29 戦闘!アングイス
ダレイオスがアングイスへ飛びかかる。すると、アングイスが手にしている珠が光り、彼の手に漆黒の魔法陣が現れる。
「っ!その魔法陣は!」
「『冥界術式・撃』!」
ダレイオスが咄嗟に距離をとった瞬間、魔法陣から幾本の黒い触手が現れ、一気に襲いかかった。ヘルマンの防御魔法がそれを防ぎダレイオスを守る。しかし、触手は一撃で氷の壁を突き破った。二人を掠めてそのまま壁に突き刺さり、大きくえぐった。いともたやすく削り取られた壁面を見てアレシャは叫ぶ。
『な、なにあれ!かすっただけでアウトじゃん!』
「ああ……。それより、あの魔法陣は『冥界術式』のもののはずだが、これはどういうことなんだ……?」
眉間にしわをよせるダレイオスを見て、アングイスは満足そうな笑みを浮かべる。
「今のがワタシの研究成果だよ。『冥界術式』は非常に強力な魔術だが、戦闘には向いていない。だから、『冥界術式』の持つ強力なエネルギーを実戦に転用する術を考案したんだ。そしてこの珠には集めた生け贄から吸い出したありったけの生命エネルギーをため込んである。禁術が使い放題というわけだ」
「全く、ゲスな研究をよくもそんな自慢げに語れるものだな」
「ふん、天才の考えは理解されないものだ。それに、ケチをつけるなら、こいつを破ってからにするんだな!」
再びアングイスの魔法陣が発動して攻撃が放たれた。ダレイオスは持ち前の反射神経でそれをかいくぐり、アングイスへ走る。だが、触手の一本がかわしきれない。ダレイオスの腕をえぐり取ろうとする触手の軌道をヘルマンの防御魔術が僅かにそらした。それで全ての攻撃をよけきったダレイオスはアングイスに肉薄し、アングイスの珠を持つ手を蹴り飛ばそうとする。が、
「『冥界術式・堅』!」
アングイスの声に呼応して、まるで生き物のように触手がアングイスの元へ集まる。そして、彼の目の前に黒い大きな盾を作り上げた。ダレイオスの蹴りがそこへ叩き込まれるが、まるで鋼鉄のような強度を持つそれはびくともしない。アングイスの手の珠が再び輝くと壁はするりとほどけて再び触手を象りダレイオスに襲いかかった。アングイスに接近しすぎていたダレイオスはそれをかわしきれない。体をひねって衝撃を逃がそうとするが、重い一撃はダレイオスの肩を浅くえぐった。鮮血が舞い、地面を転がる。
「う、ぐっ!」
「くそ、アレシャ!」
ヘルマンが魔術で止血しようと駆け寄るが、アングイスの攻撃を防ぐことで手一杯で近づくことができない。肩口を押さえて苦しむダレイオスを見てアングイスは口元をゆがめる。
「可愛そうに。魔術が使えりゃその程度の傷はすぐに治ったというのに……。この鍵なら邪魔な手枷を外せるんだがなあ」
アングイスが取り出した鍵を手で弄び、ダレイオスは歯がみする。傷の出血は思ったよりひどいようだ。ヘルマンが再び駆け寄ろうとするが、許されない。アングイスはそのヘルマンの抵抗を見て舌打ちする。
「無名の冒険者ごときが、さっきから目障りだ。先に消えて貰おうかな。なに、最高の禁術で死ねるんだ。光栄に思ってくれ」
アングイスが全ての触手をアングイスの胸へめがけて放った。風をきる音と共に迫る触手は正確に獲物を貫こうとしていた。しかし、ヘルマンは動かない。そしてぼそりと呟く。
「さっきから無名だ無名だとうるさい。これでも元魔導研究所ムセイオン戦術魔術塔防御魔術第三研究室副室長だ。あまり俺をなめるな」
『ヘルマンさん!』
アレシャが叫びもとどかず、全ての触手がヘルマンに突き刺さる。その瞬間、触手はことごとく白い光の粒になって霧散した。まさかの光景にアングイスが目を見開く。涼しい顔をして歩いてくるヘルマンの手に展開しているのは、白く光る小さな魔法陣だった。
「俺がムセイオンで専門に研究していたのは対禁術の魔術だ。この魔法陣が俺の研究成果だよ。俺の目指す完成品にはほど遠いんだが、“最高の禁術”を防ぐには十分だったようだな」
「馬鹿言うな!お前如きに……!」
今のは何かの間違いだと証明するためにアングイスは再び攻撃を放つが、再びヘルマンの手にはじかれ無残にも消滅した。ヘルマンは難なくダレイオスに近づき、傷口に手を添えて止血する。傷の程を確認し、ダレイオスは立ち上がる。
「すまない、助かった」
「ああ。……いいか、俺のこの術は魔力の消費が大きい。長くは持たない。お前は手枷の鍵を奪うことを最優先に考えろ」
小声でそう語るヘルマンにダレイオスは頷きを返し、二人は再びアングイスと対峙する。アングイスは傑作だと思っていた魔術が無名の男によってやぶられたことに憤怒していた。
「少し相性のいい魔術があるからって調子にのりやがって!見たところ、その術はお前自身にしか効果がないようじゃないか!だったらいくらでも戦い方はある!」
激昂して叫ぶアングイスの攻撃の矛先はダレイオスへ向いた。効かないなら狙わない。単純な話だ。ヘルマンがすぐさまダレイオスの前に飛び出し、触手をはたき落とす。ダレイオスはがら空きになったアングイスの前に飛び出し掴みかかるが、アングイスの張った障壁にはじかれてしまう。
だが、このチャンスを逃がさんとダレイオスは前蹴りをうった。アングイスは黒い壁を作って防御をしようとするが、触手をヘルマンに消されたのでそれも叶わない。腕で咄嗟に防いだが強烈な一撃を正面から受け後方に大きく吹き飛んだ。
「『氷槍壁』!」
アングイスの飛んでいく先にヘルマンの魔術でトゲつきの氷の壁が出現した。このままいけば串刺しだ。
「くそっ!『爆風』!」
アングイスは爆発の魔術で壁を吹き飛ばした。なんとか体勢を立て直して地面に着地する。しかし、ダレイオスはその間に追撃を加えようとアングイスに駆け寄ってきていた。
「二度と食らうものか!『冥界術式・撃』!」
「こっちだって二度と食らう気はない!」
余裕がなくなっているのか、アングイスの攻撃は直線的だ。ダレイオスは難なくそれを見切るが、そのときアングイスがニヤリと笑い手を突き出す。
「『冥界術式・牢』!」
アングイスの声でダレイオスがよけた黒い触手が格子状に変貌する。ダレイオスの攻撃はあと一歩届かず、黒い檻の中に閉じ込められてしまった。
「くそっ、今の攻撃は囮か」
「待ってろアレシャ、すぐに解く!」
駆けよってきたヘルマンが黒い檻に手を触れようとする瞬間アングイスの持つ珠が光を放ち、檻は消滅して元の触手に戻った。それは狙いをヘルマンに定め襲いかかるが、ヘルマンは白の魔法陣を構えてそれを迎え撃つ。
「檻を囮にした不意打ちのつもりか?こんなもの!」
「待て、ヘルマン!避けろ!」
何かを察知したダレイオスが叫ぶ。しかしヘルマンにその声は届かず、彼が再び触手をいなそうとしたその足下に魔法陣が出現した。
「それが囮だよ。『噴炎』!」
魔法陣から炎が噴出し、ヘルマンは業火に包まれた。アレシャが叫び声を上げる。しかし、ダレイオスはヘルマンよりも自分の役目を果たすことを優先した。アングイスの意識は全て、目障りな男を排除することに注がれていた。今までにない好機だ。
ダレイオスはアングイスの胸ぐらを掴んで持ち上げ、渾身の蹴りをアングイスの腹にねじ込んだ。蹴り飛ばすと同時に掴んだ服を思い切り引いて破り取ると、光る小さな何かが空中に放り出され、アングイスは壁を突き破り崩れた瓦礫の下に埋もれてしまった。しかし、間も置かずに瓦礫から黒い触手が飛び出し、獲物を襲う蛇のようにダレイオスへ食らいついた。破砕音が響き、砂煙が上がる。だが、透き通る白い輝きがその煙を払い、触手を消し飛ばした。そして、ガランという重苦しい音がすると、白髪の少女が手首を回しながらユラリと姿を現す。そして瓦礫の下から現れた男に指をつきつける。
「お前の攻撃は十分に脅威だった。だが、もう二度と私を殺せると思うな」




