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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第三部
210/227

5 宮廷魔術師団選考試験

「よし、乾杯!」

「乾杯だ」


 泡立つ麦酒が注がれたジョッキがガンと豪快な音を鳴らす。二人の男は手にしたそれを勢いよく飲み干し、机にまたしても豪快に叩きつけた。


「私の方が速かったな。俺の勝ちだ」

「そんな勝負を受けた覚えは無いぞ……」

「はははは!いや、すまん。お前と一緒にいると何かと競いたくなってしまう」


 二人以外には他に誰も居ない、アルケメア王宮の王の自室。親友の呆れ顔を見てアレクサンドロスは愉快に笑う。その親友——ダレイオスもアレクサンドロスのその癖とも言える言動には慣れたものだった。何かにつけて勝負をしたがる、根っからの体育会系だ。しかしダレイオスも彼のそんなところを気に入っていた。血統に基づき大国を治める王らしからぬ気持ちの良い男だと思っていた。


「しかし、今日押しかけてきたのはタイミングが悪かったな。俺のミスだ」

「気にするな。優秀な部下が準備を進めてくれている。親友とこうして酒を交わしていたとしても咎める者はおらんさ」

「いや、ヘリオスくんは咎めるんじゃないか?」

「ぬ……」


 アルケメア王国宮廷魔術師団の団長、ヘリオス。忠臣の名を出され、ダレイオスは口ごもる。ヘリオスは優秀でダレイオスも一番の信用を置いている。しかしかなり自由な王である彼の保護者のような役割も担っており、ダレイオスの一番の弱点とも言える存在であった。

 彼にこの酒盛りの場を見られたとしたら——


「……間違いなく叱られるな。少なくとも暫く小言を言われる」

「だろう?だから俺も早めに帰るようことにしよう。今日は本当にただ遊びに来ただけだからな」

「お前も大概自由なヤツだな。私よりも酷いぞ」

「全くです。ショウさんの苦労の程がうかがえますよ」

「いや、面目な——」


 アレクサンドロスとダレイオスが高速で振り返る。そこに立っていたのは、今話に出たばかりの小言の多い『魔王』の忠臣であった。薄く微笑みながら二杯目の酒をつぎ始めていた二人の王を見下ろしていた。


「ダレイオス様。私は『アレクサンドロス様が態々訪ねてこられたので、少しだけお話の時間を設けても問題ない』と申しました。間違っても『酒盛りをしても良い』とは口にしておりませんが」

「まあ、何だ。そういう日もある。……お前もどうだ?」

「遠慮させて頂きます。私を懐柔しようとしても無駄ですよ。……まあ、ダレイオス様がおられずとも準備は全て整いましたので時間の余裕はあるのですが」

「そ、そうか。ご苦労だったな。ならお前も席に着け」


 ダレイオスが適当な椅子をひっぱてきて、ぽんぽんと叩いて座るよう示す。酒を飲むつもりはなかったが話に参加するくらいならいいだろうと思い、ヘリオスはそこに腰掛ける。

 しかし誘ったは良いが、ダレイオスは何だか居心地が悪くなってしまった。酒を飲む気分でも無くなってしまったので大人しく仕舞うことにする。アレクサンドロスも同じような心持ちであったようで、特に文句は出なかった。


「……あー、で、どうなんだ?今回の募集は」


 その空気を破ろうと口火を切ったのはアレクサンドロスだった。ダレイオスとヘリオスの二人へ向けて問いかける。その問いに二人は腕を組んで考える。


「今の段階では何とも、だな。数はかなり集まっているようだが、良い人材がいるかどうかは分からん」

「前回の募集も正直なところイマイチでしたからね。今回は期待できると良いのですが……」

「ふむ、なるほど。やはり宮廷魔術師はそう簡単に務まるものではないというわけか」


 アレクサンドロスがため息まじりに呟き、二人はそれに同意して頷く。

 アルケメア王国宮廷近衛師団。『魔王』ダレイオス直属の選ばれし魔術師集団である。しかし宮廷魔術師と銘打ってはいるが、彼らは王都ペルセポリスだけでなくアルケメア国内あらゆるとことへ派遣される。凶悪な魔物や盗賊などの出現、天災人災によって民に危険が及ぶとき、その救助支援活動を主導して行うのだ。この時代、魔術の発動のために必要な魔力量が膨大であるため、魔術を自由に扱える人は多くはない。魔術を扱える、それも国に選ばれた人材であれば、人々には相当な助けになる。火も水も雨風を凌ぐ家も、魔術があれば十分に補おう事が出来るからだ。故に宮廷魔術師団は並の実力では務まらないが、それだけに国民から厚い信頼を集めており、憧れの的となっている。

 そしてこの日、その宮廷魔術師団の入団選考が行われようとしているのだ。ヘルマンが奔走し、ダレイオスがサボっていたのはこの選考試験の準備であったのだ。


「だが、ほとんどの魔術師はアルケメアの宮廷魔術師団かアレクサンドリアのムセイオン研究員を目指すというのが世間一般になっているくらいだ。それくらいでないとつまらん」

「ふっ、そうだな。目指す目標は高い程いい。お前の国からもかなりの数が試験を受けにやって来ているようだ。どうだ?お前も試験を見ていっては」


 ダレイオスが提案してみるが、アレクサンドロスは肩をすくめて首を横に振った。


「止めておこう。祖国の王に見られながらの試験など不憫でならんからな。それに親友とはいえ、あまり他国の内情に踏み込みすぎるものでもないしな」

「それもそうだな。たまにお前が別の国の人間だと忘れてしまう時がある」

「国境を越えてきているとは思えないくらい頻繁に訪ねてきますからね」

「一言多いが、ぶっちゃけその通りだ」

「これほどに奔放な方の副官とは、本当にショウさんは苦労をなされているのでしょう」


 ダレイオスとヘリオスが互いに大いに頷く。明らかにアレクサンドロスへ向けた批判なのだが、彼はただ苦笑するしか無かった。

 実際彼は他国の王であるにも関わらず単身でアルケメアに多々遊びに来ているのだ。自国に間違いなく迷惑を掛けていると思われるが、それでも彼はやってくる。弁明のしようのもなかった。

 やや分が悪くなってきてしまった。このままでは特にヘリオスからネチネチと小言を言われてしまうかもしれない。

 故にアレクサンドロスは決めた。帰ろう、と。

 どれだけ勇猛な戦死であろうと、時に逃げの一手は必要なのである。


「では、俺はそろそろお暇させて貰おう。いや、うん。試験もあるし迷惑だろうからな」

「いや、準備は終わって余裕があるということだが」

「いやいや、いいんだ。とりあえず顔を見て酒を一杯飲めただけで十分だ。見送りも結構だ。目立ちたくないからな」

「そうか?なら仕方ないな。また会おう」

「ああ、また」


 ダレイオスは突然の帰国に首を傾げながらも親友を快く見送った。ヘリオスだけは、逃げるアレクサンドロスのことを白い目で見つめていた。突き刺さるその視線に気づかないフリをしながら、アレクサンドロスは逃げるように王宮を後にした。




 そして夕刻。ペルセポリスの王宮に数多くの人間が入ってくる。彼らが宮廷魔術師団の候補者たちだ。生まれも育ちも不問。問われるのは魔術師としての素養のみ。名誉、栄光を手にせんと、誰もが緊張とやる気に満ちた表情を浮かべていた。ダレイオスとヘリオスは王宮の高台からその光景を見下ろす。


「ふむ。皆、宮廷魔術師を志すだけの実力はあるようだな。どいつも魔力が沸き立っている」

「そうですね。中々期待できるかもしれません。では、我々も参りましょうか」

「ああ」


 二人が螺旋階段を下りて向かうのは、王宮内の訓練場だ。高いドーム状の屋根の大きな部屋で、魔術によって壁が補強されているため大規模な戦闘があっても問題ない造りになっている。

 そこに選考に関わる全ての人間が集まっていた。全ての受験者とアルケメア王国側の試験官。そしてそれを見守る頂点、『魔王』。元々固まっていた受験者の表情は限界まで硬直してしまっていた。試験官達はこうして固まってしまっている受験者は大抵実力が出せずに終わってしまうとこれまでの経験から知っていた。故に彼らの意識は落ち着いた表情の受験者へと向かう。


「いい目をしている若者が多いな。最初はどうかと思っていたが、やはり今年は中々楽しめそうだぞ。ヘリオス、始めてくれ」

「承知いたしました。それでははじめさせて頂きます」


 ダレイオスに頭を下げ、ヘリオスが一歩前に出る。そして受験者全員に響く声で呼びかけた。


「受験者の諸君。私が宮廷魔術師団長ヘリオスだ。これより行われる宮廷魔術師団選考試験を取り仕切らせて貰う。さて、諸君らも様々な思いを抱いていることだろうが、早速始めさせて貰おう」


 淀みなく話すヘリオス。受験者の表情が緊張を越えて険しさを増し始めているが、それも毎度のことであるためヘリオスは気にせず詳しい説明へと入る。


「諸君らは既にこちらの課した筆記試験を通過した有望な人材だ。そこに自信を持ってもらって構わない。だが、理論を打ち立てることしかできない者はムセイオンの研究者向きだ。宮廷魔術師団ではやっていけない。だからこの場で、その選別をさせてもらう。おい、持ってきてくれ」

「はい」


 横に控えていた試験官の宮廷魔術師が一度後ろへ下がり、少しして何かを抱えて戻ってきた。受験者が怪訝な顔で見つめるそれは、鈍色をした人形だった。


「これは魔術で作られた木偶だ。魔力を流すことである程度自立して動くことができるという代物だ。諸君らの試験は、この木偶との戦闘だ。魔術を主とした戦闘であれば方法は問わない。この戦闘の中で諸君らが使用した魔術から試験官が技術力を判断し、合否を決める」


 そしてヘリオスが木偶の頭に手を置く。その手が魔力を宿して紫の光を放つと、光は次第に木偶全体を包んでいった。そしてヘリオスが手を離すと、完全に脱力しきっていた木偶が独りでに立ち上がったのだ。受験者から初めて見る技 術への驚きの声が上がる。しかし自立して動くと言うが、どうにもフラフラとして頼りない。驚きはあったが、受験者たちの表情は次第に緩んでいく。だがその反応も毎年同じものだった。ヘリオスは構わず続ける。


「定員などは特に定めていない。隣の受験者は気にせず自身の力を出し切って貰えば正当に評価され、それが宮廷魔術師に相応しければ任命されることとなるだろう。諸君らの頑張りに期待する」


 最後にそう締めくくって彼は一歩後ろへ下がり、視線をダレイオスへと向けた。その視線に頷きを返すと、ダレイオスは一歩前へ出る。緩んでいた受験者の表情が再度限界まで引き締まるのが誰の目にも分かった。


「最後に私から、先のヘリオスの説明に一つ付け加えさせて貰う。宮廷魔術師に高い実力は不可欠であるが、私がそれよりも重要だと考えているのは民への奉仕の精神だ。持つ者は持たざる者への奉仕の義務が存在すると私は考えている。宮廷魔術師は『魔王』の名の下にその心を忘れてはならない。この試験だけで諸君らがその心を持っているかどうか判断する事はできないため、これは試験の審査項目とは少し違う。だが、これから試験に臨む諸君らは、このことを胸に強く留めておくように」


 静まりかえった部屋に満ちるダレイオスの言葉。その場にいる誰もが、彼の言葉の一つ一つをしかと飲み込んでいた。締めるときはしっかりと締める。ダレイオス、一国の王としてやるときはやる男であった。

 ダレイオスが用意された椅子に腰掛けたのを見てから、ヘリオスが大きく手を叩いて注目を誘う。


「では、早速始めよう。諸君らに一人一人に既に番号の書かれた札を手渡している。私が順に番号を呼ぶ。呼ばれた番号を持っている者は前に出て名を名乗れ。それから、その者の試験を開始する。よし、それでは一人目だ。35番、前へ!」

「は、はぃっ!」


 少し裏返った甲高い返事がすると、受験者の人混みの中から一人の男が姿を現した。てっきり1番から呼ばれると思っていたらしく、明らかに心の準備ができていない様子だ。夏期の氷のようにダラダラと汗を流している。


「名前は?」

「グラントと申します」

「よし、では木偶を起動する」


 その言葉を合図にヘリオスの隣の宮廷魔術師が木偶に魔力を流し始めた。光の色は緑。鈍色の木偶も鮮やかな緑へと変化した。それを皮切りに木偶もゆっくりと立ち上がる。しかしやはりその足元はおぼつかない。35番の男——グラントの顔には元の自信に満ちた笑みが戻ってきた。佇まいにも余裕が見え始める。


「制限時間は五分だ。降参も可だ。勿論勝つに越したことはないが、勝敗は重要視しない。諸君らの魔術が我々にどれだけ利益をもたらしてくれるか、戦闘の中からそれを判断させて貰う。ではグラント君。君の準備ができ次第始めてくれ」


 ヘリオスの最後の説明が終わると、木偶とグランド青年を残して試験官と受験者は遠ざかる。受験者たちの側には宮廷魔術師が付き、いつでも障壁を展開できるような準備も行っていた。「さあ、存分に暴れて下さい」という環境が整った。グラント青年の表情もやる気十分だった。彼はその手に素早く魔法陣を展開し始める。標準は、目の前の木偶。


「一撃で燃やし尽くしてやる!『フランマ』!」


 彼の手から唸りを上げて炎が吹き出す。じりじりと熱を感じるレベルの、かなりの火力だ。そして炎が球体を象ると、そのまま木偶へ向けて勢いよく飛ぶ。木偶は動こうとしない。火球はそのまま直撃し、炎が弾けた。グラント青年は自分の思い通りに魔術を行使できたようで、拳を作っていた——が、


「な、何!?」


 グラントが驚きの眼差しで見つめる炎の中、確かに火球を食らったはずの木偶がそこに相も変わらずユラユラと佇んでいたのだ。しかしグラントは額に汗を浮かべながらも次の火球を放つ。今度の狙いも正確だ。しかし、その火球は木偶に当たらなかった。いや、当たる直前で弾け飛び消滅した。先ほどの火球も直撃したように見えたが、今と同じように届いてはいなかったのだ。


「ば、馬鹿な、あの人形には障壁が張られているのか!?」

「正確には、木偶の防衛機構が自ら障壁を張ったのだ。我々がこの試合に完勝することは一切無い」


 ヘリオスが補足説明とばかりに告げる。それを聞いたグラント青年は木偶を鋭く睨みつけた。ヘリオスは勝敗を重要視しないとは言ったが、余程特殊な技術を見せない限り、この障壁を破ることすらできない者は宮廷魔術師に相応しい実力で無い事は明白だ。グラントの表情に焦りが浮かび始める。


「くそっ!『フランマ』!『グラキエース』!『トニトルス』!」


 幾つもの魔法陣を展開し、炎、氷、雷を纏った球体が幾つも作り出される。そして生まれるなり木偶へと殺到した。しかし鉄の壁を石でどれだけ叩こうがビクともしない。結局五分の持ち時間を全て使い切ったが、グラントは障壁を破ることが出来なかった。


「ま、まさか……こんな……」

「ご苦労だった。下がってくれ」


 やんわりと「もう用無し」だと言われ、グラントは力ない足取りで人混みへ沈んでいった。


「どうやら彼の笑みは自信ではなく慢心だったか。だが、まだ若い。これにめげず、これからも頑張って欲しいものだが……」

「それは彼次第でしょう。それより、私は少しイヤな予感がするのですが……」

「奇遇だな。私もだ」


 互いに視線を交わして頷きあう王と臣下。そしてその予感は残念ながら見事に的中することとなってしまう。

 一番手の35番の試験が終わり、ヘリオスは続いて62番の名を呼んだ。そして次は44番。次は19番。次々と受験者が前へ出て木偶へ向けて自慢の魔術を疲労していく。しかし受験者のおおよそ半分が出番を終えた時点で、木偶の障壁を破ることができた者が誰もいなかったのだ。これは例年と比較しても良いとは言えない。勿論木偶の障壁の強度が例年よりも高いというワケでもない。今年の受験者の水準が、例年よりも低かったのだ。毎年どんな人材が現れるか期待しているだけに、試験官一同非常にモチベーションが落ち始めていた。そんな様子を受験者たちに見せるわけにはいかないので押し隠しているが、内心がっかりである。勿論試験の進行が止まることもない。試験開始当初より一層表情が暗くなってしまった受験者へ向けてヘリオスの口から次の番号が告げられる。


「次、13番。前へ」

「はい」


 聞こえたのは緊張も何も感じさせない堂々とした女性の声。目の前に突っ立っている他の受験者を押しとばし、前へと進み出てくる。そしてその容貌に誰もが魅入られる。無限に沈み行く水を思わせる澄んだ瑠璃色の髪と瞳が無二の美しさを作り上げていた。しんと静まりかえるその場に、彼女の凜とした声だけが響く。


「わたしはミネーという名だ。宮廷魔術師団の方々、そして『魔王』ダレイオス様。以後、お見知りおきを」

最近執筆中に書こうと思っていたことを忘れる事態に陥りがちで寄る年波を感じざるを得ない(二十代)

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