。アレシャが自分で整理をつけるまで待つしかないとダレイオスは判断し、少しそっとしておくことにした。

 一行は転移魔法陣へ到着し、ロマノフ王国国境へ転移する。国境を越えてから僅か数時間の滞在だった。名残惜しさなど皆無である。ヴェロニカが受け付けへ行くとすでにランドルフから話は通っていたようで快く通してくれた。受付の鼻の下が少し伸びていたのは関係ないはずだ。

 商会本部があるヴォルムスはラインデルク帝国の首都である。世界でも主要な都市であり、様々な機関の本部が置かれている場所だ。ラインデルク帝国の武力と商会の持つ戦力で守られている街であり、安心して拠点を置くことができるのである。街についてすぐに目に入る巨大な城がその力の強大さを物語っている。ヴォルムスについた一行はその城をぼんやりと見上げていた。


「転移魔法陣を使うとほんとに楽ですね。あっという間についちゃっいましたよ」

「そうだな……。とりあえず商会本部に行こう。今はとにかくランドルフさんから話を聞きたい」

「そうね。早く行きましょう」


 ヴェロニカがリーダーらしくパーティを引っ張って、綺麗に整えられた街を行く。

 やがてたどり着いた商会本部の建物はさすがの大きさを誇っていた。下手な貴族の屋敷よりは大分大きい。いつもは依頼を持ってくる人やそれを受ける冒険者でいっぱいだが、今日は様子が違うようだ。


「ものすごく忙しそうですね……。本部で会議をするってやっぱり大事なんでしょうか」

「そうね。軽く見渡してみても、それなりに有名な冒険者が何人もいるわ」

「こんな中でランドルフに会えるのか?」


 そんな心配をしながら商会のロビーを歩いていると、五人は一人の男に声をかけられた。振り返るとそこに立っていたのは強者の風格を漂わせる初老の男で、彼らも見覚えのある男だった。


「待ってたぞ、アレシャちゃん。いや、今は『魔王』様の方か?」

「ん、お前は……『剣帝』じゃないか。お前も来ていたのか」

「当然だろう。これでも商会でもかなりの古参だからな」


 その男は『剣帝ネルウァ』だった。名の知れたSランク冒険者であり、ダレイオスたちは歴史学者オズワルドとして彼に世話になったことがある。


『お、オズワルドさん……。そうだ、ペトラの調子はどうなんですか?』

「ペトラの調子はどうかとアレシャが聞いているが」

「あのお嬢さんはよくやってるぞ。先輩に必死に食らいついて技を盗もうとしている。あれは伸びるぞ」

『そっか……。ペトラは頑張ってるのに、わたしはまだ魔術も禄に使えない……』


 アレシャの思考がどんどん悪い方に向かい始めているので、ダレイオスが話題を変える。


「それで、何か用があるのか?」

「おお、そうだな。ランドルフにお前らを連れてくるよう頼まれたんだ。ついてきてくれ」


 オズワルドはダレイオスたちを連れてやたらとデカい階段を上り、最上階の一室へ招き入れる。ここがランドルフの執務室らしい。ノックをすると、入室を許可する女性の声が聞こえた。


「失礼する。ランドルフ、連れてきたぞ」

「ああ、ご苦労さん」


 オズワルドはそのまま執務室の壁にもたれかかる。五人はランドルフの横に控えるフェオドラに促されてソファーに腰掛けた。


「疲れてるだろうに、わざわざ来て貰って悪いな。それじゃ、さっきの通信の続きだな。知りたいことがあれば何でも聞いてくれ」


 そこでまず尋ねたのはヴェロニカだ。


「まず、今回の事件の概要を詳しく聞かせて貰えますか?」

「ざっとは、さっき通信で話したとおりだ。商会の目が向いてない隙に“死人”が厄介なことをしでかしてくれた。で、詳しく話すと、被害者は飲食店にいた人たちがほとんどだった。どうやら、食物に例の物質化した『冥界術式』を混入させたみたいだ」

「……被害者たちの容態は」

「それが相当な問題なんだ。レイン川を流れバルバロスの住民を蝕んだものは死に至るまでかなり時間がかかったが、今回の事件で使われたものは即効性の高いものだったんだよ。全員あっという間に体中が黒く染まって死んだよ」

「…………被害者の数は……」

「事件の報告があった街はざっと百程度。街そのものの規模にもよるが、一つの街につき四、五十人以上は死んでる」


 聞けば聞くほど状況は悪い。むしろ最悪とすら言えるほどだ。五人を取り巻く空気はこれ以上無いほどに落ち込んでいた。ランドルフも言葉をかけづらいが、五人に再び問いかける。


「他に、聞きたいことは?」

「では、俺から」


 次に発言の意思を示したのはヘルマンだった。


「俺たちは会議に参加できないようですが、わざわざ呼び寄せた理由はなんです?」

「このゴタゴタした状況で、信用できる人員を俺のそばに置いておきたい、という俺の都合だな。会議の次第によっては、また仕事を頼むことになるかもしれない。あとはお前たちに限った話ではないんだが、本部で大きな会議をするときは腕の立つ冒険者を集めなきゃならねんだ」

「その理由は?」

「商会のご意見番というか、臑かじりというか、そういう輩の警護が必要なんだよ。そんなもん必要ないと俺は思ってるんだがな……」

「お前は商会の長なのだろう?そうすれば良いじゃないか」


 ダレイオスがそう言うが、ランドルフは首を横に振った。


「そいつらは商会設立の際に出資をした家の者でな。初期の商会はそいつらに運営資金の管理を任せていたらしく、その仕組みが今まで残っちまってるんだ。そのせいでやつらの要求がまかり通るようになってんだよ。今や商会に金を入れるどころか商会の金を食い物にしてる始末だけどな」


 ランドルフがやれやれと首を振る。それは話てもいいことなのか、とその場の誰もが思った。とりあえず代表してヴェロニカが聞いてみる。


「……ランドルフさん。金を食い物にしてるって横領してるってことですか?初耳ですが」

「あ、やべえ。まあいいや、証拠はだいたい揃ってるから近いうちに叩きつぶしてやるつもりだからな。それも全て、“死人”の件が無事に片付いてからだが」


 少し和らいだ空気がまた重くなる。もはや“死人”という名前が出れば落ち込むようになってしまっていた。はっきり言って、後ろ向きになるのはあまりいい傾向ではない。そのとき、バンッという音が響く。ダレイオスが自分の膝を叩いた音だった。そして一人立ち上がる。


「こんな空気になるのも疲れてるからだ。ずっと働きづめだからな。まずは寝よう。寝るぞ!お前ら!」


 そして、いきなりなんだと首をかしげるパーティの他の四人をダレイオスは一気に担ぎ上げた。少女が大人四人を持ち上げるという中々奇妙な光景が出来上がる。


「悪い、ランドルフ。少し仮眠を取りたいんだがどこか部屋を貸して貰えないか?」

「あ、ああ。フェオドラ、案内してやってくれ。会議は明日の朝からだから、仮眠と言わずぐっすり寝て貰って構わねえぞ」

「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせて貰おう」


 下ろしてくれともがく四人を担いだままダレイオスは部屋を出て行き、フェオドラは慌ててその後を追っていった。後に残されたオズワルドが、それを見て苦笑する。


「いや、歴史を正しく知るってのは難しいものだな。ずっと悪の象徴だと言われている『魔王』が場の空気を読むのだから。これでは歴史学者失格だ」

「はっ、そうかもしれねえな。悪人どころか、ありゃ善人だ。……あいつが英雄でよかったと思うよ」

「何か言ったか?」

「いや、別に」

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