45 歴史学者オズワルド
「お待たせ、アレシャちゃん。遅くなっ……どうしたの?」
「うぇへ、えへへへへ……」
約束通り商会にやってきたヴェロニカとメリッサが目撃したのは、全く締まりのない顔で気味の悪い笑い声をあげているアレシャだった。
「アレシャ、お待たせー……何あれ?」
「えへへ、えへ、うえっへっ!」
「何噎せてんのよ……」
丁度ペトラとヘルマンもタイミング良くやってきたが、アレシャに気味悪げな視線を送る。とりあえずこいつをなんとかしなければと思い、ペトラが頭にチョップをくらわせた。アレシャは「うぐっ」という声を漏らし、ようやく四人の存在に気づいたようだ。
「あ、四人とも来たんだ。お疲れ様です」
「お疲れなのはいいけど、何かいいことあったんでしょ?何なのよ」
ペトラの問いにアレシャの顔がまた緩み始めたので、もう一度チョップをくらわせた。割と強めのチョップに涙目になったアレシャの頭をメリッサが撫でる。もうこれ以上どつかれたくないのでアレシャは先ほどセイフから受け取った封筒をペトラへ手渡した。その中身を確認した四人は納得する。
「ああ、昇格の話ね……。喜ばしいことね」
「だが、Bランクか。どう考えてもSランクレベルだろこいつは。こいつというかダレイオスがだが」
「むしろ、こんな小さいことでもそこまで喜んじゃえるアレシャちゃんが愛しいですね」
「小さいって、まだCランクのあたしに対するあてつけ?」
皆が思い思いの反応を返したところで、アレシャは封筒を取り返して頬を膨らませる。
「Bランクでいいの!こういうコツコツ頑張るっていうほうが冒険者らしいし!」
「冒険者らしいって……まあ、それがむしろアレシャらしいわね」
ペトラが呆れながらも納得する。無事アレシャの不気味な笑い声事件が解決したところで、セイフが五人の元へやってきた。
「ちょっといいか?後で今回の件に関する報告を含めた会議があるんだが、それにお前達五人には出席してほしいんだ。今回の『黄金の魔物』と、これまでに出現した二体の『七色の魔物』との間に何か関係があるかもしれないからな。お前達の持つ情報は貴重だ」
「なるほどね。私たちとしても一度情報を整理するいい機会だし、ぜひ参加させて貰うわ」
「そうか、助かる。今、ランドルフ商会長がこっちに向かっているそうだ。明日の夜には到着するらしい。会議はそれからになるから、それまではこの街でゆっくりしていってくれ。住民の避難も解除されたから、直に街にも活気が戻るだろう」
セイフはそう残し、商会の職員を連れて奥の部屋へ引っ込んでいった。先ほどの隊の指揮を執っていたということで、色々仕事があるのだろう。なので面倒くさそうな仕事は有り難くセイフに押しつけさせてもらい、残された五人は今後の予定について話しあう。
「じゃあ、寝ましょうか」
「「「「賛成」」」」
話し合いは終わった。
五人が目を覚ましたのは丁度日が昇るころだった。眠りについたのが夜が明けてからだったので、ほぼ丸一日眠っていた。商会の一室での雑魚寝だったというのにそれはもうグッスリだった。おかげで全員身体がバキバキである。関節をさすりながら五人は商会を出ると、通りは昨日とは比べものにならないほど大勢の人が行き交っていた。寝ている間に避難していた人々が戻ってきていたらしい。
「へえー、以外と賑わってるね。街に入るのに制限があるから、もっと静かな街だと思ってたよ」
「アリア教徒なら簡単なチェックだけで入れるのよ。だからここにいる人もアリア教徒がほんどでしょうね」
ヴェロニカの解説に「へー」と返しながら、アレシャは辺りを眺めつつ通りを歩いて行く。ガザの宿には大した荷物は置いていないので、この街でも別に宿をとることにした。近くにあった良さげな宿の受付をすませて荷物だけを預ける。
「さて、それじゃあ目的の人を探しましょうか。ダレイオスちゃんのことを聞くつもりなんんでしょ?」
「目的……あ、そうだった。確か、オズワルドっていう歴史学者の人がいるって話だったね」
『お前が目的を忘れていることにもう驚きはしないが、その男はどこにいるんだ?』
ダレイオスが尋ねるが、アレシャもこの街にいるということしかしらない。というわけで聞き込みをしようとしたその時、誰かがアレシャの肩を叩いた。振り返ると、白髪まじりの髪を短く切りそろえ、シャツに半ズボンという極めてラフな格好をした男がそこに立っていた。しかし、その顔には見覚えがある。というより昨日会った。そこにいたのは『剣帝ネルウァ』に間違いなかった。
「アレシャちゃん、であってるな?元気そうで何よりだ」
「あ、ネルウァさん!昨日ぶりです!何かご用ですか?」
「ん、いや、昨日は時間がなかったからな。どこかで話でもできないかと思ったんだが……何か用事があったか?」
「いえ、人を探している途中でして。あ、そうだ。ネルウァさんってこの街に住んでるんですよね?だったら、オズワルドっていう歴史学者をご存じないですか?」
それを聞いたネルウァは驚きの表情を見せた。
「オズワルドか。よく知っているぞ」
「ほんとですか!どこにいるんですか?」
「目の前だ」
ネルウァはそう言って自分を指さした。今度はアレシャが驚きの表情を見せる。
「え、じゃあネルウァってのは偽名?」
「いえ、初代から受け継がれる称号みたいなものよ。でも、本名がオズワルドっていうのは知らなかったわ」
ペトラの疑問にヴェロニカが答えるが、ヴェロニカも驚いているようだった。全員が目を丸くしていると、ネルウァ改めオズワルドが愉快そうに笑う。
「長い間ネルウァとばかり呼ばれていたからな。知らないのも当然だろう。さて、となると儂に何か話があるということでいいんだな?それじゃあ儂の家に来るといい」
オズワルドの誘いを快く受け、五人は彼の案内について行く。彼は中央の大通りを過ぎて街の外れの方へ向かい、やがてたどり着いたのは、手入れの行き届いた庭が印象的な一件の家屋だった。そこまで大きくはないが、木材を中心に建てられたその家は、白い石造りの建物が多いこの街では確かな存在感があった。浮いているとも言う。
「仕事がないときは庭をいじるのが好きでな。密かに自慢の庭だ。さ、入ってくれ」
「お、おじゃまします……」
アレシャはおずおずと家の中へ入り、客間らしき部屋に促され五人はソファに腰掛ける。メリッサはアレシャを膝にのせようとしたが丁重にお断りされた。最近アレシャちゃんが冷たいとメリッサが嘆く中、お茶を運んできたオズワルドがテーブルを挟んで反対側のソファに腰掛ける。
「さて、儂としてはアレクセイの昔話でもしたいんだが、まずはアレシャちゃんの話を聞こうか」
「はい。と、その前になんですけど、オズワルドさんはアリア教徒だったりします?」
「いや、儂はこれといって信仰している神はいないな。歴史を正確に知るには少しでも公平な目で見たい。それが何か関係あるのか?」
「ええ、アリア教徒の人にはちょっと話せないようなことなんですけど……」
そう前置きしてからアレシャが尋ねたのは、『英雄』の伝承が真実なのかどうかということだ。ダレイオスのことを伝えるかどうかは一旦保留にしたらしい。オズワルドは顎に手を当てて考え込む。思い当たることはないか思い返しているらしい。
「なぜそのように思ったのか気になるが、そうだな。儂はペルセポリス遺跡に行ったことがあるんだが、気になることはあった」
「気になること……どんなことですか?」
「まず、ペルセポリスは『英雄』との戦で滅んだ都市と言われているが、風化しきった遺跡に奇跡的に完全な形で残っていた王宮の門があった。それは侵入者を拒んだような跡すらみられない綺麗な状態だったのだ。アレクサンドリア軍が王宮に攻め込んだのなら、それは不自然だろう?それに、遺跡全体でも時間による風化以外に人為的な破壊の跡らしきものは見当たらなかった」
人為的な破壊がされていない。当然だ、とダレイオスは思った。ペルセポリスは攻め込まれることなく禁術で滅んだのだから。
「他には?」
「後は……『英雄』の宝剣が未だ見つかっていないことだな。先日のペルセポリス遺跡の調査は数多くの遺物が発見されたが、『英雄』が『魔王』を討った宝剣は見つけられなかった。伝承の通りならペルセポリス王宮の王の間にあるはずなんだが、影も形もない。そういう意味では伝承が偽りだと言えるかもしれんな」
それも当然だ。『英雄』はペルセポリスを訪れてすらいないのだから。有益な情報は得られなかったか、とダレイオスは肩を落とす。
「えっと、もう他にないですか?」
「『英雄』の伝承となると他に思い至らんな。他に気になったとことといえば、ペルセポリスの王宮の構造が妙だったことくらいだな」
『妙だと?』
ダレイオスがすぐさま反応する。それをアレシャが代わりに尋ねた。
「妙っていうのは具体的にどういう?」
「ああ。それなりに綺麗に形を残しているペルセポリスの王宮だが、とある場所の階段の先がないんだよ。登り切ったらそのまま王宮の外へ真っ逆さまって具合だ。あそこに高台でも作ってりゃ周囲を良く見渡せる見張り台になると思うんだがな」
「階段の先がない?そんな妙な構造の王宮を建てた覚えは無いぞ」
『えっ、ちょ!ダレイオスさん!』
アレシャと勝手に交代してダレイオスの人格が表に出てきてしまう。いきなり変わった少女の雰囲気に、オズワルドは少し戸惑いを見せた。
「どう、したんんだ?妙な事を口走っているが」
「アレシャ、こいつに私のことを伝えても良いか?どうせ後で言うつもりなら、正体を明かして私が直接話を聞いた方が早いだろう」
『それはそうだけど……ま、いいか』
アレシャの了解を得て、ダレイオスは名乗る。そうです、私が『魔王』です。という具合だ。簡潔に事情だけを話すと、オズワルドは大きくため息をついた。なぜ自分の事を話すと誰もがため息をつくのだろう、とダレイオスは首をかしげた。




