6 鬼才
ミネー——そう名乗った堂々とした一人の受験者はヘリオスの始めの合図も聞かず、掲げた手に魔法陣を展開した。
「『クララアルマ』」
そう一言術の名を呟くと、魔法陣から閃光が迸る。思わず目を窄める眩しい光は形を変え、幾本もの剣と成った。宙に浮かぶ切っ先が木偶へ正確に狙いをつけると、高速で放たれる。そしてその剣は障壁に阻まれる——ことはなかった。そこに元々何も存在していなかったかのように、剣は抵抗もなく木偶へと深く突き刺さった。頭、胸、四肢。木偶が本物の人間であった場合の急所の全てを貫いていた。
木偶に生命はないため死はないが、大きく損壊したために木偶は機能を停止してしまう。その場に脱力して崩れ落ちる。そして、ぴくりとも動かなくなった。
「これで文句はあるまい。合格だな」
長い髪をサラリと描き上げてミネーがそう言うも、誰も返事をしなかった。
これまで一人の受験者も破れなかった障壁を、たった一撃で完璧に打ち破ったその魔術はさすがの一言だ。文句の付けようもない。皆が黙ってしまっているのは、先ほどまでの受験者との力の差に誰も頭がついていけていなかったからである。それが理解できないミネーだけが、返答が無い事に小首を傾げていた。
「いや、まだだ」
その静寂を打ち破る威厳ある声。この場の頂点、『魔王』ダレイオスの言葉である。その場の全員の注目を浴びながら、彼はその続きを語る。
「今の術は見事だが、お前の術をもう少し見ておきたい。もし術が一つ使えるだけだったとしたら話にならんからな。ヘリオス」
「はっ」
「次の木偶を出せ。そしてその木偶はお前の魔力を流すんだ」
「……。畏まりました」
恭しく頭を下げたヘリオスの隣に新たな木偶が運ばれてくる。てっきりコレで合格であったと思っていたミネーの不服そうな視線を受けつつ、ヘリオスは言われた通りに木偶へ魔力を流し込んだ。先ほど例として見せた時と同じように木偶は紫の光を浴び、鈍色の身体は薄い紫へと変わる。
「ミネ−、といったな。先ほどの木偶には積極的な攻撃命令を行っていなかった。だが、今回は違う。木偶は攻撃を受けるだけでなく、攻撃を仕掛けても来る。つまり実践に近い戦闘だ。やれるか?」
「勿論でございます、『魔王』様」
「よろしい。では、始め!」
ダレイオスが開始を宣言すると、再びミネーは魔法陣を展開した。先の展開と違う点は、それに対して木偶も魔法陣を展開したことだ。開いた二つの魔法陣から火炎が唸りを上げて噴出してぶつかり合う。二頭の龍が互いに食らいついているようにすら見える激しい紅炎だ。
「な、なんだよ、あの木偶……。あいつ、あんな化け物みたいに強いのかよ!」
「あんなの勝てるワケねえだろ……。どうりで障壁すら破れないワケだ」
それを傍観している受験者達から弱音が飛び出すが、彼らの前で防御障壁を張っている宮廷魔術師の一人が首を横に振って否定する。
「あの木偶が強いのは確かだが、あの強さはヘリオス団長の魔力で動いているせいだ。キミたちが戦っていた木偶はアレより数段劣る。気にしなくていい」
魔術師は誤解がないようにと思い、そう口にする。しかしそれを聞いた受験者は、「木偶が強すぎただけで自分は弱くない」という希望を打ち砕かれ、更に落ち込むこととなってしまった。
そんな彼らの心境など知らない魔術師たちは意識を目の前の戦いへと戻し、ため息まじりに呟く。
「しかしダレイオス様も、団長の木偶を試験に投球されるとは思い切った判断をなされたものだ」
「あのミネーとかいう女に何かを感じとったのだろう。……この状況を見ての通り、それは間違っていなかったのだろうが」
宮廷魔術師の語る状況。それは一言で言えば、修羅場。
炎弾の打ち合いが始まったかと思えば氷が地面を覆い、雷が迸ったかと思えば風が空を裂く。攻撃魔術の嵐が訓練場の中央で吹き荒れていた。
強者と強者のぶつかり合い。宮廷魔術師の多くは、この戦いが自身よりも上のステージのものだと理解していた。そしてミネーという鬼才に恐れにも似た感情を抱く。
それを見守るダレイオスもまた、想定以上の光景に反応を見せる。が、その表情は険しい。
「どうなされましたか、ダレイオス様」
「いや、少しな。……ふむ、どうやら決着がついたようだ」
ヘリオスの問いかけに曖昧な言葉を返すダレイオスが戦いの嵐を指さし、ヘリオスがそちらへ視線を向けた時、その言葉の通りに戦いは幕を閉じた。
金属がぶつかる甲高い音が聞こえると同時、魔術の暴風が止む。そこに立っていたのは光の剣を突き出した姿勢のミネーと、左胸を貫かれて動かなくなっている木偶の残骸だった。その四肢は先の木偶と同じように魔術で消し飛ばされている。
ミネーは剣に突き刺さった木偶の胴体を蹴り飛ばし、踏み砕いた。蒼い髪をなびかせて剣を払う。
「これは、何と……。しかも傷一つ無いとは……」
「お前の木偶に完勝か。これは、とんでもない者が現れたものだ」
腕を組み、ダレイオスは椅子に深く沈み込む。ミネーは光の剣を消失させると少し乱れた襟元を正して『魔王』へ正対する。そして深く深く頭を下げた。
「如何でしょうか。これがわたしの実力の一端でございます。お望みとあれば、他にも術をお見せいたしますが」
「いや、不要だ。丁度五分になる。下がって良いぞ」
そう言うダレイオスにミネーは無言で再度頭を下げる。そして呆気にとられて口を開きっぱなしの他の受験者にぶつかることも厭わず、真っ直ぐに試験会場から立ち去った。
そうして夜が更けに更けた頃、ようやく全員の試験が終了する。翌朝選考結果が発表されるため、全ての受験者は王宮内の集団宿泊所で夜を明かすことになっている。そこに全員を押し詰めてから、選考の関係者たちは王宮の会議室へと集まった。ここで夜通し、合格者を決定するため話し合いを行うというわけだ。
「それでは、始めたいと思うんだが……」
煮え切らない開始の言葉を上座に座ったダレイオスが口にすると試験官たちはコクリと頷き、参加者の筆記、実技の試験を纏めた資料を手に取った。ダレイオスも机に頬杖をつきペラペラとめくっていく。
「受験者が全員で七十二名。内、木偶の障壁を破ることができたのが——」
「十名です」
「十人……。前半の不甲斐なさを考えれば悪くない数字かもしれんな」
ダレイオスの呟きに誰もが同意する。
前半、木偶の障壁を破ることが出来た者は誰もいなかったのだが、丁度半分の区切り目で登場した大嵐——ミネーが流れを変えた。
彼女より後の受験者は大きく分けて二つに分かれた。一方は「自分には無理だ」と自信を無くしてしまう者。数発の魔術で障壁が破れないと分かるや、ギブアップを選らんでしまっていた。もう一方は「自分もやってやる」とやる気を出す者。彼らは攻撃が障壁に阻まれようとも、研ぎ澄ました魔術でそれを打ち破る、あるいは破れなくとも搦め手を用いて木偶を戦闘不能にしようとしたりと、前半の参加者には無かったバイタリティを見せつけてくれた。
勿論、今回の選考で合否を話合う対象は後者の受験者である。
「とりあえず障壁を破ることができた十人は選考の対象だな。後は、策を尽くして最後まで健闘した者も対象に入れておきたい」
「となると、八番の彼はどうでしょうか」
「確かにあの拘束は見事だった。俺は三十番も推しておきたいんだが」
「それなら五十一番の方が——」
試験官達がそれぞれの推しの受験者を口にする。それぞれの意見をヘリオスが纏めて話を進め、最終的に十七人の中から合格者を選ぶこととなった。
後はどの受験者の合否から話し始めようかという事だが、それに関しては皆の思いは一つだった。
「やはり彼女、ミネーについて語るべきだな」
「そうですね。全ての受験者の中で、彼女だけはあまりに別格でした。ダレイオス様はどうお考えですか?」
「私も全く同じ考えだ。実力という一点を取り上げれば、文句はない。宮廷魔術師にも、あれほどの実力者はいないのではないか?」
何とも無く尋ねたダレイオスだったが、その場にいる当人達からすれば上司から責められているように感じられてしまう。皆、黙って俯いたままだった。
ダレイオスにそんなつもりが無いことを分かっているヘリオスがそのフォローを入れる。
「ダレイオス様の言う通りだ。アレは魔術師という枠組みの中でも突出した存在だ。そして、まだ若い。これから研鑽を積んでいけば、私を越えるやもしれない。これ以上話し合うまでもなく、彼女は合格にすべきだろう」
「では、ヘリオス団長は彼女を合格にすべきというお考えで。それに関しては我々も同意見ですが」
「……というより、自分よりも強い者を不合格になんてできるワケがありませんから……」
折角のフォローも空しく、宮廷魔術師諸君の思考は卑屈になっていた。ミネーという存在が無意識の内に軽くトラウマ化しているようだ。
それもそのはず、宮廷魔術師である彼らは文句なしのエリート魔術師であり、相応のプライドを抱えているのだ。それがずかずかと踏み込んで来た見知らぬ人間に通り魔的にぶっ叩かれたようなものなのだ。今はそっとしておくべきだとヘリオスは判断し、ダレイオスへ話を振る。
「ダレイオス様も合格ということでよろしいですか?」
「合格、そうだな。そうすべきなのだろうが……」
「何か、問題でも?」
何故か躊躇いを見せるダレイオスにヘリオスは首を傾げる。実力に文句が無いと最初に口にしたのはダレイオスだ。そんな彼が何を気にしているというのだろうか。ヘリオスは気にかかる。
「悩まれている理由をお尋ねしても?」
「すまないが、理由という程のものはないのだ。ただ、彼女が宮廷魔術師に相応しいのかと問われれば、私は疑問符を付けたくなってしまう」
「それは試験前にダレイオス様がおっしゃったことでしょうか」
「そうだ」
ヘリオスが言うそれは、ズバリ『民への奉仕の精神』だ。ミネーの試験を見ていて、それが欠けているようにダレイオスは思えてしまっていた。
「彼女の魔術は確かに高度だ。しかし、そこに一切の混じり気がなかった。容赦がなさすぎると言えば良いのか……。今回の相手は木偶であったが、彼女は人間が相手であったとしても同じ戦いをしたのではないかと私は思うのだ」
「それが宮廷魔術師の“奉仕”という本分と合わないと」
「まあ、そういうことだ。我ながら呆れる理由だな。あの試験だけでソレを見抜くことなど出来ないと言ったのは他ならぬ私自身であるというのに」
自嘲してダレイオスは笑う。試験で見せた攻撃が無慈悲すぎたから碌でもない人間です。彼が言いたいことは端的に言えばそういうことなのだ。難癖だと言われても否定はできない。
だが、彼が本気でそのように思っているとヘリオスには分かった。そして、何の考えもなしにそのような事を口にする人間で無い事も知っていた。
故にヘリオスはダレイオスの考えを尊重したいとも思う。しかしこの選考はアルケメアという国の中枢機関の行く末を左右する重要なものだ。ただそれだけの理由でミネーを不合格にするワケにはいかない。だからヘリオスは、利害と道理いう観点からダレイオスを諭すことにする。
「ダレイオス様。お言葉ですが、ミネーを不合格にする事はできないでしょう。彼女は大勢の人間の前でその圧倒的な実力を見せつけました。そんな彼女が宮廷魔術師になれなかったとなれば、他の受験者に申し訳が立ちません。実力を正当に評価すると言っている以上、彼女は選ばれるべき人間です」
「そうだ。まるっきりお前の言う通りだ。すまなかったな、変な事を言ってしまって」
ぶつぶつと呟いてダレイオスは頭の中を整理する。余計な思考を排除して冷静に判断すれば、やはり彼女は宮廷魔術師団にとって利益のある人材であるとの判断に至る。それに、あんな抜き身のナイフのような人間を野放しにしておくより、側に置いておく方が安心もできる。そういった理由から、ダレイオスもヘリオスの考えを支持することにした。
結果、満場一致でミネーの宮廷魔術師団の入団が決定する。そしてその後の話し合いにより、今回の選考で彼女含め五名、新たな宮廷魔術師が誕生した。
「五人の誰もが優秀な魔術師。きっとアルケメア王国の新たなる未来を担ってくれる存在となるだろう」
ヘリオスは会議をその言葉で締めくくる。ダレイオスもそれに異存は無かった。しかしその未来がどのようなものになるかは、まるで見当が付いていなかった。




