53 過ちは繰り返される
兜を被りなおしたアステリオスを加えて五人になったパーティは早速買い出しに出かけていた。
「認めて貰えてよかった。改めてこれからよろしく頼む」
「うん、よろしく!ま、アステリオスさんは“死人”じゃないってのは分かってたし、そんなに警戒しなくてもよかった気もするけど」
「でも、これからはこれくらい警戒してしかるべきだな。正直、今までは気楽すぎた気がする」
「そうね。道中でも襲われることがあるかもしれないわ。準備もしっかりしていかなくちゃね。と、いうわけで」
ヴェロニカが極めて柔和な笑みをアステリオスに向ける。そして、すっと手を差し出した。彼は感のいい男だった。何となく察したようだ。懐から財布を取り出して、その手に置いた。ヴェロニカはぐっと親指を突き出してから、その中身を確認し始めた。
「……金欠だという話は聞いたが、かなり切羽詰まっているみたいだな」
「うん、なんかすいません。ほんと」
アレシャが心底申し訳なさそうに頭を下げる。そしてお財布チェックを終えたヴェロニカが集合をかけた。これからの買い出しの方針が決まったらしい。
「これだけあれば十分ね。というわけで買い出しの分担を伝えるわ。私とヘルマンさんは食糧、アステリオスさんとメリッサちゃんとアレシャちゃんはその他消耗品をお願い」
「了解した」
「アレシャちゃんと一緒!でも、アステリオスも一緒ですか……」
「ヴェロニカさんと二人きり!」
『……ものすごい私情を挟み込んでくるやつがいるんだがいいのか』
ダレイオスはそう心配するも、早速五人は二班に分かれて買い出しに出かけていった。アレシャに任せられたのは消耗品。つまり、野営の際に必要なものだったり、いざってときの回復薬だったりだ。店の中に入り、できる限り低価格で品質が良い物を吟味していく。小瓶に入れられた液体を眺めながらメリッサがぽしょりと呟く。
「でも、うちのパーティって魔術が使える人が四人もいるのに回復薬っているんですかね」
「魔術が使えない状況に陥ったときに傷を負ったらどうするんだ。お前はいつもそういう適当なことを言うから……」
「ああもう、うるさいですね……。だからパーティに入れるの嫌だったのに」
「なに?」
そしてそのまま二人は店先で言い合いを始めてしまった。この二人にとってこれは日常茶飯事なのだろうと思ったアレシャはどんな店があるのかと周りを見渡す。この通りは街の外れにあるので『黄金の魔物』の被害はあまりない。多くの店は通常通り営業しているようだった。そんな中アレシャの目に一件の店がとまる。そして誘われるように、その方へ歩いて行った。
「そうだ、あのときもお前は……」
「そんな昔のことを今更言わないでもいいじゃないですか!……あれ、アレシャちゃんはどこに行ったんですか?」
メリッサが気づきアステリオスも辺りを見回すが、その姿はなかった。探しにいかなければ、と思ったとき声をかけられる。
「あ、喧嘩は終わった?やっぱり仲良いんですね」
「喧嘩するほどって言いますけど、実際はそんなことないんですよ。……あれ、アレシャちゃんの持ってるその袋、なんですか?」
メリッサが指さしたのはアレシャが抱えていた一つの紙袋だ。よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりにアレシャはその袋から一つのものを取り出した。それは、魔術に関する一冊の本だった。
「この本、ちょっと読んでみたら結構色々なことが書いてあってね。魔術の基礎から、上級魔術、さらには古代魔術の記述もあったの!凄い面白そうでしょ!」
『現代魔術に関する知識は私も欲しかったからな!楽しみだ!』
そう語るアレシャの満面の笑みに、二人は絶句してしまう。もはやどうしたらいいか分からなかったが、とりあえずメリッサが声をかけることにした。
「あの、アレシャちゃん。それ、どうしたんですか?」
「え、買ったけど」
「買った、ってつまりお金を払ったってことですよね」
「うん、ちゃんとお金払って買って……お金を払って……お、おか、おかね」
アレシャの顔がみるみる青くなっていく。自分の犯したことの重大さに気づいてしまったらしい。ダレイオスもまた言葉を失っていた。アステリオスは突如襲ってきた頭痛に耐えながらアレシャを担ぎ、ヴェロニカたちとの待ち合わせ場所へと向かっていった。
「なるほど、事情は分かったわ。あなたたち大人二人がしょうもない言い合いをしている内に、間抜けな女の子がうっかりお金を使っちゃったと、そういうわけね?」
「はい、おっしゃるとおりでございます」
「言い訳の余地すらございません」
「まことに申し訳ありませんでした」
失態を犯した三人は仁王立ちするヴェロニカの前に正座させられていた。
当然お叱りを受けているのである。
「なんかもう、頭痛くなってきたわ。ダレイオスちゃんもいたっていうのになんてザマよ……。とりあえず、アレシャちゃんには今後一切、お金を持たせないこと。何か欲しい物があるときは、誰かに相談しなさい。いいわね?」
「え、一切ってお小遣いもなしですか!?」
「……いいわね?」
「……はい」
「……はぁ。食糧は確保できたから旅はできるけど、結局お金はほとんど残らなかったわね……」
ヴェロニカが頭を抑えてため息をついた。最近、ため息が多いパーティである。
「だが、この本を買ってくるあたりセンスはいいみたいだな。『我が魔導研究』。著者は、『蒼炎』のミネルヴァ……先代のムセイオンの所長を務めたほどの大魔術師だ。だが、その研究成果はあまり残されていない。この本は中々貴重なものかもしれないぞ」
「そうなんですか!それって褒められてしかるべきですよね!」
「…………」
「嘘です、ごめんなさい」
ヘルマンに黙殺されたアレシャが地に頭をつけて謝罪する。ヴェロニカは最後にもう一度ため息をついて、ひとまずこの場は許してやることにした。この後は今日の宿を探さなければならなかったのだが、ヴェロニカが商会本部の認可を得た冒険者であることをちらつかせつつ頼み込むことで、商会に寝床を用意して貰った。もはや、ヴェロニカなしではこのパーティは成り立たないとさえ思えてくる働きぶりである。誰もヴェロニカに足を向けて寝られなかった。実際、アレシャはそうならないようにベッドを動かしていた。無駄に律儀である。ただ買い物に出かけただけなのに異様に疲れてしまった五人は、日が落ちてすぐさま眠りに落ちた。
翌朝、一行は商会でいくつかの依頼を受けてからガザの街を出発した。受けた依頼は道中でついでにこなせる魔物の討伐依頼だ。こういった地道な小銭稼ぎが大切なのだ。次の目的地は、北に十日ほど行ったところにある街、ダマスクスだ。
「ダマスクスってどんな街なんですか?私行ったことないんですよ」
「えっと、上質な鉱石がとれるって有名な場所だったかな。ダマスクス鋼って知ってるよね?」
「ああ、あの武具によく使われてるヤツですか。さすが、アレシャちゃんは物知りですね!」
メリッサがアレシャを撫で回す。アレシャももう慣れっこという風でそれを受け入れていた。最近、アレシャの敬語が抜けてきたことからも仲間の間での信頼が高くなっていることが見て取れる。それなりの緊張感を持ちつつ、旅は順調に進んでいた。
そんな中、新たな日課になったのは野営中のダレイオスによる古代魔術講義だった。生徒はヴェロニカ、ヘルマン、メリッサの三人だ。アレシャもついでに聞いている。
「さて、基本原理は昨日教えた通りだ。今日は魔法陣を構築してみよう」
ダレイオスの言う通りに、三人は古代魔術の魔法陣を書いてみる。が、メリッサはすぐに断念した。元々魔術はサポートでしか使っていなかったので仕方ない。だが、ヴェロニカとヘルマンは簡単なものだが見事に魔法陣を書き上げた。
「ほう、二人ともさすがだな」
「これくらいはね。でも、ダレイオスちゃんのような美しい魔法陣にはまだまだほど遠いわ」
「とりあえず基礎はできているようで安心だ。で、これ発動してみていいか?」
ヘルマンがそう尋ねる。ダレイオスは悩んだ末にOKを出した。ヘルマンは気合いを入れて、魔法陣に魔力を流し込む。そして、そこから一本の巨大な氷柱が突き出すのと同時に、ヘルマンはぱたりとその場に倒れた。ダレイオスは当然その自体を予測していた。ヘルマンの口に例の魔力回復効果のある薬草をねじ込む。ヘルマンはびくんと一度痙攣して動かなくなった。
「途中で採取しておいてよかったな。直に目を覚ますだろう」
「やっぱり、私たちじゃ古代魔術はとても扱えないわね。こんなに魔力を消費するなんて……」
『いや、誰かヘルマンさんの心配しようよ……』
コツさえ掴めれば魔力消費を抑えることも可能なのだが、それを会得するまで倒れ続けるわけにもいかず、今後の古代魔術講義は原理だけを教えることになった。元々扱えなくてもいいから教えてくれという話だったので、ヴェロニカもヘルマンも特に文句はなかった。
一休憩入れてから、次はダレイオスが生徒に回った。現代魔術についての講義である。テキストは先日アレシャが買ってきやがった本、『我が魔導研究』だ。古代魔術に比べて現代魔術はかなり簡単な仕組みをしている。ダレイオスならばすぐにマスターするだろうと誰もが思っていた。
「そうそう、そうやって……あ、違うわ。そこはこう」
「ん?こうか?」
「いや、そうじゃない。そうするとここが繋がらなくなる」
「あ、そうか……そうなのか?」
「そうですよ。そう……じゃないですって!」
「え!?」
『はぁ、なんでできないんだろう……』
ダレイオスは一向に現代魔術を扱えるようにならなかった。ダレイオスが現代魔術の魔法陣をがりがりと書けども書けども誰かから必ず突っ込みが入っていた。長い間古代魔術ばかりを使っていたからなのか、どうしても癖がついてしまっているようだ。
「しかし、アレシャにまで教えられているのはなんだか屈辱だな……」
『何それ!確かにわたしは魔術使えないけど、知識だけは無駄にいっぱいあるんだから!』
「無駄にって自分で言うなよ……」
ダレイオスが呆れたよう言うが、結局魔法陣の一つもまともに構築できないままその日の現代魔術の講義は終了した。ふがいない結果にダレイオスは少しふてくされてしまう。
「くそっ、現代魔術が使えれば戦略の幅が広がると思ったんだが、無念だ……。まあいい。私にはまたとっておきがあるからな」
『とっておき?』
アレシャが尋ねるが、ダレイオスは「いまにわかる」と教えてくれなかった。若干ふてくされつつもアレシャは就寝の準備をし、眠りについた。
だが、一番ふてくされていたのは魔術が使えないが故に講義に参加できなかったアステリオスであることは言うまでもない。




