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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第三部
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17 荒れる人波

「……なるほど、そのような事があったのですか」

「ああ。まさかあそこまで逆上するとは思っていなかった」

「私はてっきり、ダレイオス様がミネーを部屋に連れこんで襲ったあげく心に傷を負わせてしまった現場に遭遇したのかと」

「それは、あんまりじゃないか?」

「冗談でございます」


 先の騒動から人心地ついて、ダレイオスはヘリオスに何が起きたかの詳細を語った。

 一通り聞き終えた上で軽口を叩くヘリオスだったが、表情は真剣そのものだった。彼は『ミネーがダレイオスへ純粋な恋愛感情を抱いている』と考えていた人間の一人だ。その想定を越えた展開に、自分の見識の甘さを噛みしめていた。


「しかし、それでは彼女の最後の言葉が引っかかるわけですね」

「ああ。『分かっている』などと告げて勝手に出て行ってしまったが、明らかに尋常ではないだろう。ヤツの頭の内では何かが歪められているに違いない」

「確か、『ダレイオス様の望みを全て叶える』というような事も言い残して行きましたね。先の話を聞く限り、そのような“望み”に関する話題は無かったと存じますが」

「全くもってその通りだ。何が何だか……」


 ため息をつきつつ、ダレイオスはヘリオスが淹れた紅茶をすする。つう先ほどまでの荒れた時など無かったかのように、二人は悠々とした時を過ごす。

 追いかけるべきではないだろうか。そのように思う者もいるだろう。しかし、二人には共通した予感があった。

 ミネーは既に、この王宮を去った——と。

 行く先は分からないが、何かの思惑を抱えて都を出たのだと半ば確信めいていた。暗闇のような先の見えぬ不安と共に。

 ダレイオスはミネーの心の内を読み解いた気になっていた。自分を何かしらの思惑の元に利用しようとしていると。そのために自分を籠絡しようとしていうと。

 しかし、彼女の内に潜むはそんな浅いものではなかったのだ。彼女が消えた今、どれだけ頭を振り絞ろうとも知ることの出来ない真実。それを思って二人は何とも歯がゆい思いを抱くのだった。




 しかし、日々というのは容赦無く過ぎて行くものである。ミネーという漠然とした不安は、ただただ不明瞭なものにすぎず、王として国を動かすダレイオスにとって、そればかりにかまけている余裕など残念ながら無かった。

 ペルセポリスとアレクサンドリアを繋ぐ街道の完成が、その大きな要因である。これまでは確かにあったものの、それほど多くは無かった人間の往来。それが爆発的に増えることとなったのだ。これまでは街の外となれば、十中八九とは言わずとも魔物と遭遇する危険性が常に付きまとっていた。戦う術を持たない者が己が身を危険に晒してまで遠くの地へ行こうと思う事は稀であったのだ。

 しかし街道の完成と共に両国の監視の目が加わったことで、状況は激変した。たとえ魔物と言えど、その実体はあくまで野生動物。自分たちに害を成す可能性のある、武装した人間達に不用意に近づこうなどと思うまい。それでもなお襲ってくる奇特な魔物がいたとしても、そこは優秀なアレクサンドリア兵あるいはアルケメア魔術師のことである。瞬く間に討伐され、街道には再びの平穏が訪れる。即ち、この街道はこれまででは有り得ない安全が確保されているのだ。

 そしてその街道の利用者が増えるに伴って、数多くの宿場街が街道沿いに誕生した。それが利用者の増加に、更に拍車を掛けることとなったのだ。今では、ペルセポリにやってくる人間は街道ができる前の数倍にまでなっている。物流と金銭の動きもまた段違い。都はかつてない活気につつまれ、アルケメアに非常に大きな影響をもたらしたのだ。ダレイオスもいつものようにサボっているような余裕も無く、国の最高決定権を持つ者として目の回るような忙しさに悲鳴を上げていた。


 しかしその日は、ダレイオスに与えられた束の間の休息と言える日であった。彼は活性化した街の様子をその目で確かめようと、視察と称してペルセポリスの市街地に繰り出していた。ヘリオスも付き添っているので、サボりではない。しかし、これまでのひたすらな事務仕事と比べれば数段、気の休まる仕事であるのは明らかだった。

 中央通りの繁華街を人に揉まれながらダレイオスは歩く。その格好はお忍び用の質素な服。王になる前のダレイオスが来ていた服であるのだが、民は煌びやかな姿のダレイオスしか知らないため、髪型も変えた今、誰もその正体に気づく様子は無い。すぐ横のヘリオスも同様である。


「いや、凄い人の数だな。これほどの盛り上がりはペルセポリスができて初めてだぞ」

「そうですね。街道とは縁の無い地方の田舎町からも、この賑わいに乗っかって訪れる者が多いと聞いています。直に落ち着くとは思いますが、それでも活気が止むことはないでしょう」

「そうか。それは誇らしい限りだ。頑張った甲斐があったというものだ」


 店先で物を売り、物を買う人々の笑顔を見て、ダレイオスはしみじみと呟く。あちらこちらから商談の声が彼の耳に聞こえきていた。それを聞く限り、『貨幣が無いから物々交換でどうだ』という内容の物が多いように思えた。貨幣経済が基本で無い地方から来た者だろう。つい先ほどヘリオスの言った事の証明でもある。

 そして、そういった交渉を持ちかけられている商売人たちは満更でも無い表情だった。地方の品物は彼らにとって珍しく価値あるもののようだ。元気の良い乗った買ったの声が飛び交う。


「ダレイオス様も何かお買いに求めになられますか?」

「そうだな……。雑多な物を気の向くままに買うなんてこともできなくなってしまった。昔を思い出してみても面白い。お、これなどどうだ?」


 そんなダレイオスが一つの露店に目を付け手に取ったのは、奇妙な木彫りの置物だった。乳房が六つある半裸の女性の像である。端的に言えば、センスがない。少なくともヘリオスにはそう見えた。趣のあるものだとしても、そんな最初に手に取る類いのものではないし、笑顔で勧めてくるようなものでもなかった。

 故にヘリオスは何とも切なげな表情を返すことしかできず、ダレイオスもそれで大体察して大人しく置物を元あった場所へ戻して再び歩き始めた。


「……ダメか」

「ダメです。ああいうのを買おうと思ってしまうところが、ダレイオス様がモテない所以では無いかと」

「そういうことを面と向かって言うな!……まあともかく、ああいった物までペルセポリスに流れてきているなら、品の供給は十分過ぎるくらいだろうな」

「はい。アレクサンドリアは港街ですから、船の交易で得た品が存分に流れてきているようです」

「それはアレクサンドロスのやつも言っていたな。『ウチから良い品を存分に流してやる』と。どれ、他には何があるか……」


 そうして再びダレイオスが店先へと視線を巡らせ始めたその時。ダレイオスの耳に何かが壊れるような音が聞こえてきた。大勢の人間は買い物や会話に夢中でそれには気づいていないらしいが、ダレイオスの鋭い耳は確かにそれを捉え、ヘリオスと一瞬だけ視線を交わすと人混みをかき分けてその音のした方へと近づいていった。

 そこは大通りから脇に入った路地だった。賑やかな大通りに人を取られ、人通りはまばらだが、大通りから漏れてしまった幾らかの商人はそこに店を構えて通りかかる人間相手に自慢の品を売りつけようとしていた。音の出所は、そんな店の内の一つだった。


「止めろ!返せ!」

「くそ、暴れやがって!衛兵が来やがったらどうすんだ!急いでずらからねえと……」


 それは、店先に並んでいた美しい意匠のアクセサリーが地面に散らばり、それらが乱雑に詰め込まれた袋を担いだ一人の男がその場から走り去ろうとしている現場だった。店主と思われる男が逃がすまいと必死にすがりついており、明らかな悪漢による強盗の現場であった。


「おい、待て」


 ダレイオスが呼び止める。男は舌打ちしながら振り返るが、相手の姿を見て少し表情を緩めた。衛兵が来たのかと思ったが、現れたのが何てことの無いただの男だったからだ。彼の目には、そう見えてしまった。


「ちっ!いい加減離しやがれ!」

「ぐあっ!」


 ダレイオスを無視することにした悪漢は乱暴に店主を振り払うと、脱兎の如く駆け出す。

 だが、男が幾ら足を出しても何故か前へ進まない。いつの間にか視界がぐるぐると回転していた。彼が現状を理解した時、既にその身は地面に強く打ち付けられていた。


「動くなよ。抵抗するなら、もう一回ぶん投げてやる。今度は頭から落ちるかもな」


 ダレイオスが目をしばたたかせている男の腕をとって地面へ押さえつけた。一瞬にして力の差を見せつけられ、抵抗する気力は既にそぎ落とされてしまっている。騒ぎに少しずつ人が集まり始める中、悪漢は店主提供の縄によって綺麗に拘束されてしまった。


「どいてくれ!何の騒ぎだ!」


 そこに人をかき分けて二人の衛兵がやってくる。そして簀巻きにされた男を見て状況を察したようだ。ダレイオスへ向けて丁寧に頭を下げる。


「どうやらお前が鎮圧してくれたようだな。感謝する」

「何、大した事ではない。どれ、これ以上騒ぎになる前に運んでしまおうか」


 ダレイオスがそうして男を担ぎ上げる。衛兵二人は、そこから先は自分の仕事であると言おうとしたのだが、その時ダレイオスの顔を正面からしっかりと見ることになった。そして隣に立つヘリオスの顔も同時に視界へ入る。片方なら他人のそら似で済むが、さすがにセットとなれば鈍い人間でなければ気づく。衛兵もそれに違わず、口をぱくぱくとさせて驚きを表現していた。ダレイオスはそんな二人の肩を叩き、その場から去っていった。


 そしてそのまま衛兵の詰め所へと四人と罪人一人は移動した。しがない衛兵二人は国のトップ二人と共に行動している事にガチガチに緊張していたが、ダレイオスはいつもの調子で話しかける。


「それで、どうだ?仕事は頑張っているか?」

「は、ははは、はい!民の為、精一杯職務に励ませていただいております!」

「そうか。それは何よりだ。ああ、今日はお忍びの視察なんだ。私を見たことは内緒で頼むぞ」

「も、勿論でございます」


 受け答えするだけで衛兵は疲労困憊という様子だが、ダレイオスはやはり気にせぬ様子で出された茶をすする。ヘリオスはため息をつきつつダレイオスに代わって、この詰め所にまでやって来た理由を果たすことにする。


「あのような騒ぎはやはり増えているのか?私の耳に入ってくるのは大きな事件ばかりで、あのような小さな事件は中々知る事ができないのだ」

「は、はい。人の多さに乗じた犯罪はかなり増加しているかと。も、勿論最善は尽くしているのですが、どうしても手が回りきっておらず……」


 言いにくそうに衛兵の一人が語るが、ダレイオスもヘリオスもそれを責める気にはならなかった。彼の語る現状こそ、繁栄を見せるペルセポリスにおける悩みの種であったからだ。

 街道の完成による往来の増加。それは必ずしも利益だけをもたらすものではなかった。大勢の人間に紛れて良からぬ者が国を行き来するようになってしまったのだ。どれも重篤な犯罪と言うほどのものではなく、物盗りやもめ事からの暴力沙汰などが主だが、件数はこれまでと比較できない程に増えていた。

 その解決策として、都へ入る者の選別を行うという案が出たのだが、現状の出入りする人間の数を鑑みると、どうにも現実的ではなく、騒ぎの場にいち早く駆けつけるという対処療法的処置しか取ることが出来ていないのだった。

 ダレイオスとヘリオスが街へやって来た理由の一つが、治安に関する現状を正確に知ることである。そういった意味では早速目的を達することができたわけだが、喜ぶことなどできようはずもない。衛兵の話を聞いてダレイオスは頭を悩ませる。


「アレクサンドロスの話では、アレクサンドリアも似たようなものらしい。どうにか解決策を見出さんとな」

「そうですね……。やはり衛兵の増員が効果的でしょうか」

「それでは結局事後対処の現状は変わらん。……街道に検問を作り、事前に選別するというのが理想だが、アレクサンドロスと近いうちに話し合う必要があるな」


 ダレイオスが呟き、茶に再び口をつけようとする。が、その手がピタリと止まった。


「ど、どうかなされましたか?ま、まさか私供の出した茶に何か、至らぬ点でも……!?」

「いや、さっきまでがぶがぶ飲んでいたから大丈夫だ。そうではなく……今、揺れなかったか?」


 ダレイオスの手にしているカップの水面。そこには小さいものの、手の震ええは有り得ないほどの波が確かに立っていた。ヘリオスも自分のカップを見て怪訝な表情を浮かべる。何かあったのかもしれない。ダレイオスはカップを立ち上がり、ドアへ足を向けた。

 その瞬間、カップの水面が轟音と共に跳ね上がった。

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