47 母は強し
アレシャとペトラは二人で日の落ちた夜道を歩いていた。アレシャが泣き止んだあと、三人は気を持ち直して日が暮れるまでオズワルドと色々な話をしていた。時間が経って心の整理がついたアレシャの表情は晴れやかだ。
「さっきは感傷的になっちゃったけど、別に今生の別れってわけじゃないしね」
「うん。十分に強くなったら、また一緒に旅をしたいと思ってるんだけど……いい?」
「勿論!ペトラが頑張るんだから、わたしも頑張らなくちゃね。ダレイオスさんに頼らなくても戦えるくらいにはなりたいな……。いや、なる!絶対!」
ペトラの決意を前にして、アレシャもまた決意したようだ。ダレイオスは二人の少女の成長を嬉しそうに眺めていた。すでに父親目線である。それからも他愛のない話をしながら商会へと向かう。今夜、ランドルフがセインツ・シルヴィアの街に到着するのだ。会議は明日だが、久しぶりに会いたいとアレシャが言ったので商会で到着を待つつもりだった。中心街に入り人通りが増えてきたころ、ようやく商会の建物が見えてきた。
そのとき、何か巨大な影が上空を横切る。ふいに誰もが空を見上げると、そこにいたのは、白く美しい容貌のドラゴンだった。それはゆっくりと高度を下げ、商会の前へ降り立とうとしていた。人々がその場から急いで離れる中、アレシャはドラゴンに向けて駆けていった。それに跨がっていたのが待っていた人物、ランドルフだったから。ではなかった。駆けよったアレシャが抱きついたのは、その白いドラゴンだった。
「スヴェート、久しぶり!なんでランドルフさんと一緒にいるの?」
『な、なんだこの竜は!アレシャの知り合いなのか?』
「知り合いっていう表現はどうなのかと思うけど、まあそうだよ。わたしが子どもの頃からのね」
アレシャがスヴェートと呼ぶそのドラゴンの身体を優しく撫でると、ドラゴンも頭をアレシャにこすりつけて喉をならし、互いに再会を喜んでいた。呆然としていたペトラが我に返って急いで駆けより、ランドルフもドラゴンの背から下りてきた。
「全く、久しぶりなのは分かるが俺は仮にも商会長だぞ?まずは挨拶するのが筋ってもんだろう」
「あ、ランドルフおじさん久しぶり。でも、なんでスヴェートが一緒にいるの?」
「いや、スヴェートってこのドラゴンのことでしょ?どういうことか説明しほしいんだけど」
状況を飲み込めていないペトラがそう尋ねると、アレシャは「あ、そっか」と手を叩く。
「この子はね、わたしのお母さんの召喚獣なの。子どものときなんか、よく一緒に遊んだんだよ。だから、なんでランドルフさんと一緒にいるのか不思議で」
『母親の召喚獣?だったら理由なんて一つしかないんじゃないのか?』
ダレイオスが断言し、それに答えるように一人の人物がスヴェートの背中からとび下りてきた。綺麗な銀色の髪に、澄んだ瑠璃色の瞳をした美しい女性だ。その姿を見て、アレシャの笑顔がこわばった。
「久しぶりねぇ、アレシャ。一年少ししか経ってないのにずいぶん逞しくなった気がするわねぇ、ほんと」
「お、おおおおおお母さん……!」
「お母さん!?」
ペトラが驚きながらも二人を見比べる。髪の色は白と銀、瞳の色は同じ瑠璃色。言われてみれば顔立ちも似ている。親子と言われれば納得できるものだった。しかし、母との再会だというのに、アレシャはあまり喜んでいなかった。むしろ出会いたくなかったというようにすら見える。
『何を驚いているんだ。召喚獣に召喚者が着きそうのは当たり前だろう』
「いやでも、お母さんがランドルフおじさんと一緒にいるとか全く考えてなかったし……。なんで?」
「お母さん、今はランドルフさんの秘書をやってるのよ。娘が二人も出て行っちゃって、お母さん独りになっちゃったから。寂しかったわぁ、ほんと」
アレシャの母、フェオドラは笑顔を絶やさずに話す。しかし、ただならぬ威圧感を放っていた。アレシャは目を合わせることができない。汗が止めどなく流れ下ちていくアレシャにペトラが心配して声をかける。
「ど、どうしたの、アレシャ」
「こいつは十五になった日に世界を見て回りたいって家を飛び出したんだよ。母親にも言わずにな」
「そうよぉ。あんな書き置き一つだけ残していくなんて寂しかったわぁ、ほんと」
「う、うぅ……。ごめんなさい……」
アレシャはもはや母の姿を直視することができなかった。目には涙が浮かびつつある。フェオドラはアレシャににじり寄り、顔を近づけた。アレシャがぎゅっと目をつむったとき、フェオドラはアレシャをそっと抱きしめた。
「ルフィナが出て行って、あなたまでいなくなっちゃったから、お母さん本当に寂しかったのよ。もう、心配かけさせないでよね」
「……うん。ごめんね。でも、わたし、やっぱりお父さんみたいにいろんなとこを見て回りたくって、」
「分かってるって。アレシャはお父さんっ子だもんね」
そう言って優しく肩を叩く。母娘の再会に、誰もが心が温かくなるのを感じていた。だが、フェオドラはそこから流れるような手つきでアレシャの耳をつねり上げた。
「い、いたいたったたいたいたったい!ちょっと!やめて!タンマ!」
「心配してたけど怒ってるのも本当だから。あとでちゃんとお説教するから」
「ひいい!」
『ふっ、いつの時代も母は強いもんだな』
涙が浮かぶどころか泣き始めてしまったアレシャを見かねたスヴェートがフェオドラをなだめるように頭をこすりつけた。ここは街の中心街なのだから後にしようよ、と言っているようにも見える。フェオドラも「そうね」と頷いて手を離し、アレシャはその場に倒れ伏した。ランドルフとペトラはただ苦笑いを浮かべるしか無かった。
ヴェロニカら三人が宿に帰りつき部屋へ入って最初に目にしたのは、どす暗いオーラを纏ってうなだれるアレシャの姿だった。メリッサが急いで駆けより、わしゃわしゃと頭を撫でる。
「どうしたんですか、アレシャちゃん!お腹痛いんですか?ペトラちゃん、何があったんですか!?」
「お、落ち着いてよ……。原因はあの人だから」
ペトラが指さしたのは椅子に座ってティーカップを傾ける、銀髪の女性だった。全員の視線を浴びる中、優雅に立ち上がり頭を下げる。
「どうも、いつも娘がお世話になっています。アレシャの母です」
「あ、お母様……。お母様!?」
メリッサが飛び上がり、勢いよく頭を下げた。全力の最敬礼である。ヴェロニカとヘルマンも頭を下げるが、ヴェロニカは何か考え込んでいた。そしてあることに気づくと、口をパクパクさせた。酸素が足りていないわけではない。驚いているのだ。
「も、もしかして、フェオドラさんですか?」
「ええ、そうよ。あなたヴェロニカさんね?パーティのリーダーとして娘を助けてくれているってランドルフさんから聞いてるわ」
「わ、わ、私のことをご存じなんですか!?ありがとうございます!フェオドラお姉様!」
ヴェロニカが勢いよく頭を下げた。渾身の最敬礼である。一人の女性へ向けて深々と頭を下げる二人の女性。この奇異な状況を誰も飲み込めなかった。いつの間にか復活していたアレシャがヴェロニカへ恐る恐る尋ねる。
「えっと、お姉様ってどういうことなんですか……?」
「私が小さいころ、冒険者として名をはせていたのがフェオドラお姉様なのよ。美しくて強い!当時の女の子たちの憧れだったわ。私が冒険者になりたいと思ったのもお姉様の影響だもの。二人目を身籠もられるとともに冒険者を引退したんだけど、まさかアレシャちゃんのお母様だったなんて……」
「そ、そうなんだ……。お母さん、冒険者の時の話はあんまりしなかったから知らなかった」
アレシャがその母の方を見るとえらく得意気な顔をしていた。話して聞かせることはしなかったが、若い頃の自慢なのだろう。妙な場の空気を戻そうとヘルマンがフェオドラに質問する。
「それで、フェオドラさんはどうしてここへ来たんですか?」
「私は今、ランドルフさんの秘書をしているのよ。アレシャにも会いたかったしね。ちょっときつめにお説教してあげたら落ち込んじゃったけど」
「うん、かなりきつかった……。そう言えば、なんでお母さんはランドルフおじさんの秘書になったの?」
「娘が二人とも出て行ったおかげで身軽になったからね。仕事でもしようかと思ったときにランドルフさんに声をかけてもらったのよ。商会本部なら世界の色々な情報が入ってくるから、アレシャの情報も手に入るかと思ったのもあるわ。手間かけさせるわ。ほんと」
「ご、ごごめんなさい……」
フェオドラが少しすごむと、またしてもアレシャが縮こまってしまった。そこをメリッサが抱きしめる。ヴェロニカはフェオドラの手を取り、本気のシェイクハンドをしている。ヘルマンはそんなフェオドラを嫉妬の眼差しで見つめていた。ペトラは、大事な話をしようと思っていたのにそういうワケにもいかなそうだと大きくため息をついた。




