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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第三部
214/227

9 問題解消作戦

 ペルセポリスとアレクサンドリアを繋ぐ街道工事の着工から半日が過ぎた。

 アルケメアの魔術師とアレクサンドリアの兵士の見事な連携によって初日から順調な滑り出しを見せ、かなりの長さの工事が終わった。しかしそれでも街道全体の十分の一にも満たない。まだまだ先は長かった。


「よし、今日はここまでにしよう。寝床とするためのテントを張っている。班ごとに分けてある。入ってゆっくり休め」

「了解いたしました。ほら、お前らきびきび動け」

「班ごと……。男女一緒……!」


 アレクサンドリアの兵士の一人がボソリと呟いたその言葉。耳に届いた野郎ども全員の動きが止まった。そして途端にソワソワし始める。アレクサンドリアの兵士には男も女もいるが、今回は力仕事のための労働力として集まっているために全員が男性だ。しかしアルケメアの人員は魔術師であるため、女性も数多く参加している。そしてこの仕事ではその両者が同じ班で行動し作業を進めていた。“班ごと”“、非常に心躍るワードであった。

 しかし彼らにとって不運であったのは、この場を仕切っている者が女性と縁の無いものであったことだ。


「アレクサンドリアの兵士諸君。私から言える事は一つ。去勢は死ぬこともあるそうだ。一体どれだけ痛いのだろうな。以上」

「………………」

「女性魔術師諸君。こっちにテントを用意している。こっちで休むといい」

「ありがとうございます!」


 設備がしっかりとしているとは言えない環境でも男女の棲み分けはしっかりする男、ダレイオス。男どもの不純な夢は儚く消えた。それどころか『魔王』様のこの様子では現場で逢い引きでもしようものなら木っ端微塵にされると思われる。数少ない出会いの場を断たれ、アレクサンドリア兵士はすすり泣きながらテントへと移動していった。


 そうして夜は更け、明かりの消えたテントの中。いくつもの寝息が聞こえているが、静まりかえっているというわけではない。明日も早いのだが、迷惑にならないよう声をひそめてお喋りに興じている者がいるからだ。ここにいる人は女性だけである。集えば談笑したくなってしまうのは女の性かもしれない。

 しかし確かにそこにいるにも関わらず、その輪に全く溶け込んでいない者が一人いた。毛布を被ってテントの天井をじっと見つめる瑠璃色の瞳の持ち主、ミネーだった。眠る気がないのか、目を閉じようともしない。彼女が眠気に身を委ねようとしないのは、周囲の環境がまるで身に合わないからだ。隣で眠る同僚がミネーにとっては心底どうでもいい存在で、そんな群れの中に自分が位置していることに堪らなく違和感を覚えていた。

 早くダレイオスから除名の話が来ないだろうか。もはや宮廷魔術師団に未練などない。ここから抜け出せるなら大歓迎だ。そんな風に考えながら彼女はただ虚空を見つめ続ける。


「…………ん」


 その時、ずっと身じろぎすらしなかったミネーが頭をもたげた。何かを探るように視線を彷徨わせると、それはとある一点で止まった。突然動き始めたミネーにテント内の女性たちが注目するが、それをまるで気に留めずミネーは毛布をはねのけて立ち上がる。そして誰かを踏みかけようが構わず真っ直ぐに歩き始めた。それと同時、何かが引き裂かれる音がした。


「おお!?女ばっかりじゃねえか。こりゃいきなり当たりを引いたみたいだぜ?うぇへへへへへ……」


 その場にそぐわぬ下品な男の笑い声。破れたテントの穴からぬっと現れたのは、ギラギラと光る剣を手にした体格の良い男だった。布で顔を覆っているため表情は分からないが、きっと下卑た笑みを浮かべていることだろう。

 そしてその男の後ろからは次々と仲間と思しき別の男たちがテントへ入って来た。全員が得物を手にしていて、危険な雰囲気をまき散らせている。


「おい、さっさと連れて行くぞ。あんまり手間取ると他の奴らが起き出しちまう」

「おお、そうだな。つれてけ。金目の物も忘れるなよ」


 一人の男が剣を振りかざして指示すると、男達が女性達に一斉に飛びかかってきた。しかし、彼女らの動きは完全に固まってしまっている。あまりに突然の出来事に思考が停止してしまっているのかもしれない。一見して絶体絶命の状況なのだが、事態は悪い方向へ転がることはなかった。


「『フランマ』」


 抑揚の無い声が響くと同時、男たちの身体が勢いよく吹き飛んだ。テントから跳ね出されて地面に転がる。彼らは身体を払い、衣服には炎が燃え移ってしまった火を何とか消そうともがく。

 が、そこに無慈悲な二発目が飛んだ。火球が男たちを燃やしつくさんと飛び交い男達は慌てて逃げ惑う。


「無様だな。そんな醜態を晒すくらいならさっさと死んだ方がお前たちのためだと思うんだが」


 侮蔑の視線とともに魔法陣を展開するミネーが、そう口にする。他でもない彼女の本音であるのだが、男たちは当然死ぬ気など毛頭無い。次なる一撃のためにぐんぐんと魔力が注入されていく魔法陣から意識を逸らさず、素早く剣を構え直した。


「へへ、気の強い女は嫌いじゃねえぜ。何よりお前、とんでもねえべっぴんじゃあねえか。お前一人でも百人分の金になりそうだ。一緒に来て貰うぜぇ!」


 男たちがギラギラした刃を振りかぶり、ミネーへ躍りかかる。しかし全く恐怖を感じていない表情で、冷静に次の火炎弾を放つ。

 だが、その火炎弾を先頭で駆ける男が叩き斬ったのだ。炎を斬るなど、生半可な実力では成せない業だ。予想外の展開のミネーの目が僅かに見開かれる。

 ただ彼女はそれでも冷静であった。魔法陣を両手に開き、火炎弾を連射する。それでも男たちは卓越した技術で同じように攻撃を受け流してく。一対一ならばミネーに分があっただろう。しかしさすがに数の差が違いすぎて覆すことは難しかく、男たちはミネーとの距離を確実に詰めていった。無表情を貫くミネーの頬を一筋の汗が滑り落ちる。他の者は当てにならない。自分自身で何とか切り抜けなければとミネーは覚悟を固める。


「そんなに死にたいのなら、いいだろう。全部消し飛ばしてやる……!」


 ミネーがこれまで使っていた魔法陣を消し、両手を揃えて突き出す。そこに再度現れた魔法陣は、人の背丈ほどもある大きさのものだった。魔力が注ぎ込まれると、これまでとは比較にならない光を放つ。男たちも顔を隠していても分かる程の驚きの表情を浮かべた。一撃で決める。ミネーの本気の一撃が放たれようとしていた。


「どけ!」


 そこに一声。気の籠もった勇ましいその声で襲撃者たちは素早く横へ動き、中央に一本の道を作った。そこを獅子の如く駆け抜ける一つの影。猛烈なスピードでミネーへと迫り、ものの数瞬で彼女へ肉薄した。その異常な速さにミネーの両眼が驚きで大きく見開かれる。

 だが、すでに魔術の発動準備は整った。この至近距離では外しようも無い。

 終わりだ——彼女はそう確信した。

 だがミネーが魔術を発動するよりも早く、男は手にした剣を振りかぶっていた。そして放たれる冴え渡る一太刀。達人の一撃は真一文字に空を裂き、ミネーの魔法陣を木っ端微塵に斬り砕いた。


「ば、馬鹿な!」


 さすがのミネーもいよいよ冷静ではいられなかった。魔法陣を剣術という物理攻撃で破壊するなど、常識外れもいいところだ。迎撃手段を失った魔術師が剣士に接近されて、できることなど無いに等しい。

 万事休す。自分はこのまま切り捨てられ、傷を癒やされた後、売りさばかれるのだろう。予想外に予想外を重ねた、こんなふざけた事態で自分の人生は幕を閉じるのか。ミネーの内に自らの運命に対する怒りがふつふつと湧き上がる。


「クソが……。差し違えても、この男は殺す!」


 ミネーが自分の腰へ手を回す。そこに隠していた短剣を引き抜き、素早く構えた。そして目の前には刺したくて仕方が無い男の胸がある。この至近距離なら相手の攻撃を躱すことはできない。だが、相手も避けることはできないはずだ。そう確信したミネーは燃える殺意のままに短剣を突き出した。

 が、短剣には肉を裂く感触も骨を断つ感触も、何も無かった。

 目の前にいたはずの男はすでに彼女の目の前から姿を消していた。

 ——いや、正確に言えば、男は少し離れた地面に仰向けに倒れ、痛みに呻いていた。


「ふん。ふざけた事を企てるからだ」


 そしていつの間にやら、ミネーの目の前にマントを翻した一人の男が立っていた。不機嫌そうに鼻をならし、ガントレットのはめられた両拳を叩き合わせる。

 彼はしばし襲撃者達を鋭い視線で睨みつけていたが、突然何やら「あっ」と声を上げた。そして勢いよくミネーへと振り返る。


「無事か、助けに来たぞ。この『魔王』ダレイオスがなっ!」


 取って付けたような台詞を吐きつつ、ダレイオスは親指を立てて見せる。それを見たミネーは、素晴らしいほどの無表情だった。

 その場に一瞬の静寂が流れる。風の音だけが心地良い。

 ダレイオスはそっと目を伏せると、目の前の襲撃者たちに向き合った。その拳はいつも以上に強く力が込められていたそうだ。




 この奇妙な襲撃事件から遡ること半時。ダレイオスのために設けられた大きめのテントで彼は一人椅子に座り瞑目していた。他には誰も居ない。既に明日へ備えて多くの者が眠りにつき、ひっそりと静まりかえっていた。ダレイオスも眠っているのだろうか。いや、違う。彼はカッと目を見開き覚醒する。その手に開くは通信魔法陣。


「アレク。準備はできているのか」

『ああ、勿論だ。準備はいつでもいいぞ!』

「……随分と元気だな。というか、楽しそうだな」

『たまにはこうして鬱憤を晴らさねば王などやっとれんからな!』

「正直だな。正直すぎるな。誤魔化さないあたりお前らしいが」


 ダレイオスが大きくため息を吐いた。諦念から来るものである。もうどうとでもなれという思いで一杯だった。

 彼らが今から行おうとしているのは、アレクサンドロス発案のミネー更正作戦である。一応ダレイオスの悩みを取っ払うための一大作戦なのだが、ダレイオスのモチベーションが低い。その理由の全ては作戦の内容そのものに集約されていた。


『ダレイオス、改めて手順を説明するぞ。私が率いる近衛師団たちが夜盗に扮して、お前の今いる野営地を襲う。狙いは女性が集まっているテントだ。俺たちはその中に居るミネーをかっさらう。そこをお前が助けに来る。現れたヒーローにミネーは強い尊敬を抱き、お前に従順になる。後は、好きに料理しろ』

「おい、私をどれだけ欲求不満だと思っているんだ。……ったく。分かっているとは思うが、ミネー以外には手を出すなよ。手を出したら親友であっても去勢するぞ」

『お、おう。テントにいる他の女性魔術師にはこの件を伝えているんだよな?』

「あ、ああ」


 曖昧に返事するダレイオス。それは別にやましいことがあるからというわけではない。彼はちゃんと伝えていた。「ミネーの更正のためにこういう作戦をとるから迷惑をかける」と。

 ミネーを何とかすべきと考えていたのは彼女らも同じようで、ダレイオスの言葉に反対する者はいなかった。だが、作戦概要を聞いた時の彼女らの鼻で笑うような表情は、ダレイオスの心に深く染みついてた。そしてダレイオスもそれに大いに同意するところである。


(何度聞いてもずさん(・・・)すぎるだろ、この作戦……。あのミネーがそれくらいで言うことを聞くようになるものか?」

『何だ。今更ケチをつけるのか?』


 ダレイオスは心の中で呟いていたつもりだったが、いつの間にか言葉にしてしまっていたようだ。アレクサンドロスが文句に対する文句を口にし、そしてこの作戦が上手く行くという根拠を語る。


『お前の話を一通り聞いて俺がミネーという女に抱いた第一印象は、本能に近い生き方をしているということだ。今日のお前の面談を聞いて確信を持った』

「本能?」

『口の悪い言い方をすれば、動物とそう変わらん。自己顕示欲が強く、自分が一番となることを強く望む。動物はそうしなければ自分の子孫を残せないからな。だが動物の突出した欲求を収める方法がある』

「それが、この作戦だと?」


 問いかけるダレイオスにアレクサンドロスが大きく頷いたのが通話越しでも分かった。


『越えることができないと確信できる頂点が存在する。それを教えてやる。ただそれだけでいい。そうするとミネーのような本能タイプは打って変わって従順になる。頂点になれないならば、頂点に付き従い自分の権威を高めること目指すようになるからだ』

「なるほどな……。お前にもそれなりの持論があると知って少し安心できた」

『俺も正直、上手く行くかは分からん。だが、試す価値はあると思う。結局はお前の頑張り次第だがな』

「よし、いいだろう。乗った。最高に格好良いところを見せてやるとするか」


 膝を大きく叩き、ダレイオスが立ち上がる。既に作戦実行の準備は整っているのだ。あまりモタモタしているワケにもいかない。そして、やるからには徹底的にだ。


「やるぞ、アレクサンドロス。半時後、襲撃をかけてくれ」

『了解だ。健闘を祈る!』


 親友からのエールを最後に通信魔法陣が途絶る。ダレイオスは後ろをむきかけていた思考を前向きに捻ると、頬をぴしゃりと叩いた。そして、どう登場すれば、どう立ち回れば自分の強さをアピールできるか思考を巡らせる。

 と、そこで一つ気づいた。


「そういえば、襲撃者の中にはアレクサンドロスもいるんだよな?で、当然あいつも戦いに参加するんだよな?……いや、マジか」


 アレクサンドロスが先ほど何故あんなにウキウキだったのかようやく理解した。ダレイオスとアレクサンドロスは互いを高め合うためにと、よく手合わせを行っている。だが単純にトレーニングとして行っているダレイオスとは違い、アレクサンドロスは純粋にその戦いを楽しんでいた。

 そして二人はここ何度か顔を合わせているが、その手合わせを随分長い間行っていなかった。アレクサンドロスからしてみれば随分と鬱憤が溜まっていることだろう。

 そんな中での今回の作戦だ。襲撃者を装うことで合理的にダレイオスと戦うことができるという、アレクサンドロスにとっては格好の舞台である。

 間違いない、アレクサンドロスの目的はダレイオスと戦う事。ダレイオスは確信し、大きく息を吐いた。

 何とでもなると思っていた作戦だが、アレクサンドロスと戦うとなれば話は別だ。生半可な気持ちで挑めば返り討ちにされ、格好良いところを見せるどころでは無くなってしまうだろう。何と恐ろしい企てだろうか。ダレイオスの意気込みが一気に沈み込む。

 残念ながら、それでもやらねばならぬのだ。彼はそう自分を奮い立たせると、愛用のガントレットを両腕に装着した。いざ作戦が始まってアレクサンドロスと戦闘になったとき、先制攻撃で一発ぶん殴ってやろうという固い決意と共に。

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