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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
29/227

28 捕らえられたけれど

 ペトラが目を覚ましたのは薄暗い部屋だった。自分の状態を確認するために身体を動こうとするが上手くいかない。体が頑丈な鎖で縛られていたのだ。彼女は冷たい石でできた部屋に捕らえられていた。


「あら、ようやく起きたわね。おはよう」

「ヴェロニカ……。これはどういう状況?」


 ぼんやりした頭でペトラは部屋の中を見回す。ヴェロニカ含むパーティメンバーの全員が同じように鎖で縛られていた。全員すでに覚醒しており、思い思いの姿勢で床に転がっていた。

 そこで、ペトラはあることに気づく。


「アレシャは!?アレシャはなんでいないの!」

「落ち着け。順を追って説明する」


 のそのそと近寄ってきたヘルマンに諭され、ペトラは静かになる。空気の読める子だった。そしてヴェロニカから何があったのか説明された。

 商会で意識を失った後、気がつけばこの場所に運び込まれていたこと、手枷がされていて魔法陣を使う魔術が使えないということ、その後現れたアングイスと名乗る男がアレシャを別の場所に捕らえているということ、そして、自分たちは禁術の発動のために生け贄にされようとしているということ。

 色々と容認できない状況に、ペトラは頭が痛くなった。


「何よそれ……。禁術ってもしかして『冥界術式』ってやつ?」

「そこまでは聞かされていないわ。でも、もしそうなのだとしたら“死人”が絡んでる可能性が高いわね」

「“死人”……。できればもう関わりたくないってのに……。もう!」

「気持ちは分かるけど、受け入れるしかないわよ。身ぐるみ剥がされなかっただけでも幸運だわ」

「身ぐるみ剥ぐっふ!」


 ヘルマンが鼻から血を吹き出したが、ペトラは華麗に流した。

 

「あれ、そう言えばメリッサとかは“死人”のこと知ってるの?」


 ペトラがそう言って視線をむけると、メリッサとアステリオスは頷きを返す。


「さっきヴェロニカさんから聞かされました。正直聞きたくなかったですけど。自分がこれからどんな死を迎えるかなんて知りたくないですよ……。ああ、アレシャちゃんも今頃一人で寂しく泣いているんでしょうか……」


 ペトラは遠くを見始めたメリッサを無視して、アステリオスに視線を向ける。


「あなた、パワーは一級品みたいだったけど、この鎖はちぎれないの?」

「無理ではないが、少し事情があってできそうにない。ご期待に添えず申し訳ない」

「いや、どうもご丁寧に……。そういや、ヴェロニカは魔力で身体強化とかはできないの?」


 そう言って今度はヴェロニカに視線を向けるが、ため息をつかれた。


「身体強化は使えるけど、相当な魔力量がないと鎖をちぎるほどに強化するのは無理よ」


 ヴェロニカの言葉にペトラは残念そうにうなだれるが、一つ心当たりがあった。凄まじい身体強化魔術の使い手に。その様子に気づいたヘルマンも頷く。


「奇遇だな。俺も一人思いあたる人間がいる」


 そのときペトラは、少女がパンチ一発で巨熊を吹き飛ばす光景を思い出していた。そのときヘルマンは、少女が蹴り一発で大蛇を吹き飛ばす光景を思い出していた。二人はあいつなら来るんじゃないか、と思い始めていた。


「おい、うるさいぞ。黙ってろ」


 いつの間にか見張りが部屋の前まで来て、のぞき窓から顔をのぞかせていた。


「あら、懐の小さい人ね。女性にはそういうの嫌われるわよ?」

「いいから静かにしていろ。もうすぐアングイス様が来られる。黙って待て」

「アングイス……。ヴェロニカが言ってたやつね。そいつがここのリーダーってわけか……」

「黙れ。こっちはそれどこ、ふぐっ!」


 見張りの男が突然呻き越えをあげた。のぞき穴から顔が見えなくなると、どしゃりと地面に倒れる。何やらごそごそという音がしてから、部屋の鍵が開いた。


「よう、思ったより元気そうで安心したぞ」

『よかった!間に合った!』

「アレシャちゃん!」


 そう言って飛びついたのはメリッサだ。しかし、縛られた状態では上手く動けず、顔から地面に激突してそのまま動かなくなった。


「静かにしていろ。鍵を頂いてきたから、すぐに鎖と手枷を外す。生憎、私の手枷の鍵は手に入らなかったがな。私が逃げ出したことはすでにバレている。すぐにでも追っ手がくるだろう」

「そうよ!ここにアングイスってリーダーがくるらしいわ!たぶん、あたしたちを餌にアレシャを捕まえようとしてるんだわ。急がなきゃ!」


 ダレイオスは頷き、鎖に手をかける。そして、力いっぱい引っ張った。鎖は一切の抵抗をみせず見事に引きちぎられた。ヴェロニカとヘルマンはその光景にどこか安心する。「あ、こいつはやっぱりおかしい」と。ペトラは『魔王』ならば当然か、と納得もしていた。アステリオスと意識を取り戻したメリッサは目を丸くしていたが。

 無事に全員解放したところで揃って部屋から外に出る。倒れている見張りの男を見て、ペトラが驚いた声を出した。


「こいつ“死人”よ。間違いないわ」

「やはりそうか……。そうなるとこの実験場を隅々まで調査したいところだが……」


 ダレイオスがそこで言葉を句切ったとき、何人もの人が走ってくる音が聞こえてきた。先ほどよりもかなり多い数だ。

しかし、今のダレイオスは一人ではない。


「こっちも戦力は揃った。こそこそする必要はないと思うんだが、どうだ?」

「どうだ、って言うけど、どうせこの大人数でこそこそできるわけないでしょう。さっさと行くわよ!」


 ヴェロニカが鬱憤を晴らすように火球を放ち、迫り来る人間達を焼き払った。ヘルマンもそれに加勢するが、武器で戦う面々は何もできない。


「そうだ、あたしたちの装備を取り返さなきゃ。武器がないとあたしなんかまともに戦えないわよ」

「そうですね、私も弓がないと……。っ!誰か来ます!」


 突然メリッサが通路の奥を指さして叫んだ。しかし何も見えない。誰もが首をかしげる中、アステリオスが前へ躍り出た。次の瞬間、荒れ狂う火炎が通路の奥から吹き出した。ヘルマンとヴェロニカが咄嗟に張った障壁とアステリオスの防御で被害はなんとか抑えられたが、その威力は十分に脅威と呼べるものだった。火炎が放たれた先から現れたのは暗い緑の髪の男だ。


「まったく、やってくれるじゃないか。まさかそんな少女が鎖を引きちぎるとは思わなかったが、それよりも自分の部下の使えなさに嫌気がさすよ。やっぱり、あいつらは信用できないな」

「アングイス……。簡単に逃がしてくれたから大したことない男かと思ったが、中々やるじゃないか。これなら楽しませてくれそうだ。ここは私が相手をする。お前らたちは装備を探しに行け」


 ダレイオスがアステリオスの前に出てアングイスを睨み付ける。アングイスは相変わらず笑みを浮かべていたが、その目はひどく冷たかった。


「なんだ、ワタシとやる気か?魔術が使えない身でまともに渡り合えると思っているとは、滑稽だな」

「なら、試してみろ」


 ダレイオスが足に力をこめると、その姿が消える。アングイスはすぐさま障壁を張り、顔に向けて放たれた思い前蹴りを防いだ。ダレイオスは一度距離をとってから呼びかける。


「行け、ペトラ!私なら問題ない!」

「う、うん!わかったわ!」


 そう言ってペトラは反対の通路へ駆けていった。メリッサはダレイオスに心配そうな視線を向けていたが、アステリオスに促され、共にペトラの後に続いた。ヴェロニカも激励の言葉を残し、走り去る。

 だが、ヘルマンだけはこの場に残った。


「なんだ、お前はいかないのか」

「こいつはここで確実に仕留めておくべきだ。一人くらいはサポートがつかなければな。守りは俺に任せて、お前は攻めに専念しろ」

「無名の冒険者が一人増えたくらいでワタシに勝てると思うな……。殺しはしないが、手足をちぎり取るくらいなら問題ないんだぞ」


 冷酷にそう口にするアングイスが懐から禍々しく光る珠を取り出す。ダレイオスは姿勢を低く構え、勢いよく駆けだした。

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