15 都を眺めながら
季節は巡り、ペルセポリスにも冬がやって来た。
とは言っても、アルケメア帝国は一年を通じて気温が高く乾燥した土地にある。雨が少ないこともあって、雪が降るなんて事も稀である。
だが、今年の冬の寒さは例年と比べて大分厳しかった。ペルセポリスとアレクサンドリアを繋ぐ街道工事現場も、寒さに震えながらの作業が続いていた。そうして着工から一年が経とうとしていた頃、ついに終わりを迎える。
「ダレイオス様、現場から報告がありました。先ほど最後の補強作業が完了し、全行程が終了したそうです」
「そうか、ご苦労だった」
ヘリオスの報告を受け、自室で書類に目を通していたダレイオスは椅子に深く沈み込む。
「そうか、ようやくか。長くかかったな」
「あの長さの道を一年足らずなら、十分過ぎるほどの早さだと思いますが」
「……感慨に浸っているんだ。そういう事は言わなくていい」
「そうでしたか。失礼いたしました」
恭しく頭を下げるヘリオスにため息をつきつつ、ダレイオスは立ち上がる。
「どちらへ?」
「少し街の様子を見たくなっただけだ。お前も来るか?」
「お供いたします」
どこへ行くかは明言しなくとも意志をくみ取った臣下は、颯爽と部屋を出る王の後ろへ付き従う。
二人が向かうのは、ダレイオスのお気に入りの場所だ。自分が収める街と民をを一望できる王宮の高台。ダレイオスはそこから見える景色を見ながら物思いにふける事がある種の日課となっていた。上階へ向かう螺旋階段へと向かい廊下を歩く。
と、その道中で一人の女性とはちあう。
「ダレイオス様、ご機嫌いかがでしょうか」
「ミネーか。中々悪くないぞ。先ほど街道が完成したとの知らせが入ったのでな」
「そうでしたか。それは喜ばしい限りでございます」
ダレイオスが上機嫌に言うと、ミネーは柔らかな笑みを浮かべた。
何のわだかまりも無い、穏やかな会話風景。だが、二人の関係性が変わったというわけではない。相変わらずミネーがダレイオスに片思いを抱いている——という認識のままである。宮廷魔術師たちも二人の動向には変わらず興味津々だ。
では何故ダレイオスの隈がスッキリ消えたのかというと、単純にダレイオスがこの状況について割り切ってしまったからである。単純に気にしても仕方ないという事に気づいたのもあるが、何より新しくなったミネーと正面から会話していく内に気づいた事も幾らかあり、それによって自分自身の心の整理がついたというのが大きかった。
それから二人は他愛の無い世間話をしばしの間交わし、最後にミネーが小さな包みを取り出した。
「では、これを。先日お話しした、手作りの菓子です」
「ああ、いただこう」
ダレイオスがそれを受け取ると、ミネーは再び笑みを浮かべる。そしてダレイオスとヘリオスへ一礼して去っていった。
それを見送ってから二人は再び歩き始め、ダレイオスはヘリオスへ問いかける。
「団長のお前から見て、ミネーの様子はどうなんだ?」
「才能はコレまで通り目を見張る物があります。他の団員とも積極的に関わっていて、今の団の中心となっています」
「……まあ、アレほど人気を集める要素を兼ね備えた人間もそうはおらんな」
それにはヘリオスも同意する。将来有望な才能、麗しい美貌、気さくな人柄。最初の印象が悪かっただけに、上がり幅が大きいというのもあるのだろう。もし彼女の事を悪く言う者がいたとしても、嫉妬していると思われるだけなのは目に見えている。今のミネーを嫌う者などいやしなかった。
「組織を束ねる者としては、喜ばしい事です。新人に負けていられないと、他の団員達も以前よりも技術の向上に努めるようになってきています」
「そうか、それは何よりだな……」
ダレイオスはそう呟くも、心はその言葉に乗っていないようだった。ヘリオスはそれに聡く気づき、問いかける。
「どうかなされましたか?何か気になることでも」
「語って聞かせるほど明瞭なモノでもない。……ただ、近いうちにもう一度ミネーと腹を割って話す必要があるだろう」
ダレイオスの語調から、それが単なる色恋についての話ではないというのは察せられた。しかし互いの事を深く理解し合っている間柄であっても、ヘリオスには言葉以上の事は分からなかった。それでもダレイオスならばいずれ語ってくれるだろうと判断し、それ以上問うことも無く主の背中を追って歩く。
そして程なくして二人階段を上りきり、目的の場所——王宮の高台へと到着した。暗い階段を抜けた瞬間、空が、世界が一気に広がる。この開放感をダレイオスは気に入っている。
その眼下に広がる王都ペルセポリスには変わらぬ日常が広がっていた。それぞれが生きてゆくために汗を流して働き、あちらこちらから活気溢れる声が上がっていた。心地よい声にダレイオスは自然と笑みを浮かべてしまう。
「我がペルセポリスは相も変わらず美しい。大勢の人間の営みが絡み合い、一つの大存在として確立している」
「そうですね。私もそう思います」
一歩退いた傍らでヘリオスが頷く。こうしてダレイオスの臣下として王宮で働くようになって、それなりに長い年月が過ぎた。最初は小さな一都市でしかなかったペルセポリスがこのような大都市となるまでの変遷を彼は王の隣でずっと見守って来た。この王都へ対する思い入れも一入であり、ダレイオスの言葉に心から同意することができた。
「私とお前の付き合いも、もう十年以上になるのか。まだ若造でしかなかった私が王となった時から、ずっと尽くしてきてくれた。頭が上がらんな」
「何を言いますか。私が貴方から受けた恩はまだまだ返しきれておりません」
「恩、か。故郷には時折戻っているのだろう?何か変わったことはないか?」
「はい。ダレイオス様に戦火から救っていただいてから変わらず、のどかな田舎町のままです」
「それは何よりだ。……私もその内顔を出してみてもいいかもしれんな」
「本当ですか?皆、喜びます」
思わぬ朗報にヘリオスは笑みを浮かべた。ダレイオスはそれをチラリと見やると、再び視線を眼下の街へと向ける。
ヘリオスとの出会いは、ダレイオスが王となるよりも前。アルケメアがまだ小都市間の戦場となっていた頃。各地を旅していた若きダレイオスがふらりと訪れた小さな町が盗賊と変わらぬ敗残兵による略奪の被害を受けていたのだ。ダレイオスはほんの成り行きから町を救うこととなったが、その町一番の魔術師であったヘリオスがダレイオスの魔術に見惚れ、付き従うようになった。一方のダレイオスも、この事件をきっかけに戦の現状を突きつけられ、自身の手で何とか平定できぬものかと行動するようになった。アルケメア王国の起こりと言っても過言ではない一件であり、それ以来二人はずっと共に歩んできたのだ。
その時ダレイオスが思い出していたのは、ヘリオスの故郷の住民たちの姿だった。彼らもまた、ペルセポリスの民と同じようにそれぞれを生き、“町”という一つの存在を作り上げていた。当然、それはその町だけでは無い。アルケメア王国各地の町でも同様に人は生きている。今、ダレイオスが目にしている巨大なペルセポリスの街なぞ、その一端でしかなかった。
「……こうしてここに来る度、私が何者であるのかという事を強く自覚させられるな。私はこのアルケメアの王であり、人々を守り導く者だ」
「確かにその通り、ですね」
ダレイオスの言葉に同意しつつも、ヘリオスはその横顔を窺う。そして、やはりどこか違和感を覚えた。その心の内に、秘めたる何かがある。ヘリオスは改めて確信する。
「……ダレイオス様」
「なんだ?」
「私はこれまでもこれからも、貴方の忠臣です。死ぬまで——いや、死んでからもお供いたします。例え千年二千年経とうとも我が魂は貴方に仕えさせていただきます」
「き、急にどうした?」
「いえ、ほんの心構えの話でございます」
再度笑みを浮かべるヘリオスにダレイオスは首を傾げる。が、そんな臣下の笑みを眺めている彼の心に一つの感情が芽生えた。
「ちょっと気持ち悪いな」
「えっ」
「お前、昔の女に粘着するタイプだったりするか?そういうのは嫌われると聞いたぞ」
「…………」
自分なりの誠意を言葉にしたつもりが、やんわりと拒絶された。ヘリオスは気を悪くしたという程では無いが何となく主のその顔に一発パンチを入れたくなった。しかし、さすがにそうもいかないので、妥協案として彼は『もし本当に千年二千年経っても二人の魂が存在し続けるような事になったとき、一度本気で殴り合ってやろうか』と、ぼんやりと思うのだった。




