27 お邪魔します
ダレイオスは暗い通路を警戒をゆるめずに歩く。この先に何があるか分からない以上、心して行かねばならない。通路がどれほどの長さなのかは分からないが、まだ先はあるようであるし、今のところ周囲に他の生物の気配はない。まだ安全な内に、ダレイオスはアレシャへ話しておくべきことがあった。
「アレシャ。私は、この先私の邪魔をしてくる輩に容赦する気はない。場合によっては殺すことになるが、躊躇ったりはしない。それが“死人”であっても、ただの人間であってもだ」
『こ、ころす……』
「ああ、そうだ。この時代で殺人がどのように扱われているか私は知らない。だが、私の躊躇で仲間が死ぬというなら私は迷わずに殺す」
この時代、人殺しは紛れもなく罪だ。だが、正当防衛もまた認められている。冒険者にも盗賊の討伐依頼などが来ることもある。今回のケースでの殺しも罪には問われないだろう。
しかし、アレシャは動揺していた。冒険者になった以上、いつかは経験することになると思っていた、“殺さなければならない状況”というのがこんなに早く訪れるとは思っていなかったのだ。手にかけるのはダレイオスだが、体はアレシャのものだ。わたしは殺してないなどとは言えない。覚悟を決めなければならないのだ。
ダレイオスにそれを伝えようとしたとき、彼女の頭に父の顔がよぎる。
『……わかった。けど、できる限り殺さないで。必要がないなら、殺さないで。これはわたしの我が儘かもしれないけど、それだけは譲れない』
アレシャの父であるアレクセイも冒険者だった。彼女にはそんな話はしなかったが、その手を血でぬらしたのは一度や二度ではないだろう。それでも、アレシャをなでる父の手は暖かかった。人殺しの手ではない優しさがあった。彼女が目指す冒険者は父だ。自分の手もそんな風になりたい、そう思ったのだ。
アレシャの決断を聞いたダレイオスは小さく笑った。
「その判断を甘いと言うヤツも少なからずいるだろうが、私は嫌いじゃない。わかった、約束する」
『ありがとう!』
二人の思いは固まった。気持ち新たにダレイオスは通路を進むとついに通路の突き当たりへたどり着いた。そこを軽く叩いてみると、先ほどと同じ手答え。ここが通路の出口に違いない。ダレイオスは再び拳を振りかぶり、無遠慮に壁を吹き飛ばした。通路を抜けたそこはまたしても地下。なんの変哲も無い通路だった。自分たちがどこにいるかさっぱり分からずにいると、先ほど壁を突き破った音を聞きつけて人が駆けよってくる音が聞こえた。ダレイオスは急いで逃げようとするが、反対側からも人が迫って来ていた。通路の両方向を塞がれ、ダレイオスは逃げ場を失ってしまう。
そして、武器を手にしている男たちが姿を現した。ダレイオスの姿を見て、男たちは驚きの表情を見せつつも武器をつきつける。
「貴様、何者だ!そこの穴はなんだ!そこから侵入したのか?」
『あれ?わたしのことを知らないのかな。捕らえている人間のことくらい知っていてもいいもんだけど」
「……この男はさっきの通路の存在を知らないようだな。そんな隠し通路の先に私を捕らえていたのは私を極力隠しておくつもりだったということか。どうやら、あのアングイスという男はあまり人を信用していない男のようだ」
自分たちを無視してぶつぶつと喋るダレイオスに、男たちは苛立ちの表情を見せた。武器を握る手に力が入る。先ほど話しかけてきた男が手にした槍を掲げ、叫んだ。
「捕らえろ!念のため、殺すなよ!」
その声とともに三人の男が飛び込んでくる。しかし、動きや武器の構えも甘い。少女の姿をしたダレイオスに、明らかに油断していた。そんな攻撃が彼に通用するわけもなく、ダレイオスは相手の内の一人の頭を鷲づかみもう一人の頭に勢いよくぶつけた。そのまま二人は昏倒し、その隙に三人目が振り下ろした剣をダレイオスは素手で防御する。ダレイオスの手首にはまった手枷が、剣を受け止めていた。それに驚く男の腹を蹴り上げ、なんなく三人の男を制圧する。
今の攻防でダレイオスのことを油断ならない者だと悟った残りの男たちは、逃げ場のないようにダレイオスを包囲し、少しずつそれを狭めていく。そして、一斉に武器を打ち下ろした。しかし、包囲の中心にダレイオスの姿はない。彼はすでに空中に逃げ出していた。口を開けてそれを見上げる男の顔面に着地すると、それを足場にして再び跳躍して包囲を抜ける。
「どけ!俺が仕留めてくれる!」
そこへ槍を持った男が飛び込んでくる。研ぎ澄まされた一突きが、空中で身動きのとれないダレイオスに向かって放たれた。ダレイオスは空中で体をひねり、迫る槍に上方から蹴りを食らわせ、その軌道を下へそらす。そのまま槍の上に着地すると、それを道にして男に接近する。得物を突きだしたままの男はそれに対処できない。切り裂くような蹴りを横っ面に食らった男はその勢いのまま吹き飛び、壁にめり込んだ。もう前方に敵の影はない。
「よし、逃げるぞ!」
『お、おう!やっぱ人間の動きじゃないよなあ……』
呆気にとられていたアレシャと同じように敵も呆気にとられていた。すぐに我に返り急いでダレイオスの後を追うが、彼のスピードについていくことはできず、ダレイオスはあっという間に暗がりに紛れて姿を消してしまった。
追っ手の気配が完全になくなったところで、ダレイオスは近くの小部屋に飛び込む。そこはどうやら倉庫のようだった。警戒して部屋の中を見渡すが、そこに人の姿はない。大きな棚の裏に隠れてからようやく一息つけた。
「ふう、なんとかなったな。昔と比べてパワーは劣るが、動きはむしろ精錬されている気がするな。これも千九百年間のイメージトレーニングの成果か」
『千九百年もそんなことしてたんだ……。それより、これからどうする?』
「最優先は仲間の救出だ。となると、この場所の構造を把握したいところだな。ここは倉庫みたいだが、何かないか調べてみようか」
アレシャも同意を返し、部屋の中を調べ始めた。部屋の外の様子から気をそらさずに棚やら机やらを次から次へと開けていく。そして見つけたのは、まさに探していたこの場所の見取り図だ。それを開き、確認していく。
「私たちが今いる倉庫が……おそらくこれだろう。逃げてきたときのルートと照らし合わせてもこの倉庫しかない」
『逃げながら周りを観察できるってすごいね。わたしなんかもう必死で……』
「まあ、『魔王』だからな」
少し得意になりつつ、見取り図に記載されている中から気になるものを探していく。
「ここにある大きな部屋、実験場って書いてあるな。どうやら、ここはアングイスとかいう男の研究施設のようだ」
『あ、実験場の近くの通路!実験用生命体保管所、って書いてある。……これってもしかして……」
「あいつらがそこに捕まっている可能性は高いな。……反吐が出るようなネーミングだが」
『他にそれらしいとこはないみたいだし、間違いなさそうだね。行こう!』
「ああ」
ダレイオスは地図をたたんで懐にしまい、周囲に人の気配がないことを確認してからドアを開いて外にでる。ここからは隠密行動だ。戦闘は極力避けなければならない。足音を殺し、姿勢を低くしてダレイオスはゆっくりと通路を進む。




