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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第三部
223/227

18 ペルセポリス襲撃事件

 僅かに感じるなどという大きさではない。足元がふらついてしまう程の振動がダレイオスらを襲った。ダレイオスはすぐさまヘリオスを呼びつける。


「すぐ近くで何かが爆発したに違いない!行くぞ!」

「はい。衛兵の二人も共に来るんだ」

「は、はっ!」


 ドアを蹴破る勢いで飛び出し、彼らは人混みの中へと飛び込んだ。そこはまさに混乱の極地にあった。誰もが我先にと逃げだそうと押しのけあい、泣き声や叫び声がこだましている。人の流れはとある一点から押し寄せているように見えた。ならばダレイオスたちが向かうのはその源だ。


「あそこだ。煙が立ち上っている。急ぐぞ!」


 市街地の一点を指さしてダレイオスが言い、流れに逆らって彼らは突き進む。

 目的とした場所はすぐ近くだった。

 そしてそこは、まさに壮絶な火事場であった。石造りの王宮と違い、一般的な民家は木材を中心として作り上げられている。それが先ほどの爆発による火種を瞬く間に成長させ、これほどまでの火炎を生み出した。

 イヤでも鼻につく様々な物が雑多に焼ける臭い。ダレイオスは思わず顔をしかめる。戦に身を投じた彼だからこそ分かる。間違いない。人が燃えていた。


「ヘリオス、消火するぞ!」

「御意!」


 二人の手練れの魔術師が青の魔法陣を瞬時に展開する。溢れ出した水流が全てを押し流し、荒れる炎の波を飲み込んだ。同行していた衛兵はただポカンと口を開けていたが、ダレイオスがすぐに彼らに鋭い指示を飛ばす。


「ぼさっとするな!一人は怪我人の確認、もう一人は応援を呼んでこい!最優先は人命救助と避難誘導だ!」

「「かかかしこまりました!」」


 衛兵二人はすぐさま与えられた職務に取りかかる。ダレイオスは完全に鎮火した事を確認すると、ヘリオスを連れて近くの建物の上に飛び乗った。そして広がるペルセポリスの街を見渡したのだが——


「やはり、か。爆発は今のだけじゃなかった。彼方此方から煙が上がっている」

「煙の大きさから見ても、かなり大きな爆発があったことが窺えます。襲撃者は手練れの魔術師でしょう」

「しかも示し合わせたような同時爆破。組織だったものなのは間違いないが、どこにそんな輩が……。とりあえず、お前は一度王宮へ戻って宮廷魔術師を連れてくるんだ」

「承知いたしました」


 深々と頭を下げ、ヘリオスは屋根伝いに走り去っていった。幾らダレイオスが『魔王』と呼ばれるほどの男であっても、分散して事が起きてしまっては一人ではどうにもならない。今はとにかく人手が欲しかった。


「なら、応援が来るまでの間に情報を集めるとするか。こんなふざけた事をしでかした輩をふん縛ってやらんとな」


 彼はひとまず、未だ大きく煙が残る場所へ向かうことにして、勢いよく走り始める。

 その場所も、ダレイオスが先に見つけた場所と負けず劣らずの悲惨な現場であった。火と人と泣き叫ぶ声が混濁した地獄の光景。衛兵たちが共同水道から汲んできた水で消火を試みているが、まさに焼け石に水だった。火は情け容赦なく勢いを増していく。

 そろそろ逃げねば自分たちもマズい。衛兵たちがそう思い始めたその頃。彼らが瞬き一つした時、既に火は水流に飲まれて牙を抜かれてしまっていた。現場にいる者達が一様に呆然とした表情を見せる中、ダレイオスが地面に降り立つ。そして近場にいた衛兵を一人捕まえた。


「おい、そこの君」

「お、俺か!?」

「私の顔を知っているな。あまり時間が無い。聞いたことにすぐに答えてくれ」

「顔…………だ、ダレイオス様!は、はい!なんなりと!」


 ピシリと背筋を伸ばしきって敬礼する衛兵。全身が緊張で硬直仕切っているが、残念ながら衛兵君に気遣っている余裕はダレイオスに無かった。彼は抱いている疑問を次々と投げつけ始める。


「何があった。爆発で間違いないのだな?」

「はい。私は発生時すぐ近くにいたのですが、突然あそこの物陰が吹き飛んで、あっという間に火の海に……」

「犯人は?見たのか?」

「犯人、ですか……。それが、その……」

「時間が無いのだ。何でもいい、話してくれ」

「は、はい。その……宮廷魔術師の方が、その手に魔法陣を開いておられて、その直後、あの爆発が起こったのです」

「何だと……?」


 最後は消え入るような声で衛兵は口にした。それを聞いたダレイオスは目を見開いて驚きを露わにする。まるで信じられない証言だった。今の話は、この爆破の犯人が宮廷魔術師の人間であると言っているようなものではないか。

 そもそも宮廷魔術師はダレイオスの直轄組織だ。彼らに現在与えられている仕事について、彼は全て把握していた。しかしその中に、ペルセポリス市街地での仕事の予定など存在していなかったはずだ。非番の者がわざわざ宮廷魔術師の装いに身を包むという事も考えにくい。あらゆる違和感がダレイオスの中に渦まく。そして同時に、更なる情報が必要だとも思った。


「情報感謝する。諸君らはすぐに怪我人の救助にあたってくれ。私は次へ行く」

「は、はい!感謝いたします!」


 衛兵たちの敬礼を背中に受けながら、ダレイオスは次の現場へと走る。

 そこもまた大きな炎が渦巻いていたが、衛兵たちによって延焼をせき止められていた。迅速な対処に感心しつつ、ダレイオスは衛兵の一人に先ほどと同じ問答をする。

 そして帰ってきた回答は、同じものだった。


「宮廷魔術師がこの場にいた。間違いないのか?」

「は、はい。私と、隣のこの者も見ているはずです。なあ?」

「ええ。宮廷魔術師の方とお会いする機会はほぼ無いですが、彼らは我々の誇りであり憧れでございます。見間違えると言うことは有り得ないかと」

「そうか……。助かった。引き続き職務にあたってくれ」


 今の衛兵の言葉を反芻しつつ、ダレイオスは更に他の事件現場も回っていく。しかし二つ、三つと回って同じように問いかけたが、帰ってくる言葉は全て同じだった。

 事件現場で、魔法陣を手にした宮廷魔術師を見た。

 その恐るべき目撃証言が覆ることはなく、寧ろ全ての現場で同様の証言が得られた事で、事実であると裏付けられる結果となった。

 そして非常にマズいことに、その宮廷魔術師の姿を見たのは一部の衛兵だけではなかった。日中の人通りが非常に多い時間帯。数多くの民間人もまた、宮廷魔術師の姿を目撃していたのだ。


「何だってこんなことに!宮廷魔術師がこんな事件を起こすなんて!」

「馬鹿言うな!彼らがこんな事するワケねえだろう!」

「だが、あんな爆発を起こせる人間なんて、そうおらんだろう。手練れの魔術師の仕業と考えるのが自然だ」

「それは、そうだが……」


 街の至る処でこのような会話が繰り広げられているのを、ダレイオスは情報収集をしつつ耳にしていた。人々の間では、すでにこの事件の下手人が宮廷魔術師であるという認識が出来上がりつつあるようだ。

 しかしダレイオスは確信している。宮廷魔術師がこのような事件を起こすわけがない、と。間違いなく、宮廷魔術師に扮した不届き者達の犯行である。残念ながら、民衆には誤解されているようだが。


「あまり放置できる問題では無いな。一刻も早く犯人らを捕まえて誤解を解く必要がある。ヘリオスの応援は——」

「ダレイオス様!」


 ダレイオスを呼ぶ臣下の声。いつもベストタイミングで現れる事にダレイオスの中で定評のあるヘリオスだ。ダレイオスはすぐ隣に下りたった臣下へ向き直る。


「早かったな、さすがだ。宮廷魔術師たちはどうした」

「分散して各現場へ向かわせました」

「そうか……。それは余り良くないかもしれんな」

「どういうことでしょうか?」

「ああ、実はな……」


 首を傾げるヘリオスへ、ダレイオスは自分が集めた情報について手早く説明した。それを聞いたヘリオスの眉間に深く皺が刻み込まれる。彼は宮廷魔術師の長だ。その役目を任されている事に誇りを持っている。故に、自分の組織の存在が利用されていることに、激しい憤りを感じていた。


「ダレイオス様、急ぎましょう。宮廷魔術師はアルケメアの要。その信用が悪戯に貶められるなどあってはなりません」

「ああ、行くぞ。一人でもふん縛れれば、全部吐き出させてやる」


 ダレイオスは拳を付き合わせて気合いを入れると、自分の中に意識を集中させた。自身という存在が広がっていくような感覚。それが市街地一帯を包むまでになったとき、ダレイオスはいくつかの魔力の反応を捉えた。これまでと同規模の爆発を起こせるだけの魔力量を持った反応だ。


「見つけた。ここから一番近いのは、北東の裏路地だ」

「参りましょう」


 二人は力一杯地面を蹴って風のように駆け、目標の路地へ飛び込んだ。

 そして、目にした。宮廷魔術師のローブを纏った、数人の男の姿を。彼らは二人の姿には気づいていないようだ。いや、気づいたところでどうしようも無いのだが。

 ダレイオスが一番に懐に飛び込むと、相手の内、二人の頭を掴み上げて壁へ

叩きつけた。半分壁にめり込むほどの衝撃で昏倒してしまう。

 男達はそこで襲撃を察知したのだが、次の瞬間にはヘリオスの掌底で顎を鋭く打ち抜かれていた。流れる連続攻撃で更に二人が意識を失う。最後に残ったのはたった一人。悲鳴を漏らしながらドタドタと逃げ出そうとする。が、彼の行く手には拳を振りかぶったダレイオスが。ズンと重い衝撃が腹部に加えられ、男の視界が暗転して——


「おっと、そうはさせんぞ」


 冷水が男の顔面にぶちまけられた。手放しそうになっていた意識を無理矢理握らせられ、男は激しく咳き込む。ぞんざいな扱いだが、何せ余裕が無い。ダレイオスは男の顔を突かんで自分の方へ向かせる。


「いいか、聞いたことに答えろ。お前たちは何者だ?どういった集団だ?」

「は、はっ、なんで、んなことお前に……」

「一つ言っておく。あまり時間が無い」

「ぐあぁぁあ!」


 男の身体をバチンと電撃が走り抜けた。ダレイオスが掴んだ手から僅かに電流を流し込んだのだ。ほんの一瞬であるので意識を失う程では無いが、ダレイオスがちょっと力を込めれば瞬時に丸焦げだ。男も今のでそれが分かったようで、恐怖から目に涙を溜め始める。


「見たところまだ若いな。こんなところで死にたくはないだろう?」


 ダレイオスが真正面からの脅しをかけると、男は首がもげんばかりに激しく頷き、改めてダレイオスの問いに答え始めた。


「俺たちは別に、何かの組織なんかじゃねえ。この都の賑わいに乗じて一稼ぎしようって考えたごろつきどもの集まりなんだ。ある人の呼びかけで一緒にいるだけだ」

「ある人とは?お前らの目的は?」

「さ、さあ、分からねえ。自分の素性を他人にゃ開かさねえってのが、俺らの暗黙の了解だからよ。そんな奴らが集まってるんだから、目的も単純だぜ。騒ぎに乗じてめぼしいモンをかっぱらうってだけだ。衛兵の目をそっちに引いている間にな」


 ダレイオスは男の目をじっと見つめたまま、その主張を黙って聞く。彼は観察眼には自信がある。それを信じるならば、この男は嘘を言っていない。

 となると、彼らの目的は単なる強盗という事になるのだが、ダレイオスはとても納得できなかった。それならば態々宮廷魔術師に扮する必要は無い。必ず別の目的が存在するはずだ。

 と、そこまで考えたところで、ダレイオスは一つ重大な事実に気づく。ダレイオスが掴み挙げているこの男から、それほど魔力を感じないのだ。決して少なすぎるワケでは無いのだが、攻撃魔術を自在に使うことなど不可能だろう。何より、先ほどは確かに感じた大きな魔力反応が消えていることが奇妙であった。


「……ん?」


 そこでダレイオスの感覚に引っかかったのは、男とは別の魔力反応。それは彼が腰に下げた袋から発されていた。ダレイオスはそれを引っ付かみ、中を探る。


「こいつか……!」


 彼が引っ張り出したそれは、魔法陣が描かれた一枚のカード。そこからかなりの魔力が溢れ出していた。このカードの魔法陣の中に魔力が閉じ込められている。これならば、魔術を知らぬ者でも一回きりだが使うことが可能だ。


「おい、こいつは何だ!」

「そ、そりゃあ、俺らを纏めてるある人から貰ったもんで、こいつを使って騒ぎを起こせと……」


 語調を荒げるダレイオスに怯えながら、男は答えた。それを聞いたダレイオスは数瞬考え込むと乱暴に男を投げ捨て、問いかける。


「他に知っている事は?」

「い、いや、暴れた後は指示を待つ事になってて、後は何も知らねえ」

「……そうか。ご苦労だったな」


 呟きと共にダレイオスの手刀が男の首にめり込み、男は昏倒した。他のごろつき含め、しばらくは目を覚まさないはずだ。縛って放っておけば、後は衛兵が何とかしてくれるだろう。そう判断したダレイオスは、手に入れた情報を頭で素早く整理していく。


 今回の事件を起こしたのは、先ほど捕まえたようなごろつき達に間違いない。彼らは物盗りを目的としているというが、そんなはずが無い。彼ら束ねる“ある人”には別に目的があり、そのための道具としてごろつきを利用していると考えられる。

 そのために“ある人”は二つの物を用意した。魔法陣の描かれたカードと宮廷魔術師の装束だ。

 しかし前者の代物を作るには、物体に魔力を定着させる高度な技術が必要だ。それこそ宮廷魔術師に匹敵するほどの。後者に関しても、楽にはいかない。目の前に横たわる物の衣装をみると、本物の衣装とかなり精巧に似せられていた。祖人数分を用意するには、かなりの手間がかかったことだろう。


(つまり、それだけの労力を惜しむだけの目的があるということか。態々爆発の魔術を使わせ、宮廷魔術師の服を着せる。宮廷魔術師が事件を起こしていると誤認させようとしているのだろうが……)

「ダレイオス様!」


 そこで彼の思考にヘリオスが割り込んできた。視線を向けると、彼は魔法陣を通して通信しているところだった。通信先からは何やら慌てた声が聞こえて来る。


「他の宮廷魔術師たちからの通信です。どうやら市民たちに『どういうことか』と食ってかかられ、犯人たちの確保にまで手が回らないようです」

「マズいな。そうしている内に次の爆破が起きるぞ。先に衛兵と王宮の兵士を回して混乱を解消しなければ——」


 そこでダレイオスは一つの可能性に気づく。

 ペルセポリスの街で魔術による事件を起こす。その対処には、魔術のプロである宮廷魔術師が送り込まれる。しかし彼らは、犯人が宮廷魔術師に扮していたために身動きがとれない。その問題の解消のために、別に兵士たちを派遣することが必要になる。そこまですれば時間はかかるだろうが、事件は直に収束するはずだ。

 しかしその間、もぬけの殻となってしまう場所がある。他でもない、王宮だ。全く人がいなくなるというわけではないが、主要戦力は全て市街地にいる。ダレイオスの性格を知る者なら、事件が起きれば彼が先頭に立って解決しようとする事も想像できるはず。狙って王宮内を確実に手薄にすることができるのだ。


(待て、私を良く知る人物だと?私の交友関係の中に、こんな事件を起こすような者は——一人、いるではないか!)


 およそ一年王宮で共に過ごし、その間ダレイオスと積極的に接触を試みていた人物。ダレイオスに対して執着していた人物。不穏な予感とともに姿をくらませた人物。

 その人物が王宮で何をしようとしているのかは分からない。だが、この不思議と腑に落ちる予感を無視することはダレイオスにはできなかった。


「ヘリオス!私は王宮へ戻る!市街地の問題はお前に任せた。兵の使い方も全て一任する」

「ダレイオス様!?……承知いたしました!」


 ヘリオスは一瞬の戸惑いを見せたが、主の言葉を疑う事無く力一杯頷いた。続いて通信用魔法陣を用いて指示を飛ばし始めるヘリオスを見届けつつ、ダレイオスは王宮への道を急ぐ。

 ダレイオスが王宮へ続く大階段に足をかける。まだ王宮内には兵士が残っている。今ならまだ間に合う。そう希望を抱いた瞬間——王宮から激しい爆炎が巻き起こった。

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