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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
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59 ルプス

 床が消えた。

 突如、轟音と共に地面が崩れ落ちたのだ。立つ地面が消滅して、ダレイオスたちは下の階に落ちた。大した高さではなかったので特に怪我はなかったが、いきなりのことでただ驚くばかりだった。


『び、びびびっくりした……!』

「あ、ああ。何が起きたんだ?」

「ぬははははは!どうだ、びっくりしただろう!」


 大きな男の声が聞こえ、五人はすぐさま身構える。声の主は、獣を彷彿とさせる毛深い大柄な男だった。そのまま、のしのしと近づいてくる。


「いやあ、俺の部下は機転ってもんが利かねえんだもんなあ。アングイスの野郎の腕引きちぎった奴らに結界張った程度でなんとかなると思ってやがる」

「あなた、何者かしら」


 ヴェロニカが前に一歩出て尋ねた。手には魔力がこもっている。下の階に落ちて結界の効果外に出たので、魔術が使えるようになったようだ。大男はそれにも怯むことなく、堂々と話し始める。


「俺はアポロン様に仕える三幹部の一人、ルプスだ!ちなみにさっき床を吹き飛ばしたのも俺だ!」

『三幹部って初めて聞いたんだけど……情報もらってもいいのかな』

「……あまり、頭の足りていない男のようだな。元々解除できたが、こいつのおかげで結界から自由になったわけだしな」


 ダレイオスはそう言うも、このルプスという男に得も言われぬ不気味さを感じていた。様々な要素が入り交じったような不協和音ともいえる違和感だ。ルプスはダレイオスの発言に大げさな身振り手振りで怒りを表す。


「聞こえてるぞ、お前!誰の頭が足りてないって?……あ?あーお前か。アポロン様が探してるやつってのは。じゃあとっ捕まえねえとな」


 ルプスと名乗る男はダレイオスを視線の先に捉え、のしのしと近づいてくる。すかさず、ヴェロニカがルプスへ向けて火炎を放った。狙いは正確、直撃だ。だが、仕留めたとは誰も思わなかった。男は炎の中から何食わぬ顔でユラリと現れたからだ。


「火力は申し分ないが、俺には効かねえよ?俺とお前では生物としての格が違うからな。だから、あんまり意味ないことすんなよ。鬱陶しいだけだ」


 ルプスはそう言って姿勢を低く構える。そして凄まじいスピードで走り始めた。その狙いは当然ダレイオスである。だが、臨戦態勢のダレイオスをそう簡単に仕留めることなどできない。ルプスの頭を掴むと、突進の勢いを利用してそのまま後方へ投げ飛ばした。ルプスはぐるりと身体を捻り壁に着地すると、そこを足場にして再び跳躍して突進する。ダレイオスは再びそれを受け流して、今度は頭から地面へ叩きつけた。ルプスは上半身が地面に突き刺さった状態で動かなくなった。


「ふう、なんなんだこいつは。あの身体能力を見る限りじゃ、またすぐに起き上がるぞ。今のうちに……」

「ぬはははは!やはり一筋縄じゃいかんな!だが、それは俺も同じだ!まだまだ相手して貰うぞ!」


 逃げの体勢をとった五人の前に再びルプスが立ちはだかる。頭が砕けてもおかしくなかったというのに、凄まじい生命力だ。舌打ちをしてダレイオスがルプスと対峙する。


「こいつの狙いは私だ。ここは任せてくれ」

「お?いいねえ。格好良いじゃないの。だが、勿論行かせるわけにはいかねえよな」


 ルプスが拳を振りかぶるが、ダレイオスの回し蹴りがルプスの横っ腹にめり込んだ。そのまま横へふきとぶが、先ほどと同じように身体をひねって衝撃を逃がした。その隙にヴェロニカたちは天井の穴から上の階へと脱出していく。アステリオスは鎧の重量のせいで手間取ったが、なんとか上の階へよじ登れた。


「逃げちまったか。まあ、正直お前さえ捕まえられればあいつらはどうでもいいんだがな。じゃあ、しゃあねえ。サシでやるか!」


 ルプスが姿勢を低く構える。先ほどと同様に突進の構えだ。ダレイオスは正面からそれに立ち向かう。互いの視線が交差した瞬間、ルプスが一気に駆けだした。直線的な攻撃しか放てないのだろうとダレイオスは察し、再び敵の勢いを利用する構えをとる。それに違わず、ルプスはダレイオスの正面から飛び込んでくる。ダレイオスがルプスの腕をとり、再び放り投げる。今度はルプスが体勢を立て直す前に追撃を加えようと考え、ダレイオスは空中を飛ぶルプスへ肉薄する。そして拳を彼の顔面へ叩きつけた。そのままルプスは地面に叩きつけられ、大きくバウンドした。それは更なる追撃のチャンスだ。ダレイオスは空中で身体を捻り、回し蹴りをルプスへ叩き込む。ルプスは土煙を上げて壁にぶち当たった。


「ふう……。今のでどれくらい効いたか……。だが、今のは……?」


 自分の拳を見つめつつ地面に下りたったダレイオスが油断せずにルプスが飛んでいった先を見つめる。そして予想していた通り、ルプスは土煙の中から何事もなく起き上がってきた。


「いや、さすがに強いな。俺もちょっと焦ったぜ。ここには大して気負わずに来たんだが、こんなガチの戦いになるとはな」

「幹部様にそう言って貰えるとは光栄だな。それよりも、私はお前のことが気になるな。お前、本当に人間か?」


 ダレイオスがルプスへそう尋ねる。確かにルプスの身体能力や打たれ強さは人間離れしている。だが、ダレイオスが言いたいのはそれではなかった。ルプスを殴り飛ばしたとき、彼はつい最近触れたものと似た感触を覚えていた。それが何だったかは思い出せないが、ルプスからは普通の人間とは違う何かを感じていた。

 ルプスはその問いの意味を正しく理解したようだ。ニヤリと笑う。そして、肩をぐるぐると回してから姿勢を低く構える。


「それは俺と戦えば分かるだろうよ。さあ、行くぜ!」


 ルプスが得意の突進をしかける。ダレイオスは同じように受けの構えをとる。しかし、ルプスはその予測をハズレた動きをした。ダレイオスの目の前でジャンプして、彼の頭上を通り過ぎていったのだ。そのままダレイオスの背後の壁に激突して大穴を開けた。穴は建物の外壁を貫通し、外に繋がっている。ルプスはそのまま外へ身を投げた。


「ぬはははは!俺じゃお前に勝てないってのはさっきの攻防でわかった!ボスには怒られるかもしれねえが、こんなとこで死にたくないんで逃げさせて貰うぜ!」

「なんだと!おい、待て!」


 ダレイオスが壁の穴から素早く飛び出すも、ルプスは懐から一つの珠を取り出して放り投げた。それは凄まじい光とともに炸裂し、ダレイオスの視界を奪う。咄嗟に目を瞑るも、光が消えたころには既に大男の姿は消えてしまっていた。


「くそっ、してやられた。敵を侮るとは、私もまだまだだな」

『幹部を取り逃したのは大きいかもね……。とりあえず上の階に行こうよ。他にも“死人”がいるはずだし』


 ダレイオスは自分の不手際に舌打ちすると、アレシャに同意して天井の穴から飛び出す。ヴェロニカたちは何処にいるのかと探そうとするが、彼女たちは丁度奥の部屋からでてきたところだった。ヴェロニカはもう倒したのかと驚くが、事情を説明すると残念そうな顔をみせた。

 対してダレイオスは何か収穫はあったかと尋ねると、ヴェロニカは書類を取り出してダレイオスへ見せつけた。目的のものは手に入ったようだ。あとはルプス以外の“死人”はどうなったかが気になるところであったが、それにはヴェロニカが首を振る。どうやら五人が下の階でルプスと戦っている間に逃げられてしまったらしい。

 最初に見たとき、ルプスは頭の回らない男という印象であったが、ダレイオスは今は全く別の印象を抱いていた。ダレイオスをこの場所まで連れてきた時点で他の“死人”を報告のために逃がす算段を立てており、本人もそれを悟られないような言動と行動をとっていた。勝てないと悟るや否や、自分が逃げるための隙も窺っていた。中々状況判断に長けた男であるとダレイオスは思う。

 だが、今回は無事に情報を手に入れることができた。ルプスらには逃げられたが成果はあったのだ。


「……とりあえず、これ以上ここにいたら人が集まってくるかも知れないし宿に戻りましょう」


 ヴェロニカの提案に乗り、五人はルプスが空けた壁の穴から外へ出る。すでに日の暮れた路地に人通りはなく、こそこそと宿へ戻ることができた。部屋に戻ってすぐに持ち出してきた資料を調べることにする。

 書類は二種類合った。一つ目は『ファーティマでの研究:概略』。二つ目は『作戦概要』。凄まじく目を引く題である。ダレイオスが資料を手に取り、照らし合わせながら読み進めていく。


「どう?何か重要なことは書いてるかしら」

「そうだな……。予想はしていたが、中々にふざけているな」

『うわぁ、ほんと趣味悪いなあ……』


 険しい顔をしたダレイオスが書類を周りに見えるように置いて順に解説していく。


「簡単に言うと、ファーティマの『冥界術式』の研究の一番の目的は『冥界術式』の物質化だ。アングイスの実戦利用に適応させた『冥界術式』はそれの副産物だったらしい」

「あの自由に形が変わるやつのことか。だが、魔術の物質化とはどういうことだ?」


 ヘルマンが尋ねる。それは禁術の研究を行っていた彼でも首をかしげるような代物のようだ。


「詳しい原理は記載されていないが、『冥界術式』のエネルギーを固めたものと言えばよさそうだ。それを体内に取り入れたとき、エネルギーが放出。身体の内側から禁術に飲み込まれるというわけだ。やつらはそれを制作して川に流すことで、同時に臨床実験も行っていたようだな」

「それが今起きている不審死の原因か。まさに外道だな」


 アステリオスが怒りを露わにする。それは他の四人も同じだった。用心深いアングイスが川の汚染を放置していたのは、その臨床実験のためだったということだ。死へ陥れる魔術の実験による無差別な虐殺など、当然許されていいはずがない。最もそれだけでは終わらない。実験を行うということは、それを実際に用いる予定があるということだ。ダレイオスはもう一つの書類を手に取る。


「それで、こっちの『作戦概要』だ。ファーティマでの研究成果を実際に使用する作戦。作戦実施場所は次の場所だ」


 ダレイオスは書面に記載された地名を次々に述べ、それをヴェロニカは地図で確認していった。


「どうだ?」

「予想通りね。今挙がった地名はランドルフさんが言っていた“死人”が確認された場所とほぼ一致するわ」

「で、その作戦っていうのは具体的にはどういうものなんですか?」


 メリッサに問われダレイオスが再び書類をめくり、それが書かれたページを読み上げる。


「難しい話じゃない。あとはその研究成果とやらを川に流し込むだけだ。“死人”の組織の人員補充を行いつつ、川辺の主要都市の力を弱める」

「また、無差別な殺人を行おうとしているということか……!」


 ヘルマンの問いにダレイオスは頷く。すぐにランドルフに連絡をとらねばならない。

1日遅れまして申し訳ない。

最近忙しいので、また遅れるかもしれませんが……。

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