41 束の間の休息
ガザの街の商会にて。
商会の職員達は誰もが忙しそうに走り回っていた。商会本部へ、セインツ・シルヴィアへ、アルマスラ帝国首都へ、連絡しなければならないところはたくさんあるのだ。いつ来ても商会は忙しそうにしているなあ、と思いつつアレシャはそれを眺める。これまでの忙しそうにしている原因の多くにアレシャたちが関わっていることには気づいていない。
だが、そんな中一つだけ動かない者がいた。縛られて身動きがとれないマルタンだ。その男をダレイオスたち五人が取り囲む。尋問はこの五人に任されたのだ。ダレイオスとヴェロニカとメリッサの三人は魔力の回復を促す薬を撃ちながら地面に転がされているマルタンを見下ろす。
「さて、私はてっきりお前が『黄金の魔物』を操って自作自演をしていたのだと思っていたのだが、これはいったいどういう状況なんだ?」
「…………」
「だんまり、か。ベータ王国の騎士だとお前は言っていたが、お前の行動は王国からの指示か?まあ、どちらにしろお前の身柄はベータ王国に引き渡さなきゃあならんな」
ダレイオスの言葉にマルタンが反応し、懇願する。
「待て、それは待ってくれ!国に戻ったら殺される!」
「……そうは言うが、こっちも時間がないんだ。情報を引き出せないなら、お前は邪魔なだけなんだよ」
「わ、わかった。話す。だからそれは止めてくれ。私を守ってくれ!」
マルタンはそこであっさりと口を割った。仕事を失敗したことで粛正されるのを恐れているらしい。一つ大きく息をはいてからマルタンは話し始めた。
「私の名はマルタン。ベータ王国の騎士団の部隊長をしている。私は騎士団の副団長から直々の命を受け、この街へやってきた。街に入るための身分証は偽装した。ベータ王国の者だと知れれば入ることはできないからだ」
「その命令というのはなんなのかしら」
「……『黄金の魔物』にガザの街を襲わせ、街の人々の心を揺さぶることだ。私が攻撃を加えれば『黄金の魔物』は必ず倒れると聞かされていた。その後、私が『英雄』信仰を利用してアリア教徒にアルマスラ帝国への疑念を抱かせることが目的だと聞いている。その隙を狙って聖地を得る作戦らしい」
語られたのは大方予想通りのものだった。『黄金の魔物』の襲来は仕組まれたものだったのだ。ヘルマンが更に質問を加える。
「副団長からの命令だと言っていたが、それは元はどれくらい上からの命令なんだ?騎士団長か、それとも王か?」
「よく知らない。だが、成功すれば王はお喜びになると言っていた。だからこそ、このまま国に戻れば殺されるかもしれない。今、ベータ王国の王権は非常に強い。私が役立たずだと王が判断すればそれで終わりだ!現にそうして処刑された人間は何人もいる」
そうして、マルタンは再び息をはいた。一通り話し終えたようだが、聞きたいことはまだまだある。
「『黄金の魔物』の出所はどこなんですか?」
「いや、知らない。心当たりすらない。私もあれを見たときは驚いた」
「……そう言えば、私たちが戦ってるときに横から攻撃をかましてくれたのはあなただったりしますか?」
「ああ、そうだ。お前ら、いたいたいたいたい!」
「ちょ、ちょっとメリッサちゃん落ち着いて……」
マルタンの頬をつねり上げるメリッサをヴェロニカが止める。マルタンの頬が引きちぎろうとする勢いだったが、頬がなくては話すことも話せなくなる。弓を扱う彼女の指の力は相当なものだったようで、マルタンの頬に指の跡が残っていた。
ダレイオスが話を元に戻す。
「気になるのは、『黄金の魔物』が今どういう状況になっているのかということだ。なぜあいつはお前らのコントロールを離れたんだ?ヤツは何故セインツ・シルヴィアへ向かっている」
「し、知らない!私も何がなんだか……」
「まあ、そうだろうな。期待はしていなかった」
ダレイオスがため息をつく。そうなると引き出せる情報はもうなさそうだった。そのとき、ダレイオスの懐が赤く光った。何事かと探ってみると光っていたのはアレシャがランドルフから貰ったカードだった。そこに小さな魔法陣が浮かんでいた。
『これ、たぶん通信魔法陣だよ。ランドルフおじさんからの通信だと思う。代わって代わって』
アレシャが取り出したカードの魔法陣に触れると魔法陣が反応し、次いでランドルフの声が聞こえ始める。
『よお、アレシャ。久しぶりだな』
「久しぶり、ランドルフおじさん!って言ってる場合じゃないけど……」
『ああ、またとんでもないタイミングだったな。ファーティマの件の手紙も受け取ったが、お前ほんとになんか憑いてんじゃねえか?……いや、憑いてたな。って言ってる場合じゃねえ。これからのことについて連絡しようと思ってな』
誰もが神妙な顔つきになる。切り替えは速い面々だ。
「まず『黄金の魔物』だが、すでにセインツ・シルヴィアに連絡は行っている。幸いヤツのスピードは遅い。到着するのは明日の夜になると思われる。こちらに準備する時間は十分にあるわけだ。それにセインツ・シルヴィアには、とあるSランクの冒険者がいる。こちらの到着までは十分持ちこたえてくれるだろう」
「Sランク……ほへぇ……。それで、準備ってのは何をしたらいいの?」
「ガザ近くの商会に連絡を取ったんだが、戦闘に特化したBランク冒険者十人とAランク冒険者二人を捕まえることができた。そいつらが今、ガザへ向かっている。お前らはそれと合流したらすぐにセインツ・シルヴィアへ向かえ。そのころまでには魔力の回復もできているだろう」
ランドルフの指示に全員が了解の声を返す。そこでヘルマンが挙手をする。ランドルフには音声しか聞こていないので意味はないのだが。
「会長、少しよろしいでしょうか」
『お前は、ヘルマンだったな。俺のことはランドルフさんで構わねえぞ。で、なんだ』
「ランドルフさんは、『魔神術式』という禁術をご存じですか?」
『!そうか……お前は知っているようだな。なら、余計な口外はするなよ。話すなら信用できる人間だけにしておけ』
「わかりました。心に留めておきます」
『おう、そうしてくれ。他にはなんかないか?』
ランドルフがそう聞くと、全員が首を横に振った。ランドルフには音声しか聞こえていないので意味はないのだが。
だが、それでも彼は質問がないと察したようで、話を続ける。
『本当は俺も援護に向かいてえんだが、商会長ってのもそんなに身軽じゃないんだ。お前達に何とかして貰うしかない。何かあったらまた連絡する。よろしく頼んだぞ』
そう言葉を残して魔法陣が閉じた。商会長直々にとんできた指示によって、これからの指針は定まった。ひとまずは応援が到着するまで体を休めることが与えられた仕事である。用もなくなったマルタンの身柄を商会の職員に預け、商会が用意してくれた部屋で五人は仮眠をとることにした。だが、眠る前に一度集まる。
「さて、じゃあ話をしなければならない人が二人ほどいるわけだけど。どっちから話す?」
ヴェロニカがヘルマンとアレシャに視線を向ける。先に挙手したのはヘルマンだ。
「俺から話そう。三つの宗教で聖地を分け合うことができない理由だが、そこに関わってくるのが、さっき言った『魔神術式』だ」
『魔神術式』という言葉に心当たりのない面々は首をかしげるが、アレシャはそれについて知っているようだった。
「『魔神術式』の名前が出てくるってことは、やっぱり聖地に隠された秘密って本当だったんですか?」
「お前がなぜその名前を知っているのかしらんが、本当だ。『魔神術式』は攻撃魔法としては究極の威力を持つと言われる禁術だ。『冥界術式』とは違う、直接的な破壊をもたらす。それが聖地に眠っている」
「セインツ・シルヴィアに!?なんでそんなものがあるのよ!」
ペトラが驚きの声をあげ、アレシャはやっぱりという顔をしていた。アレシャは以前、好奇心のままに図書館で本を読み漁っていたことがあったのだが、その中の一冊にそのようなことが書いてあったのだ。聖地に隠された秘密、というわくわくさせるワードがアレシャの感性を刺激し、それを今まで覚えていたようだ。最も、よくある作り話だと思っていたので事実であるということに驚いてはいたが。
そこでヴェロニカが一つ尋ねる。
「ランドルフさんの話じゃ公にされていないみたいな感じだったけど、ヘルマンさんはどうしてそれを知っているのかしら?」
「アレシャには話したんだが、俺はムセイオンで禁術の研究をしていたんですよ。その過程で『魔神術式』を知ることになったんですが、調べている内に一つの事に気づいたんです」
そう言ってヘルマンが懐から二枚の紙を取り出す。
「こっちに書かれているのがセインツ・シルヴィアの簡単な地図。そしてこっちに書かれているのが『魔神術式』の魔法陣を簡略化したもの。分かるだろう?」
「あっ、これって……!」
『似ているな。不自然なほどに似ている』
誰もが気づいた。複雑に入り組んだ街の道が魔法陣を形作っていたのだ。
「これは、もしかしなくても街そのものが巨大な魔法陣になってるってことよね……」
「ああ、ランドルフさんの反応からも間違いないだろう。言ってしまえば強力な兵器だ。使う使わないはともかくとしても、他の国に持たせておきたくはないと思うのも当然だろう。そしてその独占を狙うのもまた当然のことだ」
聖地に隠されたあまりにも物騒な代物にアレシャ達は困惑しつつも納得する。もし聖地を三つの宗教で分け合えば、魔法陣が三つに分けられることになり、『魔神術式』の発動が行えなくなってしまう。だから、ペトラの言ったことが叶うことはないのだ。聖地の謎が語られたところで気になってくるのは、そこへ真っ直ぐに向かう『黄金の魔物』の存在だ。
「『黄金の魔物』がセインツ・シルヴィアに向かってるのは、魔物を操る何者かがその禁術を得るためってこと?」
「あるいは、アルマスラ帝国に禁術を持たせておくくらいなら街ごと破壊してやると思ったか。そのどちらかでしょうね」
五人は腕を組んで唸る。しかし、『黄金の魔物』の出所が全く分からない以上、考えても答えは出なかった。深い考察は今するべきではないと判断し、全員の視線がアレシャに移った。次はお前の番だと視線が言っていた。
「さてさて、アレシャちゃんの話を聞かせてもらいましょうか!さあ、私に全てさらけ出していいんですよ!」
「わ、わかった……じゃあ、本人から説明して貰おうかな」
『ん、私に丸投げするのか。まあいいだろう』
代わって顔つきがキリッとした少女が口を開き、「初めまして、ダレイオスです」という極めて衝撃的な挨拶から話を始めた。始めに一発かましたせいで終始口をあんぐりと開けながら話を聞いていたヴェロニカ、ヘルマン、メリッサの三人は、ダレイオスが一通り話し終えた後、大きくため息をついて額に手をあてながらベッドへと潜り込んでいった。
驚愕なり困惑なりの何かしらの反応が返ってくると思っていたダレイオスが逆に困惑してしまう。
「ん、あれ。思っていたのと反応が違うんだが?『びっくり!』とか『私を騙してたのね!』とか『『魔王』様素敵、抱いて!』とかそういうのはないのか!」
「なんか、急に疲れたから今は寝かせて頂戴。リアクションなら明日の朝にでもとってあげるから」
ヴェロニカはそう言い残し、完全に寝る体勢に入ってしまった。ヘルマンとメリッサも同様である。少しすると寝息が聞こえ始めた。マジ寝であった。
膝を抱えてしまった『魔王』の肩をペトラがポンと叩く。
「……『魔王』ってこんなにぞんざいな扱いを受けるものなのかしらね。まあ、元気出しなさいよ」
『ダレイオスさん、ファイト!』
「ああ、なんか……なんだかなあ……」
彼らもまたため息をついてベッドへと潜り込んでいった。




