61 “死人”を探せ
ダレイオスは夜の街を駆ける。その小脇に抱えられているのは金で雇ったエルフの女性、リリだ。これは人さらいの現場ではなく、“死人”を見つけるための作戦行動中なのである。この深夜に出歩く人はほとんどいないので、“死人”を見つけるには建物の中をチェックしなければならないのだが、一つ一つ調べていては時間がいくらあっても足りない。そこで、手荷物と化しているリリの眼とダレイオスの前を走るメリッサの能力を組み合わせる策をとったのだ。
メリッサは高い魔力感知能力によって周囲にいる対象の持つ魔力の程を知ることができる。彼女は移動しながらそれを使い、比較的高い魔力反応のある人間が集まっている建物を見つける。高い魔力反応がある人間はそれ相応の戦闘能力を持っているということであり、少なくともただの住民ではないということでもあるのだ。それだけで“死人”と判断はできないが、そこでリリの出番だ。建物内の人間を観察し、精霊が憑いているかを確認する。憑いていなければ、見事“死人”の発見というわけだ。
「お、見つけました。建物です」
「了解。いくぞ」
「は、はい……」
リリはダレイオスにされるがままであった。自分より年下の少女に文字通り振り回されている状況を上手く処理することは彼女にはできなかったようだ。ダレイオスはメリッサが指さした建物に駆けより、窓を外して中に入る。
『あのさ、これって完全に不法侵入だよね』
「何のことか分からんな」
清々しいくらいにすっとぼけながらダレイオスは気配を殺して部屋の様子を窺うと、床でいびきをかいて眠る数人の男達をみつけた。リリに視線を送るが、彼女は首を横に振る。どうやらハズレのようだ。音も無く窓から外に出てメリッサのもとに戻る。
「ここも違った。次に行こう」
「そうですか……これで七件目ですけど、中々見つかりませんね」
「まだ七件目だ。夜が明ける前に街中調べてしまうぞ。……おい、寝るな」
「いたっ!……すいません」
「アレシャもだ」
『……んはっ!ね、寝てないよ』
「……」
いつの間にか寝息をたてていた二人を起こして三人は再び走り出す。リリは抱えられているので実際は二人だが。
その後も同じように調べていくが、当たりは一向に現れない。普通に街を歩いて捜索しているヴェロニカたちからの連絡もなかった。この作戦は失敗だったかと諦めムードが漂い始めたとき、メリッサがまた一つの反応を感知する。疲れがたまってきているが、ダレイオスは完全に寝ているリリを叩き起こし再び気を引き締めて建物の中を窺う。
「ん、人の動く気配がするな。人の姿は……一人か。リリ、確認してくれ」
「はい……。えっと、うわぁっんぐっ!」
リリが突然大声を上げそうになったのでダレイオスが慌てて口を塞ぐ。だが、その反応で察した。どうやら、ついに見つけたようだ。
幸い、中の人間は今の声には気がつかなかったらしい。ダレイオスは急いでメリッサの元に駆けよった。
「メリッサ、見つけたぞ。“死人”だ」
「ほんとですか!すぐにヴェロニカさんに連絡しないと……」
メリッサが魔法陣が書かれた紙を取り出し、魔力を注いだ。事前に用意しておいた簡易の通信用魔法陣だ。ヴェロニカはすぐに応答する。
『見つけた?』
「はい、ようやくですよ。ようやくですよ!」
『二回も言わなくていいわ。場所を教えて貰えるかしら』
メリッサは急いで今いる場所を伝えた。ヴェロニカたちはすぐに向かと残して通信を切る。
「さて、私たちはどうする。ここでヴェロニカを待つか?」
『うーん、この街の構造は複雑だから、来るまでに時間がかかるんじゃないかな』
「中にいる人の様子はどうだったんですか?」
「今すぐ逃げだそうとしている風ではなかったな。あまり焦る必要もないだろうが……いや、今行くことにしよう。大人数で押しかけては余計な騒ぎになるだろうしな」
「まあ、それもそうですね。じゃあ私はここでリリさんと一緒に待機しながら出入り口を見張っておくことにします。寂しくなったらいつでも帰ってきていいですからね!」
「ああ、よろしく頼む」
メリッサの言葉を華麗に受け流し、ダレイオスは再び“死人”のいる建物の窓へ近づく。確認できるのは一人の男だけ。窓に背を向けて船を漕いでいた。チャンスだとダレイオスは確信し、するりと部屋へ忍び込む。そして背後から男を絞め落とした。さすがの手際であるが、軽く部屋を調べても重要そうなものは見つけられなかった。別の部屋を調べるためにドアを少し開けて周囲を探る。
「誰もいない……か」
『あまり大きい建物じゃないみたいだけど、どうする?』
「正直、こんな風にこそこそするのは性に合わない。あまり大きな建物ではないようだし、一気に片をつけてしまおう。外にはメリッサもいることだしな」
『了解!それじゃ、張り切ってどうぞ!』
ダレイオスは部屋を飛び出し、駆けだした。持ち前の魔力感知能力を用い、敵の居場所を大まかに把握する。
「やはり数は少ないみたいだ。これなら何とかなるだろう!」
ドアを蹴破り、部屋に転がり込む。中にいた三人の男は突然の出来事に対応が遅れる。懐から得物を取り出すより先にダレイオスの膝が腹にめり込んだ。その間に背後に回り込んでいた二人の男がそれぞれの武器をダレイオスへ振り下ろす。が、その攻撃は彼の手で軽々と受け止められた。そして、ダレイオスは優しく微笑む。本来なら可愛らしい少女の笑みであるはずだが、男たちにはそれが恐ろしいものにしか感じられなかった。その感情は正しいものであるのだが。
物音を聞きつけた何人かの男が部屋に飛び込んで来るや否や、ダレイオスは掴んでいた二人をその集団に投げつけた。相手が怯んだ隙を逃さず、拳で適格に相手の急所を打ち抜いていく。
気配はまだ残っている。ダレイオスがそれを辿って一階へ行くと、丁度三人の男が逃げようとしているところだった。ダレイオスはその男たちを見て驚きを露わにする。そこにいた男の一人は、アンティオキアであった“死人”の幹部、ルプスであったからだ。
「あ、やべ」
「お前、なぜこんなところに……!」
ルプスはしまったという顔でダレイオスを見る。ルプスは以前戦ったときに負った傷を見事に完治させていた。相変わらずの凄まじい生命力にダレイオスは呆れてしまう。ともかく、ここで会ったが百年目。ルプスを逃がすわけにはいかない。ダレイオスはルプスへ向けて走る。そこに残りの二人の“死人”が立ちはだかった。どちらも山のような大男だ。
「さっきまでのやつらよりは歯ごたえがありそうだな。だが!」
二人の“死人”は手にした棍棒を振りかぶり、ダレイオスを打ち抜こうと力一杯振り抜いた。ダレイオスはそれをスライディングでかわし、そのまま二人の“死人”の足を払う。それにバランスを崩しそうになるが、男二人はそれをふんばって耐える。しかし、その間にダレイオスは両手に魔法陣を展開していた。そしてバチッという大きな音がすると、男二人はその場に倒れ伏した。電撃によって痙攣している“死人”二人に目もくれず、ダレイオスはルプスを追おうとするが、その姿はすでになかった。ダレイオスはすぐさま外へ飛び出す。出入り口はメリッサが見張っている。彼女がみすみすやつを見逃すはずがないだろう、とダレイオスは思っていたのだが、
「あ、ダレイオスちゃん。今何か、あれ?」
メリッサの気の抜けた声でダレイオスはルプスに逃げられてしまったと悟った。
それからダレイオスは倒した“死人”を一人一人縛っていく。これまで“死人”を捕らえてもひとりでに死んでしまったので今回も情報を得られるかどうかは望み薄であるが、目を覚ましたときに暴れられても困るので動きを封じておくに超したことはない。
無事全員縛り終え、外で待機している落ち込み中のメリッサのところへ戻る。先ほどルプスに逃げられたということをメリッサに伝えてから、彼女は自分の失態に責任を感じているらしい。彼女の魔力感知は建物から何かが出てくるのを捉えたらしいが、その姿を見ることはできなかったと言う。それに戸惑っている間に逃げられてしまったのだという。やはり、あのルプスという男は一筋縄では行かない相手だとダレイオスは思った。
それから少しして、ダレイオスの目にヴェロニカたちが駆けてくるのが見えた。三人もダレイオスらに気づいたようで、無事合流することができた。
「ごめんなさい、遅くなったわ。この街思ったよりもだいぶ複雑で……」
「別に構わない。もう全部終わらせたからな」
「もうか!?さすがというか何というか……」
ヘルマンが呆れたようにため息をついた。ルプスのことを話すのは後回しにして五人は建物の調査に入る。すでに夜が明け始めていたそのとき、ダレイオスの懐が光った。いつものランドルフからの通信に違いなかった。しばらく連絡が取れないと言っていたので不思議に思いつつもそれに応答した。
「どうしたんだ。何かあったのか」
『何かあったなんてもんじゃない。……はめられたようだ』




