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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
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5 冒険者になろう

 アレクサンドリアの街の大通りを一人の少女が歩いていた。

 少女の名はアレシャ。

 ダレイオスではない。アレシャである。

 意気揚々と宿の風呂に入ったダレイオスは、それはもう隅々まで体を洗った。彼の名誉のために言うが、洗っただけだ。千九百年の間女体に触れていなかったためちょっと過激になってしまったが、洗っただけだ。

 ただ、そんな事情はアレシャの知るところではない。

 結果、泣いた。言ってしまえば、誰にも見せたことのない裸を自称『魔王』のおっさんにいいように弄ばれたのだ。それはもうガチ泣きである。漢の性とはいえ、それはもう申し訳なくなり、せめてもの詫びとして、ダレイオスは必要な時以外は体の主導権を渡すことにしたというわけだ。


『昔とは街並みはかなり変わってしまったが、ムセイオンと王宮は変わらないな。王宮は観光名所になってるんだったか?アレクサンドロスが知ったらどんな風に思うかねえ。ははは……』

「…………」


 アレシャは答えない。別に怒っているわけではない。ただ、ダレイオスの声は周りの人に聞こえないので、ここで会話をすると不審がられるから黙っているだけなのだ。そうあって欲しい、とダレイオスは思っていた。長い付き合いになるのだ。わだかまりは少ない方がいい。人間関係を気にする『魔王』であった。

 そんな中歩く大通りにいる人はいつもより少し少ない。夜中に起きたムセイオンでの大事件、多くの人間はその野次馬となっているのだろう。

 アレシャとは別のもう一人の侵入者は、噂によると捕まることなく逃げおおせたらしい。目的は不明とのこと。少しすれば新聞に詳細な記事が載るだろう。情報はそのうち得られる。だから、二人はムセイオンには近づかなかった。ダレイオスが封じられていたガントレットをムセイオンから思いっきり持って帰ってしまったことで不法侵入に窃盗の罪が上乗せされたという後ろ暗いことがあるから、ではない。

 では、二人がどこへ向かっているのかというと、アレクサンドリアの街にあるハンター商会の支部だ。

 ハンター商会。今より三百年前に開かれ、一般に“商会”といえばここを指すことが多い。依頼料の一部を商会へ納めることを条件に商会に登録した冒険者と依頼人との仲立ちを主な業務としている。今は世界中にその支部が存在し、もはや世界にとってなくてはならないものとなっていた。ちなみに、ハンターとは初代会頭の名であり、狩人という意味ではないのだが、よく勘違いされる。極めてどうでもいい。

 二人の目的はもちろん商会に冒険者として登録することだ。登録には課せられた試験をパスする必要があるのだが、丁度その試験が明日実施されるということで早速申し込みにやってきたというわけだ。

 そして、さっきからアレシャが黙っているのは怒っているからではない。緊張しているからだった。


 商会は街の中心部に佇んでいた。そのドアの前まで来てアレシャは立ち止まる。

 ここを訪れるのは初めてではない。だが、いつもとはわけが違う。ずっと避けてきた冒険者になるためのこの一歩は、間違いなく彼女の人生における大きな一歩となるのだ。

 ようやく意を決し、アレシャは両開きのドアを力強く押した。

 商会の中はたくさんの人で溢れかえり、誰もが忙しそうに駆け回っていた。どうやら昨夜の事件の処理に追われているらしい。とても試験を受けに来たと言える雰囲気ではなかった。


『どうした、申し込まないのか?』

「いや〜これは多分やってないんじゃないかなぁ、試験。忙しそうだし次の機会にしようかな」

『一言聞いてみればいいだろう』

「いや〜それもね。なんかね。忙しそうだし」


 さっきのダレイオスへの本気の決意はどこへいったのか。ここまで来て逃げる言い訳をし始めたアレシャ。ぐるりと回れ右をし、ついさっき開け放ったドアから出て行こうとする。

 ダレイオスはため息をつき、体の主導権をアレシャから奪った。


『え、ちょ!なにすんの!自由にしてくれるって言ったじゃん!』

「必要な時以外は、だ。ここまで来て帰れるわけがないだろう。そもそも冒険者になりたいというのはお前の望みのはずだ」

『ぬぐう……。わかった、いくから。いくから体返して!』

「それでいいんだ」


 アレシャのダレイオスに対する敬語はすっかり抜けていた。風呂事件でペコペコあやまるダレイオスからは『魔王』たる威厳が感じられなかったのだ。無理もない。ダレイオスも咎めないのでこのままだろう。

 体は再びアレシャのものとなり、足取り重く、忙しそうに動き回る受付へと向かった。アレシャに気づいた受付嬢は書類を脇によけて営業スマイルを作る。プロである。


「毎度ありがとうございます!なにか御用でしょうか?」

「あ、えっと、冒険者登録の試験が明日だって聞いたんですけど、申し込みできますか?」

「はい、大丈夫ですよ!では、こちらの用紙に必要事項を記入してください。赤い印のところは必ず記入してくださいね」

「は、はい!」


 渡された書類に震える手で一つ一つ項目を書き入れていき、何度も記入漏れがないか確認してから受付へ手渡した。

 受付嬢は震えに震える手で書いたために、みみずがのたくったような字で記入されたそれを営業スマイルを崩さずになんとか解読する。プロである。


「はい、問題ありません!では、こちらが受付票になります。明日午前八時にアレクサンドリア正門前までお越し下さい」

「あ、ありぎゃとうございます!」


 無事ミッションを終え、胸をなで下ろす。試験すら始まっていないというのに、先が思いやられる。

 今日の目的は達したということで、ダレイオスの希望で二人はアレクサンドリアの街を見て回ることにした。ムセイオンは除く。


 まずは図書館へ向かうことにした。

 アレシャがひたすら入り浸ったあげく追い出されたあそこだ。


『なんということだ……。本まで大衆が自由に手にできるものとなっていたとは』

「この図書館自体はダレイオスさんのいた時代の少しあとに作られたらしいけどね。今では東の国から製紙技術と印刷技術が世界に伝わって、誰もが本に触れることが出来るようになったんだよ。そうなってからまだ百年ちょっとしか経ってないらしいけどね」

『東の国か……。今は世界にどんな国があるのか気になるな。とりあえず、私やアレクサンドロスについて書かれた本を読ませてくれ!』

「はいはい、ちょっとまってね」


 アレシャがアレクサンドリアに来てから毎日チェックしていた本棚へ向かおうとすると、昨日アレシャを追い出した司書が立ちふさがった。

 アレシャはさっきからずっとダレイオスと会話をしていた。周りから見れば当然独り言だ。ここは図書館、お静かに。

 違うんです!そう叫ぶアレシャの抵抗も空しく、アレシャは図書館からつまみ出されてしまった。


 気を取り直し、ちょうど昼時になったということで、今度は大通りのレストランへ向かうことにした。

 ダレイオスが最後に食事をとったのは千九百年前である。当然、食文化は当時とは全くの別物になっていた。

 今まで見たことのない様々な料理を前にしたダレイオスは、一心不乱にそれらを平らげる。それはもう、金に糸目をつけない食べっぷりである。このときアレシャの手持ち金は全て消え去った。ダレイオスへの先行投資だと自分を納得させたアレシャはそっと涙をぬぐおうとしたが、身体の主導権はダレイオスにあるので別に泣いていなかった。

 ダレイオスはお腹をぽんと一回叩くと満足げに笑う。


「美味かった!小麦一つでも色々な食い物ができるんだな!見たことのない食材も多くあるが、世界はまだまだ広いということか!」

『つい最近になって西の海の果てに新しい大陸を発見したんだって。それ以来、交易でそこ原産の野菜や穀物が入ってくるようになったの』

「海を渡るか、面白い。私の時代にはそれを可能にするほどの技術も知識もなかったからな。やはり技術の発展というのはすばらしい」


 それから二人は互いの時代の技術や文化の違いについての話に花を咲かせた。当然のことだが、長い年月の間に生まれたものはどれもダレイオスを驚愕させた。

 その中で最も彼の興味を引いたのは魔術についてだった。ダレイオスが昨夜ムセイオンで放った魔術は古代魔術と呼ばれており、今ではそれを使うことができる人間は数えるほどしかない、というのだ。


「私の時代ではそんなことはなかったが、なぜだ?」

『えっと、私も魔術が使えるわけじゃないから本で得た知識くらいしかないんだけど……。確か、九百年くらい前に、古代魔術に比べて簡易な魔方陣で発動できて、消費魔力の少ない魔術が開発されたんだって。威力は落ちるらしいんだけど、より多くの人が使えるってことで広く普及してそれが一般的になったらしいよ』

「なるほど。今の様々な技術の進化はそれがあってこそということか。……ん?お前は魔術が使えないのか?」

『え、うん。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも使えるのに私だけ使えないんだよね……』

「そうなのか?ふむ……」

 

 そう聞いたダレイオスは不思議そうに首を捻る。

 そして、納得したような顔をするとニッと笑った。


「心配するな。そのうち使えるようになる。私がいるからな」

『それって教えてくれるってこと?』

「少し違うが、まあいずれ分かるさ」


 その言葉の意味をアレシャは理解しようとするが、結局『よく分からないや』と呟く。

 ダレイオスはその反応に満足そうな顔をしていた。

 

 

 翌朝、二人は商会で言われた集合場所へ向かって歩いていた。

 アレシャは腹痛に顔をゆがめている。昨日の食べ過ぎが原因ではない。精神からくるものである。

 引きずるような足取りで指定された場所へ向かうが、これ以上心臓がたこ殴りにされることに耐えられなかった。


「あの、ダレイオスさん。身体変わってくれない?」

『ん、いいのか?』

「うん。試験は実技メインだって聞いてるから、わたしじゃ意味ないし。何よりこんな精神状態でまともに受けらんない……」


 『それもそうだな』と苦笑し、二人は入れ替わる。足取りは軽快なものになり、やがて目的地であるアレクサンドリアの正門が見えてきた。

 そこにはすでに冒険者志望であろう若者達が結構な数集まっていた。認定試験を行っている商会支部は大きな街にしかないので、周辺の町や村に住む志望者が皆このアレクサンドリアに集まっているのだ。戦士職であろうガッチリとした体格の者や、魔術師であろうローブを着た者など色々だ。活力のみなぎる若者たちの姿は、ダレイオスというおっさんの目にとても微笑ましく見えた。その中でもかなりの若手であろうアレシャからは全く生気を感じないのだが。

 将来有望そうなヤツはいないかとダレイオスがあたりを見渡していると、少し離れたところで壁にもたれかかっている一人の少女を見つけた。

 年齢はアレシャより少し下に見える。受験者の中では一番下だろう。馴染めなくて一人でいるのだろうと判断したダレイオスは声をかけてみることにした。同じ年頃の少女の存在はアレシャの緊張を解くためにも効果的だと思ったのだ。「彼女、一人か?」と声をかける。ナンパの常套句である。口調をアレシャに似せる気は無い。不器用な男なのである。

少女が不機嫌そうな顔で声の方を見やると、声をかけてきたのが自分とそんなに年の変わらない少女だったので少し驚いていた。


「何か?」

「いや、一人だったみたいだからな。私も一人だったんで声をかけさせてもらっただけだ。迷惑だったか?」

「いや、別にかまわないけど……」

『ダレイオスさん、わたしの身体でナンパしないでもらえる……?』


 そうは言うがアレシャのためにしていることなのでダレイオスは無視した。そして少女のことを少し観察してみる。小柄で華奢な体格で装備は軽め。シーフ系の職だろう。綺麗な金髪をショートカットにしているが、その間から長い耳が覘いているのに気づいた。


「その耳、エルフか」

「そ。そのせいでさっきから男どもに声かけられてうんざりしてたの。エルフは一緒に連れてていると色々便利だから、冒険者になる前から唾をつけとこうってことなんでしょうね」

「まあエルフなんて滅多にお目にかかれないからな。そう思うのも無理はないんだろう」

「ん?確かにエルフは少ないけど、そこまで珍しいものじゃないと思うわよ?」

「いや、エルフの里と言えば閉鎖的で……」

『ダレイオスさんダレイオスさん。昔はそうだったかもしれないけど、今では人間と良きお付き合いをしてるんですよー』

「ん、そうなのか」


 アレシャからすかさず補足が入った。便利な機能である。エルフの少女が不思議そうに顔をのぞき込んでくるが、ダレイオスは何でもないと言って誤魔化す。


「それより、自己紹介がまだだったな。私はダレ、いや、アレシャだ。よろしく」

「ペトラです。よろしく。ああ、エルフって長命だから外見と年齢が違ったりするけど、あたしは見たまんま十五歳だから特に気にしなくていいわよ」


 ペトラはそう補足するも、現在アレシャの中身はおっさんである。外見と年齢が見たまんまではない。

 二人が一応名乗り合ったところで、一つの声が集まった若者達の間に響いた。


「予定時刻になった!これより、ハンター商会冒険者登録試験を行う!」


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