4 時は流れて千九百年
いわゆる説明回
アレシャはダレイオスと名乗る何かに自分が泊まる宿の場所を教え、自室へ戻ってきた。未だ体の主導権は握られたままである。
あれだけ騒いでいたにも関わらず、帰ってくるまでアレシャは極めて静かだった。『魔王』と名乗った事が真実かどうかわからないが、強大な力を持った何かに生意気な口を聞いていたのだ。びびってしまっても仕方ない。
興味深げに周囲を見回したダレイオスは部屋のベッドにゴロンと寝転がりアレシャに話しかける。
「さて、聞きたい事があったんじゃないか?なんでも答えてやるぞ」
『ひっ!は、はい!きょきょ恐縮でございます!え、え、ええとその、あなた様が『魔王』ダレイオス様であるというのはほ、本当のことなのでしょうか。いや!別に、ダレイオス様が嘘をついていると疑っているわけではなくてですね!』
テンパって逆に敬意も何もない喋りをするアレシャに対して、ダレイオスは落ち着いて返す。
「いや、疑う気持ちもわかるぞ。だが私は『魔王』ダレイオスに間違いない。それにそんなにかしこまることはないぞ。ダレイオス“さん”ぐらいでいい。今の私は王ではないし、その王座も成り行きで得たものだからな」
『え、そうなんですか……?じゃあお言葉に甘えまして……。えっと、じゃあダレイオスさんはなんで私の中にいるんですか?』
アレシャが尋ねると、ダレイオスの表情がかげる。
「かつて私の国、アルケメアが禁術によって滅んだんだ。兵も民も全滅するような凶悪なヤツだ。私は最後まで術に抵抗したのだが、失敗してな。肉体は消滅してしまった。ただ、ギリギリ魂だけは無事だったんで愛用していたガントレットに封じることで難を逃れたわけだ。あとはお前の知ってる通りだと思うが……」
『え、あ、そうなんですか……?』
アレシャは内心首をかしげていた。彼女の知っている『魔王』と今話している相手があまりにもかけ離れていたからだ。事実と伝承がかけ離れていることはよくあることだが、それでも違いすぎた。しかも、その話が本当なら『英雄』に討伐されていないではないか。もはやワケが分からない。
なので、考えるのは後にしてアレシャは質問を続けた。
『あ、あの!そもそもわたしムセイオンでの記憶が一部抜けててダレイオスさんとどうやって出会ったか覚えてないんですけど……』
「ん、そうなのか。お前はムセイオンの地下で私が封印されたガントレットを見つけ、その封印を解いたようだ。それでお前の身に宿ったらしい。なぜペルセポリスから運ばれる途中で封印が解けなかったのかは分からんが、女体に宿ることができたのは僥倖だったな」
『……えっと、つまりよく分からないってことですか?』
「まあ、そうなるな」
ダレイオスのセクハラ発言は聞かなかったことにしたらしい。肝心なところが分かっていないような気がするが、自分に別人の魂が乗り移っているということは十分理解できた。そんなことがありえるのかとアレシャは尋ねるが、ダレイオスの専門外らしく、曖昧な答えしか返ってこなかった。
それからもアレシャは次々と質問をぶつけるが、そうしている内に緊張がほぐれてアレシャも気楽に話し始めた。ダレイオスに肉体がないというのならわたしの体を手放せない。つまり、わたしに危害を加えることがないということだ。たとえ最強の魔物である『魔王』だろうと恐れることはない。という思考に行き着いた心のゆとりもあった。
この少女、調子に乗りつつある。しかし身体の自由はない。
「私も聞きたいことがあるんだが、いいか?そもそも私の事はどういった風に伝わっているんだ?お前の反応を見る限り私のこと知ってはいるようだが……。ああ、あと私のいた時代からどれくらいの時間が経っているかわかるか?」
『えっと、確かダレイオスさんの時代からは千九百年ほどの年月が経っているはずです』
「千九百年!?そんなにか!?」
千九百年という時間の長さにダレイオスはかなりの驚きを見せた。ずっと封印されていたことで時間の感覚が麻痺してしまっていたようだ。最も、そんな長い時間を把握することなど不可能なのであろうが。
『で、ダレイオスさんのことなんですけど、かつて人類を恐怖に陥れた最強の魔物って伝わってます』
「…………んん?」
『ああ、あと『英雄』アレクサンドロスによって討伐されたとも。子どもはみんな小さい頃に『英雄』の話を聞いて育つので、『魔王』ダレイオスの名はこの世界の誰もが悪の象徴として知っていますよ。さすが『魔王』様ですね!カリスマ感ただようというか……』
ベラベラと話すアレシャの言葉を聞いたダレイオスの肩がぷるぷると震え出す。そして、カッと目を見開いた。
「な、ななななななななんだとおおおおおおお!」
『ひ、ひぃぃぃぃ!ごめんなさいいぃ!何か気に障ったのなら謝りますんで、どうか命だけは!命だけはぁ!』
ダレイオスが吠え、アレシャが情けない声を上げた。
危害を加えられることはないと余裕だった彼女はどこへ行ったのだろうか。
もちろんダレイオスにもそんな気は無く、彼はアレシャに謝罪する。
「あ、いや、すまん。しかし、お前の言ったことは本当なのか!私が魔物で悪でアレクサンドロスに討伐されたとかいうのは!」
『は、はい!わたしが読んだ書物の全てにそう書かれていましたし、私もそう聞いて育ちました!……もしかして、事実ではないんですか?』
「当たり前だ!そもそも私は人間だ、畜生!」
『ひぃ!すいません!え、じゃあ『英雄』に討伐されたというのも……?』
「無論だ!私はアレクサンドロスに負けてなどいない!もっとも勝つこともなかったが……。ただ、互いに高め合える良き友だった。どっちが正義か悪かとかそういった関係では無い!そもそもアレクサンドロスのヤツはどんな風に伝わっているんだ!」
『は、はい!ええっとですね……』
アレシャはただただ混乱する自分の頭を総動員させ、自分の知る『英雄』に関する逸話をかつて母がしてくれたように物語にして語り聞かせた。
『英雄』が大森林の七色の魔物を討伐したという話。『英雄』がアレクサンドリアに現れた黄金の魔物から都を救ったという話。そして、『英雄』が『魔王』の恐怖から世界を救ったとういう話。
ダレイオスは最初こそ怒りを露わにしていたが、途中からは黙って目を瞑り、話を聞いていた。
一通り話し終えたところでダレイオスが口を開く。
「今聞いた話の全て、偽りだ」
その言葉にアレシャは驚きを隠せない。ただ、どういうことかと質問を投げかけることしかできなかった。
『英雄』を信奉する宗教すらあると言うのに、これが偽りだというならそれは世界規模の大事件である。
ダレイオスは静かに話し始めた。
「まず、大森林に現れた魔物は私とアレクサンドロスの二人で協力して討伐した。あいつ一人の功績ではない。次のアレクサンドリアに現れたという魔物。そもそもそいつが現れたのはペルセポリスだ。討伐したのはもちろん私だ。アレクサンドロスも協力してくれたがな。三つ目の話についてはさっき言った通りだ。確かに私はアレクサンドリアとの戦に負けたが、その戦の間に私とアレクサンドロスは一度も顔を合わせていない」
『……じゃあ、それってつまり、歴史が改竄されてるって事ですか?』
「……そうなるな」
一切想定していなかった真実にアレシャは自分の好奇心が沸き立つのを感じていた。
自分に取り憑いているのが本当にダレイオスなのか未だに疑わしいところはある。しかし、今まで信じていた伝説が嘘偽りであるというのはとても興味深い話だ。それだけでも聞いてみる価値はあると思ったのだ。
『じゃあ、『英雄』が自分を祭り上げるためにそれをやったってことですか?』
「いや、あいつはそんなことはしないだろう。私の知っているアレクサンドロスの人格はお前たちのいう『英雄』のそれとそんなに変わりなかったからな。いいやつだったよ。だから、別の何者かの思惑があるはずだ」
『何者か……?』
「ああ。私が負けた戦も、あいつなら絶対に実行しない人間を駒扱いする作戦ばかりが行われていた。勘だと言われればそれまでだが、私はそう確信している」
そう言い放ったあと、ダレイオスは顎に手をあてて思案し始めた。そして何かを決断すると、それをアレシャへ向けて伝える。
「アレシャ、だったな。こうして体を好き勝手に使っていながら図々しいとは思うんだが、頼みを聞いてもらえないか。私は千九百年前に本当は何があったのかを知りたい。だからこの体をしばらく貸してくれないか!」
『いや、なにさらりと無茶なこと言ってるんですか!嫌ですよ!』
バッサリと断られてしまった。だが、ダレイオスは食い下がる。
「さっきは興味ありげな声を出していたじゃないか!お前も気になるだろう?」
『確かに私も真実には興味がありますけど、このまま自由が利かないままってのは無理ですから!早く体から出てってくださいよ!』
その主張も最もだとダレイオスは思った。これではダレイオスにとって都合のいいことしかない。交渉の基本は妥協と譲歩。というわけでダレイオスはアレシャに尋ねてみる。
「お前は何か望みはないのか?私がそれに協力してやろう」
『いや、望みとかいいから出て行ってください!』
「それだけはあり得んな。よりどころがなければ、魂だけの私は消滅してしまう。残念だが諦めて貰おう!」
『くそっ!やっぱ『魔王』だよこの人!実は割といい人かと思ったけど、やっぱり『魔王』だよこの人!」
アレシャが悲痛な叫びをあげる。さきほど自分でダレイオスが肉体を手放すことはないと考察していたのはどうした。
その後も長々とごね続けたが、当然ながら体は返してもらえなかった。
とても諦めきれないが、アレシャは妥協点として一つの可能性に思い至る。
『あの、そもそもなんですけど、この体の主導権をわたしと交代することってできるんですか?』
「おそらく可能だと思うぞ。今の状況は二重人格と似たようなものだろうからな」
『だったら交換条件として、ずっととは言わないから定期的にわたしに体を返すこと!』
「うむ……そうだな。ワガママを言っているのはこっちなんだ。約束しよう」
要求は簡単に通った。どうやらこの『魔王』、悪人ではないらしい。
なのでアレシャは思いきって自分の本当にしたい要求をすることにした。それはムセイオンでのダレイオスの戦いを見たときから考えていたことだった。
『あ、あともう一ついいでしょうか!わた、わたし、小さい頃から冒険者になりたかったんです!冒険者になって、お父さんから聞いた色々な秘境をこの目で見てみたいんです!ただ、わたしは簡単な格闘術しか使えないから、とてもじゃないけどそんなの無理で……。で、でも!ダレイオスさんの力を貸して貰えればそれもきっと不可能じゃないんです!どうか、わたしの夢に協力してはくれないでしょうか!』
アレシャは頭が自由に下げられないので、言葉で全力のお願いの姿勢をみせる。
ムセイオンで見た、ダレイオスの人間離れした戦闘能力。数多くの冒険者の中でも一級品だ。この力を持って冒険者になれば間違いなく名をあげることができるだろう。
アレシャにとって冒険者は父の命を奪った、死に直結する職業である。ダレイオスに頼み込む声も僅かに震えていた。
しかし、それ以上に父から聞いた冒険の話は彼女の心に深く焼き付いていた。一度は諦めたつもりだったその道も、本音では諦め切れていなかったのだ。
そんなアレシャの真剣な思いを感じとったのか、ダレイオスはその願いに笑って答える。
「……そうだな。冒険者、とういうのが何を指すのかはよく分からない。だが、私も旅をしていたころがあってな。世界を見て回りたいという気持ちはよくわかるぞ。いいだろう!私の力くらいなら喜んで貸そう!」
『あ、ありがとうございます!』
本来ならば下手に出るのはダレイオスのはずなのだが、立場が逆転していた。これが『魔王』の能力か。いや、アレシャがヘコヘコしているだけである。
だが、これで話はついた。ダレイオスは千九百年前の真実を知るため。アレシャは父の教えてくれた世界を見るため。二人の協力関係がここに成立したのである。
『じゃあ、商会へ行きましょう!そこで冒険者登録の試験の募集を行っているはずです!あ、でも、その前にお風呂入りたいな……』
「ほう!大衆に開かれた風呂があるのか!魔法技術の進化を感じるな。よし、行こうか!風呂へ!」
興味深げなダレイオスの声にアレシャは同意を返した。そして荷物から着替えを取り出そうとしたところで身体を自由に動かせないことを思い出す。
『……あれ?わたしの体の主導権は今ダレイオスさんにあって……ん?』
「よしいこう!風呂はあっちだな!」
『あ、あああああ待ってええええええ!』
漢ダレイオス。齢千九百と三十六。
まだまだ若い。
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