42 出撃の朝
夜が明けた。四時間ほどだったが仮眠をとることができたアレシャたちは、気合いを入れ直して準備する。
「で、リアクションをとってくれるという事だったが、まだか」
「ああ、なんか一晩たったら頭が結構整理されちゃったから。ちょっとリアクションは厳しいわね」
「……そうか」
あからさまに残念そうな顔をしたダレイオスの頭をメリッサがなでる。
「大丈夫ですよー、ダレイオスちゃん。別に私たちにアリア教徒はいないし、『魔王』だからって別になんとも思わないですから」
「そうだな。衝撃こそ大きかったが、俺はむしろ納得できることの方が多かったからな」
「ま、今までと何も変わらないってことでいいじゃない。ね、ダレイオスちゃん」
「……まあ、そうだな。アレシャにとってもそれがいいだろうしな。……ダレイオスちゃん?」
ダレイオスは彼女らの言葉に違和感を覚えるが、今はそれを気にしている場合ではない。準備を終えた一同は商会のロビーに行く。職員達はなおも忙しそうに走り回っていた。必要な連絡を終えた後でも、街の再建計画などやることは色々あるのだ。ヴェロニカの姿を見つけた職員の一人が駆けよってくる。
「どうも、体調はいかがですか?」
「ええ、おかげさまで好調よ」
「そうですか、それは何よりです。それではこちらに。つい先ほど応援の冒険者の皆さんが到着されました」
職人に連れられ、会議室のような場所に通される。応援の冒険者と元からガザの街にいた戦力になる冒険者たち、あわせて二十人ほどの冒険者がそこに集まっていた。その中の一人がヴェロニカに向かって手を振った。
「よお、少しぶりだな。こんな非常事態以外で会いたかったものだがな」
「あら、セイフじゃない。あなたが応援のAランク冒険者だったのね」
以前、セインツ・シルヴィアとベータ王国についての情報を与えてくれた人物だ。彼とそのパーティの面々がアレシャたちへ手を振っていた。ガザへ行くなら気をつけろとアドバイスをくれたが、思いっきり巻き込まれてしまった。
「そういや、もう一人Aランクの人が来てくれるって聞いてましたけど、どの方ですか?」
アレシャがそう言って見回すと、褐色の肌に短髪の若い男が小さく手を上げた。
「俺がそれだ。ブケファロスという、よろしくな」
「ブケファロス……。ああ!最近新聞でもよく見る『覇撃』のブケファロス!ほええ……アレシャです、よろしくお願いします」
それに続いてその場の全員が挨拶をしていく。無事顔合わせを終えたところで商会の職員が説明を始める。
「皆さんにはこれからセインツ・シルヴィアへ向かっていただきます。全員分の立ち入り許可はすでに得ていますのでご安心を。人数分の馬を用意しましたのでそれを使えば一日ほどで到着するかと。『黄金の魔物』が目的地に到着するのは今日の夜中と予想されています。こちらの到着はそれには間に合わないかもしれませんが、セインツ・シルヴィアの戦力はかなりのものなので、みなさんの到着までは持ちこたえることができるでしょう」
「アルマスラ帝国軍はどう動くんだ?」
「この街の帝国軍はここに残って復興支援やこの街の防衛に努めるとのことです。ベータ王国の追撃がないとも限らないから、と。ですが、セインツ・シルヴィアにいる帝国軍は『黄金の魔物』の迎撃に参加するとのことです」
警戒をしていたにもかかわらず襲撃を許してしまったアルマスラ帝国軍に期待はあまりできないとセイフは思う。結局のところ、彼らは自分たちの国とベータ王国との間に明らかな力の差がある中で本当に攻めてくるとは思っていなかったのだろう。実際、この重要な場所に置いている戦力も大したものではなかった。助力をしてくれるなら有り難く受け取るが、あくまで自分たちで作戦を展開すべきだと考える。
「それと今回の隊の指揮はAランク冒険者『輝剣』のセイフに任せるとの商会長からの通達です。よろしくお願いします」
「了解、任された。なら、早速出発するか?」
「そうね、できるだけ急いだ方がいいわ」
「よし!それじゃ、出発するぞ!」
セイフの号令に全員が立ち上がり、商会から駆けだしていく。日が昇ったことで半壊した街の惨状がはっきりしてきていた。街の端は被害を免れたようだが、中心街の建物の多くは無残にも瓦礫の山と化していた。商会の建物が被害を免れたのは幸運なだけだったようだ。
それを見た冒険者たちは『黄金の魔物』を討伐するという決意を新たにし、セイフに連れられて馬の繋がれている場所に行き、順にそれにまたがっていく。
「目指すはセインツ・シルヴィア!行くぞ!」
「「「おうっ!」」」
力強い声と共に馬に蹴りをいれ、一行は一気に駆けだした。目的地に到着するのは明日の明け方になる。セインツ・シルヴィアまでの街道は『黄金の魔物』によって踏み荒らされていたが、馬で駆け抜けるには問題ない。途中で馬を交換しつつ休憩を交え、道を急ぐ。
日が完全に暮れ、アレシャが乗馬による股ずれが心底つらくなってきた頃、セイフの懐が赤く光った。商会からの通信だ。片手で手綱を握りつつカードを取り出す。
「どうした」
『今、セインツ・シルヴィアから連絡が入りました。『黄金の魔物』の姿をとらえたそうです。これから足止めに向かうと』
「了解した」
ついに『黄金の魔物』との戦闘が始まった。彼らが持ちこたえている間に到着しなければならない。セイフが更にスピードをあげようと思ったが、馬にも人間にも疲労が溜まり始めていた。目的地まで一気に駆け抜けるために、一旦休憩をいれることにしたセイフは水辺で止まるように指示した。
冒険者が馬といっしょに水で乾きを潤していると、アレシャがセイフに尋ねる。
「そういえば、セインツ・シルヴィアにはSランク冒険者の人がいるらしいですけど、どんな人なんですか?」
「ん?ああ。俺も知らなかったんだが、どうやらセインツ・シルヴィアには五剣帝の一人、ネルウァが滞在……というか住んでいるらしい」
「ええ!マジですか!ものすごい大物じゃないですか!」
アレシャが驚く。商会長のランドルフや『魔王』のダレイオスの方が大物なのだがそんなことは知らない。ダレイオスは聞き慣れない言葉に内心首をかしげる。
『五剣帝……?そんなに大物なのか』
「えっと、五剣帝ってのは千四百年前ぐらいにいた剣の達人たちのことなんだけど、その弟子とかにその名は受け継がれていってるんだって。で、ネルウァっていうのがその剣帝の一人ってわけ」
『ほう、それは凄そうだな。アレクサンドロスを見ていた私は剣にはうるさいが、少し楽しみだな』
剣帝という巨大な戦力がいると知り、アレシャは気合いを入れ直して駆け抜ける。真っ暗だった空は少しずつ色が薄まっていき、夜明けが迫っているのを感じさせていた。そのとき、メリッサが手を上げた。
「セイフさん!『黄金の魔物』の気配、見つけました!もうすぐそこです!」
「よし、わかった!一気に駆け抜けるぞ!」
馬の腹に蹴りを入れ、全速力で走る。
そして、発見した。セインツ・シルヴィアの巨大な壁に迫る、更に巨大な影。昇り初めてた朝日を受け、禍々しく輝く黄金の身体。決戦の火蓋が今切られようとしていた。




