8 完璧
清々しい青が空一杯に溢れる中、大勢の人間が荒野に集っていた。装いは様々だが、ここにいる者は大きく二つに分けられる。アルケメア王国の人間とアレクサンドリアの人間だ。
彼らがこの場所にいる目的は一つ。ペルセポリスとアレクサンドリアを繋ぐ街道を築くことにある。
街道の総距離は相当なものになるため、数カ所に別れて施工を始める方針をとっており、ここは街道の中間地点にあたる場所である。ここからアレクサンドリア側に向けて街道を敷いていくのだ。
「よし、アルケメアの魔術師は土魔術の準備だ。まずは街道が通る地面に溝を作る。それから土魔術でブロックを作るんだ。そのブロックをアレクサンドリアの諸君は運んで敷き詰めてくれ。事前に決めた班で動けよ。では、分かれて取りかかれ」
現場を仕切っているのは『魔王』ダレイオスである。国王自ら指揮をとるとなれば、現場の士気も当然上がる。気合いのこもった声とともに魔術師達はそれぞれの持ち場へ散らばっていった。
宮廷魔術師の新人たちもそれに従い、少しばかり緊張した面持ちで仕事にあたりはじめる。が、それに準じない者もいる。言わずもがな、ミネーその人である。彼女はきびきびと行動する魔術師たちをぼんやりと眺めているだけで、仕事に取りかかろうという気配がまるでなかった。
しかし、これはミネーの怠慢というわけではない。彼女には未だ自分の仕事が割り当てられていないのだ。その理由が彼女に声をかける。
「ミネー、こっちへ来てくれ」
「お待ちしておりました、ダレイオス様。わたしに直接お話があるとは、光栄でございます」
「それは何よりだ。そこに座ってくれ」
工事の拠点として立てたテントに入っていった二人は対面して椅子に腰掛ける。腹を割って話し合いたかったため、今テントには他に誰もいない。美女と二人きりという、男なら中々に胸躍る展開であるはずだが、ダレイオスの脳内にはそんな色めいた思いは皆無であった。
「お前は馬鹿では無い。寧ろ頭は良いと私は思う。こうして私が呼んだ理由も分かっているだろう?」
「勿論でございます。わたしの日頃の素行についてでしょう」
常に薄らと微笑みを浮かべながら、ミネーはそう答える。ダレイオスの考えに相違なく、彼は静かに頷いた。
「お前の行動はどうしても目に余る。それが何てことの無い、ただの人付き合いの中でのものなら私がとやかく言うことはないが、宮廷魔術師団という国を背負って立つ組織内のことならば別だ。妄りに輪を乱すようなことがあってはならない」
「わたしはそうは思いませんが。宮廷魔術師は一人一人が優秀な人材。成長如何によっては大魔導師となる可能性がある者たちです。しかしその才は、他者との共生で伸びることはないと考えています」
「ほう?」
「一度他者の力を借りてしまえば、それに縋るようになってしまいます。他者との協力で為し得たものを自分の実力であると思い込む。それは自分に与えられた伸びしろを他者の力で塗りつぶしてしまっている事に他なりません。そしてわたしは、そうはなりたくない」
相手が王であろうと自身の考えを淀みなく言い放つ。その気概は中々のものだとダレイオスは思うが、彼女自身の考えは統治者として認めるワケにはいかぬものであった。
ただ、彼女の言葉で彼女の非行が如何様な考えの下であったのかは、ある程度理解できた。その上で、ダレイオスは問う。
「ではお前は何故、宮廷魔術師団に志願したのだ。団が他者との協調に重きを置く組織であることを理解していなかったわけではあるまい?」
「それは単純な理由です。この世界で魔術を磨くには、より素晴らしい魔術師の下に付くことが一番です。故にわたしは、この世で最高の魔術師の元へとやって来た。それだけでございます」
ミネーの言う者が誰なのか、皆まで言わずとも分かる。『魔王』の異名を持つ大魔導師、ダレイオスのことに間違いなかった。
褒められてダレイオスも悪い気はしない。だがそれ以上に彼は、ミネーの打算的な考えに反感を抱いた。
魔術を学ぼうとする姿勢に悪い事は何も無い。しかし彼女は宮廷魔術師としての責務を果たすつもりもなく、ただ利益だけを得ようとしている。それを認めるわけにはいかなかった。
だが、そこまで考えたダレイオスでも、一つだけ察しが付かないことがあった。
「ミネー。お前は世界に数多くいる魔術師の中でも十分な実力者であると断言できる。というのに、何故自身のポリシーに反する組織に所属してまで上を目指そうというのだ。お前はまだ若い。時を重ね鍛錬を詰めば、私に及ぶかは断言できんが素晴らしい魔術師となるのは間違いないのだぞ?」
「それでは遅いのです。ダレイオス様」
「何?」
自分の言葉に否定されるべき点が無いと思っていたダレイオスは、意外な言葉に皺を寄せる。
ミネーの問題行動は余裕が無いからなのだろうか。何か理由があるならば多少は考慮の余地があるのかもしれない。ダレイオスはそのように思った。
だが、彼女の口から飛び出した言葉はその裏をかいてきた。
「わたしは素晴らしい人間です」
「は?」
「見れば絶世の美女。口を開けば聖女の歌声。更に魔術を使わせれば、神の申し子と呼べる程の才を見せる。ほぼ完璧と言っても差し支えないでしょう」
「…………はぁ」
突然の自画自賛。それも全力の。ダレイオスが締まりの無い声を漏らしてしまったのも仕方のないことだった。ミネーはそんな彼の反応を気に留めることもなく話し続ける。
「ですが、完全な完璧ではありません。まだまだ最高の魔術師と呼ぶには遠いと自覚しております。完璧のためには更に強くならねばなりません。ただ勿論ダレイオス様がおっしゃった通り、時間をかければそれも達成できましょう。しかし時間がかかってしまえば完璧とは成らなくなってしまうのです」
「何故だ」
「人は年を経るごとに美しさを失って行くものです。今のわたしの美しさもいずれ劣化してしまうでしょう。つまり、今の最高の美しさを保った状態でなければ完璧と成ることはできないということです。“遅い”と申し上げた意味を理解していただけましたでしょうか」
「……ああ、そうだな」
ダレイオスは確かに理解できた。ミネーという女がどれだけ自分を中心に考えている人間であるかということが。
人間である以上、そのような者がいることは当然であるし、それを一々咎めていてはキリが無い。しかしそれが自分の指揮する組織に悪影響を与える存在であるというのだから話は別である。無視する、というわけには当然いかなかった。
「ミネー。さっき言った通り、お前は頭が良いと思っている。自分が何を言っているかは分かっているんだよな?」
「はい」
「……そうか。なら、私からはこれ以上何も言えんな。ただ、少しヘリオスと話をすることになるとだけ言っておく」
「そうですか。所属して確信いたしましたが、やはり宮廷魔術師団はわたしの精神とかみ合っていません。除名も残念ではありますが、お受けいたします」
「分かった。では、お前も仕事へ行け。協力を強要したりはしない。単独行動で構わんから邪魔だけはするなよ」
ダレイオスはぶっきらぼうに言い残して席を立つ。ミネーはそれにも変わらず落ち着いた微笑みを浮かべていた。彼女の口から彼女の考えを聞き、それを理解することはできた。しかし彼女という人間を理解することは簡単にはできそうにないだろう。ダレイオスはそのように考えつつテントを後にした。
そしてダレイオスは外に出るなり、手に魔法陣を展開する。人気の無い場所へ移動しつつ魔法陣に魔力を注ぐと、その魔法陣から音声が聞こえ始めた。
『ダレイオス、話は終わったのか?ミネーはどうだ?』
「私から話すだけではアレは変わらん。だが、すぐに切り捨てるには惜しい人材だ」
『なら、予定通りってことでいいな?』
通信魔法陣での会話の相手はアレクサンドロスだった。ダレイオスの言葉を受けて彼が確認を投げかけると、ダレイオスはそれに頷きを返す。
「ああ、予定通り実行してくれて構わん。……が、本当にやるのか?というか上手くいくのか?」
『勿論だダレイオス。俺に見誤りは無い』
魔法陣の向こう側から自信満々な返事が届く。親友の言葉だ。信じてやりたい。だがダレイオスは正直に言うと、アレクサンドロスの策をあまり信用していなかった。親友の自信を受けても、まるで安心できなかった。
ただ先ほどミネーと話して感じた「自分の在り方への頑なさ」は相当なものであった。ミネーを引き込むためにはどんな策でも試してみる勝ちはあるだろう。ダレイオスは通信しつつ、そのように考え込む。
一方のアレクサンドロスは相手の沈黙を不安によるものだと考えたようだ。努めて明るい声で言葉をかける。
『大丈夫だ。上手くいかなかったとしてもリスクは無い。いや、そうじゃないな。上手く行く。完璧だ』
「完璧、か」
『ん、どうした?』
言葉尻から違和感を感じとったアレクサンドロスが問いかけるが、そんな心配されるような事は何も無い。ただ——
「完璧、という言葉で少し食傷気味なだけだ」
『さっぱり分からんな。また今度酒の席で聞く事にしよう』
「そうしてくれ」
ダレイオスの疲れた返答を最後に二人の通信は途切れた。




