40 事態は転がる
マルタンと名乗った男は軽装の鎧を纏い、倒れた『黄金の魔物』の上に立っていた。体をなんとか起こしたダレイオスは痛む体を引きずりながらヴェロニカとメリッサの元に向かう。
「アレシャちゃん、とりあえず無事みたいね。よかったわ」
「ああ、そっちも無事そうでなによりだ」
「そ、それより、あれって何が起こったんですか?」
メリッサの言葉で三人は突然現れた男の方へ視線をむける。マルタンは黙っていた。街の人々の注意が向けられるのを待っているらしい。そして、再び声を張り上げた。
「お前達は神の怒りをかった!この街を襲った魔物こそがその証拠だ!お前達の中にもこれが何なのか知る者がいるはずだ!」
人々のざわめきが聞こえる。どうやらこれが『黄金の魔物』であると気づいたらしい。
「神聖なるこの地に魔物が現れることなど、本来ならあり得るはずがない!ならなぜか!お前達の信じるアリア神は平等を重んじる神のはずだ。しかし、この地はアリア教国家アルマスラ帝国に占有され、我々テオ教徒やグラン教徒への利権は皆無だ!それはお前達の神への背信に他ならない!」
人々のざわめきが大きくなるが、ダレイオスはつい「はあ?」と呟いてしまった。マルタンの言っていることの意味が理解できなかったのだ。
「あいつは何を言っているんだ?私には難癖をつけて土地の利権を得ようとしているようにしか聞こえないんだが」
『いや、そうとも限らないんじゃないかな。ただ強いだけの魔物が襲ってきただけなら難癖って言えるかもしれないけど、『黄金の魔物』なら話は別だと思う』
アレシャがそう言うが、やはりダレイオスはよくわからないという顔をしているので、ヴェロニカが代わりに説明してくれた。
「『英雄』信仰って聞いたことないかしら?アレシャちゃんならてっきり知っているものだと思ったのだけれど。アリア教の源流はグラン教だけれど、その平等の理念は『英雄』アレクサンドロスが、敵対していた『魔王』ダレイオスの支配下にあった民にも等しく寵愛を与えたことからきているのよ。『英雄』も大いなる預言者として信仰の対象になっているわ。だから、『英雄』の伝承にも神罰の象徴として登場する『黄金の魔物』の存在は効果的じゃないかしら」
『英雄』の名前が登場し、ダレイオスの顔が険しいものに変わる。『英雄』と『魔王』の話が社会に思ったより根深く存在しているのは彼にとってさすがに面白いことではなかった。それでマルタンの主張の根拠は理解できたが、納得はまるでできていない。マルタンの演説はまだ続く。
「『黄金の魔物』はこのマルタンが討ち取った。しかし、神の怒りを静めぬ限りまた現れるだろう!ならば、お前達の選ぶ道はなんだ!」
人々のどよめきは止まない。ダレイオスらには薄っぺらいものにしか聞こえない。信徒も心からその言葉を信じているわけではないだろう。だが、その心は確かに揺さぶられていた。そのとき、ダレイオスは何かを呼ぶ声が近づいてきているのを感じた。ペトラの声に違いなかった。
「みんな、無事!?いや、無事じゃないじゃない!ボロボロじゃない!」
「治療できないのか?魔力切れか!今手当をする!」
ペトラとヘルマンが急いで駆けより、ヘルマンが魔術で三人に応急手当をしてくれる。間に合わせの治療であったが、要所が癒えたことで十分に動けるまでには回復した。
「ありがとう、もう大丈夫よ。十分歩けるわ。それより、あの男の演説なんだけど……」
「あれ、ね。アリア教の人たちは結構揺さぶられているみたいよ。まあ、一応筋は通っているような気がしなくもないからね……。あいつの言う通り聖地を三つの宗教で分け合えばいいんじゃないの?」
「……いや、それは無理だな」
ペトラの素直な疑問をヘルマンは首をふって否定した。誰もが不思議そうな顔をしてヘルマンの方を見る。ペトラの案は中々難しいものではあるが、無理だとバッサリ否定するまでの理由はないように思えたからだ。アレシャだけは『まさか……』と呟く。回答を求める視線を受け、ヘルマンは口を開く。そして雄叫びが上がった。
『な、なに!?今のヘルマンさんの声!?』
「そんなわけがないだろう!今のは『黄金の魔物』の雄叫びだ!」
ダレイオスの声で全員がマルタンが演説していた方へ視線を向けると、ピクリとも動かなかった『黄金の魔物』がゆっくりと体を起こし始めていたのだ。あの程度の攻撃で『黄金の魔物』が倒れるはずがない。ダレイオスは完全にそれを失念していた。だが妙だったのは黄金の魔物の上に立っていたマルタンも戸惑っていたことだった。
「なんだ、なぜ動き始めたんだ!?これでは話が違うでは無いか!」
マルタンはそうわめくが、起き上がった魔物に振り落とされて地面に落ちる。次いで街の人々の悲鳴が上がった。
「おい、話は後だ!急いで戻るぞ!街の人が危ない!」
「わ、わかった!でも三人はまともに戦えないんだから無理しないでよね!」
ダレイオスはペトラの心配にとりあえず頷き、駆けだした。四人もその後に続く。復活した『黄金の魔物』は再び街を破壊しにかかるかと思われたが、どうやら違うようだ。魔物は街や人間には目もくれず、何か目指すところがあるかのようにゆっくりと、だが一直線に歩いて行った。魔物が向かうその方向を見て誰もが息をのんだ。
方角は東。その先にあるのは聖地『セインツ・シルヴィア』に他ならなかった。街にいた冒険者たちがそれを止めようと攻撃するがダレイオスですら止められなかったものを止められるはずがない。魔物はガザの街の外壁を破壊し、東へと歩みを進めていった。ダレイオスが走るが、怪我をした身体では魔物の歩行スピードには追いつけなかった。魔物はガザを離れ、すでに日の沈んでしまった夜の闇の中に消えていった。ダレイオスは拳を近くの壁に叩きつけた。
「くそ、みすみす見逃すことになるとは……」
「仕方ないでしょ。こうなったらとにかく今はできる対策をしなくちゃ。まずは商会に行きましょう」
「いや、待て。それよりあのマルタンという男を捕らえるべきだ。話を聞かねばならない。ヴェロニカとメリッサは先に商会へ行ってくれ。ペトラとヘルマンは一緒に来てくれ。行くぞ!」
「あ、ちょっと!」
ダレイオスは自分で段取りを決め、ヴェロニカの制止も聞かずに駆けだした。だが、確かにマルタンの確保は最優先事項だ。さっきまでペトラとヘルマンも急いでダレイオスの後を追い、マルタンが演説していた場所に急ぐ。その場所にその男はいた。丁度混乱に乗じて逃げようとしていたところのようだった。
「お前がマルタンだな。これだけの混乱を引き起こしておいて逃げられると思っているのか?」
その背にダレイオスの威圧するような声が届き、マルタンはビクリと身体を震わせ、ゆっくりと振り返る。そこに立っていた二人の少女と一人の男に動揺を抑えつつ言葉を返す。
「な、なんだお前らは……。何を言ってるのか分からんな。私はベータ王国の騎士として魔物を討伐しただけだ。ただ、敵を甘くみていたようで討ち損ねてしまったが。申し訳ない」
「そうだな。だが、謝罪の言葉は街の人々にするべきだな。そのためにも一緒に来てもらおうか」
「ああ。そうだな。そうさせて貰おう」
ダレイオスが差し出した手をマルタンが握ろうとする。だが、マルタンの手はそれを素通りし、ダレイオスの顔の前に突き出された。刹那、その手からまばゆい光が放たれ、ダレイオスたちの視界を奪おうとする。だが、ダレイオスは冷静だった。
「何かしらの抵抗はしてくると思ったが、とんだ子供だましだな」
「なんだと!?ぐああっ!」
マルタンはダレイオスに首を掴まれ、地面に引きずり倒された。マルタンが手をかざしたそのとき、すでにダレイオスは姿勢を低くしてマルタンに接近していたのだ。魔力が切れ、手負いの状態であっても、反撃を想定していなかった相手に遅れをとるような男ではなかった。
「さあ、首をへし折られたくはないだろう?大人しく私たちに従うんだな。ペトラ、こいつを拘束できないか?」
「あ、うん。ちょっと待ってて、縄持ってくるから!」
『……ダレイオスさんが『魔王』だって久しぶりに実感した気がするよ』
簀巻きにしたマルタンをかかえてダレイオスたちは商会へと向かった。




