50 『英雄』の血
『英雄』の宝剣。
それは世の研究者、学者が長きに渡って探し続けているにも関わらず、未だ発見されていないという代物だ。それを、この一介の冒険者が持っているとダレイオスは言うのだ。アレシャはワケが分からなかった。戸惑いのままにダレイオスへ確認する。
『そ、それって、ほほほほんとなの?』
「ああ。私が見間違えるはずかない。こいつもそれを知っているようだしな」
「そうだ。けど、ここで話すことじゃない。場所を変えようぜ」
ダレイオスはヴェロニカに一声かけてから、ブケファロスについて行く。向かった先は人気の少ない酒場だ。適当に飲み物を頼んでから奥の席に座る。ダレイオスは単刀直入に聞くことにした。
「で?何故そんな代物をお前が持ってるんだ。逃げるって事は何かやましいことがあるのか?」
「ただ面倒ごとになるのが嫌だっただけだ。やましいことはない……ことはない」
「あるんじゃないか。さっさと話せ。それはどこで手に入れた?」
ダレイオスに急かされ、ブケファロスは話し始める。
「この剣は、俺の家に代々伝わっているものだ。『英雄』の宝剣ってことは秘密なんだがな」
『代々伝わっている?それってつまり……』
「お前、アレクサンドロスの末裔だとか言わないよな?」
「言うぞ。俺は『英雄』の末裔だ」
『え、ええええええええっ!』
アレシャがひどく驚くが、ダレイオスは落ち着いたものだった。いや、落ち着いているというよりも驚きすぎて声が出ない様子だった。いや、驚いているというよりもショックを受けている様子だった。
「アレクサンドロス、あいつ、子どもがいたのか……。し、知らなかった」
『あ、そこなんだ……』
「私と同じで浮いた話のない男だと思っていたのに、いつの間に……くそぅ」
行き遅れた中年男らしく落ち込み始めたダレイオスをアレシャが励まし、なんとか持ち直した。
「まあ、そういうわけだ。じゃあ、話すことは話したし俺は行くぜ」
ブケファロスはそれに乗じて話を切り上げようとしたが、ダレイオスがそれを許すはずがない。
「待て。聞きたいことはもう一つあるんだ。話じゃ、いつかのムセイオンにアレシャが侵入したとき、もう一人の侵入者がいたらしいじゃないか。ムセイオンの外壁を切り崩して侵入したとか。かなりの剣の腕前だろうということで、私も気になってな。実は一度見に行ったことがあるんだ。で、そこで見た切り出された外壁と、この前見たお前に切りつけられた『黄金の魔物』。私の目にはその切り口が同じに見えたんだ。どういう意味か分かるよな?」
「俺がムセイオンに侵入したって?残念だが、お前は剣士じゃない。素人目には同じに見えたかもしれないが別人のものだよ」
ダレイオスの推理をブケファロスは否定する。しかし、その額からは汗が噴き出している。嘘がつけない男らしい。それを見たダレイオスは、自分の中で推測でしかなかったものが確信に変わるのを感じた。
「私はアレクサンドロスの剣を見ていたから、その辺の剣士よりはよっぽど剣に詳しい。私の目は誤魔化せんぞ。それに、別にお前を不法侵入者として突き出すつもりはない。罪状でいえば、窃盗をしてるアレシャの方が重罪だからな」
『うわ、そう言われるとなんか落ち込んできた……』
落ち込むアレシャをよそに、ダレイオスはブケファロスに説明を求める。ブケファロスも観念したようだ。両手を挙げて降参の意を示した。
「ああ、認めるよ。ムセイオンに侵入したのは俺だ。外壁を切り崩して侵入した」
「やっぱりな。なんでそんなことをしたか聞いてもいいか?」
ダレイオスがズバリ尋ねるがブケファロスは首を横に振る。
「悪いが言えないな。話せるほどお前を信用できていないんでな」
「断れば、お前を突き出すかもしれんぞ?」
「その時はお前も突きだしてやるから心配するな。一緒に臭い飯を食おうぜ」
「……まあ、そうなるよな。じゃあ、ムセイオンについてはもう聞かん。だが、他に聞きたいことがある」
ダレイオスが真面目な顔で向き直る。彼が聞きたいのは当然、アレクサンドロスについてだ。寧ろ、それこそが本命だった。
「アレクサンドロスの末裔なら、何か伝わったりしていないか?例えばアルケメアとの戦争について、とか」
「さっきの会議の時に言ってたことか。つまり、『英雄』について世間には知られていないような何かを知らないか?ということだな。だが、期待には添えそうにない。『英雄』の息子にあたる俺の先祖は、『英雄』の死後に生まれたらしい。その死も突然のものだったそうだ。だから、残されたのはただ一つ。この剣、リットゥだけだよ」
「そうだったのか……。やつの死の理由は知っているか?」
「悪いが知らないな。伝承とやらじゃ名誉ある戦死らしいということだがな」
名誉ある戦死と聞いても、ダレイオスはアレクサンドロスが自分以外に負けるところが想像できなかった。『英雄』の最期を華やかにするための作り話だろうとダレイオスは勝手に思う。
『そういえばさ。そのリットゥ?ていう剣だけど、何で今まで誰も子孫が持ってるなんて知らなかったんだろうね。『英雄』が残したっていうなら、歴史書に書いててもおかしくないと思うけど』
「そういえば、そうだな」
ダレイオスがアレシャの疑問をブケファロスに伝えると、難しそうな顔をした。話すべきかどうか悩んでいるらしかったが、最期には了解してくれた。そしてブケファロスが話し始めたのは『英雄』の息子の話だ。
「『英雄』の息子の母親、つまり『英雄』の妻はただの街娘だったらしい。身分の差を越えた愛というやつだな。だが『英雄』の死後、子どもの存在が知れたときに、アレクサンドリアの高官はそれを好ましく思わなかったそうだ。母親と一緒に殺してしまおうと考えた」
『殺す!?そんなひどい……』
「身分を気にしないのはアイツらしいが、そうは思わないやつがいるのも事実だ。それなら最初からいなかったことにしようと考えたんだろうな」
ブケファロスも頷く。だが、そこからどう『英雄』の宝剣に繋がるというのか。そんな疑問が顔に出ていたらしいダレイオスを見て、ブケファロスは続きを語り始めた。
「そんな高官の中にもその処分を反対した者がいたらしい。その筆頭が、当時『英雄』の副官を務めていた男だ。確か、ショウという名前だったな。そいつは俺の先祖親子をアレクサンドリアからこっそり逃がした。その時に持たせたのが『英雄』の宝剣だ。それ以来、家宝として受け継がれているわけだな」
『へーそうなんだ。でも逃がしたのはともかく、なんで宝剣まで渡したんだろう。それって結構危ない事だと思うんだけど……』
アレシャは不思議に思うも、ダレイオスにはその理由の見当がついていた。
「ショウはアレクサンドロスの剣技に惚れ込んでいた。だからおそらく、アレクサンドロスの剣を適当なヤツに持って欲しくなかったんだろう。だから、アレクサンドロスの血を引く者に託したんだと思う」
『なるほど……なんか分かるような分からないような』
「で、ショウはどうなったんだ」
「『英雄』の副官だった男の名前が今の本にはほとんど載っていない。どうなったかは想像がつくな」
「……そうか」
ダレイオスの顔がかげる。自分から聞いたとはいえ、やはり知り合いが不幸な最期を迎えたと知るのは気持ちのいいものではない。そこまで話終えたブケファロスが口を閉ざす。『英雄』について知っていることはこれで全てのようだった。ダレイオスも貴重な話を聞くことができて満足したようだ。
「もう聞きたいことはない。時間を取らせたな」
「ああ。まあ、さっきはムセイオンのことは答えずに突っぱねたが、いつかお前を信用できる時がくれば話してやるよ」
「そうか。じゃ、ボチボチ頑張るよ」
ブケファロスは店員が持ってきた飲み物を一気飲みして店から出て行った。ダレイオスも飲み物をチビチビと飲み干してから仲間が待つ宿へと戻っていった。
アレシャが宿に帰ったとき、部屋にはどこか暗い雰囲気が漂っていた。何事かと見渡すと、なんとなく状況が察せられた。おそらくペトラがオズワルドに稽古をつけて貰うことについて話をしたのだろう。アレシャがペトラに視線を送ると予想通りの返答が返ってくる。
「ちょうど今話したところよ。でもなんか暗くなっちゃって……」
「だって、もうそれなりの付き合いになるのに寂しいじゃない……」
「そうですよ。私も最近ペトラちゃんに愛らしさを感じ始めていたというのに……」
「ペトラが決めたのなら俺に止める権利はない。が、確かに寂しくなるな」
それぞれがペトラとの別れを惜しんでいるようだ。その空気にアレシャもなんだか気分が落ち込んできた。どんどん部屋の空気が重くなっていく。心なしか部屋で聞こえるため息の数が増えていた。
そんな空気を破ったのはペトラだ。パンッと大きく手を叩いた。
「別に今すぐってサヨナラってワケじゃないでしょ!落ち込んだってしょうがないんだから!ほら、こういう時は美味しいものでも食べにいきましょうよ。ね?」
「……そうだね。よし、今日はわたしが奢る!何でも食べたいものいって!」
ペトラの提案にアレシャが乗っかった。
一番仲が良く、一番離れたくないはずの二人が元気にしているのを見て、三人もどんよりとしているワケにはいかないと気を持ち直す。財布を手にずんずん歩いて行くアレシャの後ろについて、街の通りへと向かう。
「そうだ、今日は久しぶりにみんなでお風呂に入ろうよ!こう、絆をより深めよう、みたいな!」
『おお、それはいい!そうしよう、ぜひそうしよう!』
「嫌だけど?」
アレシャの提案はペトラに一蹴された。




