26 捕らえられて
ダレイオスが目を覚ましたのは薄暗い部屋だった。自分の状態を確認するために身体を動かそうとするが上手くいかない。両手が鎖で吊られていたのだ。彼は冷たい石でできた部屋に捕らえられていた。
『ダレイオスさん、大丈夫?』
「アレシャか……。お前は大丈夫なのか?」
『わたしは何ともなかったけど……他のみんながどうなってるかは分かんない』
そこでダレイオスは意識が別にあるアレシャならダレイオスが気を失っている間のことも把握しているのではないのかと考えた。そう尋ねてみると、アレシャはある程度なら知っていると言う。周囲に人の気配はない。ダレイオスが今のうちに話すように言い、アレシャは順を追って話すことにした。
『あのときヴェロニカさんが扉を開けた瞬間、黒い何かが飛び出してきて視界が一瞬で黒く染まっちゃって。たぶん、このときにダレイオスさんは意識を失ったんだと思う。私の目も見えなくなっちゃったから』
「私が意識を失えば当然目は見えなくなる。それで、視覚を共有しているお前も見えなくなったということか」
『そ。でも聴覚は生きてた。だから、耳から得た情報だけになるんだけど……』
アレシャは少し申し訳なさそうにするが、今はどんな情報でも重要である。ダレイオスは構わないと言って更に先を促した。
『えっと、まず聞こえてきたのは足音だった。何人かの靴の音。で、小声で何か相談してからわたしたちをかついでいったの。それからどこかに連れて行かれて、その後ジャラジャラって音がしたから、そこでに鎖をつけられたんじゃないかな。で、それからどれくらい時間が経ってからかは分かんないけど誰かが来たんだ。その時の会話は割としっかり聞こえてた』
「なに……?何を話してたんだ」
ダレイオスの問いにアレシャが答えるが、その内容はかなり重要なものだった。
『ひとつは“実験”についてだった。詳しくは分からないけど、禁術っていうワードが出てたのは間違いないよ。この街の地下でその実験を行ってるらしい。地下のどこかまでは分かんないけど』
「禁術だと!?まさかここでその言葉が出てくるとは……。もしかしたら私たちの意識を奪ったあれも禁術の類いだったのかもしれんな。命があったのは運が良かったのかもしれん」
その言葉にアレシャが驚く。命が危なかったかもしれない、ということには気づいていなかったようだ。なら他の仲間たちも危ないのではないかとアレシャは心配するが、自分のことをわざわざ拘束しているので大丈夫だろうとダレイオスは言う。
「それで、ひとつは、ということはまだあるんだろう?早く話せ」
『あ、うん。その後そいつは多分私の荷物を調べたんだと思う。音の感じからの推測だけど。それで、そのときに何か凄く驚いた声を出したの。『アポロン様に報告しなければ』って嬉しそうに話してた。『大物がかかった』とも言ってた。それから、わたしは別の所に運ばれていったの。それでこの場所に閉じ込められたんじゃないかな』
「なるほど。アポロン……。それがそいつらの親玉の名だろうな。色々気になるが、他にはないのか?」
「うーん……これくらいかな。ごめんね」
アレシャは役に立てなかったと思っているようだが、中々の情報を得ることができた。これからなら何かしらの推理ができるかもしれない、とダレイオスは考える。
「まず気になるのは商会に入ったときのあれだ。私たちを捕まえるための罠のようだったが、どうやら私たちだけを狙ったものではないようだな」
『それは、えっと……。そっか、『大物がかかる』って言ってたから。あれは商会を訪れる人間を捕まえるための罠だったってこと?』
「多分な。そしてその目的だが、おそらくお前の言っていた禁術の実験の生け贄に使うためじゃないか?今の話から考えれば自然とそうなる」
ダレイオスの言う通り、アレシャのもたらした情報を整理すればそのような答えになるが、アレシャもダレイオスもその推理に不自然な点があると理解していた。商会を訪れるのは当然であるが、冒険者だけではない。依頼を持ち込んでくる住民も出入りするのだ。その住民を同じように罠にかけているのなら、街はもっと騒ぎになっているはずである。
ただ、罠の存在はともかく、捕らえられているダレイオスたちの身が危ういのは間違いない。行動を起こさなければと思ったそのとき、足音が聞こえた。それは次第に近づいてきて、ダレイオスの捕まっている部屋の前で止まった。錠を外す音がして、部屋の扉が開く。ぬるりと姿を現したのは背の高い男だ。伸ばしっぱなしになっている暗い緑色の髪が怪しい雰囲気を醸し出している。その男はダレイオスの前にしゃがみ込んでにっこりと微笑んだ。
「やあ、こんにちは。ワタシの名前はアングイスです。よろしく」
『この声……禁術とか色々話してたやつだ!』
「それはどうもご丁寧に。悪いが私にはお前に名乗る名は無い」
「おやおや、冷たいね。まあ名前なんとどうでもいいんだがな。ワタシも本名ではないしね。さて、君にはいくつか聞きたいことがあるんだ」
どう仕掛けてくるのかとダレイオスは身構えれば、アングイスは懐からあるものを取り出した。ダレイオスのガントレットだ。それを見せつけながら、アングイスは顔に気味の悪い笑みを貼り付けて問いかける。
「こいつは君の荷物から見つかったものだが、これはムセイオンから持ち出したものだろ?ワタシのボスがこの持ち主を探していてね。まさか、こんなところで出会うことになるとは」
『えっ、わたしを探してたの?でも盗人を捕まえるためってわけ……じゃなさそうだね……』
「……それで、私を探し出してどうするつもりだ」
「殺すためだよ」
アングイスがすっぱりと即答する。ヨーゼフにされてからおよそ一月ぶり、二回目の殺す宣告だ。アレシャは狼狽えるが、ダレイオスは冷静なままアングイスを睨み付ける。
「だったら、さっさと殺した方がいいんじゃないのか?ボスのご命令なんだろう」
「ご期待に添えず申し訳ない。ただ殺すだけでは駄目なんだよ。少し変わった殺し方をしなきゃならない」
「変わった殺し方……?」
それでダレイオスは気づいた。アレシャも同じように気づいたようだ。アングイスが語る答えもそれと相違なかった。
「『冥界術式』という禁術があるんだが、それで殺さなきゃならないんだ。死んで、そしてボスによって蘇って貰う」
『ちょっと、それってどこかで聞いたような話とかそんなレベルじゃないんだけど!じゃあ、もしかしてこつも“死人”……?』
「ちっ、禁術なぞ持ち出してくるのか……。厄介な……」
ダレイオスが憎しみをこめた顔でアングイスを睨みつける。その表情を見たアングイスはたまらなく嬉しそうに高笑いする。
「ははははは!待ってろ、直に準備が整う。術の発動の生け贄には、そうだな……。お前のお仲間を使うとしようか。いい考えだろ?」
「くそが……!」
「抵抗しようとしても無駄だと思うよ。君の手枷には魔術を封じる加工が施されている。観念して、ここで処刑を待つがいいさ」
アングイスは再び高笑いを残し、そのまま部屋を出て行った。足音はゆっくりと離れていき、完全に聞こえなくなってからアレシャはダレイオスに話しかけると、アレシャは凄まじい焦りを見せていた。
『だ、大丈夫じゃないよね、これ!どうするの、ダレイオスさん!』
「少し様子を見ようと思っていたが、あまり時間の余裕はないようだ。逃げるぞ」
『えっ、でも魔術は使えないって……』
アレシャの心配はよそに、ダレイオスは腕に力をこめる。そして、一気に鎖を引きちぎった。
『ええええっ!なんで!』
「身体強化魔術ってのは、体内で魔力を血液のように循環させることで発動する。魔法陣を展開する一般的な魔術とは本質的には別物だ。だから、こんな手枷ごときでは制限されない。この鎖程度じゃ私を拘束することはできんよ。それをあいつに悟られないように少し演技をしてみたが、上手くいった……のだろうか」
『上手くいってもいなくても、早くここを出ないと!みんなを助けなきゃ!』
ダレイオスもその言葉に力強く頷き、部屋のドアを蹴破って外へ飛び出す。部屋の外も相変わらず薄暗い。どうやら地下のようだ。あたりに人気は無く、ここだけ隔離されているような感覚を覚える。
『うーん……どこだろう、ここ』
「さあな。商会から繋がる場所であるのは間違いないだろうが、さっぱり見当がつかんな。とにかく移動しよう」
ダレイオスが気配を殺して歩く。ダレイオスが囚われていたのと同じような構造の部屋がいくつか隣接していたが、そこをのぞいてみても誰もいなかった。他に何かないかと辺りを調べるが、何も無かった。そう、文字通り何も無いのだ。上も下も右も左も全て石に覆われ、扉すらなかったのだ。
『え、なにここ!こんなの詰んでるじゃん!』
「落ち着け。さっきのアングイスとかいう男が出入りしている以上、出口があるのは間違いないんだ。どこかに隠し通路があるはずだ」
『あ、そっか、そっか。なるほど』
アレシャは深呼吸して落ち着きを取り戻そうとする。聞き歴な状況のときこそ冷静にならねばならないのだ。ダレイオスは壁に何か怪しい所はないかと探り始める。魔術は使えないので、とにかく手探りだ。僅かな違和感も見落とさぬように集中して調べていくと、一カ所だけ叩いたとき微かにだが反響音が聞こえたのだ。ダレイオスはここだと確信する。
『おお!やれば見つかるもんだね!……で、どうやって開けるの?』
「当然、こうするんだ」
ダレイオスの打ち抜いた拳が壁にめり込んだ。破砕音が轟き、崩れた壁の向こうには薄暗い通路が続いていた。壁の瓦礫の中に様々な金属の部品を見つけたアレシャは、この扉を作った人はきっと色々な工夫を凝らしていたんだろうなと察し、なんだか切ない気持ちになってしまった。




