22 少女の旅情
早朝。
宿を引き払い旅の支度を調えたアレシャは商会の前でランドルフの見送りを受けていた。
「まあ、達者でな。俺は聖地の調査隊の報告を聞き次第、ヴォルムスの商会本部に戻る。なんかあったら訪ねてこいよ」
そう言ってランドルフはアレシャに一枚のカードを手渡した。アレシャはそれをしげしげと眺める。掌くらいの大きさで、ハンター商会のマークが記されている以外何の変哲もないカードだ。
「これは……?」
「商会本部に来たら、受付にそれを見せりゃいい。すぐに俺に取り次いでくれるだろうよ。これでもお偉いさんなんでな、アポとんのは結構大変なんだぜ?他にも色々使える便利なもんだ。なくさないように持っておいてくれ」
「へえ……。じゃあ、貰っておくね。それじゃ、またね!ランドルフおじさん!」
「おう」
ランドルフは最後にアレシャの頭をくしゃりと撫でると、その背中を押して送り出した。アレシャはそれに手を振り返し、待たせていた三人の元へ駆けよる。
「お別れはすんだわね。それじゃ、行くわよ」
「は、はい!」
ヴェロニカに連れられ、四人は商会を後にした。その姿が見えなくなってから、ランドルフも商会の中へ引っ込んでいった。
だが、アレシャたちは街から出ていなかった。目指すはこの街の転移魔法陣だ。セインツ・シルヴィアにはメイリスから直接向かうより一度アレクサンドリア近くまで転移した方が早いのである。行きと同じくヴェロニカが利用の許可証を見せ、光とともに四人は転移した。すでに何度も利用しているアレクサンドリア近くの転移魔法陣に転移し、そこから東に進路をとる。
「ひとまずの目的地はバルバロスの街ね。大河のほとりにある綺麗な街よ」
「バルバロス……。かつてその地で起きた戦の英雄の名をとって名付けられたとか本で読んだことがあるなあ」
「ほんと、アレシャはいろんな事知ってるわね……」
ペトラが半分感心、半分呆れたようにため息をつく。アレシャは褒められたと思い照れくさそうに頭をかいた。
「お喋りもいいが、ここはすでに街からだいぶ離れている。いつ魔物が出るかも分からんから、ちゃんと注意しておけ」
ヘルマンの冷静な忠告で少女二人は気を入れ直す。今の人格はダレイオスではなくアレシャである。アレシャはダレイオスに頼らず、自分の力でなんとかする気のようだ。
昨夜、アレシャはランドルフに体術の稽古をつけて貰っていた。アレシャは幼い頃にランドルフから体術を教わっており、いわば彼はアレシャの師とも言える存在なのだが、成長したアレシャの動きを見たランドルフはアレシャにEランクかDランク程度の実力はあるというお墨付きをくれたのだ。
それを聞いたアレシャは「わたしがそんなに強いわけない!」と否定したのだが、ランドルフに「俺が教えて弱いわけないだろ!」と否定し返されてしまった。自分に自信さえ持てればアレシャはそれなりの強さだったのだ。
やる気に溢れた拳を握るアレシャだが、そこにダレイオスが忠告する。
『自信と慢心をはき違えるなよ。私の力が無ければ、このパーティ最弱はお前なんだからな』
「うっ、分かってるって。これでも自己分析はちゃんとしてるほうだと思ってるし」
『自己分析のできているヤツがムセイオンに忍びこもうとするわけがないだろう』
「ううっ!あれはわたしも不思議なんだよね……。あんなビビりだったわたしがあんな大それたことするとは……。若さ故の過ちってやつなのかな……」
一人しみじみとしはじめてしまったアレシャに咳払いをしてダレイオスは話題を変える。
『少し前から考えていたことがあるんだが、私のガントレットを一度打ち直して貰おうと思っている。こいつはこれからも必要になるだろうが、サイズがさっぱり合ってないんでな』
「え、いいのかな?一応盗品だけど、それ」
『なら尚更だ。さっさと形を変えてしまえば盗品じゃないと言い張れる』
「ああ、なるほど」
それは納得していいことなのだろうか。だが、盗品云々はともかく、ガントレットを使いやすいようにしておくのは重要だとアレシャも思った。二人はバルバロスの街で腕の立つ鍛冶屋を探そうと決めた。
その日の夜。
野営の準備を進める中、アレシャはペトラを薪拾いに連れ出した。昨日ランドルフから言われたこと。信頼できる人間には秘密を明かしてもいいんじゃないか、それを実践しようとしているのだ。ヴェロニカに明かせばしばらく質問攻めにされて手に負えなくなるだろうし、ヘルマンはそもそも信用していいのか分からない。だから消去法で、という訳ではないのだが、アレシャは最初はペトラに話そうと決めたのだ。野営場所から少し離れたところで二人は立ち止まる。
「どこまで行くのよ。薪ならそんなに奥まで行かなくても拾えるでしょ?」
「ペトラ。わたし、あなたに告白したいの」
「ふえっ!?」
ペトラが狼狽える。心なしか顔が赤い。
「ま、まって!いきなりそんな、確かにアレシャは時々男らしくなるとは思ってたけど、まさかそんな……!」
「いや、そんなお決まりの勘違いはいいから。わたし、あなたに秘密にしてたことがあるんだ。聞いてくれる?」
ペトラが一瞬固まった後、まじめな顔で居直る。空気が読める子だった。アレシャは一つ息を吐いてから、ランドルフにしたのと同じように説明をする。ペトラのまじめな顔は途中から完全に間の抜けた顔になっていき、アレシャが話し終えても反応がなかった。
アレシャはペトラの顔をのぞき込み、手を振ったりしてみる。
「……ペトラ?」
「…………つまり、アレシャの中にはおっさんが住んでるってこと?」
「おっさん……まあそういう事かな?」
ペトラは大きくため息をついた。
「『魔王』とか正直わけわかんないけど、なんか今までのアレシャの珍妙な行動に説明がついたわ。言ってしまえば二重人格ってことよね?」
「それで間違ってないと思う。……ただ、今までみんなを守ってきたのはダレイオスさんで、わたしはただ見てるだけだったんだよ。ごめんね、今まで騙してて……」
アレシャがそう謝るが、ペトラは首を横に振った。
「別に謝る必要なんてないわよ。あたしも年相応のアレシャと男らしい方のアレシャはどこか別に扱っていたように思うし、騙されたなんてちっとも思ってないわ。男らしい方のアレシャに“ダレイオス”っていう名前がついたって思っておけばいいんでしょ?」
「あははっ、何それ。……でもありがと、ペトラ」
『ふっ、いい仲間じゃないか。あのときペトラに声をかけた私の直感は正しかったようだな』
ダレイオスが得意げに笑い、アレシャとペトラも笑い合う。しかし、そんな和やかな雰囲気も次のペトラの問いで消え去る。
「そういや、ふと思ったんだけど……。アレシャと『魔王』は視覚と聴覚を共有してるのよね?だったら、お風呂、とか、どうなってたの……?」
「そりゃ、ダレイオスさんも見てたよ。試験のときにわざわざお風呂を用意したのもダレイオスさんだし、それはもうバッチリだよ」
『あ、バカ』
笑顔が浮かべていたペトラの顔が真顔になる。様々な感情が湧き上がり入り交じったとき、人は真顔になるのだ。そして、静かに告げられた。
「アレシャとダレイオス。あたし、しばらく口聞かないから」
「『ええっ!』」
「あと、しばらくあたしとヴェロニカに近づかないでね。なんか、嫌だから」
「『ええええっ!』」
それだけ言い残すとペトラは回れ右をして野営場所へと立ち去った。アレシャは急いでその後を追うが、ペトラが振り向くことは無かった。
翌朝、四人は二つのグループに別れていた。前衛と後衛を分担しているわけではない。アレシャがペトラにハブられたのだ。そしてついでにヘルマンもハブられたのだ。
「なんだ、お前らいつの間に喧嘩したんだ。何故俺が巻き込まれているんだ。早く仲直りしろよ。俺がヴェロニカさんと話できないのはマズい」
「何がマズいのさ……。でも、こればっかりは、畜生……」
『……すまん。責任を持って私がなんとかしよう。なんとか、なるかなあ……』
どこか遠い目をしているアレシャを見て、ヘルマンは構うのをやめた。めんどくさかったのだ。ヘルマンがヴェロニカの後ろ姿を見つめる作業に戻ろうとすると、どこからか低い打撃音のようなものが聞こえた。四人はすぐさま警戒態勢をとる。次の瞬間、木陰から飛び出したのは、雄々しい角を持った巨体だった。




