14 地下の魔物
「——それで、それをきっかけに何度もミネーが私に物を寄越してくるようになった。毎回毎回こんな派手なリボンを付けてな」
「はぁ、なるほどなぁ」
「で、お前はどう思う?やはりミネーは私に惚れていると見て間違いないのか?」
ダレイオスの話を聞いて頷くアレクサンドロスにダレイオスが尋ねると、彼は大いに頷く。
「それはそうだろう。前に言ったとおり、ミネーは本能のままに生きている。お前を主と認め、付き従うようになったのだ。だが、純粋な恋心であるのかどうかは怪しいところだと思うがな」
「それは結局、私を好いているというのも嘘なのではないのか?」
未だに納得しきっていないダレイオスがそう問いかけるも、アレクサンドロスは首を横に振って否定した。
「そういうわけではない。ミネーは間違いなくお前を慕っている。だが、普通の恋愛とは違うというだけだ」
「具体的には?」
「聞いてばっかりだな……」
女の心となれば全く頭が働かなくなる友人に呆れながらも、アレクサンドロスは考え込む。ダレイオスから聞いた話だけではイマイチ判断がつかないのが正直なところだが、アレクサンドロスはこれまでの情報を総合して答えを見つけた。
「そうだな……。普通の恋愛ならば慕う相手を中心に考えるのだが、ミネーはあくまで自分を中心に考えている。俺にはそのように思えたな」
「……よく分からんな」
「聞いておいて……。まあいい。ともかく事情は理解できた。災難だったな」
「ああ」
一連の話を聞いた上でダレイオスの顔を見てみると、目の下にうっすらと隈ができているのに気づく。既に街道の着工から半年が過ぎていた。それからずっと周囲から好奇心たっぷりの視線を浴びせられているのだから、精神的にかなり疲弊しているのだと思われる。アレクサンドロスはダレイオスのグラスにとりあえず次の一杯を注いだ。
「まあ、飲め」
「飲む」
ぐいっと一気に流し込み、グラスが瞬く間に空になった。余り良くない飲み方だが、アレクサンドロスは咎めなかった。そもそもその酒もダレイオスを精神的に苦しめている者からの贈り物であるのだが、気にしないらしい。酒に罪は無いというスタンスである。
「どうだ、少し気が晴れただろう」
「そうかもしれんな。少なくとも小難しい事を考えたくなくなった」
ただ酔っ払っただけであろうが、アレクサンドロスは突っ込まないことにした。そしてミネーの話を一先ず横に置いて、彼は話題を変えることにした。
「時にダレイオス。“例のアレ”はちゃんと保管しているのか?」
「……ん、ああ。勿論だ。存在を知っているのは私とヘリオスだけ。守っている結界はヘリオスが張った。この国で破れる者は私とヘリオス以外にいないだろう。……見に行くか?」
「ああ、そうさせてもらおう。実は今日はそれを確認するために来たのだ」
「ただ遊びに来ただけじゃなかったのか……。まあいい、行こう」
そうして二人は立ち上がると、部屋を後にする。ダレイオスの酒の回りは大丈夫だろうかとアレクサンドロスは様子を窺うが、足取りはしっかりしている。問題は無いと判断して、素直にダレイオスの案内に従って付いていく。
「それで、どこへ向かうんだ?」
「地下があれば良かったんだが、生憎と私の王宮には作られていなくてな。だから、作った」
「ほう」
二人は小声で言葉を交わしつつ、王宮の螺旋階段を下りていく。王宮は広いが、その広さ相応の人間が常に歩き回っているのだ。極秘事項故に大きな声で話す訳にはいかないのだ。
ダレイオスを苦しめるミネー及び宮廷魔術師たちと出会うこともなく、二人は中庭へと出た。静かな木立の向こうからは、兵士たちが鍛錬を積んでいる剣戟の音が僅かに聞こえてくる。
「後でお前のところの兵士も鍛えてやるとするか」
「はは、きっと泣いて喜んで泣きじゃくることだろうよ」
言外にそっと「止めておきなさい」というニュアンスを混ぜたダレイオスだがアレクサンドロスにそんなものは通じず、彼は息を荒くして意気込んでいた。間違いなく後で鍛錬という名の暴力の嵐が吹き荒れることだろう。今日のアルケメア軍の鍛錬がいつもより早く切り上げられる事を祈りつつ、ダレイオスは中庭の一画で歩みを止めた。
「ここだ。ここに隠してある」
「ん?何も無いではないか」
「何も無いがあるんだよ」
曖昧な言い回しにアレクサンドロスが首を傾げる中、ダレイオスが虚空に手をかざす。するとそこに一つの魔法陣が浮かび上がり、光が溢れ出した。眩しさで目を伏せたアレクサンドロスが顔を上げると、そこには先ほどまでは無かったものが出現していた。
「階段……。なるほど、視覚を惑わせる結界が張ってあったのか。だが、こんな中庭にあっては誰かに見られる可能性があるのではないか?」
「それもぬかりない。結界解除後にまた別の結界が上書きされるようにできている。今の私たちの姿は誰にも見えない。さあ、この下だ」
ダレイオスは軽い足取りで地下へ続く階段を下り始め、アレクサンドロスもそれに続いた。
明かりは一切存在しない。この空間に、『誰にも見つからない保管場所』として以外の意味を持たせる気が全く無いことは明らかだった。
「明かりをつけるぞ」
ダレイオスの手に魔術で灯が灯ると、無機質な土の廊下が姿を現した。魔術で手早く作られたものだが頑強に固められ、崩落の危険性などはなさそうだ。
「なにせ人目に付かぬ内に急いで作ったものだからな。面白みの無い造りで申し訳ない。できれば装飾なども加えたかったのだが」
「いや、いらんだろう」
アレクサンドロスの冷静な一言を聞き流し、ダレイオスは明かりを頼りに先へと歩み始めた。慌ててアレクサンドロスも後を追う。
通路は細く長く続いており、息苦しさすら覚える。というより、実際息苦しい。長くこの場に居れば窒息してしまうのではないかと思えた。閉所恐怖症と呼ばれる体質の人間ならば、数分で倒れてしまうに違いない。
「しかし、結構歩くのだな」
「万が一発見されてしまったとしても騒ぎにならない場所が良いと思ってな。王宮の訓練場の真下にまで続いている」
「なるほど」
ダレイオスの慎重さは正しい。彼らが隠している物は、発見されれば相当な騒ぎを呼ぶくらいに迫力のある代物だ。いや、そもそも発見されることすらあってはならない。それだけの物だった。
そしてそれがついに姿を現す。細い通路が終わりを迎え、一際大きな空間に出ると、二人はその中央に鎮座する物を見上げる。
「ついたぞ。これだ」
「ふぅ、これは何度見ても凄まじい貫禄だな」
それは、獣。獅子のような頭に、雄牛を思わせる鋭い角。長く伸びる尾は大蛇そのものであった。しかしそのどれよりも目を引く特徴は、全身を覆う鱗だ。七色の輝きが暗い空間を幻想的に照らし出し、まさにこの世の物とは思えぬような光景を作り上げていた。
しかし、その凶悪な魔物は微動だにしない。生気と思われるものは一切感じられなかった。死の沈黙だけが満ち、肌寒さすら感じられた。いや、これは錯覚でない。実際に気温が低かった。
「さ、寒いなここは。魔術で冷やしているのか?」
「死体を保存しているんだ。そうでもしないと腐ってしまう」
そうしてダレイオスが巨体へ近づき手を触れる。やはり生命の息吹を感じられないが、依然として圧倒的な威圧感を持ってそこに存在している。
これが一体何なのか。ダレイオスとアレクサンドロスも正しくは理解していないが、一言で言うならば凶悪な力を持った魔物だ。今より一月ほど前、アレクサンドリアから南へ行った土地に広がるオルガヌム大森林にて発生し、二人によって討伐された。そしてその亡骸をダレイオスが引き取り、こうして誰の目にも留まらぬ場所に厳重に保管している。
何故隠す必要があるのか。それはアレクサンドリアにおける、とある組織の動きが関係していた。
「ムセイオンはあれからも変わらずか?」
「ああ。例の精神生命体とやらの研究を続けているようだ。進展は無いようだがな」
アレクサンドロスはそう言ってほくそ笑む。自分の策によって、ムセイオンの思い通りに事が運ぶ事を阻止できたのだ。さぞ気分は良いことだろう。
ムセイオンが行おうとししていた、精神生命体の生成研究。アレクサンドロスはそれを危険なものだと判断し、その研究に必要なある物を彼らの目に届かぬ場所に隠したのだ。その必要な物というのが他でもない、今二人の目の前にいる魔物だ。この魔物は膨大な魔力をコントロールして自身に強固な障壁を張るという特性を持っており、ムセイオンの研究者はそれを解明して研究に利用しようと目論んでいたのだ。こうして見事に妨害されてしまったわけだが。
「しかしダレイオスよ。俺は確かに保管しておくようにと頼んだが、別に消し去ってしまっても構わんのだぞ?」
「ムセイオンの研究を妨害するという目的なら確かにそれが良いのかもしれんが、私も一魔術師として、この魔物には興味があるのだ。こいつの能力を分析する事で、魔術の新たな道が開けるかもしれん」
「お前の魔術の技量は既に十分すぎるくらいだと思うが、そういった貪欲な姿勢が俺は大好きだ」
アレクサンドロスはそうして上機嫌に笑い、ダレイオスもつられて笑みを浮かべる。が、目の前の凶悪な魔物の死に顔が視界に入ると、そんな愉快な気分も一気に冷え切ってしまうのだった。
ダレイオスは軽く咳払いして、隣の友へ話題を振る。
「とりあえずここにコイツがいる限りは、彼らの研究も進みはしないだろう。だがムセイオンを再びお前の制御下に戻す必要があると私は思う」
「それには同意だ。精神生命体とは別に、また何か良からぬ研究を始めないとも限らない。ショウと話し合って策を講じてみるとしよう」
「よろしく頼む」
すっかり酒も抜けきった二人はそう言葉を交わす。二人は数多くの民の期待を背負う王である。その身を良き国作りと繁栄のために用い、民へ降りかかる火の粉はその手で払いのける。そんな強い気概を持った王であった。いずれ訪れるやもしれぬ不穏な予感を胸に、二人は踵を返して再び細く長い通路を引き返していった。




