60 次なる街へ
ダレイオスはランドルフから貰ったカードを取り出し、魔力を流し込む。これまでは向こうからの通信を受けることしかできなかったが、ランドルフが双方向から通信できるようにしてくれいた。少しすると、カードの魔法陣から音声が流れてきた。どうやら、無事繋がったらしい。
『どうした、何か分かったか』
「ああ。やつらが行っていた研究は、『冥界術式』の物質化だ」
『物質化……?詳しく聞かせろ』
それからダレイオスは二つの書類に書いてあった情報、そしてルプスという幹部のことについてランドルフへ細かに伝えた。それに伴って川に隣接する都市には対応が必要になるわけだが、ダレイオスはそこでランドルフへ尋ねる。
「『川の水を利用するな』という通告はしっかりと行き届いているのか?アンティオキアには既に伝わっていたようだが」
『全ての状況が把握できているわけではないが、そのはずだ。その“死人”の作戦は未然に防げていると考えて良いだろうな。だが急いだ方がいい』
ダレイオスたちはその言葉に同意する。商会の迅速な対応によって、今回の“死人”たちの作戦は中止されるだろう。今回取り逃がした“死人”からの情報も渡っているはずだ。そうなると、“死人”たちはすぐに撤退の準備に取りかかるはずだ。せっかく商会の調査で“死人”たちの居所がつかめたというのに、それが無駄になってしまうのだ。
『今調査に向かっている部隊を更に急がせる。人員を増やしたいところだが、人手がたりねえな……』
「私たちも動けますよ。どこへ向かえば良いですか?」
『そうか。なら、“死人”が確認された街の中で、そこから一番早く向かえる街を頼む。こっちも忙しくなるんで、少しの間連絡がつかなくなると思う。またこっちから連絡する。じゃあ、よろしく頼むぜ』
ランドルフは早口でそう言ってスパリと通信を切った。急いで調査隊へ連絡をしなければならないのだろう。必要な報告は無事に終えたところで、指示通り次に向かう街を決めねばならない。ヴェロニカが広げた地図からアンティオキアの場所を探し、転移魔法陣が仕える場所を参照しながら確認していく。
「うーん……アルマスラ帝国内ですぐにいける場所はないわ。転移魔法陣が近くに設置されていない場所か、国境を越えないと行けない場所か。どちらにしても、それなりの時間がかかるわね」
「国境を越えることに問題があるのか?」
『国境を越えるにはそれなりに面倒な手続きが必要になるんだよ。……でも、それって別に問題ないんじゃない?』
アレシャの発言にダレイオスがどういうことかと聞き返すと、アレシャはランドルフから貰ったカードを示して答える。
『確か、ランドルフおじさんからもらったカードを持ってると色々な特権が得られるんでしょ?ガザに入るときもそれで上手くいったわけだし、それを見せればなんとかならないかなって』
「ふむ、なるほど。そういうものは使えるときに使うべきかもしれないな」
ダレイオスはアレシャの案を伝える。中々のごり押しだが、ここでマゴマゴしているわけにもいかない。というわけで、権力というものに頼ることにした。
彼らは早速街を出て、今朝利用したばかりの転移魔法陣へと引き返す。月が道を明るく照らす中、川を遡り目的地へ到着した。事前に用意しておいた転移魔法陣の利用許可証を受け付けに見せ、五人は魔法陣の上に立つ。まばゆい光と共にその姿が消え去った。
転移先はアルマスラ帝国国境の検問所に設置された魔法陣だ。アルマスラ帝国の兵士が警備する中、通行許可の受付窓口へヴェロニカが歩いて行く。こういった時の交渉はヴェロニカに任せるのが最適だ。相手が男性なら尚更だ。他の四人は遠巻きからそれを見守っていたが、受付の男はあっという間に通行を許可した。権力なのか、ヴェロニカの技なのか。受付の鼻の下が伸びているあたり、後者が大きいのだろう。自分の魅力を理解している女性のなんと恐ろしいことか。それよりもあの受付はクビにすべきではないだろうか。発行して貰った通行許可証をひらひらと振りながらヴェロニカが戻ってくる。
「さ、いきましょうか。目指すのはドゥルジ。この検問所の先の大国、ロマノフ王国にある街よ。そういえば、アレシャちゃんってロマノフ王国の出身なんだったっけ?」
「そうだよ。ドゥルジってことはドニエプル川の上流にある街だよね。あそこは隠れ住むには適したところだから、すぐに逃げられるかもしれないよ。急がないと!」
アレシャの言葉に頷き一行は国境を踏み越えた。このパーティで初めて越えた国境だが、今はそんな感慨に浸っている場合ではない。ロマノフ王国側の検問所にも転移魔法陣は設置されているので、それを利用してドゥルジに直接転移した。
ドゥルジは昔の戦の際に建設された砦を起源とする、石造りの建物が多い街である。外敵の侵入を防ぐための名残なのか、かなり入り組んだ構造をしていた。まさに迷路という街の姿にメリッサは気が滅入る。
「うわぁ……これは確かに隠れるには絶好の街ですね。どこからいけばいいんでしょうか……」
「ランドルフおじさんが送った調査員にはエルフの人が含まれてるだろうけど、わたしたちが“死人”を見つけるにはヴェロニカさんのペンダントに頼るしかないよね」
「だが、目星も着いていないとなると厳しいな……。特にこんな夜中だと目も禄に使えない」
勢いよく乗り込んだはいいが、早速困り果ててしまった。そういうときはとりあえず商会へ行くのが一番だ。転移魔法陣は街の通りに面したところに設置されてたので、商会までほとんど距離はなかった。通りからはすでにほとんどの明かりが消えていたが、商会だけはしっかりと明かりが灯っていた。さすがの二十四時間営業である。
商会の中では、宿賃が稼げなかったらしい冒険者たちがうずくまって眠っていた。全力営業時間中では迷惑な行為だが、低ランク冒険者にとっては仕方ない面もあるので、深夜の時間帯に限って商会も認めているらしい。
アステリオスはその中に気になる人物を見つけた。毛布にくるまって眠る、栗色の髪の一人の女性である。尖った耳が特徴的な、まごう事なきエルフであった。
「ヴェロニカさん。エルフにしか“死人”が見分けられないのなら、調査の間だけエルフを雇うというのはどうだろうか。このままでは拉致があかない」
「……そうね。“死人”かどうかはペンダントで判別できるし、良い案だわ。幸い、今の私たちには商会というビッグな財布がついているわけだしね」
その言い方はいかがなものかとアステリオスは思ったが、事実財布代わりにしているので黙っていることにした。
寝込みを襲おうとしていると思われると面倒なので念のためヴェロニカは商会の受付に話を通しておき、アレシャがエルフの女性を起こしに行く。一番警戒させなさそうなのがアレシャだからだ。優しくその肩を揺すと、ゆっくりと目を開けた。
「お、おはようございます……いや、こんばんはかな。えっと、少しお話があるんですけども」
「うわっ、びっくりした!な、なにか用ですか……?」
女性は一瞬びくりと身体を震わせたが、特に警戒している様子は無かった。
ヴェロニカの方に視線を送ると、GOサインを出していた。どうやら、“死人”ではないらしい。ということでアレシャが続けて仕事の話をする。
「わたしはアレシャって言います。一応Bランクの冒険者で、そこのAランクのヴェロニカさんのパーティに所属しているんですけど、ちょっとお姉さんに仕事を頼みたくて……」
「Aランクでヴェロニカって、『魔劇』のヴェロニカ?そんな有名人が私に頼む仕事なんてあるんですか?」
「えっと、簡単に説明しますとですね……」
アレシャは最低限の仕事内容だけを伝えた。人を探しているが、その人は精霊が寄りつかない特殊な体質をしていてエルフがいないと見つけられない、という具合だ。
「で、引き受けて貰えますかね?依頼料はもうお好きなだけお支払いしますけど……」
「え、好きなだけ?う、受けます!受けさせてください!」
女性が思いきり食いついた。ここで眠っていたのは、やはりお金に困っていたかららしい。というわけで、アレシャたちもこの女性にお願いすることにした。互いに簡単に自己紹介を済ませる。女性はリリと名乗った。Eランク冒険者なので戦闘には参加できないからよろしくとのことだった。
「それじゃ、早速行きましょうか」
「え、今からいくんですか?眠いんですけど……」
「ちょっと時間がないんですよ。悪いけどよろしくお願いします」
「はあ……まあ構わないですけど」
当然ながら状況を把握できていないリリを連れて、一行は夜の街を行く。人目につかないように移動するには、夜の闇は絶好の見方だ。朝が来る前に“死人”がこの街を抜け出す可能性は十分ある。急がなければならない。




