39 黄金の魔物
海から現れた魔物は巨大な牛のような姿をしていた。神々しくも禍々しい存在感を放っているそれは明らかに攻撃的な眼差しでガザの街を見据えていた。そこら中から悲鳴があがり、人々はパニックを起こしながら海から離れるように走り出す。
『えっ、ええええええええっ!『黄金の魔物』ってあのあれですか!『七色の魔物』の並んで語られるあの!』
「ああ。ここからは私に任せて貰おう」
『ああ、それはもう。あれ、いつの間にか交代してるし』
ダレイオスは魔物の出現に呆気にとられているメリッサたちに声をかける。
「おい、あれと戦う気のあるヤツはいるか?」
「え!?アレシャちゃん、あれと戦う気なの!?」
その発言にメリッサが驚くが、他の三人はこいつなら当然そう言うと思ったというような顔をしていた。
「わかったわ。なら、私も行かないとね。ここで戦わないいと何のためのAランク冒険者って感じだし」
「ヴェロニカさんがいくなら俺も行こう。攻撃力はあまりないが、援護くらいならできるはずだ」
ヴェロニカとヘルマンがそう返す。だが、ペトラとメリッサは悩んでいるようだ。
「あたしは、ちょっとというかかなり自信ないわ……」
「私は戦える自信はあるけど普通に行きたくないです」
メリッサはヴェロニカがリーダー権限で連れて行くとして、さすがにペトラは連れて行けないだろう。だが、ペトラは自分だけ逃げるということに負い目を感じているらしい。そのとき、商会の方から冒険者たちが駆けてくるのが見えた。
「おい、あんたら、ちょっと手を貸してくれねえか!街の住民の避難誘導をしているんだが、人手が足りねえんだよ!」
「あ、あたしにできること……。あたし、あっちを手伝ってくる!」
「わかった、よろしく頼むわ」
「ああ、待ってくれ」
ダレイオスがペトラを引き留め、ヘルマンの方を向く。
「ヘルマン、お前もペトラについて行ってくれ。これから戦う相手に、お前の防御魔術では太刀打ちできない」
「それはどういう意味だ。何より、なぜお前はそんなことを知っている?」
ヘルマンがそう問い、ダレイオスはしまったと思った。ヴェロニカがため息をついた。
「今回は昔見たじゃ通用しないわよ。後でちゃんと説明して頂戴」
『迂闊なんだから……。でも近いうちに話そうと思ってたし、丁度いい機会かもね』
「……そうか、分かった。話すと約束しよう。だから、ヘルマンは私の言うことに従ってほしい」
ダレイオスの真剣な眼差しを受け取ったヘリオスは静かに頷き、ペトラに一声掛けて走り出した。ペトラは「気をつけて」と言葉を残して冒険者たちの応援へ向かう。それを見送ってからダレイオスたちは港へ駆け出した。
『黄金の魔物』はすでにその前足を岸にかけて街へ踏み入ろうとしている。上陸を許すわけにはいかない。対処するならば今のうちだ。ヴェロニカが先手必勝とばかりに火炎弾を放つ。直撃し炸裂するが、これといったダメージはないようだ。
「こうも攻撃の通りにくい魔物ばかり相手にしていると自分に自信がなくなってくるわね……」
「で、結局こいつって何なんですか?アレシャちゃんは知ってるみたいですけど」
「こいつは『黄金の魔物』だ。名前は知っているだろう?」
メリッサはまたしても驚きを見せるが、ヴェロニカはどこか予想していたようだった。そして相手が伝承に伝わる魔物なら気合いを入れ直さねばならないとヴェロニカは自分の顔を力一杯叩き、魔物に向き直る。魔物もまた、三人のことを見据えていた。そして、ゆっくりとした挙動で顔を持ち上げる。突如、ダレイオスが叫んだ。
「全員横に逃げろ!急げ!」
いきなりだったが、指示に従い走る。次の瞬間、凄まじい轟音と衝撃が走った。何が起きたのかとヴェロニカが周囲を見渡すと、さっきまで自分たちが立っていたところに魔物の頭が突き刺さっていた。その超重量級の一撃は港周辺の建物を瓦礫の山へと変貌させていた。それを目にしたメリッサとヴェロニカの顔が青くなる。
「な、なんですか今の!あんなにゆっくり動いてたのに!」
「あの巨大な体躯と重量から凄まじい速度の攻撃を放つ。それがヤツの戦い方だ。まともに食らえば、もれなく肉塊になれるぞ」
二人はダレイオスの解説に肝を冷やす。この攻撃がこれから何度も飛んでくると言うのだ。恐ろしいなんてものではない。加えて、今回気にしなければならないことがもう一つある。
「避けるのがどうとかいうよりも街への被害が厳しいですね。こんなの何発も打たれたら街一つなんてあっという間ですよ」
メリッサの言う通りだ。今の一撃で少なくとも海辺は見事に吹き飛んだ。たとえ撃退できたとしてもガザという重要な街を更地にするわけにはいかない。ヴェロニカがすがるようにダレイオスへ問いかける。
「アレシャちゃん、『七色の魔物』のときみたいにこいつの攻略法とかしらないの?」
「こいつの攻略法、か。頑張って殴れ。それしかない」
場が凍り付く。この巨体相手に真正面から戦うしかない、その現実に二人は頭痛がしてくる。右脳が痛い。彼女たちの本能が悲鳴をあげていた。アレシャは『ひぃぃ』という情けない声を上げるが、そんな途方にくれる暇すら与えてくれはしない。
『黄金の魔物』が雄叫びをあげ、再び攻撃をしかけようとしている。
「ガントレットがないのが不安だが、やるしかないな!『クララアルマ』!」
ダレイオスが放った光の剣は魔物の首筋に突き刺さるが、やはり効果は小さい。
「アレシャちゃん、あなたは大技の魔術で攻めて頂戴!準備の隙は私たちが作るわ!」
「わかった、よろしく頼む!」
ダレイオスは両手を構えて魔法陣の展開を始める。ヴェロニカはダレイオスの前に飛び出し、横一列に多数の魔法陣を展開した。
「こっち見なさい!『全弾発射』!」
魔法陣に魔力が込められ、赤い魔力弾が一斉に発射される。固定砲台のように次々と放たれる攻撃が魔物を襲う。炸裂する炎に晒されながらも魔物は首をゆっくりと掲げた。先ほどと同じ、頭突き攻撃がくる。その時、弓を構えていたメリッサが叫ぶ。
「ヴェロニカさん、いきます!はあっ!」
気合いのこもった声と共に、鋭く光る矢が飛んだ。魔力を込め続けて形成された矢はもはや槍とも言える大きさだった。光を纏った直線の軌道を描いて魔物の下顎に深く突き刺さる。そして激しく閃光と耳をつんざく高音を放ちながら電撃が迸った。魔物は苦しそうな声を漏らすが、攻撃を止めることはできない。そして、その角が天に掲げられた。
「まずい、来るわよ!」
「のいてろ!怒りの業火よ、我が目に映る全てを穿て!『パスパタ』!」
ダレイオスの魔法陣から燃えさかる槍が出現する。それと同時に魔物の頭が振り下ろされ、強烈な二つの攻撃がぶつかり合う。
「すごい……。あの攻撃と拮抗してます……」
「ええ、私たちも援護するわよ!」
ヴェロニカが続けて魔術で砲撃し、メリッサも弓を次々と放つ。『黄金の魔物』は巨大が故に攻撃が効きにくいが、『七色の魔物』のように攻撃を無効化することはできない。三人の攻撃は少しずつではあるが確実にその体力奪ってた。
しかし、三人の魔力も減りつつあった。魔物が耐えきれなくなるのが先か、三人の魔力が切れるのがさきか。結果はそのどちらでもなかった。
突然、三人の側方から魔術が飛ぶ。それは、魔物を狙ったものではなかった。全ての意識を魔物に集中していた三人はその攻撃を避けることができず、直撃を受けて吹き飛ばされる。攻撃の手が止まったことで抑えられていた『黄金の魔物』の一撃が迫り、港の地形を大きくえぐった。直撃こそしなかったものの、その衝撃で吹き飛んだ瓦礫の嵐が三人を襲う。瓦礫が脇腹にめり込み、苦しそうに呻き越えをあげてダレイオスは地面に落ちる。
『ダレイオスさん、大丈夫!?今の攻撃何なの!?』
「私は、大丈夫だが、悪いな。お前の体に怪我を負わせてしまった。あとで治療魔術をかけるんで許してくれ」
『そんなのは別にいいから!それより、『黄金の魔物』が!』
ダレイオスがなんとか頭を起こし辺りをみると、『黄金の魔物』はすでに岸に上がってしまっていた。ダレイオスはそれを止めなければと思い身体を動かそうとするが、鋭い痛みが走る。骨が折れているらしかった。魔力の減少もあり、とても戦えそうにない。少し離れたところに倒れているヴェロニカとメリッサも痛みに苦悶の表情を浮かべていて、動けそうにはない。『黄金の魔物』はその脚を振るい、無慈悲に街を破壊していく。ダレイオスは自分の力が及ばなかったことに歯がみし、崩れゆくガザの街を見つめることしかできなかった。
だが、そこで魔物が妙な動きを見せる。一度振り上げた脚を収めたのだ。そして次の瞬間、魔物の横面に強力な魔法弾が炸裂した。ダレイオスの攻撃の方がよっぽど強力な一撃だったが、『黄金の魔物』は低く吠えるとそのまま崩れ落ちるように倒れた。
困惑するダレイオスとアレシャ、ヴェロニカにメリッサ。そして避難していた街の人々も高らかに叫ばれる一つの声を聞いた。
「聞け!呪われし街の住人達よ!我が名はマルタン!ベータ王国に仕える、崇高なる騎士である!」




