51 ご利用は計画的に
街の通りにもまだ人がまばらである早朝、商会の前に凜としてたたずむのは純白の竜、スヴェートだ。その傍らにはランドルフとフェオドラが立っている。会議が終わって早々に本部へと帰るということで、アレシャたちはその見送りにきていた。
「それじゃあね、アレシャ。元気でやるのよ。パーティのメンバーに迷惑かけちゃ駄目よ?」
「うん、わかってる。でも、こんなに急いで帰らなくてもいいんじゃないの?」
「そうはいかねえよ。昨日も言ったが、ファーティマの事件の後始末が大変なんだよ」
「そっか……。じゃあ、その内本部にも行くね。『ヴォルムスは素晴らしい街だ!』ってお父さんも言ってたし」
「ええ、待ってるわ。……それと、ダレイオスさん。聞こえてるでしょう?」
フェオドラがいきなりダレイオスへ声をかけると、ダレイオスは静かに耳をかたむける。そしてフェオドラも静かに語りかける。
「娘の身体にいることは認めてあげるわ。その代わり、必ずアレシャを守るのよ」
フェオドラの目は真剣だ。その言葉からも娘への思いが伝わってくる。フェオドラとアレシャの話によると、アレシャには姉がいるが、それもまた家を飛び出してしまったらしい。だからフェオドラにとって一緒にいられる家族はアレシャしかいないのだ。ならば、彼女の思いに応えるのが自分の責務であるとダレイオスは思った。そして力強く宣言する。
『約束しよう。私がこいつを守る』
「……約束してくれるってさ。それに、わたしも強くなるって決めたから、お母さんは心配しなくて大丈夫だよ!」
「ふふ、期待してるわ。お母さんはいつでも応援してるから、頑張ってね」
フェオドラは小さく手を振り優しく微笑んだ。暖かい母の笑顔に、娘もまた笑顔を返した。
そしてフェオドラとランドルフがスヴェートの背に跨がり、空の彼方に飛び去ったのを見届けてから、アレシャは大きく伸びをして振り返る。
「それじゃ、わたしたちも旅、行きますか!」
「旅っていうか、ガザの街に戻るだけだけどね」
「うっ、いや、台詞的に映えるじゃんか……」
出鼻をくじかれつつも五人はその足でセインツ・シルヴィアを出発した。ガザの宿にいくつかの荷物を置きっ放しにしているので、引き取りに行かなければならないのだ。それに、注文していたガントレットがそろそろ完成する頃合いでもあった。宿の荷物にはペトラのものもあるので彼女も同行しているが、五人で一緒に旅をするのはこれが最後だった。ガザで用を済ませた後、ペトラはオズワルドの元を訪ねるためにセインツ・シルヴィアへ戻り、アレシャら四人は北へ向かうことになっているからだ。
しかし、道中の雰囲気は特に暗いということもなくいつも通りだった。冗談を言い合い、協力して魔物を倒し、一緒に食事をとり、並んで眠る。いつも通りの楽しい旅だった。
ガザについたのは三日後。あっという間の旅だった。入り口でチェックを受けてから街の中に入り、まずは鍛冶屋ギンジロウへと向かった。仕上がる予定日よりもまだ少し早いが、ガザに戻ってきたという報告だけでも入れておこうと思ったのだ。
店は街の外れにあるため、『黄金の魔物』の被害を免れていたようで、前に来たときと同じくこぢんまりと営業していた。アレシャが扉を開き店内の様子をうかがう。相変わらず店内は薄暗いが、前に来たときは聞こていた金属を叩く音が今日は聞こえてこなかった。今は仕事をしていないらしい。
「留守なのかな……。すいませーん!誰かいらっしゃいまふぐっ!」
大きな声で叫ぶアレシャの口が何者かに塞がれた。ヴェロニカたちが戦いの姿勢に入ろうとするが、ペトラが止めた。その何者かはアレシャとペトラの知っている男だったからだ。
「叫ぶな。頭に響く」
「ヤ、ヤスケさん!びっくりするからやめてくださいよ!」
「悪かったな。寝不足で判断力が低下してるんだ。抵抗されたら首くらいねじ切ってたかもしれない」
「ひいい!」
『……こいつ、前に私に負けたのを根に持ってるんじゃないだろうな』
そんな会話を交わす二人を見ながらも状況を理解できない三人にペトラがヤスケのことを紹介した。互いに挨拶を交わしてから、ヤスケが奥の部屋に通そうとしてくれる。が、アレシャはそれを断った。今日は「戻った」と一声かければ目的は達成なのだ。だが、それをヤスケが断った。
「あんたの注文の品ならもう完成している。座って待っててくれ」
「え!?もうできてるんですか!半月かかるって言ってましたけど……」
「余裕をもって予定日を伝えるのは基本だ。といってもつい昨日仕上がったばかりだけどな。それじゃ、俺は親父を起こしてくる」
ヤスケがそう言って部屋を出て行ったので、素直に座って待つことにした。
そわそわしながら十分ほど経ったころ、ヤスケがギンジロウを担いで戻ってきた。そのギンジロウの姿は中々凄まじいものだった。目の下には深いクマが刻まれ、髪はボサボサ。元々伸ばしていた髭は結べるくらいまで伸びていた。何より、歩くのもままならないほどに身体にガタがきていた。
「よう、嬢ちゃん。久しぶりだな。こんなだらしない格好でワリいな。なんせ、ぶっつづけで仕事やってたもんで」
「ぶ、ぶっつづけって、注文した日からですか!?もう一週間以上経ってますけど……」
「おう。アダマントって金属は熱しにくく冷めやすい。手を休めちゃならねえんだよ。だが、おかげで良いもんが作れたぜ。俺が今まで手がけた中でも最高峰のできだ。見てくれ」
ヤスケがギンジロウを椅子の上にそっと置いてから一つの包みをテーブルの上に置く。アレシャはゴクリとつばを飲み込み、その包みをといていく。そして姿を現したのは、白い輝きを放つ美しいガントレットだ。前よりも一回り小さくなったが、所々に細工が加えられ、曲線を基調とした女性らしいデザインになっている。その色も、以前の純粋な銀色とは違って僅かに白味を帯びていた。目を引くのは手の甲の部分に埋め込まれたのは瑠璃色の宝石だ。
「どうだ、良いもんだろ?限界まで純度を高めたアダマントはちょっとだけ白味が出るんだ。それを見て、なんとなく嬢ちゃんの髪の色を思い出してな。せっっかくだから目の色に合わせてその宝石を入れてみたんだ」
『その宝石はラピスラズリだな。アダマントほどではないが、高い魔力伝導性がある。実用性も考えられてるのはさすがだな』
「そうなんだ……。凄い綺麗……」
「ほ、ほんとに美しいわね。ずっと見てられるわ……」
アレシャとヴェロニカはうっとりとガントレットを見つめる。ヘルマンが少しだけ前屈みになったのには誰も気がつかなかった。アレシャの反応に満足したらしいギンジロウはヤスケに一枚の紙を持ってこさせアレシャに差し出した。何やら数字が沢山書いてある。
「それが今回の仕事の請求書だ。ほんとはこの仕事のせいで断った仕事へのキャンセル代も支払って貰うつもりだったんだがサービスしといた。ラピスラズリの代金もサービスだ。それと、俺もいい経験をさせてもらったから割引もして、この金額だ」
「ん、あー、えっと……あれ?」
アレシャの思考が止まる。そこに書かれていた金額は小さい家くらいなら買えるくらいのものだったのだ。
アレシャの額から汗が滝のように噴き出し、身体がガタガタと震え出す。無駄だとわかりつつも、何かの病気ではないかというくらい震える手で荷物から財布を取り出し、逆さにする。そこから掌に落ちてきたのは小銭だけだった。
『今日はわたしが奢る!何でも食べたいものいって!』
数日前の自分の発言がフラッシュバックした。
「うぅ……えぐっ、うぇぇ……」
「ちょちょちょっと!アレシャちゃん、どうしたんですか!?ほら、大丈夫!泣かないでください!」
嗚咽を漏らし始めたアレシャにメリッサが飛びつき、その頭を撫でながらアレシャが手にしていた請求書を確認した。
「ぐすっ、うう……ひっく」
「うう……うえっゲホッゲホッ!」
「ちょちょちょっと!なんでメリッサまで泣き始めるのよ!」
これはただごとではないと、三人も請求書を確認する。そして頭が真っ白になった。
「アレシャちゃん!なんで注文のときにちゃんと確認しておかなかったのよ!」
「うええええ!ごめんなさいい!お金ないですうう!」
『はあ……なんだこれは』
ついに号泣しはじめてしまったアレシャを見てられなくなり、ギンジロウは更に割り引きをしてくれたが焼け石に水だった。ヴェロニカが更に値切ろうとするが、ヤスケに断られてしまった。アダマントを加工するときに高級な道具をいくつも駄目にしてしまったらしく、これ以上の割引は厳しいらしい。
というわけで、ヴェロニカ、ヘルマン、メリッサの三人は財布の中身を持ち寄って合計するが、足りない。ペトラもお金を出すと申し出たが、これから必要になるだろうと丁重に断られた。仕方ないので最終手段としてヘルマンが貯金を切り崩し、なんとか支払いを終えることができた。
「そ、それじゃあ、また何かあったら来てくれ。……別にうちはぼったくりってワケじゃねえからな。そこは勘違いしないでくれよ」
「わかってます。素晴らしいものを作ってくれてありがとうございました。お世話になりました」
そう言って深々と頭を下げてからアレシャたちはふらふらとした足取りで去って行った。パーティの面々もその後ろについてとぼとぼと歩いて行く。彼らはめでたく金欠パーティとなった。
ペトラもそのあとを追おうとしたところでヤスケに呼び止められた。振り返ったペトラに一つの包みが手渡される。ペトラが何かと思いつつ包みをとくと、中には一本の短剣が入っていた。アレシャのガントレットと同じ、白味を帯びた銀色の刃だ。
「こ、これ、どうしたの!?」
「ガントレットを一回り小さくしたからな。どうしてもアダマントが余っちまった。てわけで作ってみた。ああ、お代はいらねえからな」
「前にアレシャって子と手合わせをしたとき、動きに身体が合っていないような感じがしたんだ。何か心当たりはあるか?」
「身体が合ってない……あるわ、心当たり。ものすごく」
「そうか。あれじゃ、いつかガタがくる。そのときはあんたがその短剣で守ってやれ。友だちなんだろ?」
だが、ペトラはそれに言葉を返すことができなかった。
友だちであるのは間違いない。だが、これからその友だちのそばをしばらく離れることになる。いざというときに守ってあげることはできないだろう。そんな自分がこの短剣を受け取ってもいいのだろうか。そう思ってしまった。考え込むペトラに声をかけたのはギンジロウだ。
「正直、その短剣は嬢ちゃんの身に余るもんかもしれねえ。だがな。嬢ちゃんがいくら強くなっても、いい得物がなきゃその真価を発揮することはできねえよ。何かあってから後悔しても遅いぜ?」
その言葉でペトラはもう一度短剣を見つめる。白い輝きを放つそれは、どこかアレシャに似ている気がした。ペトラが強くなろうと思ったのは、アレシャや仲間たちの横で胸をはって戦いたかったからだ。そのための戦う力が目の前にあるというのに、それを受け取るのを断っては本末転倒だとペトラは思った。そしてペトラは短剣を鞘に収めると腰のベルトに差した。
「そうか、受け取ってくれるか」
「うん。ありがたくいただくわ」
迷いなくそう言うペトラに、ギンジロウは嬉しそうな笑みを見せた。




