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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
33/227

32 調査からの推理

 地下施設の出口は商会の地下へと繋がっていた。そこから地上へ這い出すが、商会は当然のようにもぬけの殻だった。

商会から出て、一行はあたりを見回すが、特に騒ぎなどは起こっていなかった。いや、騒ぎになるはずなどないのだ。

 ファーティマの街からは一切の人間が消え失せてしまっていた。元々人の多い街ではなかったが、もはや人の気配すら感じられない。風が砂塵を巻き上げる音しか聞こえないほどに静けさが一帯に満ちていた。六人はそれに唖然としながらも街に何が起きたのか確かめるために周囲を探索するが、一人の人間も見つけることはできなかった。ヴェロニカが家先に置いてあった箱の上に腰掛け、頭に手をあてる。


「これはさすがにワケがわからないわね……。でも、どういうことが起こったのかは何となく推測はつくわ」

「……ああ。大量の人間を一斉に消失させるのは『冥界術式』の十八番だ」


 ダレイオスがそう言うとヘルマンも同意を返す。『冥界術式』の研究を行っていた街で人間の大量消失があったのなら、そう考えるのが自然だ。ダレイオスは発動を察知できなかったたことを悔いるように拳を握りしめる。


「ただ、その理由が分かりませんよね。なんで街の人を全員消しちゃったんでしょう」

「可能性があるなら、口封じだろうな」


 アステリオスの言葉にダレイオスが「なるほど」と呟く。この街の人が川下での事件について知らない素振りを見せていたのはアングイスら“死人”から口止めされていたからなのかもしれない。もしかしたら何かしらの見返りがあり、協力関係にあったのかもしれない。人々が消えてしまった今となってはそれを知ることもできないが。


「ついでだから今回の事件についての私なりの考察を聞いて貰いたいのだけれど、いいかしら?」


 ヴェロニカが手を挙げて提案する。全員が頷き了承してからヴェロニカは語り始めた。


「今回の事件の元凶は間違いなく“死人”の連中でしょう。他に原因になり得るものなんてなかったから。で、そのやつらが行っていたのは禁術の研究よ。禁術なんて膨大な魔素を発生させるものを何度も使いつづけていると、どうなるかしら?」

「魔素は簡単に消えないものですから、その場に残り続けると思います」


 メリッサの答えにヴェロニカが満足げに頷く。


「そう。魔素は基本的に消えない。で、やつらの研究は地下で行われていたわ。つまり地下に大量の魔素が発生し、それは次第に土の中に浸透していくことになる。ファーティマの街の土地に大量の魔素が蓄積されるのよ」

「魔素が蓄積……。そうか、そういうことか」


  何かに気づいたらしいヘルマンがヴェロニカに代わって続きを解説する。


「雨が魔素まみれの土壌に染みこみ、それは川へ流れ込む。少量なら問題ないが、大量の魔素、それも土壌に蓄積して濃度の上がった魔素なら人体に与える影響は大きい」

「ヘルマンさんの言う通りよ。川がファーティマから魔素を運び、それを口にした下流の人たちに被害を及ぼす。仮説でしかないけどね」


 ヴェロニカの考えは仮説という割には、とても筋が通っていた。可能性は高そうだ。そして、ファーティマの街へ向かっていた途中、魔物の数が多かったわけも分かった。魔素は魔物を活性化させる。ペルセポリス遺跡周辺に強大な魔物が多く生息しているのと同じで、レイン川に溢れる魔素が魔物を増加させたのだ。


「そうなると、あまりゆっくりはしてられないわね。ファーティマの街の人にもこのことを伝えなきゃいけないし、レイン川にはバルバロス方面とは別の支流があるわ。商会があるような大きな街はなかったから被害の報告は聞いていないけど、きっと魔素の被害が出ているはずよ」


 ヴェロニカが立ち上がり、一行は早速ファーティマの街を発つことにするが、直にここへやってくる商会の調査団への説明役として一人残るべきだという話になった。


「じゃあ、アステリオス、頼みます」

「わ、わたしか!?」


 メリッサが即決し、アステリオスはたじろぐ。


「そうね……。じゃあ折角のご指名だし、よろしく頼めるかしら」


 メリッサだけなら抗議するところであるが、ヴェロニカにそう言われてしまっては断ることもできない。いや、抗議してもいいのだが、自分がおとなしく引き受けるべきだとアステリオスは判断した。彼は空気の読める男だった。

 というわけで、一行は誰もいない街にアステリオス一人を残して街を出た。帰りの道中も次々と現れる魔物に襲われるが容赦なく蹴散らしつつ、バルバロスの街へ急ぐ。


 二日後、バルバロスに無事到着した。すぐさま商会へ駆け込むと、商会は相変わらず慌ただしい様子だったが、アレシャたちを見て全員の動きが止まった。そして今回の依頼を持ってきた受付嬢が五人の元へ駆けよってくる。


「お、おおお疲れ様でした!先ほど帰ってきた調査隊の人たちから簡単に話を聞いたところです。それで、原因はわかったんですか?」


 興奮する受付嬢をなんとか落ち着かせて、魔素汚染を含めた詳しい話とすべきことを話した。彼女はそれを聞いて力強く頷くと、周りの人に指示を出し始めた。周囲の反応を見ていると、どうやらあの受付嬢がこの商会の支部長だったらしい。明らかに人選ミスの気がするが、アレシャは気にしないことにした。


「そうだ、わたしはランドルフおじさんに連絡するね」

「それがいいわね。あの人、頼りなさそうに見えて頼りがいがありそうだから」

「どっちだそれは……。俺たちは、宿をとって先に休むことにしようか」


 ヘルマンの提案に反対する者はいない。みんな早く休みたいのだ。アレシャはランドルフ宛てに簡潔に情報をまとめた手紙を書いて、受付に預けた。商会長宛ての手紙は一度断られそうになったが、ランドルフから貰ったカードを見せると、快く受け取ってくれた。

 そのまま商会を出て急いで宿をとってベッドにダイブする。それなりに柔らかな感触がアレシャを包めば、疲れ切った体はそれに抗えず、そのまま眠りに落ちていった。


 翌朝、ほとんど昼という時間になってからアレシャはもう一度商会へ行く。未だ忙しそうな様子なので、アレシャは何かできることはないかと尋ねるが、その気遣いを商会の職員は丁重に断った。アレシャが邪魔だったからではなく、アレシャたちに休んでいて欲しかったからである。念のため。半日くらいぐっすりと眠っていたので疲れはとれていたのだが、アレシャはお言葉に甘えることにした。

 というわけで、アレシャは仲間たちと合流しようと思い大通りへ足を運ぶ。『買い出しに出かけているので、よろしく』という書き置きが、深い眠りから全く目覚めないアレシャの枕元に残してあったのだ。ぶらぶらと店を覗きながら誰かいないか探していると、壁にもたれながら新聞を読む一人の眼鏡を見つけた。


「ヘルマンさん!」

「ん、やっと起きたか。寝過ぎだ」

「いや、肩の傷が痛むんで……」

 

 しかし、アレシャの傷はダレイオスの魔術によってほぼ完治していた。ヘルマンの冷たい視線に晒されるのに耐えきれず、アレシャは話題を変えるためにヘルマンの新聞に何が書いてあるのか尋ねる。答える代わりにヘルマンはその新聞を手渡した。その一面に書かれていたのは、聖地で起きた『七色の魔物』事件についての簡単な記事だった。ようやく情報が世間に出回り始めたらしい。


「うわ、すごい!ヴェロニカさんとヘルマンさんが大活躍って書いてある!わたしとペトラの名前はないけど……」

『ほう、これが新聞か。便利な世の中になったものだな』


 アレシャが一通り読み終えたところでヘルマンが新聞を取り上げる。どうやら、ヴェロニカに関する新聞記事切り抜きコレクションに加えるようだ。


「お前の名前はないが、これからヴェロニカさん率いる俺たちのパーティは世間的にも注目されていくだろう。お前ほどの実力者なら嫌でも名が知れ渡る。それなりに覚悟はしておけよ」


 ヘルマンの忠告をアレシャは真っ直ぐに受け止める。世間の注目もだが、これからは“死人”たちからもマークされることになるだろう。ダレイオスに頼ることにはなるだろうが、アレシャ自身としても覚悟して置かなければならないと彼女は思った。

 それから買い出しを終えたヴェロニカ、ペトラ、メリッサと合流し、後の時間は宿で休むことにした。明日にはこの街を発ち、セインツ・シルヴィアまでの次の中継地、ガザの街へ向かうつもりなのだ。半日も寝たにも関わらずアレシャはぐっすりと眠った。

次回から隔日更新となります。

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