54 強くなりましょう
『よお、元気か?』
アレシャたちが野営をしている中、しまりのない声がする。ハンター商会長、ランドルフのものである。ダレイオスの古代魔術講義中に突然通信が入ってきたのだ。
「どうした、何か用か」
『つれないな、ダレイオスよお。会長直々に調査結果を伝えてやろうってのに』
軽い口調でダレイオスが口にした調査結果の言葉。おそらく“死人”に関するものだろう。全員がその話に耳をかたむける。空気が緊張感のあるものに変わったのを感じ、ランドルフも真面目な口調に改めて報告を始めた。
『ひそかに進めていた商会組織内の丸洗いが終わった。結果、それなりの数の“死人”が組織内から見つかった』
ランドルフの言葉は少なからず衝撃を与えた。ある程度予想していたこととはいえ、自分たちのすぐそばに敵が潜んでいたというのだから当然だ。
「それで、その“死人”たちはどうしたんですか?」
『全員ふんじばって牢に放り込んだんだが、全員死んだよ』
「死んだ……?それってまさか」
『ああ。お前達の報告にあった、ヨーゼフって男と同じだ』
五人は息をのむ。口封じであるのは間違いないだろう。それは、相手には離れていても始末をつける方法があるということだ。大丈夫なのか、とダレイオスはランドルフに問う。
『これは俺の推測だが、“死人”を自由に殺せるんじゃないか?“死人”どもが一様に主へ忠誠をちかっているのも自分の命を握られているから、と考えれば理解できる』
「……なるほどな。それくらいの枷はあってもおかしくないか。むしろそうでないと相手は遠方から自由に人を殺せることになる。そんな可能性は考えたくない」
『同感だ。だがそれより、「俺たちが潜り込んでいた“死人”を捕らえた」という情報が敵に伝わっていることのほうが問題だ。今回の丸洗いじゃ発見できなかった輩が俺たちの周りをうろついてるってことだ。気をつけろ』
「ああ。仲間は私が責任をもって守ろう」
ダレイオスの力強い言葉に満足したランドルフは「じゃあな」と一言残して通信を切った。一連の話を聞いたヴェロニカが唸る。
「どうにかして“死人”を見分けることはできないかしら……。こういう状況になるとペトラちゃんが恋しくなってくるわね」
「信用していた人間が、次に会ったときは“死人”になっているなんてことがこれからあるかもしれないからな……確かにその手段は欲しいところだ」
そしてアステリオスも頭を悩ませる。しかし、精霊を見ることができるのはエルフだけだ。その能力を何かしらで補うのは難しい。ならば、とダレイオスがズバリ言い放った。
「“死人”を探し出すのは難しい。なら、私たちにできることはないな。どっしり構えて、やるべきときにしっかり動くことができればそれでいい」
『なんか、身も蓋もないね……』
アレシャはそう呟くが、ダレイオスの発言は的を射ていた。他の四人もどこか気が抜けて緊張を解く。そして大きく伸びをしたヘルマンが「よし!」と言って気合いを入れ直した。
「じゃあ、何が起きてもいいように今より強くならないといけないな。というわけで古代魔術講義の続きを頼んでもいいか?」
「そうね!私ももっと美しい魔法陣を描けるようにならないと!」
「私も、あんまり理解できないですけど……もう少し頑張ります!」
「いい心がけだ!じゃあ続きをやろう!」
四人は再びわいわいと講義に戻っていった。アステリオスは、また一人であった。夜はふけていく。
『というわけでだ』
ダレイオスがそう言うが、アレシャはどういうわけか分かっていない。
今、アレシャは開けた場所に立っていた。目の前にはヴェロニカが土魔術で作った石柱が鎮座している。パーティの仲間は少し離れたところからその様子を見守っていた。
『これから強くならなければならないという話を昨夜したわけだが、勿論お前にも強くなって貰う。それはお前の望みでもあるだろう?』
「それはそうだけど、これから何をするの?」
『お前には、現代魔術を扱えるようになって貰う』
「おおおお!」
アレシャがつい歓声を上げる。かなり前から勿体ぶられていたので、感激も一入だ。
「それで、何を教えてくれるの!」
『前にも言ったが、私が教えるわけでは無い。そもそも私は現代魔術の素養はないようだしな……。お前も魔術の原理はかなり分かっているようだ。しかし、何故か魔術が使えない。その理由はズバリ二つある』
「ほうほうほう!それは一体?」
ダレイオスがさらに勿体つける。アレシャの食いつきが凄い。傍から見ればたった一人で騒いでいるだけだが。ヴェロニカたちの目にはまさにその通りに映っている。ちゃんと会話しているのだと分かっていても、なぜか痛々しく見えるその光景から彼らはつい目を背けてしまった。
そんなことは知らず、アレシャはダレイオスに魔術が使えない理由を尋ねる。
『一つ目は、お前が不器用なことだ。知識があっても、魔力を扱うのがへたくそだ』
「そ、そんな単純な理由……。で、ふ、二つ目は?」
『二つ目、こっちが主な理由だと考えているが、お前は相当量の魔力を持っている。はっきり言って、ヴェロニカやヘルマンよりもかなり多い。今の私と比べても遜色ないレベルだ』
「え……えええ!わたしってそんなに凄かったんですか!でも、それが何で使えない理由になるの?」
アレシャが首をかしげる。ずっと自分には魔力が足りないから魔術が使えないと思っていたので、どういうことかアレシャには理解できなかった。
『魔力が多すぎると、当然それをコントロールするのも難しくなる。ましてお前ほどの魔力量となると、無理だ。ましてお前ほどの不器用になるともう、無理だ』
「そうなんだ……二回も無理って言われると落ち込むけど……。それじゃ、どうやって使えるようになるのさ……」
さっきまで騒いでいたアレシャが今では完全にしぼんでしまった。その様子を見守るメリッサが慰めるために駆けよろうとするがアステリオスに首根っこを掴まれて止められた。勿論、ダレイオスもただアレシャをいじめているわけではない。策があるのだ。
『お前は今までずっと私の中にいた。私が魔術を使っている間もな。だから、魔術を使うときに身体を魔力が巡る感覚もお前は知っているはずだ。それを思い出しながら、一度魔術を使ってみろ』
「魔力が巡る感覚……。そういえばなんとなく感じてた気もする……」
『気がするじゃなくて感じてたんだ。そうでなければ困る。とりあえず一度やってみてくれ』
「えー……できるかな……」
アレシャは半信半疑で魔術の理論を頭の中で組み立てる。使おうと思っているのは下級の火炎魔術だ。持っている知識は十分。頭の整理をつけて手を前に突き出すと、そこには赤い魔法陣が展開した。それにはアレシャもテンションも再燃する。ぴょんぴょんと跳びはねながらダレイオスに嬉しそうに話す。
「うわ!すごい!魔法陣出たよ!出た!初めて出た!」
『やはり私の考えは間違ってなかったようだな。よし!目標は目の前の石柱!放てえい!』
ノリノリになってきたダレイオスの号令に合わせ、アレシャが魔力を魔法陣へ一気に流し込む。激しい光が炸裂し、そこから火球が放たれる。小石サイズの火が。
「…………」
『まあ、そうなるよな。そんなに上手くいくわけないな』
ダレイオスの呟きにアレシャは脱力する。
その瞬間、魔法陣が先ほどよりも更に激しい輝きを放った。衝撃波が走り、アレシャの身体が宙に舞う。何事かと誰もが思ったその時、その場に巨大な火柱が立ち上った。天に昇る龍の如き業火。それは一瞬で周囲を飲み込み、焼け野原へと変えた。アレシャの姿もその炎に覆われようとしたが、そこにすかさず一つの影が飛び込んだ。
「はぁ、はぁ、大丈夫か……?」
「ヘルマンか、助かった。例を言う」
吹き飛ばされて地面に倒れる少女の前に立っていたのはヘルマンだった。咄嗟に築いた氷の壁によって二人に怪我はない。
「今の人格は……ダレイオスか。アレシャは?」
「さっきので急激に魔力を失い、今は気を失っているみたいだ」
ダレイオスはさっきまでアレシャが立っていた場所に目をむける。ヴェロニカが用意した石柱は火柱の熱と衝撃で跡形もなくなっていた。メリッサたち三人も心配して駆けよってくる。
「こいつを制御するのは、また骨が折れそうだ……」
ダレイオスは自分の内で眠る少女のこと思い、一人ため息をついた。




