56 平穏は遠い
「ようこそ、鉱山の街ダマスクスへ!」
汗だくでたどり着いたアレシャたちを街の門番が快く出迎えてくれた。軽く会釈を返して門から続く坂道を上っていく。
「おおー。ヘルマンさんの言った通り、斜面に家が建ってる。お年寄りにやさしくない街だなー」
「ここでは何をする予定なんだろうか」
「ダマスクスはただの中継地ね。私たちが目指しているのはアルマスラ帝国の首都、エスタンダインよ。特に用がなければ明日には出発したいわね」
器用に建てられた町並みを見ながら商会を目指す。道行く人は体格の良い男達が多いように思われた。冒険者か炭鉱夫か鍛冶屋か。どの職業にしても中々に汗臭い人波だった。それはたどり着いた商会の中も同じことだったが。
ヴェロニカとヘルマンの二人が、ガザの街で受けた討伐依頼の報告をしに受付へ向かう。今後の旅費を稼ぐには大切なことなので、しっかりしている二人が担当した。最近買い物を失敗した三人には任せられない。おとなしく椅子に座って待つ。そのとき、何か面白いものはないかと商会の中を見渡すアレシャの懐が赤く光った。最近おなじみになってきたランドルフからの通信である。もちろんアレシャは気楽に応答する。
「もしもーし!ランドルフおじさんどうしたの?寂しくなったりした感じ?」
『……慌ただしい時にお前の脳天気な声を聞くと中々腹が立つな。新発見だ』
「ご、ごめんなさい!」
苛ついた声にアレシャがすぐさま謝る。どうやら気楽な話ではないらしい。横で聞いていたメリッサとアステリオスが話に加わる。
「お疲れ様です、商会長。何かあったのでしょうか」
『アステリオスか。どうやら合流できたみたいだな。色々話すことがあるんだが、今どこにいる?』
「ダマスクスの商会の中です」
『もうダマスクスについてたか。だが、そこは人が多すぎるな。人のいないところに移動してくれ。今となっては商会内も安心できないしな。三十分後にもう一度通信する』
そう告げて通信は切れた。真剣な面持ちの三人はすぐさま行動に移す。丁度報酬を受け取ったばかりのヴェロニカとヘルマンに小声で事情を説明して商会から連れ出した。あまり人気のなさそうな宿を探して急いで部屋をとり、カードを囲んでランドルフからの通信を待つ。部屋の入り口にはアステリオスが構える。中々の警戒態勢だが、念のためである。そして商会での通信からきっかり三十分後、アレシャのもつカードが光った。
「も、もしもし!」
『おう。さて、用件だけ言うぞ。お前らが関わったファーティマの事件だが、まだ終わってなかった。魔素中毒で倒れた人たち全員が、死んだ』
ランドルフの言葉に誰もが息をのんだ。どういうことなのか、という全員の思いをアレシャが代弁する。
「死んだ、って何があったの?」
『魔素中毒の患者たちの症状は落ち着いて快方に向かう見込みだったんだが、数日前に容態が急変した。身体に黒い斑点が出始め、それが徐々に身体を覆い始めたんだ。そして全身が黒に染まった時、患者の姿が消滅した。綺麗さっぱりな』
「消えた……?どういうこと?」
アレシャは首をかしげるが、ダレイオスはそれを正確に理解した。
『患者が消えた原因は『冥界術式』だ、とランドルフは言いたいんだろう。私もその通りだと思う』
「『冥界術式』……。そっか、だからランドルフおじさんは“死んだ”って言ったんだ」
『お、ダレイオスは気づいたみたいだな。その通りだ。どうやったのかは分からんが、患者は全員“死人”どもの『冥界術式』の餌食になったと俺たちは考えている』
またしても告げられた『冥界術式』の単語。近頃何度も耳にしすぎて、驚きが少なくなってきている。人間は慣れる生き物なのだ。だが、慣れるほど聞きたい言葉でもなかった。
とにかく、『冥界術式』が川の水を飲んだ魔素中毒患者にのみ効果を及ぼしたというなら、原理はともかく川の水を伝って『冥界術式』と考えるべきだ。そうなると、問題が浮上する。
『川の水を利用している街は当然バルバロスだけじゃない。他の街が次の標的になる可能性がある』
「……!それはまずいわね。もう勧告はしたんですか?」
『ああ。明日の新聞で川の水を飲まないように広く知らせるつもりだ。だが、すでに“死人”どもの手が伸びているかもしれん』
「なるほど、確かに由々しき問題ですね。ですが、俺たちに急いで連絡するほどのことではなかったのでは?」
『ここまではただの導入だ。お前達に頼みたい仕事がある』
そう言って、ランドルフはアレシャ達に地図を広げるよう指示する。そしていくつかの地名を挙げていった。アレシャはそれに印をつけていく。
『今挙げたのは、最近の調査で“死人”の存在が確認された場所だ。分担して調査を行っているのだが、自由に動けて尚且つ信頼のおける人材は以外といないんだよ。相応の実力も必要となると尚更だ。というわけでお前達にも調査を頼みたい。“死人”を捜索し、奴らに関わる情報を手にいれて欲しい』
「何か『冥界術式』に関する情報が得られれば、各地で被害が起きるのを防ぐことができるかもしれないってことだね!」
『そうだ。お前達は今ダマスクスにいるんだよな?だったらアンティオキアへ向かってくれ。そこはティフォン川沿いにある主要都市だ。レイン川と同じ事をしようとしているのなら何か見つかるかもしれない』
アレシャたちは地図でアンティオキアの場所を確認する。今滞在しているダマスクスからさらに北上したところにある都市だ。地図上で位置を確認したヴェロニカが難しい顔をする。
「確かに“死人”が確認された場所の中では一番近いですけど、それでも十日以上かかりますよ。今から向かっても手遅れになりませんか?」
『ん?転移魔法陣を使えばいいだろう。二日もあればつくはずだぞ』
ランドルフは不思議そうに言うが、五人は押し黙っていた。転移魔法陣の利用にはお金がかかる。先ほど報酬を手に入れたところだが、あまり大きな収入にはならなかった。次の旅の準備を終えればほとんど残らないだろう。貯金を考えれば転移魔法陣は正直使いたくない。ヴェロニカがその旨を正直にランドルフに伝えた。勿論、金欠の理由も含めて。
『アレシャ、お前……。こっちも忙しいんで特に何も言わねえが、この通信はフェオドラも聞いてるからな。今度会うときは心の準備くらいしておけよ』
「お、お母さんもいるの!?お、おおおおこられる……!」
「……それで、私たちはどうすればいいでしょうか?」
『転移魔法陣の使用料なんていくらでも払ってやるよ。商会本部に請求書回しとけ。あー、ついでだ。準備にかかった費用も払ってやるよ』
「「「「「ありがとうございます!」」」」」
全員が、赤く光る魔法陣に向けて頭を下げた。その様子は怪しい宗教行事に見えなくもなかった。金は人の心を掴むものなのである。ランドルフはその勢いに少し戸惑いつつも、「よろしく頼む」と残して通信を切った。
「さて、そうと決まれば善は急げね。簡単に準備を整えてアンティオキアに向かうわよ!」
「簡単にじゃなくてガッツリ準備しましょうよ。どうせ商会のおごりなんですから」
「セコい気がするが、折角の厚意だ。甘えさせて貰おう」
そう言って五人は部屋を出て行こうとするが、アレシャの首根っこをヴェロニカが掴んだ。
「アレシャちゃんは留守番ね」
「で、ですよね……」
お久しぶりです




