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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第三部
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13 異変と女心

 ダレイオスがミネーからただならぬ異変を感じたその日から数日。彼の周囲には更なる異変がゆっくりと溢れ始めていた。

 まずダレイオスが最初に感じたのは、宮廷魔術師たちの様子が少し変わったことだった。王宮内ですれ違えばこれまでと変わらず敬意の籠もった挨拶をしてくれるし、仕事を頼めば文句なくこなしてくれる。

 しかし彼らがダレイオスを見る目に、いくらかの好奇心が含まれるようになっていたのだ。女性の魔術師にそれが顕著に表れている。ダレイオスに対して常に何か聞きたそうにしており、逆にダレイオスがその不審な様子について尋ねようとするとはぐらかされ逃げられる。実害は何も無いのだが、ダレイオスにとっては居心地の悪いことこの上なかった。


 しかし最も大きな変化は言わずもがな、ミネーそのものだった。彼女はこれまで強く否定していた他者との協調を進んで行うようになり、王宮中庭での宮廷魔術師の訓練にも他の新人と同じように休み無く参加しているらしい。宮廷魔術師団ではない王宮内の者とも気さくに話をしている現場が何度も目撃されていたそうだ。元々容姿と才能は申し分無いものであり、そこに人柄の良さが加わったことで、王宮内の男性諸君からかなりの指示を得ているとの噂である。

 ——なぜ全て伝聞であるのかというと、ダレイオスはその現場をほとんど目撃していないからであった。どういうわけか、ダレイオスがミネーと出くわす度、彼女は顔を赤くしてその場から逃げ去ってしまうのだ。そしてそれとセットで先に述べたような好奇の視線がもれなく浴びせられてしまう。

 あらゆる異変がダレイオスの身を縛り付けてしまっていた。




「——で、そういうわけだがお前はどう思う?」

「十中八九恋慕を寄せられていると思われます」

「れんぼ?何だソレは」

「えぇ……。ダレイオス様に恋い焦がれているということですよ……」

「誰がだ?」

「ミネーに決まっているでしょう?」

「はぁ?何言ってるんだ、お前」


 自分から聞いておきながら、ダレイオスは極めて不躾な物言いをかます。そんな言葉を浴びせられたヘリオスは、主へ向けて深く深くため息をついた。


「そうとしか考えられないでしょう。ダレイオス様は先の一件でミネーの命をお救いになられました。アレクサンドロス様の策が功を奏し、彼女はダレイオス様を強く慕うようになったのです。男女の間なのですから、それが恋となっても何ら不思議ではございません」

「馬鹿言うな。あのミネーだぞ?この異変が恋だとか、そんなモノなワケがあるか。しかもアレクサンドロスの策が上手くいったのなら、何故私から逃げる。慕っている相手には付き従おうとするのが筋だろう」


 ダレイオスの口から飛び出した更なる言葉に、ヘリオスは思わず頭に手をやる。言いたいこと、言うべきこと、言っておかねばならないこと、ヘリオスの頭に様々なワードが洪水のように押し寄せるが、彼は何とかそれを区画整理して主に相応しい言葉を投げかけた。


「モテなさすぎてこじらせすぎです。馬鹿ですか貴方は」

「……ぅふっ!」


 主に向けるものとしては決して相応しくないが、状況には非常に合致した言葉がダレイオスに突き刺さった。大仰に胸を押さえるダレイオスを見て更なるため息を漏らすと、ヘリオスは再度口を開く。馬鹿呼ばわりした主にもしっかりと理解できるよう、順序立てて。


「まず大前提として、女性がキュンとくる瞬間に頼れる男性に助けられた時というものがあります。それはその男性が余程魅力の無い人間であったりしなければ、それは最早自然の摂理と言えるものです」

「そ、そうなのか」

「はい、そうなのです。そしてミネーと面談した際の話を聞く限り、彼女は余りに高みを目指しすぎているが故に、自分の実力に一種のコンプレックスを抱いていると思われます。ダレイオス様の『魔王』の実力を間近で見て憧れを抱いてしまう事は想像に難くないでしょう」

「ふむ……」


 ミネーがコンプレックスに似たモノを抱いているという点についてはダレイオスも同意するところである。彼女の完璧という言葉への執着心は異常ですらあった。それに未だ届かぬ自分自身を必要以上に疎ましく思っていることだろう。

 そのように考えるダレイオスの表情を納得と捉えたヘリオスは更に話を進める。


「さて、こうしてミネーには恋い焦がれる相手ができたわけです。そして当然、片思いで終わりたくないと思うでしょう。しかし、かつてのままのミネーが意中の相手を射止めることはありません。そうでしょう?」

「……まあ、そうだな。あのような者を伴侶とするには躊躇いがある」

「そうでしょうとも」

「いやでもミネーの容姿は文句なしであるし乳も中々の大きさであるし……」

「何かおっしゃいましたか?」

「いや、全く何も言ってない」


 ヘリオスの声のトーンが少し低くなったので、ダレイオスは慌てて否定した。そして意識を逸らすために話の続きを急かす。その浅い魂胆は見え見えであったのだが、ヘリオスはそれに乗って続ける。


「ともかく、今のままではダレイオス様は振り向いてくれない。だから彼女は態度を百八十と転換させたのです」

「私と恋仲になるために、ポリシーを曲げたのか?そんなまさか」

「私はダレイオス様と違いミネーの心の内を直接聞いたワケではありませんから、それに関しては何も申し上げられません。ただ、これが最も筋の通った説明かと。それにそもそも上辺だけ取り繕っただけで、心中は何も変わっていないのかもしれませんし」


 ヘリオスはそう言い、ダレイオスも一理あるとは思う。ミネーの性根が変わっていないということには同意だ。ただ、それでもダレイオスは首を傾げる。ミネーと話して感じた印象からすると、ミネーはその上辺の取り繕いすらしたがらないのではないだろうか。彼女の頑なさはダレイオスにそのように思わせた。

 そしてダレイオスには更に引っかかっていることがある。


「それだと、ミネーが私を避ける説明がついていないぞ。アレはどういうワケなんだ?」

「えっ」


 ダレイオスの口から飛び出した言葉を聞いてヘリオスが素っ頓狂な声をあげる。それが自分の質問に答えられないから出た言葉であると考えたダレイオスは、やれやれと肩をすくめる。


「なんだ、やっぱり答えられないのではないか」

「……いや、まさかそんな事も分かっておられないとは思っておりませんでしたので、本当に馬鹿なのかと」

「えっ」


 臣下の予想外の返しにダレイオスが素っ頓狂な声をあげる。今度はヘリオスが呆れて肩をすくめた。


「よいですか?これまで普通に接していた相手を一度意識してしまうと、どうにも顔を合わせるのが恥ずかしくなってしまうものです。特に乙女はその傾向が強いものなのです」

「は、はぁ、そういうもの、なのか?」

「ただ一つ言えるのは、その程度のこと、ダレイオス様以外なら瞬時に気づくということです」

「…………」


 ダレイオスは完全に沈黙した。もう何も言えなかった。

 ただ一つ言えるのは、ヘリオスの言葉が本当であるならばミネーはダレイオスに本当に恋い焦がれているということである。

 勿論、ダレイオスは未だ納得できたわけでは無い。ミネーは完璧を心から欲し、そのためには手段さえ選ばない人間であるとダレイオスは考えていた。それ故、彼女が『完璧のため他者との協調を断つ』という信条を色恋のために曲げてしまうということを、どうしても飲み込む事ができなかったのだ。

 だが、ヘリオスの言うとおりでないと筋が通らないのも事実。ならば一先ず、信頼できる臣下の言ったことを信じてみることにしよう。彼はそう思い素直に頷くことにした。




 それからダレイオスはヘリオスの言ったことを意識して生活することにしてみたのだが、すると色々と見えてくることがあった。

 例えば、宮廷魔術師たちの好奇の視線の意味だ。彼らは本人から直接聞いたのか自分たちで推測を立てたのか分からないが、ミネーがダレイオスに恋い焦がれているという事を知ったのだろう。その恋の行く末を興味本位で見守っているというわけだ。男性より女性の方がより興味深そうに見ていたことのもそういう事だ。色恋の話は女性の主食であるというのは、ダレイオスでも知っている世の摂理であった。

 しかし、そうした新たな発見によって何かが変わるというわけでも無く。いや、確かに変わりはしたのだが、ダレイオスにとってはどちらかといえば悪化という意味での変化が現れることとなる。


 それは、ミネーの異変を感じてから一月が過ぎた時の事だった。

 ダレイオスが一人王宮を散歩していると、目の前に数人の宮廷魔術師の姿を見た。また居心地の悪い視線を向けられるのか。そのように彼は思ったのだが、どうにも様子が違う。彼らは互いに視線を見合わせると、その場からそそくさと逃げ去ったのだ。その場では多少不思議に思いつつも、それ以上何も考えなかったダレイオスだったが、それから行く先々で合う宮廷魔術師達が皆同じようにダレイオスから逃げ去っていくのだ。それにはダレイオスも首を傾げざるを得ない。


「何なんだ、一体……。ちゃんと仕事はしてるんだろうな?」


 自分の言葉で胸を突き刺しながらダレイオスは尚も王宮をぷらぷらと歩く。宮廷魔術師たちを見つければ声をかけようと歩み寄り逃げられるという流れを繰り返し、彼は最終的に王宮の中庭へとたどり着いた。

 王宮の広い中庭は兵士たちの訓練スペースと、純粋な安らぎの場としての二つの側面を持つ。ダレイオスが訪れたのは鮮やかな緑が眩しい美しい庭園だ。木漏れ日が差し込み、中々に喉かな風景が広がっている。何となくたどり着いた場所だが、ここで少しノンビリするのもいいかもしれない。ダレイオスはそんな風に思ったのだが——


「何だ?人の気配……?」


 ダレイオスの敏感な察知能力が自分に注がれる視線を感じとる。敵意は無いようだが、結構な数がいる。更にその一人一人がかなりの魔力を持っている。敵であれば厄介な相手であるが、どうやらそうでは無いらしい。


「ダレイオス様、来たぞ」

「ふふ、私たちの誘導通りね」


 ひそひそと話す声がダレイオスの耳に届く。知っている声。宮廷魔術師団たちのモノに間違いなかった。ダレイオスの周囲の木陰に隠れてじっと様子を見ているようだ。ダレイオスはため息一つとともに立ち上がる。


「お前ら、一体何を——」

「だ、ダレイオス様!」


 宮廷魔術師たちに声をかけようとしたダレイオスの背に、また別の声が掛けられた。ダレイオスが振り返る。と、そこに立っていたのは蒼い髪を風になびかせる美しい女性。少し俯いた顔は儚げで、白雪のような肌はほのかに赤く染まっている。ダレイオスがドキリとしてしまったのも男である以上当然であった。

 彼女はゆっくりと歩み寄り、ダレイオスの目の前までやってくる。そして顔を上げ、ダレイオスの瞳を見つめる。彼女の双眸がダレイオスの意識を捉えて放さない。


「ミネー、か。どうした。最近マトモに話していなかったが」

「それは、その……申し訳ございません」


 ミネーがペコリと頭を下げて謝罪の言葉を述べるが、どうしても違和感が拭えずダレイオスの身が硬直する。それでも王の威厳を保とうと、ダレイオスは言葉を紡ぐことにする。


「それで、何か用があるのではないのか?私も暇では無いのだが」


 『嘘つけ』という小声の指摘が背後から飛ぶが、ダレイオスは聞かなかったことにしてミネーの言葉を待つ。


「黙っていては分からんぞ?」

「え、えっと……こ、これをお渡ししたくて」


 そう言ってミネーが後ろ手に隠していたモノをダレイオスへ差し出した。大きめの瓶。とぷんという音を立てて中の液体が揺れる。そして首の部分には煌びやかなリボンが結ばれていた。


「これは?」

「以前命を救って頂いたお礼をまだしておりませんでしたので。ダレイオス様はお酒がお好きだと先輩方からお聞きしたので、僭越ながらご用意させていただきました。ど、どうぞお収め下さい」


 酒。確かに好きだが、いきなりのプレゼントにダレイオスは明らかな驚きの表情を見せる。ましてあのミネーからプレゼントというのだから、思わず警戒してしまい、受け取るのが遅れてしまった。しかしミネーはそれを、プレゼントを拒ばまれたのだと思ってしまう。


「お、お気に召しませんでしたか……?」


 ミネーが潤んだ瞳で、ダレイオスの顔をそっとのぞき込む。ただでさえ強い吸引を持つ彼女の瞳が一層の破壊力を持ってダレイオスへ襲いかかった。さらに追い打ちをかけるように周囲の声が聞こえてくる。


「え、まさかこの状況で受け取らないとかある?」

「いやさすがのダレイオス様でもそんな……」

「もしそうしたら、さすがに女心分からなさすぎでしょう」

「そりゃ独り身だわ」


 全ての言葉がもれなくダレイオスの背中に突き刺さった。血を吐きそうになるのを何とか堪え、小さく息をつくと、彼はミネーの持っているボトルを受け取った。


「お前は大事な部下だ。別にこんな気をきかせる必要は無い。ただ、これは有り難く頂いておく。私のために感謝する」

「は、はい!」


 ミネーの暗い表情にぱっと花が咲いた。コレは本当に反則だ。そう思ったダレイオスを責めることは誰にもできやしない。

 ともかくミネーは目的を達成したことで満足したらしい。再びペコリと頭を下げると踵を返して王宮の中へと戻っていった。それに続いてガサガサと周囲の茂みが揺れると、周囲の気配も次々と王宮の中へと消えていった。


「よく頑張ったぞ」

「これで一歩前進ね!」

「応援してるからな」


 そんな話し声がダレイオスの耳へと入ってくる。それもしばらくして聞こえなくなり、中庭にはうららかな日差しと小鳥のさえずりと呆然としたダレイオスだけが残された。


「何なんだ、本当に……」


 ボソリと呟くとダレイオスは貰ったばかりボトルの封を開け、豪快に中の液体を身体の中へ流し込んだ。味は、かなりの上物であった。

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