21 語り部は代わって
——これが私とミネーの出会いと、その終わりだ。それ以来私はミネーの姿を見ていない。だが疑問に思う事など微塵も無かった。私はこの目で、血の中に倒れる彼女の姿を見たのだから。ミネーは死んだ、そう思って私はこの千九百年の時を超えた。……私から話せることは以上だな」
ダレイオスはそう締めくくり、大きく息を吐いた。想像していたよりも血にまみれた二人の関係に、話を聞いていた一同は口を開くことができなかった。
だがこれで、ダレイオスがミネーを憎んでいた理由も、ミネーがダレイオスに執着する理由も理解できた。と言っても、彼女の歪んだ欲望と思念を本当の意味で理解することなどできるはずもないのだが。
考えれば更にドツボにはまってしまいそうで、部屋の空気は順調に重苦しくなっていく。その換気の為に、ランドルフが話題を振る。
「まあ、その現場を見ていない俺たちには何とも言えねえが、お前の魔術の直撃を食らったんだろう?死んだと思う事に何の不思議も無いだろうな。だが——」
『ミネーは死んでいなかった。そういうことだ』
ランドルフの考えを代弁した英雄の宝剣リットゥの言葉に全員が頷く。
ミネーはこの後、今のダレイオスの話を凌ぐ大事件を引き起こすのだから。
アレクサンドリア王アレクサンドロスの殺害。どうやってかアレクサンドリア軍を動かし、そして、禁術『冥界術式』を用いてアルケメアを滅ぼした。それが全てミネーによるものであると、彼女自身の言葉とこれまでに得た情報が固く示していた。もしミネーがここでダレイオスに命を摘み取られていたと考えると、その辻褄が合わなくなってしまう。
「そうは言うけどよ。実際どうやって生き延びたんだ?死体は確認したんだろ?」
ブケファロスが疑問を呈すると、ダレイオスは再び記憶の引き出しを開け始める。そして、眉間に深く皺を寄せた。
「……私はヤツを叩き潰して方から、市街地へと急いだ。何とか騒動を収束させ、民の誤解を解くことも出来たんだが、その間王宮の事は他の兵士たちに任せきりにしていた。今回の事件による死傷者の遺体の回収もだ」
「そこにミネーの名の漏れがあったのか?」
「いや。上がってきたリストを確認して、私は一人一人の遺体と向き合った。そこでミネーの死体も確認したのだが、その状態が私の確認したものと違っていたのだ」
ダレイオスの氷塊による攻撃は、致命の一撃を与えた。だが、その時ダレイオスが確認した死体は出血こそ大量であったものの、損傷はそれほどではなかった。人間としての形は十分に保っていた。
だが、後から確認したミネーの死体は酷く損傷していたのだ。回収した兵士の話によると、後から崩落した瓦礫に潰されてしまっていたと言う。特徴的な髪色や体格、そして発見された場所がダレイオスの氷塊の落ちた場所と一致していたためにミネーであるというのは判別できたが、こうしてミネーが生きていたという事実を前提に考えると妙であった。
「瓦礫に潰されて損傷した。それは別におかしくは無い。だが、それなら何故、死因となった私の攻撃を受けたときは綺麗な状態を保っていられたのか。あの時私は疑問に思わなかったが、当たり所などという言葉では片付けられない」
『……じゃあ、その死体は実はミネーじゃなかったってこと?』
「そう考えるのが自然だ」
ダレイオスの話を聞いていた皆も同様の考えに行き着いた。そしてその工作をする可能性も機会も十分にあったと結論づけた。
元から共に連れてきた協力者か、もしかすると王宮の兵士や街の民間人かもしれないが、身代わりの人間をできる限り派手に殺し、瓦礫に埋もれされる。崩れゆく王宮の中なら人目につかない。チャンスはあったはずだ。
「髪色の偽装も不可能じゃ無いだろうな。ミネーが自分の髪を剃って、身代わりの頭に植え付ける。身代わりの髪色を変色させる。可能性を探せばどうにでもなる」
「なるほどね。それじゃあ、ミネーはその時生きながらえた。そう考えて話を進めた方がよさそうね」
フェオドラがそう判断し異論は出なかったが、ダレイオスだけは当事者であるだけあって何やら考え込んでいた。
『どうしたの、ダレイオスさん』
「ミネーが生きていた。そこに異論を挟む気は無いのだが、やはりどうやって私の一撃から逃れたのかが気になってな……」
そう言われてアレシャも考えてみるが、その現場を見ていないために何の可能性も思い浮かばなかった。ダレイオスにその理由が分からないのなら、ミネー以外他の誰にも分かりようがない。そう判断せざるを得なかった。
が、そこに以外なところから声がかかる。
『儂なら、その疑問に答えを与えてやることが出来るぞ』
それはブケファロスの手の中、リットゥから発せられた言葉だった。皆の耳が自分に傾いていることを確認してから、話を続ける。
『ミネーはあの時、確かに死を覚悟し受け入れる気であった。だが、ほんの一つの偶然が、彼女に生き延びるための執念を与えた』
「偶然?」
『そうだ。あの時、王宮を襲った爆破と火災。それによって一つ、隠されていたあるものがあぶり出されることとなってしまったのだ』
それを聞いてダレイオスは心当たりを探る。王宮が襲撃されたことによって露わになってしまった物とは何か。
だが、それほど考える事も無く答えは出る。ダレイオスが自身の王宮に隠していた物など一つしか無かったのだから。
「まさか、あの地下の魔物か!ミネーはあれを見つけたというのか!」
『その通りだ。炎は中庭の木々を焼き尽くしたが、その際、一カ所だけ炎が燃え移らなかった場所があったのだ。正確には、そこで燃えているはずの炎を視認する事ができなかったと言うべきであろう』
「ヘリオスの張った結界の効果か……。地下への階段を隠すための仕掛けが仇になってしまったというのか」
ダレイオスは悔しさを噛みしめる。ミネーの襲撃の本来の目的がその地下に隠した物だったのかどうかはハッキリとしないが、恐らくは偶然見つけてしまったもの。彼女はその先にある魔物を見て、それが秘めた絶大な力に勘づいてしまったのだ。
「地下の魔物ってのは、お前と『英雄』が討伐した、『七色の魔物』のオリジナルって話だったよな?それがミネーの命を救ったのか?」
そこにブケファロスが疑問を挟むと、ダレイオスはコクリと頷く。
「知っての通り、『七色の魔物』の最大の特徴は身体を覆う鱗だ。そしてその内では膨大な魔力が循環し、七重にもなる強固な障壁を発動させている。例えばミネーが、その鱗の一部をはぎ取って持ち帰っていたとしたら……」
『服の下に防具のようにして仕込んでいれば死は免れる事はできたはずだ。尤も、全てを受けきることはできずに大怪我を負ってしまったようだがな』
「だが今回に限っては、その怪我すら幸運だったわけだな。なにせ、出血のせいでダレイオスが死んだと勘違いしちまったわけだからな」
リットゥとランドルフが補足を加え、ブケファロスは大いに納得した様子で何度も頷いていた。ミネーが生き延びた謎についてはこれで無事に解明されたわけだ。
しかしその過程の中で、どうしても無視できないことがあった。
「リットゥよ。お前は何故それを知っていたのだ?そんな事実、ミネーしか知りようが無いと思うのだが」
『ああ、それもそうだね』
アレシャもその疑問に同意する。リットゥは当然であるかのように事の真相を語った。この喋る剣がただの剣ではない事は明白であるが、一体リットゥはどこでそれを知り得たのか。それは恐らくリットゥが一体如何様な存在であるかにも直結している事である。
ダレイオスは無言で視線を剣へと注ぎ、リットゥもまた沈黙していた。このまま長く静寂が続くのかと思われたが、少しの間を開けて、リットゥがゆっくりとした語りで口を開いた。
『そうだな。次は儂が語る番であろう。儂が何者であるのか、それも話の中でハッキリする』
「………………」
ダレイオスが大きく唾を飲み込んだ。リットゥが語るのは、ダレイオスが今先ほど語った続き。親友アレクサンドロスの死と、アルケメア王国の崩壊の真相だ。千九百年の昔からダレイオスが追い求めてきた全ての始まり。それがついに、明らかになる。
ふと視線を落とすと、自分の手が震えている事にダレイオスは気づく。それはついに真実を知る事ができる事への興奮と期待から来るものであると彼は思っていた。だが、次第にそれが違っていると気づく。
(恐れているのか、私は。自分を飲み込んだ悪意。それへ触れる事に恐怖を抱いている——なんと、情けない事か)
自分はかつては王として、今は仲間達を率いる冒険者として、自分は強い人間であると自覚し、そう振る舞っていた。だが、それはあくまで戦いの中での話だけであったと気づかされる。自分の心はこうも弱かったのか。ダレイオスは自嘲を込めて溜息をついた。
『ダレイオスさん、大丈夫?』
そこに聞こえてきたのは、彼自身にしか聞こえない、優しげな少女の声。今の彼にとって相棒と言える唯一の人物であった。そしてその相棒は、ダレイオスの心に生じた弱気を見通していたらしい。伊達に四六時中共にいるわけではないなと、ダレイオスは思う。
『わたしがこんな事言っても余計なお世話とか、お前が言うなとか思うかも知れないけど……。ダレイオスさんなら大丈夫!何ならわたしも一緒に居るし!』
「アレシャ……。本当に、お前が言うなという感じだな」
『はぁ!?』
「ふっ、冗談だ」
他愛も無いやり取りだったが、それは確かにダレイオスの心に纏わり付いた不安をぬぐい去ってくれた。ぷりぷりと脳内で起こり続けるアレシャを笑い飛ばし、ダレイオスは改めてリットゥへ向き直る。
「すまない。それで、全て話してくれるのだろうな?」
『勿論だ。語らせてもらおう。……だがその前に大前提であるのだが、儂が語る記憶は儂の物では無い』
「……どういうことだ?」
ランドルフが首を傾げる。自分の記憶では無いのなら、一体今から何を語ろうというのか。次いでそのように問うが、リットゥはそれも少し違うと言う。
『これは確かに儂の記憶だが、それはある人物から丸ごと受け継いだものだ。元々は儂の記憶では無いのだ』
「では、一体誰の——」
『『英雄』アレクサンドロス。彼の記憶だ。儂がこれから話すことはアレクサンドロスがその目で見て、その耳で聞き、その身で感じた全てに他ならない』
力強く言い放ったリットゥの一言が場の空気を支配し、ダレイオスの表情も一層引き締まった。親友が死の間際、何を思っていたのか。自分は今からそれを聞く事になる。知りたくても知る事が出来ないと思っていた事。それを前にして二の足を踏みそうになるが、ダレイオスの心は既に決まっている。
「話してくれ、英雄の宝剣よ。——全て」




