24 事件はバルバロスで起きているんじゃない
一時的に六人になったパーティはゆったりとした足取りで進む。
バルバロスまでの道は森の中を行くことになるが、出てくる魔物はどれもランクの低いものばかりだった。Aランク一人、Bランク三人、Cランク二人というメンツの彼らにとってはとても脅威になり得ない。
しかし、脅威と呼べるものは野営中に隠されていた。ペトラが水浴びでもしようかと泉にやって来たとき、それを見つけてしまった。
「アレシャちゃん、いいでしょ?大丈夫、大丈夫ですから」
「いや、でも……」
「何してんのよあんたら……」
ペトラが呆れたような視線を向ける二人、アレシャとメリッサは野営地近くの泉で裸で絡み合っていた。その視線に気づいたアレシャは慌てて弁明する。
「あ、いや、違うのペトラ!水浴びしようと思ったらメリッサさんが先にいただけで……」
「分かってるわよ。今はアレシャで、『魔王』の方じゃないんでしょ?で、何してたのよ。女として忠告しておくとアレシャの前で裸になったりしない方がいいと思うわよ?」
「いえ、ご心配なく。何をしていたかですが……ちょっとこれを試していただけですよ」
メリッサがその手に持っていたのは何やらゴツゴツとしたキノコだった。
「前に立ちよったファーティマの街の歓楽街で手に入れたものでして、何でも、一発で快楽の世界に誘ってくれる代物だとか……」
「一発……?快楽……」
ペトラがキノコを手に取り、まじまじと眺める。傘の部分が小さく石突きが長く太いのが特徴的なキノコだった。そしてペトラが何かに気づいたという顔をした途端にその顔が赤く染まる。
「……っ!ああ、うわあああああぁぁぁぁぁ……」
「ああ、ペトラ!待ってえ!」
叫びながら脇目も振らずに走り去ってしまったペトラを引き留めようと伸ばしたアレシャの手は、切なく虚空を掴んだ。メリッサはそれに首をかしげる。
「どうしたんでしょうか。ちょっとつまみ食いしようと思っただけなんですが」
「……なんだか、思い切り勘違いされちゃった気がするんですけど……」
『気がするじゃなくて、その通りだと思うぞ』
アレシャはため息をついてさっさと服を着ると、キノコ含む食材を手早く水洗いして野営地まで戻っていった。その日、ペトラは早めに休んでしまって夕食を食べなかったが、そのときに振る舞われたキノコのスープは一口で快楽の世界へ誘うほど極上のものだったということだ。
そんなくだらない事件が起きつつも一行は順調に進み、やがて森を抜け一つの巨大な川が姿を現した。アレシャが興奮した様子で飛び出す。
「うわあー!でっかい川だ!これが世界一長いことで有名なレイン川か……」
「そうよ。この川沿いに北へ行けばバルバロス、南へ行けばファーティマっていう大きな街があるわ。私たちは北ね」
先導するヴェロニカに従い、一行は北へ進路をとる。レイン川の流れに沿って進んでいると、遠くに建物が連なっているのが見えはじめ、ほどなくして一行はひとまずの目的地、バルバロスの街へ到着した。
レイン川という大河のほとりにあるこの街は、川とともに生活をしている。川下にある街なので飲料水などにするには濾過が必要となるが、それでも水魔術の使えない人にとっては水の心配をする必要がないというのはすばらしいことだった。
だが、そんな恵まれた街に住む人々は活気にあふれているというわけでもなかった。誰もが暗い顔をしている。何かあったのかもしれないと思い、一行は情報を得るためにも商会へ向かう。
商会内はうって変わって活気にあふれていた。いや、活気というよりは忙しく走り回っているという感じだ。ヴェロニカが滞在報告のために受け付けへ向かうと、受付嬢から営業スマイルが絶えていた。これはただ事ではないと思ったヴェロニカは、まず何があったのか尋ねることにした。
「Aランクのヴェロニカよ。報告の前に、何があったのか聞かせてもらえるかしら?」
「あ、えっと、お疲れ様です。えっとですね、今、川上の方から何やら毒物のようなものが流れてきているらしくてですね……」
「毒物だと?」
ヘルマンが驚きの声をあげると、受付嬢は黙って頷く。
「つい先日、川の水を飲んだ人々が急に苦しみ始めて意識を失ってしまったということがあったんです。どうやら濾過しても取り除けないようで、街のみなさんは憔悴してしまっているんですよ」
「川上にはファーティマの街があるんですよね?そっちから何か連絡は?」
「こちらから連絡を入れてみたんですが、特に異常なしだそうです。おそらく、両街の間で何かあったのでは、と……」
中継地としてたちよっただけの場所だったが、どうやら放っておくわけにもいかない事件が起きているようだった。パーティに視線を巡らすヴェロニカの思いを察し、全員が頷く。
「受付さん、私たちに今回の件で何かできることはないかしら?」
「え、もしかして協力してくださるんですか!私もお頼みしようと思っていたところなんです!では、お言葉に甘えまして……よろしくお願いします!実は今、川上に向けて調査隊が向かっているんですが、彼らからもうじき報告が入る予定なんです。その内容に応じて、こちらから改めて依頼させていただきます」
「わかったわ」
ヴェロニカが了解を返し、そのまま滞在報告を済ませて一度受付から離れる。パーティー内で今後についての打ち合わせをするためだ。
「とりあえず、ひとまずは報告待ちね。まあおそらく川上の方へ向かうことになるとは思うけど。……確認しておくのだけど、あなたたちも来るのよね?」
「もちろんです。冒険者として見過ごすわけにはいきませんから」
「こいつの場合は他の理由もあるだろうが、わたしも同意見だ。ぜひ同行させてほしい」
「わかったわ。それじゃ、それを踏まえて役割分担するわね」
そう言ってヴェロニカは六人を三人ずつ二つのグループにわけた。片方はこのまま商会に残って調査隊の報告を待ち、もう片方は次の旅に必要な支度をするために買い出しへ行くという分け方だ。買い出し組に選ばれたのは、ヘルマン、アレシャ、ペトラの三人だ。大通りを歩きながら塩漬けの肉や乾パンといった保存の利く食料を購入していく。アレシャはそれと平行して腕のいい鍛冶屋も探していた。しかし、これというところは見つからなかった。
そんな間も、アレシャはペトラの様子をチラチラと窺っている。ペトラはアレシャを避けるということはしなくなったが、アレシャは未だにペトラに謝れていない。この機会に声をかけようとタイミングを窺っているようだ。
「少し用をたしてくる。ここで待っていてくれ」
買い物を一通り終えたところで、ヘルマンがそう言って離れていく。その隙をアレシャは好機とみた。ペトラに向かって全力の勢いで頭を下げる。あまりの勢いに頭のカチューシャが飛んだ。そして誠心誠意謝る。
「ごめん、ペトラ!なんか……ごめん!」
「何よそのふんわりとした謝り方……。いいわよ、別に怒ってないから」
アレシャのカチューシャを拾いながらペトラがそう言うと、意外な展開にアレシャは目を丸くする。
「いいの!?」
「だから別にいいわよ。よく考えなくても悪いのは『魔王』だし。あたしもなんで怒ってたのか、バカみたいだわ」
「ペトラぁ……」
『ふっ、だからもっと早く話しておけばよかったんだ。逃げ腰になるのはお前の悪い癖だな』
「ただダレイオスには言っておくけど、あなたのことは許してないからね」
『あれえ!?』
ダレイオスが間の抜けた声を出すが、当然のことである。ダレイオスとペトラの関係修復はもう少し先になりそうだ。
「あ、でも、メリッサとの事はその、ほどほどにしておきなさいよね。冒険者家業に支障とかでると大変だし……」
「あれえ!?」
アレシャの前に更なる問題が浮上した。それは誤解であるとアレシャは必死に弁明するが、ペトラは顔を真っ赤にして聞きたくないと耳を塞いでしまっていた。それはヘルマンが戻ってくるまで続いたが、誤解が解けたかどうかは怪しいところだった。




