48 会議は踊らない
セインツ・シルヴィアにある商会支部、その会議室にて。
集まっていたのはハンター商会長、『鉄血』のランドルフ。その秘書、『白竜』のフェオドラ。先日の『黄金の魔物』討伐に参加したSランク冒険者、『剣帝ネルウァ』もといオズワルド。Aランク冒険者『輝剣』のセイフ、『覇撃』のブケファロス、『魔劇』のヴェロニカ。ヴェロニカのパーティメンバーであるBランク冒険者ヘルマン、メリッサ、アレシャに、Cランク冒険者ペトラ。それにセインツ・シルヴィアの商会支部長を加えて全員で十人だ。
フェオドラが会議の進行を担おうと立ち上がる。
「それでは、一つ目の議題から……」
「ああ、そういう固いのはいい。そういう風にすると自由に喋れなくなって面倒くせえ。進行は俺がやる」
「……分かったわ。もう好きにしてください」
「おう。じゃあ、『黄金の魔物』についての報告からだ。やつの死骸はアルマスラ帝国軍が持って帰った。国としても人目につかないように管理したかったんだろう。じきにムセイオンで詳細な研究が行われるだろうよ。ガザの街の被害は結構なものだったが、建物の再建もそれほど時間をかけずにできるそうだ。えーあとは、何だ」
ランドルフが手帳をペラペラとめくる。このダラリとした進行ではでは中々進まないだろうと思ったヴェロニカが挙手して発言する。
「ガザの街で捕らえたマルタンという男はどうなったのでしょうか?」
「ああ、あいつか。あいつならアルマスラ帝国に引き渡した。アルマスラ帝国はベータ王国に賠償を求めるらしい。ベータ王国もそれに応じるようだ。マルタンはそのついでにベータ王国に送り返されるだろう。今回の件、ベータ王は一切関与していないと主張しているようだ。あの男は国家反逆罪なりで処刑されることになるだろうな」
ランドルフがサラリと答える。処刑という言葉にアレシャは一瞬罪悪感を覚える。あの男は上にいいように使われ、そのまま尻尾を切られたということだろう。間違いなく加害者であるが、視点によっては被害者ということもできた。
「その、王が関わっていないというのは信用できるのか?」
ブケファロスが疑わしげに尋ねるが、ランドルフは肩をすくめる。
「さあな。アリア教国家であるアルマスラ帝国としても、『黄金の魔物』が襲来したという事件は無かったことにしたいらしい。ベータ王国へ求める賠償もほとんどガザの街の復興費用なんだとさ。ま、国同士の問題は俺たちが関わる事じゃねえよ」
国の問題、そこでセイフがひとつ気づく。
「そういえば『黄金の魔物』の討伐にはアルマスラ帝国軍も参加していたはずだが、彼らは会議には参加しないんですか?」
「当然そういう話もあったが、俺があいつらを信用できないから断った。代わりに後で議事録を渡すように言われているが、『黄金の魔物』の情報をさえ渡せば満足するだろう。ま、逆に言えば、お前らのことは信用しているということだ。口外できないような重要なことも話すつもりだが、裏切らないでくれよ?」
アレシャとペトラの背筋がぴんと伸びる。目の前のだらしない男は一国に意見できるほどの権力を持っているのだ。裏切ればどうなることか。二人に裏切るつもりなど毛頭なかったが。
「『黄金の魔物』についての報告はこんなもんだな。で、ここからが本番なんだが、ヤツが一体何で、誰の差し金で、何の目的のために行動していたのかということについて話し合っていきたい。そこで手がかりの一つになるのが、『七色の魔物』だと俺は思っている」
ランドルフはそう言い、アレシャに目配せする。ダレイオスも会議に参加するように、ということだろう。アレシャはその意思をくみ取りダレイオスへ伝える。
「ダレイオスさん、何か言いたいことがあったら交代してもいいからね」
『わかった』
ダレイオスの了解を得たところで、ヴェロニカが挙手して立ち上がり『七色の魔物』についての概要を説明する。オルガヌム大森林での一回目の遭遇、聖地アルバンダートでの二回目の遭遇。それらについて簡潔に話した。それを踏まえて何か意見はないかと周りに尋ねる。手を挙げたのはオズワルドだ。
「『七色の魔物』の出現という記述はこれまで読んだ歴史書に一度もなかった。よってこれらの出現は人為的なものの可能性があるという推測が立つわけだが、この二件以外にそれらしい報告はないのか?」
「ああ。『七色の魔物』及びそれに匹敵するほどの強大な魔物の出現報告は上がっていない。未踏の秘境でもない限り、七色に光るなんて派手な魔物に気づかないはずがないだろうよ。現れたのはその二体だけと考えても良いと思うぜ」
ランドルフの回答を聞き、オズワルドは顎に手をあて思案する。そして彼は今度はアレシャ、というよりダレイオスに向けて尋ねる。
「『七色の魔物』を始めて見たとき、どうしてそれが分かったんだ?」
「どうして、か。獅子の頭に角、七色に輝く鋭い鱗、加えて蛇の尾だ。伝承にある通りの姿なんだから分かって当然じゃ無いのか?」
アレシャと交代してダレイオスはそう答えるが、皆一様に怪訝な顔をする。ダレイオスが何事かと思っていると、ヘルマンが説明してくれた。
「蛇の尾か。伝承には蛇の尾、なんて記述はなかったはずだぞ」
「ん、そうなのか?私の知っているヤツには蛇の尾がついていたはずなんだが……」
ダレイオスが不思議がるので、フェオドラが手元の資料をめくり、『七色の魔物』に関する項を確認する。
「アレシャの言う通りね。出現した二体の『七色の魔物』の両方に“蛇の尾”がついていると記述されているわ」
「そうか。なら、ただの伝承の覚え違いか」
セイフはそう納得し、ブケファロスも「なるほど」と頷く。だが、蛇の尾について言及したのがアレシャではなく『魔王』だと知っている者は、あることに気づいてしまった。
ダレイオスは『七色の魔物』に蛇の尾があると言った。それは千九百年前に出現し、ダレイオスが直接目にした個体にも蛇の尾があったということだ。しかし、伝承における『七色の魔物』の記述にからは蛇の尾についての記述が抜けていた。それにも関わらず、現代に現れた『七色の魔物』には、その蛇の尾までもが再現されていた。これは本来ならあり得ないことだ。誰も蛇の尾の存在を知らないのだから。さらにアレシャは別のことに気づく。
『そういえば、ダレイオスさんが一目見て『七色の魔物』と分かったのも妙だよね。それって、千九百年前の魔物と現代の魔物の見た目が凄い似ているってことでしょ?伝承の記述だけで同じ姿を再現できるわけないよ』
アレシャの指摘は最もだった。ダレイオスは考える。もし、『七色の魔物』が自然に発生したものだと言うならば何も問題は無い。だが、人為的に作られたものだとしたらどうだ。伝承を基に『七色の魔物』の姿を千九百年前のまま再現するのは不可能だ。しかし事実として、その姿は完璧に近い形で再現されている。なら考えられるのは、作った人間は千九百年前に本物の『七色の魔物』の姿を見ているのではないかということだ。そう結論を出したダレイオスが周りを見ると、皆同じ結論にたどり着いたようだった。
となると、ダレイオスのことを知らないセイフとブケファロスと支部長の三人が問題となる。これから話を進めるにあたって、ダレイオスの証言が重要になってくるからだ。
ならば、とダレイオスがランドルフに尋ねる。
「ここいる人間は本当に信用できる人間か?あと、アリア教徒はいないのか?」
「ああ。アリア教徒はいない。信用できるかどうかについてだが、支部長はこの街を任せると俺が直接指名した男だ。寡黙な堅物で情報を漏らしたりしない。セイフはお前らも知っての通りだ。仕事のできる信頼できる男だよ。ブケファロスは……まあ良いヤツのはずだが、少し問題を起こしたこともある。お前が信用できないというなら退室してもらうが」
「いや、なぜその子の一声で俺が退室することになるんだ」
「構わない。そいつには後で話があったんで、どのみち明かすつもりだった」
そう言ってダレイオスはアレシャに了解を取ってから話し始める。内容は勿論、自分の正体についてだ。とりあえず必要な情報だけ話すと、知らされた三人は大きくため息をついた。ブケファロスだけは何故か目を泳がせていたが、ダレイオスは会議を進めることを優先した。
三人に先ほど出た結論を伝えると、眉間にしわをよせて難しい顔になる。ダレイオスはその上でさらに話を進める。
「ついでに言うと『黄金の魔物』の姿も昔そのままだ。ただ、姿はそのままでも両方の魔物は千九百年前に比べて大きく弱体化している。そこから考えても、昔の個体と発生の要因は別だと思って良いと思う。やはり、二つの魔物は人為的に作られたものだろう」
「でも、千九百年前から生きてる人間なんていないわよ?それでどうやって魔物の姿を再現するのよ」
「そうね。あたしたちエルフでも寿命は千年くらいだし……」
「例外は、そこにいる『魔王』くらいだな」
ヘルマンの呟きで全員の視線がダレイオスに注がれる。ダレイオスは慌てて首を横に振った。
「いや、私じゃないぞ!?私なら魔物の討伐にあんなに貢献するわけがないだろう!」
「いや、分かってるよ。誰も疑ってない。だが、お前と同じ方法で千九百年の時を超えた人間がいるんじゃないかと思ってな」
ランドルフがそう言うとダレイオスはあからさまにほっとする。しかし、それだと一体どういう事なのだろうか。一同は首をひねる。次に発言したのはブケファロスだ。
「シンプルに考えて、時を越える魔術なんてものがあったりはしないか?」
「時を超える……それは夢みたいな話ね。でも残念、たぶん夢よ。私はそんなもの聞いたことないわ」
ヴェロニカにすぐさま否定された。その場にいる誰もそんなもの存在は知らない。もしかしたらそのようなものが存在するのかもしれないが、考えるだけ無駄な可能性だ。またしても一同は首をひねる。小さくため息をついて呟いたのはペトラだった。
「そうなったらもう、一度死んでから生き返ったとかしかないんじゃないの?」
「「「「「「それだ!」」」」」」
そう叫んだ全員の頭にある単語はただ一つ。“死人”だ。




