12 別人
「おお、ダレイオス!息災だったか?」
「前に会ってから一月しか経ってないからな。当然だな」
「性懲りも無く、また来たのですか。仕事のお話ですか?」
「今日は……まあ、遊びに来た。いや、それにしても辛辣だな、お前ら!」
ところは再びアルケメア王都ペルセポリス。王宮の入り口からひょっこりと顔を出したアレクサンドロスへ向けて無慈悲な言葉が浴びせられていた。近くに立つアルケメアの兵士も見て見ぬフリである。そこに王の威厳など微塵も存在していなかった。アポ無しで遊びに来ればこのような扱いを受けることは目に見えているのに、懲りずにやってくるアレクサンドロスに全ての問題があるのだが。
「まあいい。とりあえず部屋に来い。私も暇してたところだったんでな。正直、丁度良かった」
「ダレイオス様。その気になれば仕事は幾らでも作れるということをお忘れ無く」
「全くもってその通りだな。こうして友好国の王を丁重に持て成すという仕事が出来たわけだものな。では」
ピッと手を挙げてダレイオスは逃げるようにその場を去る。ヘリオスが次の言葉を口にしようとした時には既にダレイオスの姿は消えていた。ヘリオスは大きくため息をつき、自分の仕事を片付けるために歩き出すのだった。
その場にいるアルケメアの兵は何も見なかったことにした。
ダレイオスの部屋へ逃げ込んだ二人は椅子に座って一息つく。互いに負い目を感じながらも遊ぼうとする執念を別の事に行かせれば良いのだが。尤も二人ともやる時はやる男なので、ただのサボり魔というわけでもない。そこがヘリオスやショウといった副官が強く怒るに怒れない理由なのだろう。
「さて、とりあえず酒でも飲むか。いいのが手に入ったんだ」
「ん?お前から飲もうと言い出すとは珍しいな」
「ああ、まあな。最近はそんな気分なんだ」
意外そうなアレクサンドロスにダレイオスは苦笑する。その表情にはいくらかの疲れが見て取れた。細かな事情は分からないが、何やら苦労しているらしい。そういう時は飲むのが一番だというのはアレクサンドロスの持論である。ダレイオスの誘いを断る理由は無かった。そんな持論が無くとも断る気はなかった。
グラスに並々と琥珀色の液体を注いで軽く乾杯すると、二人は煽るようにそれを飲み干した。ぶはぁという酒臭い吐息が口から漏れ出す。
「美味いな。こりゃ上物だ。どうやって手に入れたんだ?」
「……貰ったんだ」
「ほう、そうか」
「このリボン付きでな」
そう言ってダレイオスがぶら下げて見せたのは、情熱的な真っ赤なリボンだ。金色の刺繍が施され、中々良いものに思えるが、その刺繍の文字を見てアレクサンドロスは眉間に皺を寄せる。
「お前、これ……愛の言葉が書かれてるぞ。それも激甘なやつだ。胃もたれがしてくる」
「奇遇だな、私もだ」
既に齢三十を過ぎた二人。世に言うおっさんに差し掛かりつつある。若い頃と比べて油ものが食べづらくなっていた。いや、今それは関係ないのだが、二人は濃い味のリボンを前にげんなりとしてしまっていた。
そしてやはり気になるのは、その送り主である。だが、アレクサンドロスには大方の推測はついていた。
「あいつなんだろ?これを寄越したの」
「その通りだ。よく分かったな」
「この間、言い寄られているって聞いたからな。その時はめでたいことだと思ったんだが……」
「…………」
暗い表情で俯くダレイオス。どんな視点から見てもめでたくは見えない。アレクサンドロスは大きくため息をついた。
「本当は別の用事で来たんだが、折角の機会だ。愚痴でも何でも聞いてやろう。ほら、話せ」
「悪いな。それじゃあ、お言葉に甘えて」
ダレイオスはそこで再び酒をグラスに注いで一口含む。その香りを鼻孔に感じながら、彼はここ数ヶ月の自分の記憶を遡っていった。そして、ため息まじりに口を開く。
「最初に変化を感じたのは、例の禁術スライムの事件の一週間後くらいだったか——
「ダレイオス様、調査に関する準備は一通り完了いたしました。ご指示さえあれば、すぐにでも出発できます」
「ご苦労。では、明朝発つように頼む」
「かしこまりました」
ヘリオスは王へ向けて了解の言葉を返すと、早速その調整の為に玉座の間を早足で後にした。それを見届けたダレイオスは憂いを込めて息を吐いた。ヘリオスが進めてくれた調査に関して考えを巡らせれば、どうしてもそんな思いになってしまう。
その調査というのは他でもない。先日確認された異常なスライムの発生原因を突きとめることだ。危険な禁術『冥界術式』が不完全ながらも発動されたというのだから、その原因を詳細に知ることが必要であると素早く準備を進めていた。ただどのような原因であったとしても、良い報告が聞けるとは思えない。ダレイオスの表情が暗いのはそういうワケである。
「……まあ、良くない事ばかり考えていても仕方がないな。街道工事の方は順調であるし、私は私で何かできる事を探そう」
そう言ってダレイオスは立ち上がって王の間を出ると、すれ違った人たちから深々と挨拶を受けながら、王宮の様子を見て回る。街道工事で人材を派遣しているため、いつもより人がやや少ないものの、多くの人がそれぞれの仕事をせっせとこなしていた。
「そうだ、宮廷魔術師たちの元へ向かうか。街道工事から一旦戻ってきているとヘリオスが言っていたはずだ。そうしよう」
現在、街道工事は非常に順調で、現工程ではアレクサンドリア兵による地道な力仕事が主として行われている。そのため現段階でアルケメアの魔術師たちにできる事はそれほど多くなく、宮廷魔術師の幾らかは一度ペルセポリスへと戻ってきているのだ。彼らと話すなら今が丁度良い機会である。
ダレイオスはそう思い立つと、足を宮廷魔術師団たちの元へと向けた。
ペルセポリスの王宮で働く者たちは皆、王宮内の宿舎で生活するのが基本となっている。所帯を持った者はその例外であるのだが、それでも王宮に残って暮らす者が多い。独り身の王に気をつかっているのだという説があるが、定かでは無い。
ダレイオスが向かったのはその内、宮廷魔術師団を主とした魔術師たちが生活する宿舎である。現在、宮廷魔術師達には街道工事以外の仕事を与えていないので、宿舎で束の間の暇を楽しんでいるのだと踏んだダレイオスはそこへ向かったというわけだ。
「私だ。ダレイオスだ。誰かいないか?」
ダレイオスが宿舎のドアを叩いて呼びかける。と、その瞬間中からバタバタと慌ただしい音がし始めた。のんびりしているところにいきなり国王がやってくれば当然そうなる。しかし、そんな自覚がまるで無いダレイオスは何をしているのだろうかと首を傾げていた。
そして少しして恐る恐ると戸が開かれ、一人の宮廷魔術師の男が顔を出して膝を突く。
「だ、ダレイオス様。ようこそいらっしゃいました」
「ああ。だがそんなに畏まらなくていい。ここは王宮ではないからな。で、入っても良いか?」
「はい、どうぞ」
彼に招かれ、ダレイオスは宿舎へと入る。
彼がここへやって来た正しい理由は、ミネーについて何かしらの変化があったかどうかを確認するためである。正直あの作戦が上手くいったとはとても思えない上にスライムの登場でグタグタになってしまったため、望み薄だと思っていたが、確かめないことには先に進めないのだ。
(どうせミネーは一人で自室にでもいるのだろうし丁度いい。適当なヤツに話を聞くか)
そんな風に思いながらダレイオスは促されて談話室へと向かい、扉を開いて、そして、愕然とした。
「ふふ、面白いことをおっしゃいますね、先輩は」
「いやいや、ミネー君もだ。あんなに反抗していたののが嘘みたいに打ち解けて……本当にどうしたんだ?」
「自分の実力を鼻にかけて不遜な態度をとってしまったこと、先輩方には本当に申し訳なく思っております。ですが、先の事件で思い知ったのです。わたしはまだ半人前もいいところだと」
「実力に関しては自信を持っていい。だが、それだけでは人間は足りないんだ。それを分かってくれたようだな」
「はい。今後ともご指導ご鞭撻、よろしくお願いいたします」
「ええ、任せて頂戴」
ダレイオスの目の前で広がる光景。それは問題児であったはずのミネーを他の宮廷魔術師の先輩らが取り囲み、和気藹々と談笑していた。常に他の魔術師と衝突していたはずの両者が、それはもう楽しそうに笑っていた。混乱しないわけがなかった。
いや、ミネーに何らかの変化があったかどうかを確認しにきたのだから、変化があったのはよいことである。しかし、これはもはや——
「誰だよお前……。別人じゃないか……」
ダレイオスが絞り出すように呟いた。それでその場にいた宮廷魔術師達は国王が訪問していたことに気づき、瞬時に立ち上がる。ミネーも例に漏れずに立ち上がったことに違和感を感じつつダレイオスが楽にするよう手で示し、彼らは再び椅子に座った。そして一人の女性魔術師が軽く身だしなみを整えながら、仕切り直そうと問いかける。
「あの、ダレイオス様。どうしてこちらに?」
「私がここに来ることはそれほど珍しくないだろう」
「いえ、あまりに突然だったもので……。できればご自身の地位という者をもう少し自覚していただけると助かります。心臓に悪いですから」
「そ、そうか。すまん。で、今日の用事、なんだが……」
そこでダレイオスが視線をミネーへと向ける。それにつられて、周りの宮廷魔術師たちもミネーを見やった。いきなり数多くの視線を向けられ、ミネーがまるで兎のようにビクリと身を跳ねさせる。
「わたしに、ご用でしょうか」
「……そうだな、少し話がしたい」
本当はミネー以外の者と話がしたかったのだが、こうも想定外の変貌を遂げていてはそれどころではない。とにかくミネーの心の内を知りたいところだった。そう考えてのダレイオスの発言だったのだが——
「その、えっと、わたしは……少し気分がすぐれないので、失礼させていただきます。申し訳ございません!」
ミネーは慌てた様子でそう言って深々と頭を下げると、あろう事かその場から走り去ってしまった。気分がすぐれない、明らかに嘘だった。先ほどまであれほど気分良く会話をしていたというのに。残された者は呆然と立ちすくみ、ミネーの消えていった先を見つめるしか無かった。ワケが分からず首を捻るが、その中で一人の女性魔術師が口を開く。
「ああ、ダレイオス様。なるほど……貴方も罪作りな方ですね」
多くは語らぬ意味深な言葉であったが、それを聞いて女性陣は大体察したようだ。「あぁー」「あらぁ」などと口にしながら頷き合っていた。
一方の野郎どもは相変わらず呆然としっぱなしであった。尤も、ダレイオスだけは理由が少し違う。一度ミネーと腹を割って話したが、その時に抱いた印象があまりに揺らぎすぎている。この部屋に入って最初に感じた通り、まさに別人だ。今のミネーの顔が偽りであるのは明白。何故彼女がそのような真似をするのか、その理由を見つけることができなかった。




