46 お願い
「はぁ……。『英雄』の伝承について聞いたのはこういうことか……。で、『魔王』様は儂に何が聞きたいんだ?」
「ああ。現在の王宮についてだ。どのような構造になっているか具体的に分からないか?」
「分かるぞ。ちょっと待っていてくれ」
オズワルドは席を立ち、隣の部屋へ入っていった。引き出しの中を漁る音が聞こえる。少しすると一巻きの紙を持って帰ってきた。テーブルにそれを広げる。
「一年ほど前に儂が実際にペルセポリス遺跡に行って作った王宮の見取り図だ。先ほど言った、先のない階段というのはここだな」
オズワルドが王宮二階のとある場所を指さす。王の間の近くにある階段だ。ダレイオスが眉間にしわをよせる。
「おかしい。この先には高台があったはずだ。ペルセポリスの外まで見渡せるぐらいのな」
「それは確かなのか?」
「間違いない。千九百年前に私が最後に立っていた場所が、その高台だったからな」
どういうことなのかとダレイオスが腕を組んで考え込む。
『単純に千九百年の年月で崩れちゃったとかいうことじゃないの?』
「そうだな……。崩れた跡はあったのか?」
「崩れたというよりは綺麗さっぱり無くなっていたというように感じたな。だからといって崩れ落ちた可能性がないわけではないが……」
オズワルドも腕を組み頭をめぐらせるが、それらしい可能性には思い至らなかった。そこに今まで黙って話を聞いていたヘルマンが口を出す。
「ダレイオス、この見取り図に他に当時と比べて変わっている場所は無いのか?」
「そうだな。他に変わった場所があるなら消えた高台が人為的なものかどうか判断できるかもしれない」
オズワルドにそう言われ、ダレイオスは見取り図を調べ始める。そして紙面を動く指がある一点で止まった。
「ここの道はなんだ?」
「ここか?これは地下道だな。途中で砂に埋もれていたから奥に何があるのか分からなかったが、脱出用の地下道などではないのか?」
「ああ。千九百年前に王宮にそんな地下道はなかった。脱出して落ち延びるなら戦うことを選ぶ人間だからな、私は」
消えた高台と現れた地下道。この二つに何か関連性があるのではないか、と誰もが頭をひねる。しかし、それだけでは誰も何も思いつきはしなかった。ヴェロニカがお手上げしてため息をつく。
「正直、実際にペルセポリス遺跡を見ない限りは何もわからないわね」
「まあ、そうだな。じゃあペルセポリス遺跡にはどうやって行けるんだ?」
ダレイオスがそう尋ねるが、全員が首を横に振った。何事かと思っているところにアレシャが解説を入れた。
『今、ペルセポリス遺跡は特級危険区域に指定されてまして……Sランク冒険者か、ムセイオンとかの大きな組織の偉い人とかじゃないと入れないんだよ』
「そ、そうなのか……。いや、なら簡単なことじゃないか。私がSランク冒険者になればいい!」
良い考えが思いついたとダレイオスは上機嫌に笑う。しかし誰もが「ああ……」という顔をしてダレイオスを見つめていた。その視線に気づいたダレイオスは笑うのを止めて首をひねる。
「……どうした?」
「そうだな。儂がSランクになったのは冒険者になってから十年くらいかかったな。剣帝になってから数えれば十五年くらいか」
ダレイオスはその場に崩れ落ちた。メリッサが慰めるようにその頭をなでる。
『Sランク冒険者になるにはどこかの国のお墨付きが無いといけないんだよ。頑張って活動すれば、その内行けるようになるって!』
「国のお墨付き……。そうなのか……」
「あ、ああ。儂はアルマスラ帝国がバックについてくれてな。アリア教徒で無くともこの街に住めているのはそれが理由だ。ま、後ろ盾になってもらっても国から何か仕事を強制されると言うこともないし、気楽にやらせてもらってる」
結局メリッサの膝の上に乗せられてしまったダレイオスだったが、頑張ればなんとかなると聞いてとりあえず気を取り直したようだった。基本的に前向きな人間なのだ。
「さて、他に聞きたいことはないか?」
「あとは『七色の魔物』と『黄金の魔物』の存在が気になるが、それは今度の会議の時に詳しい話をすることになるだろうし……特にないな。正直、何か聞けるほど情報が集まってないんだ」
「そうか。なら小難しい話はこれくらいにして、折角だから美味いものでも食っていけ。もらい物のいい肉があるんだ」
オズワルドは早速食事の準備にとりかかろうと席を立ち、キッチンへ向かう。ペトラはそれを手伝うと名乗り出てそれについて行った。
残った四人は談笑しながら出来上がるのを待つ。今の人格はアレシャかダレイオスか当てよう!なんて遊びをしていた。大先輩の冒険者に料理をさせて何をしているのか。しばらくして良い香りが漂ってきた頃、大盛りの料理がいくつか運ばれてきた。冒険者らしい大雑把な料理だったが、その香りは食欲を的確に煽る。そんな中、一緒に料理を運んできたペトラは何故か真面目な顔をしていた。アレシャは少し気になったが、後で聞くことにした。今は目の前のご馳走が重要だったのだ。オズワルドが食べるように促し手をつけようとする。が、その身体はアレシャの意思とはそぐわぬ動きをする。人格がダレイオスのままだったのだ。次々と平らげられる目の前の料理に、アレシャは心の中で涙した。
食事が終わった後オズワルドがアレシャと話をしたいとのことなので、ヴェロニカとヘルマンは観光に街へ繰り出していった。メリッサはここに残りたいと言ったが、込み入った話もあるだろうということでヴェロニカに連れ出された。だが、ペトラだけはその場に残った。
「楽しくお喋り、といきたいところだが、先にエルフのお嬢さんの話をしたい。さっき食事の準備をしているときに短剣の扱い方を教えて欲しいと頼み込まれたんだ。で、弟子にとることにした」
「弟子!?ペトラ、そうなの!?」
アレシャが驚きつつ尋ねると、ペトラは頷いた。どうやら本気らしい。
「へぇ……剣帝の弟子って凄いんじゃないの?」
「弟子になることは別に凄くないぞ。既に儂の弟子は結構な数がいるからな。だが、才能のあるやつしか弟子にとらんのもまた事実だ。さっき食事の準備してるときにこっそりなまくら包丁を渡して肉の調理をさせたんだが、綺麗に捌いてた。中々見込みがあるぞ、この娘は」
いつの間にそんなことをさせていたのだとペトラは驚くが、無意識にそういうことができるなら、やはりペトラには才能があるということなのだろう。アレシャはそれを自分のことのように喜んだが、だんだんとその顔が曇っていった。
「でも弟子になるってことは、もしかして一緒に旅できないってこと……ですか?」
「ふむ、稽古場はここから少し北に行ったところの山にあるんだが、修行中はそこで暮らしてもらうことになるな」
オズワルドの答えはアレシャの心配ズバリだった。ペトラの方に視線を向けると、ペトラも頷いていた。ペトラにはその覚悟はできているようだった。
「どうして、急にそう決めたの?」
「急じゃないわ。強くならなきゃとは前からずっと考えてたのよ。そんなとき、オズワルドさんが短剣っていう前線での戦闘に向いていない武器であれほどの一撃を放ったのを見て、この人に戦いを教えて欲しいって思ったの」
「で、でも、助け合いだってセイフさんも言ってたし、別にペトラが無理しなくても……」
「それが助け合いじゃなくて、助けられてばかりになってるのよ。はっきり言って、今のあたしはパーティの足手まといになってるわ」
「でも……」
『待て、アレシャ』
なおも食い下がるアレシャをダレイオスが引き留めた。そして優しく諭すように語りかける。
『お前がペトラと別れたくないのは分かる。だが、それはあいつも同じだ。それでもあいつは強くなると決めたんだ。その覚悟を受け入れるのも友人の務めじゃないのか?』
「覚悟……でも、」
「アレシャ、なんで他の三人より先にこの話をするのか分かる?」
ペトラのいきなりの問いかけにアレシャは戸惑いつつも考える。その答えが出る前にペトラが続ける。
「あたしも、実はちょっと迷ってるのよ。みんなと一緒に旅をするのは楽しいんだもの。だから、アレシャに最初に聞いて貰おうと思ったの。アレシャが背中を押してくれたら、あたしも頑張れると思うから。だから、お願い」
ペトラがそう言って頭を下げた。そう言われてしまっては、もはやアレシャには言葉を返すことはできない。しかし、ダレイオスの言う通り、覚悟を決めた親友を後押ししてやることが自分の務めだと自覚する。だから、アレシャはペトラへ向けて力強く頷きを返した。だが、悲しいものは悲しいのだ。アレシャはそのまま泣き出してしまう。ペトラは「しょうが無いわね」と呟いてアレシャの隣に座り直し、彼女の頭を優しく抱きしめた。




